絡み付いてくる鎖から、逃れる術など。
ねぇ、だれか、×××。
第十一話
「ねが、い?」
は、と笑い飛ばそうとしたHに、いずみが静かにあるでしょ、と重ねた。
「君はずっト願っていタはずダ。
もしモこうであったラ…そウ、夢見ていタはずダ。
立場故ニそれは言葉にスラされルことはなかっタけれド、
ずっト、君の奥底ニはびこっていタ。…違ウ?」
すらすらと、まるで心でも読めるかのようにいずみは紡ぐ。
「違う」
「違わなイ」
「違うって言ってるだろ」
「…目を逸らス」
は、と笑って外された視線をいずみが見逃すはずなく、間髪入れずに指摘が入った。
「嘘を吐ク時、目を逸らス人は多イ。
特ニ、本当ニ知られたくなイことについてハ、笑っテ誤魔化スことも多イ。
これハ訓練トカ慣れトカでどうにデモなるものだケド、君は自分のことを世間知らズと称しタ。
事実、解毒剤のことにスラ気が回っテいなかったのだシ、
そういっタ環境に置かれていタとは考えにくイ」
「…僕が、嘘を吐いていると?」
憎々しげにいずみに視線を戻したHの瞳と、同じように紅いいずみの瞳が交差する。
いずみは、Hの力の影響を受けないのだろうか。
震えた涼水に気付いたように、隣に立っていたアルトがそっと手を握って来た。
「H、君ハ、嘘が下手ダ」
「…お前は、僕のことなんか何も、知らないだろう」
「ウン、知らないヨ。…デモ、見ていれバ分かル」
暫くHは何か言葉を探しているようだった。
震える唇を噛み締め、拳をぎゅっと握る。
その拳から力がゆるゆると抜けていくと、Hは項垂れながら口を開いた。
「婚約者は、既にいるんだ」
その言葉に涼水は僅かに目を見開く。
玄関で聞いていた話からは、そんな存在がいるとは想像出来なかったからだ。
「相手は従兄妹で、血の濃さも充分だ」
では何故、と思う涼水の思いに応えるかのように、Hの独白は続いていく。
「家のために、それ以上であろうお前を探し出すなんてこと、別にしなくても良かったんだ。
確かに僕とお前の子ならば血はもっと濃くなって、力の強い子が生まれるだろう。
けれど、どうしてもそうしなくてはいけないほど、世界は不安定じゃない」
もしも神さえも戦に巻き込まれるような、そんな時代に生まれたのだったら。
話は変わっていたかもしれないな、とHは続けた。
「…お前が、苦しいんじゃないかって、そう思おうとしたこともあった。
僕と同じに生まれたはずの妹ならば、僕と同じ程度の力を持っているはずだと思っていた。
…でも、そうじゃなかったんだな」
いずみは答えない。
「あの家が嫌いな訳じゃないんだ。
僕は僕に課せられた使命をこの上なく誇っている。
だから、これはただの反抗期か何かなんだ、思春期の逃避行動だ、モラトリアムだ。
…ただ、それだけなんだよ」
「…さテ、願いを聞こうカ」
深まる笑み。
愉しそうで、甘くて、まるで絶対的に与える側であるような。
「少しの間で良い、血筋から外れた生活がしてみたい」
Hの目はもう、最初に見た時のような冷たさを保ってはいなかった。
ぐらぐらと揺れる、水底を転がるビー玉のように。
「対価が必要だけレド」
「僕のこの力の一部、でどうにかならないかな。
流石に全てを渡す訳にはいかないけれど、それなりに強い力だと自負しているよ。
…足りない、かな」
「イヤ、充分だヨ。三年くらイは行けるだロウ」
いずみが片手を、何かものを受け取る時のように差し出した。
「さァ、始めるヨ」
ふっと、視界が狭まったような、そんな気がした。
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20140109