君のいない街 目が覚めたら、この世界からすべての人がいなくなっていたとしたら? 何言ってんだこいつ、とそういう顔を出来ていたらきっと正しかった。 「何、突然。昨日何読んだワケ」 「べつに、なにも」 「じゃーオレが寝たあと、一人で映画でも見たの」 「特にそういうのもないです」 「え、じゃあ何、突然。どうしたんだよ、殺しすぎて頭の中お花畑になった?」 仕事で、人を守るために。同じ形をしたものを、仲間を、仮想とは言え殺しまくる。そんなヒーローがいるのだから本当にこの世界は狂っている。そう思っていた。 思っていたけれども、目の前の、なんだかんだどうでも良い理由でセックスなんてするような、そんな男が狂っているのも分かっていたけれども。だからと言って、その質問は、そのもしもはあまりに想定外でぽかん、とする。 「………夢を、見たんですよ」 一つ下の、まるで菩薩みたいな顔をした、その顔で同じ形のものを、仲間を、仮想とは言え蜂の巣にするヒーローは言った。 「ゆめ」 「夢です」 繰り返す。 「悪夢?」 「悪夢かもしれません」 ゆらゆらと定まらない口調で、昨晩馬鹿みたいに盛っていた男は泣きそうな顔をした。 「全員、いなくなってたんです」 荒廃した世界で、ここが、ぜんぶ。 それがどんな悪夢だったのか、分からないけれど。縋るように伸ばされた手が、とてもふるえていて、ああ怖かったのだな、と思った。 「俺たちは守るものでしょう、」 「そうだな」 「なのに、何も出来なくて、」 「うん」 「気付いたら、ぜんぶ、」 「つつみ」 名前を呼んでやる。いや、と首を振って言い直す。 「だいち」 震える手を握って、笑ってやる。 「それは夢だ」 「ゆめ」 「お前が言ったんだろ」 「そうですね」 「だから大丈夫だ」 ここは三門市で、近界民なんてものに襲われていて、それから街を守るための機関があって、そこに所属するヒーローがいて。馬鹿みたいに殺しあって、それは全部仮想だけれど。 「お前の目の前に、諏訪さんはいるだろ」 「………そう、ですね」 一気に現実に引き戻されました、とワントーン低く言ってみせる後輩に、このやろう、と肩パンを食らわせた。もう大丈夫ならそれで良かった。 諏訪にとって、堤一人でもいなくなれば世界のすべての人が消えるのと同等だなんてそんなきもちの悪いこと、言わなくて良いのなら、それで良かった。 * ask *** 完璧な街にあるべきものとはなんですか? お前のことが大嫌いなんだ、とその明日いつだってにやにや笑っているように見える不真面目な瞳がこちらを見やって、一層深く刻まれてからぺろっとそんなことを言った。 「嘘吐きですね、諏訪さん」 なので同じように―――とはいかないだろうが笑ってやる。 「アンタ、オレのこと大好きじゃないですか」 「そーだな、ダイスキだよ」 「ほら嘘じゃないですか」 「何大地クン、お前は好きと嫌いが同時存在しないとでも思ってんの?」 にやにや、にやにや。 堤大地は困ったことに、この顔が嫌いではない。 「思ってませんよ」 「じゃーオメーの負けだな」 「戦ってたんですか」 「そうかもな?」 人の腕の中に滑り込んで来て、そこが絶対の場所みたいな顔をしてみせる。堤のすべてがその人のものだと、まったく疑いのない目でにやにや笑いながら見上げてくる。 「まぁ、ほら、でも」 「ンだよ」 「どっちにしろ、諏訪さんはオレの中で絶対嫌いじゃないとこ、あるでしょう」 「…お前ってさぁ、」 悪戯な手が伸びてくる。 「誘うの下手だよなぁ。そんなんだとオンナノコにはモテねえぞ?」 「別にモテなくていいですけどモテて良いんですか?」 「よくねーよ」 鷲掴み。 「さーて、せっかく拙いお誘い頂いた訳だし、諏訪サンがダイスキな堤の大地クンでも可愛がってやるかー」 「…アンタってホント、サイテーですね」 そのサイテーが好きなのは誰だよ、と問われてしまえばもう、笑うしかなかった。 * ask *** かみうさぎ 同じ朝を迎えることの、なんと美しいことか。 