大分汚い言葉も吐いたような気がする。
後ろで自分を抑えている人にはも、ものすごく迷惑を掛けたと思う。

肩で息をしながら涼水は、ぽたり、と涙を落とした。



第四話
「…落ち着いた?」 紫子の問い掛けにこくり、と頷く。 「ねぇ、涼水、どうしていずみが貴方を置いていったか分かる?」 「…分かり、ません」 分かっているのは、あの言葉がすべてではないということくらい。 足手まとい。 それはきっと、決して嘘ではない。 けれども、すべてでもない。 いずみはあの瞬間に考えを巡らせて、 今の状態に少しでも合致する言葉の中から、涼水を一番傷付けるであろう言葉を選んだだけだ。 「あの子、ええと、私の前ではHって名乗ってたけど」 「私たちの前でも、そうでした」 「じゃあHのままで良いわね。 彼、何故瞳を隠していたのだと思う?」 目を隠す、意味。 Hの目は見えているようだった、見た感じ怪我をしているとか傷があるとかもなかったと思う。 では、何故。 暫く考えてみて、涼水は首を振った。 「わかりません…」 「そっか」 紫子はそれを嘲りはしなかった。 そのまま続ける。 「Hの瞳にはね、特別な力があるの。 そうね、簡単に言えば人を操れる力よ」 息が、止まるかと思った。 「そ、れは…」 「隠していた理由については推測になるけれど、 恐らく彼は分家の長男ということもあって、力が強いんでしょう。 だからみだりに力を使わないように、普段は隠しているんじゃないかと思うわ。 私も文献でしか知らない話だけどね。 発動条件はいくつかあるはずだけれど、目を合わせれば普通の人間ならば操れてしまうわ」 「じゃあ、あの時」 「…やっぱり、貴方を操ろうとしたのね」 いずみも神周辺のことについて詳しくは知らないでしょう、 でも、それでも貴方が危険に晒されたっていうのは本能で感じ取ったのよ。 紫子の切々とした声に俯く。 「いずみにとって、貴方は弱点になり得る。それは、分かるわね」 頷くことすら、出来なかった。 「…でも、」 震える声が喉から飛び出していく。 「でも、それでも、いずみのところへ行きたいって言ったら、笑いますか。 怒りますか。何も分かってないと、嘲りますか」 「涼水」 「いずみが大変な時に、一人だけ安全なところにいるなんて、そんなの…! 私、わたし…ッ!どうして、どうして私、力がないの…!!」 ずっと、ずっと、護られているみたいで、お荷物で、悲しませることまでしてしまって。 「わたし、いずみのためならどうなったって、いいのに…」 「涼水、」 強い声が遮った。 「涼水、それは間違ってる。 涼水が傷付いたら悲しむ人がいるでしょう。 貴方の身体も心も、貴方一人のものじゃない」 「じゃあ!…それなら、いずみだってそうだ!!」 止まっていた涙が溢れだす。 「いずみだって、いずみだけの存在じゃない…」 草希、イザヨイ、洵、凜、鹿驚、常連客の人たち。 たくさんの人の中にあって、それが当たり前のようにすら思えて。 良い感情ばかりじゃないかもしれない、悪い感情だってあるのかもしれない。それでも。 「いずみがいなくなったら…私…ッ生きて、いけない…」 例え世界の何処かに存在すると分かっていても、これが我が侭だって分かっていても。 「いずみの隣じゃなくちゃだめ、いずみの代わりなんて何処にもいない…!!」 たった三年にも満たない時間だと人は笑うかもしれない。 けれどそれほどまでに離れがたい、この感情は嘘じゃない。 大切な、大切な存在。   
20131227