幻の中で人は生きている
黒なのか白なのか 意味すら知らぬままに
それでも人は生を求める
例え 意味などなくとも
004 ホーム
「おかえり、玄!!」
その部屋に足を踏み入れた瞬間、玄に何か―――いや、誰かが飛びついた。
「ただいま、其(とき)。荷物は?」
「四番倉庫に届いてるって連絡があったよ」
其と呼ばれた少年が答える。
「そっか。
じゃあ僕は取ってくるから、その間にカナタに知識挿入しといて」
「はーい」
其が離れると、玄がこちらを向いて安心させるようにぽん、と背を叩いた。
「ちょっと此処で待っててねー。荷物取ってくるから」
そして、何を言う暇も与えずに行ってしまう。
心もとさにかられて視線を泳がせれば、其と目が合う。
「どうも、阿頸(あくび)其です」
「束左カナタです…」
どうぞこちらへ、と促された先はふかふかのソファ。
座ると美人なお姉さんがお茶を持ってきてくれる。
「左腕出してー」
其に言われてお姉さんのお礼を述べながら左腕を出す。
「ちょっとちくっとしますねー」
そんな予防接種みたいな言葉と共に打たれたのは注射。
突然そんなものを打たれてもっと慌てるべきだったのかもしれないが、
生憎もうカナタはパンク寸前だ。
そんな余裕はない。
「何だったの?今の」
「ああ、これ?君の中に知識を入れるためのものー」
其の話によると、この先絶対的に必要になるであろう知識、
つまり日常で使うものについてなどを、データとして挿入した、らしい。
そんなことも出来るのか、と感心しながらお茶に口をつける。
ほっと一息吐くと、今日起こったことを思い返すだけのささやかな余裕が戻ってきた。
ネットの海に潜っていたら玄が現れて、異世界人だなんて言われて。
最初は厨二病患者の戯言だと思っていたのに、いつの間にか信じざるを得なくなっていた。
トリップすることになって、記憶の調整と、あの世界での存在を消すことになって。
そして、此処へたどり着いた。
まだ、夢を見ているような感覚。
「おまたせー」
しばらくして戻ってきた玄は先ほどとは違う服を着ていた。
「それ…死覇装?」
すらり、と言葉が出てくる。
「そうでーす。分かるってことは挿入は上手くいったんだね」
なるほど、先ほどの注射のおかげらしい。
じゃーん、と玄はもう一枚、同じものを取り出すとカナタに押し付ける。
「はい、カナタの分」
「ありがとう…」
着替えておいで、と言われ隣の部屋を借りる。
これもきっと注射の力だろう、初めて見たはずなのに着方も分かっていた。
不思議な感覚ではあるが、既にその知識は自分の一部となっているようで違和感はなかった。
「いたれりつくせり、だなぁ…」
そう呟いたのは、あまりに恵まれた環境が少しだけ、怖くなかったからかもしれない。
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20130326