「まァそうだケド…性別なんテ所詮記号デショ」
「そう言うなよ。僕らにとっては死活問題なんだから」
なんでもないことのように会話を続ける二人を、涼水は見ているしか出来なかった。
第三話
「“ら”っテ…一緒にしないデくれル?」
「冷たいな」
Hは口元だけで優しく笑ってみせた。
顔の半分以上が包帯で隠れていると、それも嘘くさくしか見えない。
「僕はお前に戻って来て欲しいと思ってるんだよ。世界で唯一の、我が家へ」
「生憎だケド、僕は此処が気に入っテいるんダ。
それ二、残念ナことに心に決めタ人もいるカラお前に付いテ行くつもりもナイ」
ばっさり一刀両断。
涼水はその言葉をじっと聞いて、そして少しだけ目を細めた。
いずみの心の決めた人。
その人は、もう。
「…なんで分からないかなぁ」
心底馬鹿にしたような声だった。
「お前が誰を好きだとか関係ないし、そもそもこれは告白なんかじゃない。
今日初めて会ったお前に愛の告白をする程、僕は色ボケしてないよ」
Hが自分の耳の辺りをいじると、ふわりとその包帯が緩んだ。
「言っただろ。これは、命令だ」
現れたのは紅い瞳。
それと同じ色を涼水が見たことがある。
三ヶ月ほど前。
無機質なコンクリートの建物。
忘れることなど出来ない血の匂いと胸を抉るような微かな記憶。
でもその時よりもいっそう冷たい色だ、そう思っていると、Hが涼水の方を見た。
瞬間、涼水の視界は何かに遮られる。
続いて感じたのは風。
「いず、み?」
ふにりとした感触と冷たい温度で、視界を覆っているのがいずみの手だと気付いた。
続いて、風は自分を抱えて走るいずみによって起こされているとも。
「…最悪」
「えっ、それってどういっぎゃっ!」
舌を噛んだ。
痛みに悶絶している間にいずみは裏口に辿り着いていた。
「エンドローズ!」
苛ついているというのを隠そうとしない声でいずみが叫んで、
そのまま涼水ごと先の見えない扉の中へと飛び込んだ。
若干の衝撃と共に二人は地面に着地する。
「あら、いずみ?…に、涼水まで。また妬ける体勢で入ってきたわね」
「マスター!?」
そう叫んでから先ほどいずみがこの店の名前を叫んでいたことに気付く。
裏口にこんなワープ機能があったことだって初めて知った。
そろそろ店の機能くらいはいずみを問い詰めても良いかもしれない。
「っていうか、いずみ!」
「何?」
「いずみって女の子だったの!?」
その細い腕から降りながら問う。
カウンターの向こうで紫子があら、と声を上げるのが聞こえたが気にしていられない。
「今更…っていうカやっぱリ涼水、僕のこと男ダと思ってタんだネ」
そうだと思ってた、などと続けられれば恥ずかしさが急激に増してきた。
「しかも…年上…」
「アー…その辺は僕モ今日初めテ知ったカラ大丈夫」
穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
「紫子」
顔を赤くして俯いている涼水を放って、いずみは紫子を呼んだ。
「涼水を頼めるネ?」
「勿論。…私にも一因あるようなものだもの」
「だよネ。微かだケド薔薇の香りがしたカラそうカナって思ってタ」
「ま、待って」
慌てて割り込む。
「それって、どういうこと?
いずみ、まさかアイツのところに戻るんじゃないよね」
「そのまさカだケド」
「何で!?」
その言葉にいずみは少しだけ笑ってみせた。
「そうだネ、僕の問題デモあるカラ…そう言っテおこうカナ」
「なに、それ…じゃあ私も連れてってよ!」
「それはダメ」
衝撃に尻もちをつく。
顔を上げればいずみはいつの間にか店の扉に手をかけていて、
どうやら突き飛ばされたらしいと知った。
「いずみッ」
「涼水は、足手まといだカラ連れていけナイ」
がちゃん、と扉が閉まる。
からんからん、と入り口の鈴の音がやけに響いて聞こえた。
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20131223