例えば少しでも、力になれることがあるのなら。
第八話
「戻ってきたんだ?」
何処か楽しそうに言うHが少し離れた所に降り立つ。
対していずみは厳しい顔をして涼水を見た。
「…来たカラには腕の一本や二本の覚悟はあルんだろうネ?」
「勿論!」
自分だけ無傷でいようとなんて思っていない。
来たからにはいずみの盾になるくらいのつもりはある。
きっと、いずみはそれを望まないだろうけれど。
そこまで考えて、涼水はあれ、と思った。
「私がいることに驚かないの?」
「涼水が店に入ってきたノ、足音で分かったシ」
「あ、足音…?」
「毎日聞いてれバ覚えル」
それだけだ、と言わんばかりのいずみにそれ以上言うことができなくなる。
「これから…どうするの?」
話題転換とばかりに目を逸らしていた現実に目を向けることにした。
Hはこちらの出方を待つと言わんばかりの余裕さで、二人をにまにまと見ている。
「とりあえズあの邪魔ナ翼を削ぎ落とス」
空中戦が真面に出来ない、といずみはなんでもないことのように呟いた。
「えっ、それ大丈夫なの?」
「出血トカ今後の接続トカ考えテの質問だっタラ、大丈夫だヨ」
天使の翼って後付だからどうとでもなるの、という雑な説明に涼水は頷く。
頷くしか出来ない。
こんな場合じゃなければもう少し突っ込んで聞くのだが。
「僕が時間を稼ぐカラ涼水は台所カラ薄力粉持って来テ」
「分かった!…って、え?」
小麦粉?と問い返そうとすると、その口を塞がれる。
「アイツに聞かれル。間違っテないカラ早く取ってきテ」
「わ、わかった…」
台所に走っていった涼水の背後で、また金属同士のぶつかり合う音がした。
「何を取りに行かせたの?」
「お前に言ウ訳ないだロウ」
跳ばずに地で攻撃を受け流すだけのいずみにHはまたも唇を歪める。
「翼も持たない君に何が出来るの?」
睨みつける先にあるのは銀の翼。
あれさえ、なければ。
飛べない天使はただの人と大差ない、どうにでもなる。
たた、と後ろから聞き慣れた足音が帰って来るのが分かった。
「さっさと降参した方が良いんじゃない?」
「は、」
後ろへ伸ばした手に袋が乗るのと、その唇から嘲笑が漏れるのは同時だった。
「笑わせル」
涼水から受け取った袋の口を開け、中の粉をばらまく。
「小麦粉!?」
「甘いネ、兄サン」
火のついたマッチが落下していくのを、Hが目を見開いて見ていた。
爆風が辺りを包み込む。
「いずみ!」
「大丈夫、下がってテ」
じっとその中心を見つめるいずみ。
この爆風だったら確かに中にいるHは無事ではないだろう。
いずみが気を抜かないように見えるのは、
ただその姿を見るまで安心出来ないと言うことなのか。
白煙の中で、何か動く音がした。
「ッ」
背中に何も持たない影。
「甘いのはお前だよ」
いずみの眼前にHが迫る。
その手が細い顎を捉え、涼水が遅くも駆け出した瞬間。
ばち、と閃光と呼んでも差し支えない程の火花が散った。
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20140107