「やっべ、占い見逃した」 「十二位でしたよ」 「うそつけ」 こたつから出てこないその人にしれっと嘘を吐くと流石に見破られた。 「お前の言う通りだったら二週間連続ぺんぎん座最下位じゃねーか」 ぺんぎん座の皆様に謝れ、とぎゃんぎゃん騒がれても、その身体がこたつの中にある所為でまったく怖くはない。別に、こたつから出ていたら怖いかというと、そうでもないのだが。 「諏訪さん」 「むり。こたつあったけえもん」 「もんとか。アンタ幾つですか」 「にじゅういっさーい」 「しねよ」 全く思ってもいないことを口にする、なんと平和なことか。 「じゃんけんまでには」 「そう言って先週じゃんけんしたの俺なんですけど」 「全敗だっけ?」 「全敗です」 「全敗って逆にすげーよな」 「ソウデスネー」 「良いじゃん、負けてもポイントくれんだから」 他愛ないことを言うその人の、 「なあ堤」 「なんですか」 なんと、 「すきっていって」 愛おしいことか。 * ロペ *** 愛はためすもの。 諏訪洸太郎は浮気症だ。そんな奴と付き合っている堤大地は馬鹿なのかもしれなかったが、それでも諏訪を好きだという気持ちと、彼の中の一番であり続けているという矜持が別れる≠ニいう選択肢に蓋をしている。 何が欠けている、とかは、正直考えられなかった。堤が男であるということを除いて、堤は恋人としての責務を全うしていると思うし、諏訪に不満など抱かせていないはずだし、実際不満なんて抱いていないと彼は言うのだが。それでも諏訪は浮気をする。その辺の女だったり男だったり様々だけれども、堤に隠しもせずに浮気を繰り返すのだ。 ―――どうして。 その疑問は何度もぶつけたし、その度にもうやらないとの言葉をもらってはいるが。 本当に。 どうして諏訪は浮気を繰り返すのだろう。そして、 「………ホント、」 どうして、それでも嫌いになれないんだろう。 *** ラッピングハート 目を閉じてみる。視覚情報がシャットアウトされて、なんだか今此処にいないようなそんな心地になった。みーんみんみん、耳の底に響く音。それは別に夏と言って連想する、画一化された一般的なものではない。 忘れられない、とある日に聞いた音、そのままだ。 「おまえさあ」 その時はもう少し暑かったな、と寝返りを打った。こうしてやることもなくごろごろしているというのは、自分たちのついている職業のことを考えるとなかなかに平和的で良いのかもしれない。 「なんですか」 暑さにやられているのか、その声にははりがなかった。 六畳一間のその部屋のクーラーは、昨日の晩からうんともすんとも言わなくなってしまっていた。起きたら買いに行こう、そんなことを言って一緒の布団に寝転がって。なんだか良く分からないが双方妙にやるきになってしまって。 妙なおもだるさと暑さでうまく眠れず、ぐだぐだと転がっていたら時間なんてあっという間に過ぎていた。 「あの日の約束覚えてんの」 「どれですか」 「忘れてんのかよ」 「アンタすぐ約束っていうからどれかわかんないんですよ」 「ヒント夏」 少しの間脳内を検索していたようだが、すぐにああ、と無感動な声が落とされる。 「わかったのかよ」 「アンタがいっとう真剣に言ってきたあれでしょう」 「まじで分かってるし。きっしょ」 みーんみんみん、蝉がうるさくて。 呻きながらごろごろと転がりまくった所為で、見遣った角度は斜めっていた。そういえば、と思う。そういえば、あの時もこんな角度だった。斜め前に背中があって、だるっとしたティーシャツは汗だくで、肩甲骨の位置がやたらはっきりと分かって。そんなことに気付いてしまったものだから、まるで零れ落ちるように出たその言葉が、そのまま約束になってしまっても何を言うこともなかった。 ―――あン時、オレ、完全だったろ。 黒トリガーみたいなモンだよ、と叫んだ気がする。お前の目の前で、確実にそれはオレであるのにオレの形をしていなくて、話も出来ないで、思い出だけがそれにまとわりついている。それって、もう、完全だろ、と。 