失くしたものはもう二度とこの手には戻らない
しかしながら
同じように築き上げることは出来ると、その希望は
捨てる必要など何処にもない
003 出発
「カナタさーん」
玄の声がする。
「そろそろ起きてよ」
起きる、とうろうろする思考の中で思う。
段々と意識が浮上してきて、カナタは慌てて目を開けた。
「私…ッ刺され…って、あれっ?」
腹をさすってみても穴はない、そもそも痛みもない。
飛び起きられる程に元気だ。
「ごめんねーやっぱびっくりするよねー」
すまなそうな顔を向けられる。
「身体的ショックを与えることで記憶を切り離すの」
「…怖かったです」
「うん。でも先に言っちゃったら記憶トバせないし」
それを言われたら返す言葉はないし、そもそも玄に言っても仕方ないことなのだろう。
ため息を吐く。
「じゃ、行こっか」
玄が手を差し出す。
カナタはその手を取って立ち上がった。
玄の方が三十センチ程背は低いのに、不思議と違和感のない行動。
「カナタさんが気を失ってる間にこっちの準備もすんだの」
へぇ、と呟きながら、ふとその手の冷たさに気付く。
「…玄、手、冷たい」
「そういうものなの」
にこり、と返される。
「でも僕には手を暖めてくれる人がいるからね。問題ナッシング」
それは、恋人という意味だろうか。
「さぁカナタさん、行きましょう」
指差された歪んだ空間に、ねぇ、と思わず繋がれた手に力を込めた。
「ん?」
「そのカナタさん、ってやめてよ。私は既に玄って呼んじゃってる訳だし」
小さな手に導かれながらそう言うと、玄は少し目を丸くして、
「うん、じゃあ、カナタ」
また、笑った。
二人は歪みに足を踏み入れる。
背後でめりめりと音がして、亀裂が閉じていった。
「こちら派遣番号二九七番虚口。狭間に入りました、解錠願います」
通信機に落とされる声、それに応えるように目の前に白い扉が現れる。
「ようこそ、我らがホームへ」
開かれた向こうは、白い部屋だった。
← □ →
20130326