君たちの悪意なんか
悪意にもなれないただの塵芥(ごみ)だ


019 いやがらせ 

 カナタと玄は書類を運んでいた。まだ詳しい配置も決まってない今、二人に出来るのは雑務程度である。雑務程度ではあるのだが、副官であるはずの松本が今日も今日とて逃走した所為か、日番谷にはとてもありがたいと感謝された。正直、複雑である。
 そんなふうに思っているカナタのことなどお構いなしに、玄は花うたでも歌い出しそうな様子でカナタの少し前を歩いていた。カナタは未だ何処へ行くにも道順が怪しいが、玄はそんなことないらしい。だから、カナタは彼女の後ろを黙ってついていくだけで良かった。
 その玄が、ふいっと身体を横に避けた。カナタも同じように身体を左へ寄せる。
 すり抜けざまに、舌打ち一つ。
 驚いて振り返ると、死覇装を着た少女がどたばたと去っていくところだった。
「…何、今の」
「嫌がらせ?」
「何の」
「冬獅郎と付き合っていることへの?」
「あー………ああ」
松本に聞いた話ではあるが、日番谷はこの瀞霊廷でかなりの人気を誇るのだと言う。元々隊長・副隊長はアイドルのような扱いをされていたのだが、近年それが著しいようだ。その中でも日番谷は上位に食い込む人気っぷりで、彼に憧れて入隊した死神も数知れず…ということらしい。
 しかし、そんな日番谷に先日恋人がいることが発覚したのである。しかも、それが誰も知らないような隊員で、まるで見せつけるように彼の隣に立っている。日番谷に恋心を抱いていた者は言うまでもないが、憧れていた者だって気に食わないと思うのは仕方のないことだろう。
「………大丈夫?」
「大丈夫だよ」
心配して声を掛けたというのに、玄はふっと笑う。
「ちょっと前にね、違う人にも同じ心配されたけど………あのね、カナタ。僕はこの仕事についてもう長いんだよ。何度も何度も、世界を渡っているんだ」
「うん、聞いたよ」
言ったね、と玄は書類を抱え直した。それから、
「一つ、昔話をしてあげるね」
まるで、他人事のように、笑った。
「その世界ではね、こちらの存在を知っている人間がいて、僕らが介入してくることを計算にいれた上で、世界を破壊しようとした者がいた」
ひどい話だろう? と玄は首を傾げる。
 知っていて、それでも世界を壊そうとするなんて。カナタには想像もつかないことだった。その人は一体、何を思ってそんなことを企てたのだろう。憎かったのだろうか。
「僕らにとって悪意というのは、そういうものを指すんだよ」
だからね、と続けられる言葉。
「世界の住人の可愛らしい悪意なんて、悪意に数えられないんだよ」
にこっと笑ってみせた玄は完璧だった。
 完璧だったからこそ、悪意を悪意としても受け取ってもらえない有象無象の彼女たちが、なんとなく可哀想だなんて思った。

  

20160923