すべて、なかったことに。



「それデ、君は今逃げていル最中ダと」 「はい」 いずみの言葉に悪魔は目を伏せる。 「けれど、もう時間の問題です。 この色がなくなる時が、リミットです」 此処のことをもっと早く知れていたら良かったのですが、とその瞳の奥に映るのは、 「最期の願いを、叶えていただけませんか?」 きっと、愛しい人。 「―――君の、願いハ?」 いずみの声が、魔法のように聞こえた。 悪魔はまた腹に手を当てる。 「この子を、彼に託したいのです」 「…ハーフであるのに?」 「そこは賭けですね」 人間の特性を色濃く受け継ぐか、はたまた悪魔の特性を受け継ぐのか、その両方なのか。 それは生まれてみなければ分からない、非常に危うい賭け。 「随分無謀だナ」 呆れたようにいずみが吐き捨てる。 「母親というノは皆、そういウものなのカ?」 「いいえであり、はい、と答えましょう」 大切そうに、大切そうに腹をさする手。 「子を捨てるような選択になってしまうことを悔いています。 この子の成長を見届けられないことが残念でたまりませんし、申し訳なく思います。 けれど、それ以上に、」 この子に、生きていて欲しいのです。 「…だカラ、父親に託スと」 「残酷なこと、なのでしょうね」 分かっていても、それでも願う。 それは人間も悪魔も一緒なのだと、涼水はぎゅっと手を握った。   
20131011