さよならはハッピーエンドか否か。
七
「準備、出来たヨ」
居間にいずみが入ってくる。
「あの、此処は願いを叶える店だと聞きました」
「そうだヨ」
「それには対価が必要だと」
「ウン」
いずみが頷く。
「今更こんなことを言うのも遅いのかもしれませんが、私に渡せるものなどあるのでしょうか」
既に奪われているようなこの身体で、何を貴方に差し出せば良いのでしょう。
そう言い募る悪魔にいずみはまたもため息で返す。
「君に残っていルもの。それで手は打てル」
「…そう、ですか」
その表情に絶望はなかった、寧ろこれで願いが叶うと、喜びに満ちているように見えた。
「今、お渡しした方が良いですか」
「…涼水」
「え、席外した方が良い?」
「ウン」
何がどうなっているのかは分からないが、残念ながらこの店の店主はいずみで、彼がルールだ。
「…分かった」
「あト、このまま彼女には行っテもらうカラ」
お別れするならどうぞ、と言わんばかりにいずみが一歩引く。
涼水は悪魔を見つめる。
短い時間だったが、心が傾くのには充分だった。
いずみならこれを情が移るとでも言うのだろう。
けれど、涼水はそれだけとは思えなかった。
「何て言ったら良いのか分かりません…でも、」
それを願うことすらきっと、知らなかったであろう悪魔。
「お子さんが、幸せになりますように。祈らせてください」
全てを犠牲にしてでも、と彼女が願うのならば、無力な涼水は祈るしか出来ない。
「…おかえり」
「ただいマ」
涼水が席を外して暫くしてから二人は黎明堂を出て行って、帰ってきたのはいずみ一人だった。
「あの人は…無事に彼の元へ行けたの?」
「ウン」
こっくりと頷くいずみ。
「迎えにきタ人が彼女を抱きしめテ、ハッピーエンドだヨ」
「ハッピーエンド…」
繰り返す。
本当に、そうならば良い。
物語のように綺麗に、綺麗に。
「…二人は、ちゃんと愛し合ってる?」
「恐らくネ」
「二人は、幸せになれる?」
「それハ…」
言い淀む。
別にいずみは未来が見えたりする訳でないのは分かっている。
それでも、聞きたかった。
いずみならばシビアな答えをくれるだろうから、その口で幸せになれると言って欲しかった。
「…本人たち次第ダと思うヨ」
曖昧な答えをくれるのはいずみなりの優しさなのだと分かっていた。
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20131103