黒子テツヤは製薬会社に務める研究者だったらしい。
だった、と過去形にしたのは勿論花宮が攫って来たからで、
このままもう二度と表の世界には戻れないだろうからだ。
製薬会社の研究者がこういった組織に誘拐されるのはそんなに珍しいことではない。
薬というのは紙一重だ。
一歩間違えば毒にもなるそれは、副産物でとんでもないものを生み出すことがある。
―――例えば、麻薬とか。

裏世界に生きる者にとって麻薬はとても良い資金源だ。
馬鹿な人間たちに少し口当たりの良い言葉と共に与えれば、恐ろしい程簡単に広まっていく。
人は群れずには生きられない生き物だ。
麻薬はそれを簡単にしてくれる。
そうして、それがもっと強固になるような幻想を見せてくれる。
あくまでも、幻想を。

地下倉庫につくと、黒子は既に目を覚ましていた。
「あの、此処は?」
ぼんやりとした目のまま黒子は問うてくる。
「場所は言えねー。ジャックのアジトだ」
名前くらいは聞いたことがあるだろうと教えてやった。
聞き覚えがあったのか、黒子はほう、と息を吐くと、こちらを見上げて来る。
「僕はこれからどうなるんでしょう?」
悲観しているような表情ではなかった。
それを少し気持ち悪いとも感じながら、山崎はすらすらと答えていく。
薬の開発をすることになるであろうこと、花宮の玩具になること、
そして自分がずっと世話係としてつくこと。
「へぇ」
そう呟いた表情にも特にこれと言った感情は浮かばずに、山崎は小さく眉を潜めた。

暫く経っても黒子のその感情に乏しそうな表情は変わらなかった。
時折薄く笑みさえ浮かべる彼は明らかに今までの玩具たちとは一線を画しているように見えた。
意識を飛ばす程花宮が抱き潰したあとでさえ、黒子のその態度は変わる気配すら見せない。
「…お名前を聞いてもよろしいですか?」
色濃い情事の名残を残したまま黒子は問うた。
その声はがらがらと掠れていて、山崎は棄てたはずの良心がつきり、と痛む音を聞く。
「…山崎」
「山崎さん、ですか」
ほわり、と微笑む。
山崎は瞠目した。
こんな酷い状況で微笑むなんて、そんな力が残っていることにもだが、
それが黒子が来て初めて見せた感情だったから。
「もし差し支えなければ下の名前もお聞きしてもよろしいですか?」
「…弘、だけど」
「弘さん、とお呼びしても?」
ぱちり、一つ、ゆっくりと目を瞬く。
何故、とそんな疑問さえ可笑しいかのように思えた。
それくらいに黒子は当たり前の顔で言ったのだから。

その弛む唇に若干の寒気を覚えながらも山崎は返す。
「好きにしろよ」
良かった、嬉しいです、と更に笑顔になる黒子から目を逸らした。
「これからよろしくお願いしますね、弘さん」
掠れ切ったその声が、あまりにも不釣り合いだと思った。



  



20131020