それに何が返って来たかは覚えていない。ただ少しの会話のあと、じゃあ次にそうなったら、俺が壊しますから、そう言われて小指を絡めた。 ―――本部で解析が出来ても? ―――ええ。 ―――責任問題を問われても? ―――ええ。 ―――そのことで日佐人や小佐野に恨まれても? ―――ええ。 今思い出しても必死だったと思う。何をそんなに、ときっと思われていただろう。聞かれなかったのは単純に、聞いても理解出来ないだろうとさっさと諦められたからだった。 「アンタの中で、」 斜め先で唇が動いた。 「思い出は今も完全ですか」 小さな、声だった。 周りの音に、蝉の声に掻き消されてしまいそうなほど。だから、口を開く。にっと笑みを浮かべて、どうでも良いことを喋るように。 「なんか、言ったー?」 いち、に、さん。間を置いてからはあ、と息を吐かれた。 「いーえ、何でもありません。行きましょう、電気屋さん閉まっちゃいます」 手をついて立ち上がる背中を見る。 「行っても今日取り付けは出来ねえだろ」 「朝一で行ったってその日のうちに、なんてそうそうないですよ。扇風機も買ってきましょう。小さい安いので良いんで」 「今から着替えんの」 「着替えましょうよ。寝間着ですし。汗だくですし」 「シャワー浴びてえんだけど」 「浴びていいですから。扇風機買いに行きましょう」 「はいはい」 仕方なく立ち上がった。くらり、と暑さで一瞬、視界が歪む。 肩甲骨の位置は、いまいち判別がつかなかった。 * この箱は完全だから壊そうねって約束だった暑い日だった / 哉村哉子 *** 犬 すごかったですね、と堤が言った。だから何が、と返した。 「何がじゃないですよ、三雲隊ですよ。三雲はいなかったですけど」 「あー、あれか」 「あれかじゃないですよ。来週当たるんですからね。荒船隊もいますけど、どーせ荒船隊と潰し合わせて、なんての出来ないんですから」 聞いてたよ、と呟く。 今日のあの対戦を諏訪だって見ていた。だから分かっている。来週は一筋縄ではいかない、いつだってそんなすんなり勝てたことなんかないけれど。 「何、お前は負けそーって思ってんの」 「思ってませんよ。アンタが勝てって言えば勝ちますよ」 「なんそれ、犬宣言?」 「なんで犬なんですか」 「なんとなく」 そーゆーの、犬みたいじゃん。 笑って見せる。 「尻尾振ってみせろよ」 「はいはい今振りました」 「お前さぁ、そういうの誰にでもすんの」 「アンタにだけですよ」 満足ですか、と言われたので大満足だ、と返した。 「んじゃまー勝てよ、堤」 「他人事みたいですね」 「他人事っちゅーか。オレは最初っから勝つ気満々だし」 「は、そーですか」 犬歯を剥いて、犬みたいだと言ったその口で。 目の前のその人間よりもずっと犬らしく、笑ってみせた。 *** はらいそ 世界のどこかに住めるとしたら、どこに住みたい? テレビのそんな声が聞こえたのは偶然だった。 だるい首をもたげて見れば、テレビの中では馬鹿っぽい司会者が笑っていた。にこにこにこにこ。可愛い顔をつくって、番組を進行する。それが仕事だから。 なんら自分たちと変わらない。仕事だから彼女は笑う、俺たちが仕事だからと同じ形をしたものを殺すように。 「諏訪さんは、」 ふいに横で声があがった。 「なに、起きてたの、お前」 「起きてました。このソファかたいですから。寝るのには向かないです」 「寝てんだか起きてんだから分かんねえ面してんのに良く言う」 「それ、今関係あります?」 「ねーかも」 「ですよね」 言うことがないからって、とため息が吐かれる。そんなんじゃねーよ、と言葉にはしない。ずっと言いたかった、でも言うタイミングがなかった、お前にはどうでもいいことだろうけれど。 「諏訪さんは」 先ほどの続きだろう、また声があがる。 この声を、一体何人の人が聞いているのだろう。そして、こんな安らぎを得るのだろう。聞く人間はきっと多い。良くオペレーション業務も入るから。