嘘が嘘を呼ぶ寂しがり屋の放課後
穴だらけの伝言ゲーム
根っこも葉っぱもないから
いつまで経っても花は咲かないよ


015 噂 

 ごろごろとソファで転がっていた玄がみょこ、とその背にもたれ掛かる。
「冬獅郎助けてよー」
「どうした」
対する日番谷は書類の手を止めない。それはそうだろう、止めている暇がないのだ。主に松本の所為で。
 つい昨日のこと。松本がしこたま溜め込んでいた書類が見つかり、そしてそれが粗方今日までのものだった所為で、十番隊はてんやわんやになっていた。元凶は縛り付けられ泣きながら執務をやっている。自由なのは彼女の愛すべき点であるとは思うが、こうして迷惑を被るとそうも言っていられないな、なんて思った。
「僕と冬獅郎の噂。あることないこと言われててさぁ」
「しょーがねぇだろ、七十五日我慢しろ」
「エーでも、冬獅郎の尊厳に関わりそうなやつとかもあるよ?」
「言いたいやつには言わせておけ。そういうのには慣れてる」
その言葉にカナタは眉を寄せた。
 日番谷は若くして(とは言ってもどうせ、見た目通りの年齢ではないのだろうが)隊長の座まで上り詰めたと聞いている。溢れる才能、それを妬む者も多かったのかもしれない。それでも、慣れているという言葉は少しだけ、淋しいものを感じた。本来なら、そういうものは慣れるべきではないと、カナタは思う。
「いやぁそれがさぁ…冬獅郎のホモ疑惑、なんだよね…」
 ばさぁ、という音は先ほどまでトントン、と日番谷が揃えていた書類のすべてが、その手から滑り落ちた音。ぶはぁ、という音は一休み、とお茶を口にした松本が吹き出した音。げほっ、というのはせんべいを飲み込もうとしていたカナタが咳き込んだ音だ。
「しかもさぁ、冬獅郎がネコ側で」
「ネコ?」
「あーえっと、カナタは知らなくて良いよ」
玄からそう返されると、向こうの松本からも純粋なままでいるのよ、と言われる。
「昔流魂街でそういう目的の男に攫われてからそういう趣味に目覚め、しかし周りに相談することも出来ず、その天才性故に有名で恋人を作るにも、周りの誰も知らないような者でなくてはいけなく…。日々持て余す熱を執務に向け、それが功を奏し隊長まで上り詰めたがやはり恋人は傍におらず、誰もが羨む豊満な美女にも、献身的な幼馴染にも靡くことはなく、否、出来ずに…そうしてやっと、その恋人は彼の隣へと立つことが出来るようになり、そして…みたいな」
「何だそのストーリーは!?」
「噂話は得てして大きくなるものだよ」
「でかくなるもなにも正しいことがひとつもねぇじゃねぇか!?」
至極真っ当なツッコミである。
「いやでもそれなら乱ちゃんに靡かないのもモモに靡かないのも、納得出来るって今瀞霊廷中で大人気」
「噂に人気も何もいらねぇよ…」
がくり、と机に崩れ落ちた日番谷に、同情以外の何をしたら良いのか分からない。
 確かに、玄の顔立ちは中性的で、その一人称も相まって男だと思われやすい。かくいうカナタも玄を男だと思っていた一人だ。
「誰だそんなこと言い出したの…」
「僕じゃないことは確かだよ」
「お前であってたまるか…」
 しかしこうも渦中にいながら楽しそうな玄を見ていると、本当に噂話の発端は玄ではないのか、と疑いたくなってしまう。まぁ被害が甚大なのは日番谷の方なので、比べるのも意味はないのかもしれないが。
「でもまー、一番の原因は僕の容姿だろうねぇ」
楽しそうに笑った玄に、自覚はあったのか、と目を剥く。
「…姿、変えられるって言ってなかったか?」
「うん、まぁ、申請とかすっごい面倒だけど」
そんなことも出来るのか、と驚いた。つくづく彼らは何でもアリなのか、と思う。
「変えないか?」
「エー」
ごろ、と玄がまた転がった。その眉は少しだけ寄せられている。ちなみに松本が静かなのは笑いすぎて呼吸困難を起こしているからである。そろそろ助けるべきだろうか。
「これ一応本来の姿だからさー。いや、僕らに本来の姿ってあるのか分かんないけど、虚口玄としての記憶が始まった時から、この姿だからさ、愛着とか、あるんだよね」
日番谷が押し黙った。
 それを確認してから、にんまりと、それはそれはとても良い悪戯を思いついた子供のような顔で玄は笑う。
「このままで良いよね? 別に僕は困ってないし、面倒だし、噂なんて七十五日だし、面白いし」
そうして執務室を出て行く背中。
 最後のが本音に聞こえたのは、気のせいだろうか。

  

20160923