すべて、なかったことに。
五
「それデ、君は今逃げていル最中ダと」
「はい」
いずみの言葉に悪魔は目を伏せる。
「けれど、もう時間の問題です。
この色がなくなる時が、リミットです」
此処のことをもっと早く知れていたら良かったのですが、とその瞳の奥に映るのは、
「最期の願いを、叶えていただけませんか?」
きっと、愛しい人。
「―――君の、願いハ?」
いずみの声が、魔法のように聞こえた。
悪魔はまた腹に手を当てる。
「この子を、彼に託したいのです」
「…ハーフであるのに?」
「そこは賭けですね」
人間の特性を色濃く受け継ぐか、はたまた悪魔の特性を受け継ぐのか、その両方なのか。
それは生まれてみなければ分からない、非常に危うい賭け。
「随分無謀だナ」
呆れたようにいずみが吐き捨てる。
「母親というノは皆、そういウものなのカ?」
「いいえであり、はい、と答えましょう」
大切そうに、大切そうに腹をさする手。
「子を捨てるような選択になってしまうことを悔いています。
この子の成長を見届けられないことが残念でたまりませんし、申し訳なく思います。
けれど、それ以上に、」
この子に、生きていて欲しいのです。
「…だカラ、父親に託スと」
「残酷なこと、なのでしょうね」
分かっていても、それでも願う。
それは人間も悪魔も一緒なのだと、涼水はぎゅっと手を握った。
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20131011