機械を通したざらざらの声に、何度見たことのない景色を見ただろう。何度。 これが、この日常が、うつくしいものなのだと突き付けられただろう。 「何処に住みたいですか」 「何、さっきの話?」 「ええ。他に何があるんですか」 「何って言われてもな」 ねーよな、と言えばないですよ、と返って来る。お前は律儀だな、言わないけれど。もごもごと誤魔化してお前は、と問う。無難な場所が返って来る。誰でも言いそうな、それこそテレビでたった今、出演者が言ったような、なんの変哲もない場所。どうして、なんて。言わない。 「諏訪さんは?」 どうしても、聞きたいらしい。 「おれ、は」 一瞬、意識が飛ばされたような気がした。何もない、何もない場所。なんでも望むものが手に入るのに、ひどく、さびしい場所。否、さびしいも分からないような、場所。 笑う。笑えるのは、今此処にいるからだ。そう思ったらまた笑うしかなかった。笑い始めたら怪訝そうな目線が送られてくる。お前が、おまえが、きいたのに。 「おれは、」 耳元に唇を寄せてやる。こんな馬鹿な話、知るのはこいつだけで良い。 その囁きを聞いたその目が、大きく見開かれた。それで初めてそいつが起きているような、生きているような、そんな実感が湧いて来てまた笑った。 * ask *** 声 お前の声好きだな、とぽろりと隣の人が零したのはいつものオペレーション業務中で、いつだか何かロボットでも動かしてるみたいで心が踊るだろと子供のような顔で笑った、そのたくさんのボタンの上で指を遊ばせている時だった。なんてことない、そんな横顔に思わずへえ、そうですか、なんて言ってそれからはぁ? ともう一度向いた。此処でそのまま流せれば良かったのかもしれない。けれども堤大地はまだ二十歳になって半年も過ぎていないのだ。大人の階段というのはそう一飛びに上がれるものでもない。堤はまだシンデレラなのである。話が逸れた。 ともあれまだ子供の域を出ない堤にとって、隣に座る同僚の―――もっと言えば同じ隊で、その隊長を務めていて、一つ上の、諏訪洸太郎のその何気なさそうな一言は聞き流せるものでもなかった。悔やまれる。どうしてこんな言葉を投げかけられる前に大人になっておかなかったのか。それは常日頃からこの人の子供っぽい言動に引っ張られているからだ。ハイ、結論出ました。解散。 とはならないのが現状だ。まだまだオペレーション業務は始まったばかりだった。諏訪も諏訪だ、そんなことを言うのならもっと業務が終わったあとだとか、そのままハイ解散、と出来るようなタイミングで言うべきではなかったのか。タイミングなんて上から下までいろいろあるけれど、何もこれでなくても、というところを選んできたのは何故なのか。堤に対する嫌がらせだろうか。大学生のレポートをまだ高校生だった頃から手伝わされている堤に、更にまだ重荷を背負わせようと言うのか。どんな鬼畜だ。こんなのが隊長をやっている隊で隊員をしているなんて、とその思考は自分を責める方向にやってきた。いやいやいや、今責められるべきは妙な発言をした諏訪だ。今も画面の向こうを食い入るように見ている、諏訪だ。一つ上の先輩、自隊の隊長、なんだかんだで手の掛かる人。 「諏訪さん」 「あ? って堤、お前ボタンボタン」 もう始まってる、と言われて慌てて画面に向き直る。なんてことないような顔をしてくれやがって、いやしてくださって、と心の中でだけ悪態を吐いた。その間にもちゃんと画面の向こうでは模擬戦が続いていく。堤よりも少し年下であろう子供たちが、無邪気に殺し合う姿。それを眺めつつ、勝手に機械が測定するトリオン流出などの情報を読み上げる。 画面の中の勝敗が決まってから、どっと疲れがこみ上げてきた。別に手に汗握るような接戦だった訳ではない。冒頭の一言の所為である。原因とも言える当の本人は今のやつの動きは結構良かったかもな、なんて呑気に感想を言っていて、気にしている様子もない。 声が、好きだなんて。 そんなことを、言ったのに。そこまで思って、やっと堤はあれ、と思った。 