希望に手を伸ばせない 届かない訳ではなかろうに 怖いから、なんて 嗚呼 僕らはなんて臆病な生き物
002 代償
ああ、とカナタは呟いた。 「見たことはあるよ。内容は知らないけど」 人気なんだよね、と付け足すとそれなりにね、と返って来る。 面白いらしい、とは聞いていたけれども、不思議と今まで読もうという気が起きなかった作品。 「だろうね。 君自身はこの世界に馴染もうと必死だから、元の世界のことなんて知りたくもないだろうし」 「異世界人とかいう設定、今日初めて聞いたんだけど」 「設定とか言わないでよ、本当なんだから。 ま、本能ってやつかなー。 奥底には自分が排除される恐怖を、ヒトは少なからず抱えているものなんだ。 君がこの作品を読んでいたら、自分の異質さを悟ってしまって発狂していただろうね」 発狂、という言葉にぞっとする。 良くは分からないが、読まなくて良かった。 「さて、ここで最終確認です」 にこにこと笑って問うてくる玄。 「異世界トリップ、しますか?しませんか?」 某アンティークドールのアレに激似なのは気のせいだろうか。 「一応参考までに聞くけど。拒否したらどうなるの?」 「ん?拒否するの?」 きらきらと笑顔が眩しい。 「拒否するの?ねぇ、するの?」 「…いえ、謹んでトリップさせて頂きます」 笑顔のはずなのに、何か、怖い。 玄はポケットから何やら取り出すと、口元にあてがった。 「アーアー。こちら派遣番号二九七番虚口です。束左カナタ、本人の移転意志確認」 通信機のようである。 「移転と後処理の実行お願いします。はい、はい…大丈夫です。はーい」 用は済んだのか、玄がこちらを向く。 「いい忘れてたけど、この世界の君の存在と、一応あの作品についての記憶は消させてもらうね」 「…存在と、記憶?」 話の流れ的に永住するだろうから、存在に関しては置いておいて。 だがしかし、記憶も? カナタが胸の内で首を傾げたのが分かったのか、玄が説明を追加する。 「記憶を消すのは、こっちよりあっちの世界の方が時の進みが遅いから。 過去へ行くのと何ら変わりないから、一応未来の情報が漏れないように、ね。 これでもお役所仕事だから、 不備があってからそんな被害は想定してなかった、じゃ駄目なワケ〜。 存在については…うーん…魂が一つの世界でしか生きられないから、って言えば良いのかな? 僕も詳しいことは分からないんだ」 「ふうん…玄は大丈夫なの?」 「うん、まぁ、僕はそういう仕事だし。 いろんな方面において特別なの。 未来は知らないと調整しようがないし。 勿論、それをその世界の人に教えるのはタブーだけどね」 玄がふんわりと笑うのと同時に、彼の隣の空間に亀裂が入った。 「な、に…?」 「お、始まった」 呑気な声。 亀裂からにゅっと出てきたのは刀だった。そしてそれは、 「………え?」 カナタの身体を刺し貫いた。   
20130326