どうして、こんなに気にしているのだろう。 諏訪はきっとただ、思ったことを呟いただけなのだろう。声を褒めることくらい、よくよく考えてみれば普通にする。まぁ確かに少し照れくさいし、この年代ではそう多くあることではないかもしれないけれど、だからと言って可笑しいことでもない。ないのに、どうして? 胸がどきどきと言っていた。お前の声好きだな、何度も何度も繰り返される。 「オイ、堤ィ。さっきのみたいなのやめろよな。オレ此処の業務気に入ってんだから、他ンとこ回されるようなヘマすんなよ」 誰の所為だ誰の。 「オイ。オイってば。堤。堤くーん。聞いてますかー」 「………聞いてます」 思考停止しそうになっている人の顔を覗き込み、変顔までして来る諏訪をえいと退ける。 「何、どったの。腹でも痛い訳?」 「そういう訳ではないですけど」 「じゃあ何」 「アンタが、」 「オレが?」 ぐう、と唇を噛む。どうして、なんて。 「アンタが、変なこと言う、から」 目がぱちくりと、瞬かれた。 「え、何? オレ何か言ったっけ」 「言いましたよ、俺の声が好きだとかなんとか」 「あ、声出てたのか。いーだろ、それくらい。いつも思ってんだから」 くらり、眩暈がしそうだ。いつもってなんだ、いつもって。いつも思ったのか。この、すぐ隣の席で。子供みたいに画面に向き合いながら、その耳だけを。 堤の、声に。 「なんでお前耳真っ赤なの? あ、照れてんだろ!」 そうだよ照れてますよ。 「なになに堤くーん、声好きって言われて嬉しかったんだ?」 そうだよ嬉しかったですよ。 「でもホントのことだからさ、自信持って良いと思うぜ。お前の声、ほんと、好きだし」 何かいろいろ限界を突破する音が聞こえた気がした。 「―――〜ッもう、アンタ、ホントになんなんです…」 「部下褒めるくらい良いだろォ」 「そうじゃなくてですね、なんですかスキスキって何度も何度も! 小学生ですか! 照れるんですよ!! 好きとか言われたら!!」 頬が熱い。ついでに言うと頬以外も、というか身体全部が熱い。多分今、堤大地という個体は発熱している。このままだと地球温暖化に貢献してしまう。 「何それ」 諏訪は、いつものように笑っていた。火を付ける気があるのだかないのだか、よくわからない煙草を咥えたままで。 「お前、なんかそれって、オレのこと好きみたいじゃん」 ちなみに、ここまでの会話がすべてオペレーションルームで行われていて、その部屋には堤と諏訪以外にも人がいることに堤が気付くのは二十三秒後のことである。 * アニメおめでとう *** 街は僕らを喰ってそうして生きていく。 R18 あなたの町で生まれた有名人は? テレビの音に気を取られたのは一瞬だった。すぐに構ってほしそうなその人が噛み付くようにキスをしてきて、気を散らすなと警告をする。 「諏訪さん、ほんとアンタ、だめですね」 「だめってなんだよ」 「だめはだめですよ」 「年上に向かって」 「年下みたいな態度してるくせに」 息を共有するような距離。そんな近くにいてもへらへらとした笑みで、何処へもいくなとそんな子供のような顔を隠そうとする、その人を。 「………嵐山かな」 「何がです」 「さっきの。お前が気ィ散らしたやつ」 「アンタも聞いてたんじゃないですか。おあいこじゃないですか」 「うっせ。諏訪さんにキスしてもらったんだからいーだろ」 「なんですかそれ、望んでませんし」 「ほんとに?」 「………嘘です」 「ははっ、そーだろ」 堤は一人に出来ない。この人に、出会ったその日から。 「…きっと、俺の中ではさ、ずっと嵐山とかなんだよ。嵐山じゃなくなっても、きっと、アイツの後継とかなんだよ」 「そっすね」 「お前もそうか?」 「はい」 「そっか」 安心したように溢れる、いつものヤニ臭さを忘れたような笑み。 「ならいーんだ」 「はい」 「続き」 「自分で腰おっといてそれですか」 「オメーが気ィ散らしたのが先だろ」 「だから散らしてませんって」 降りて来るキスを受け入れる。さっきの獰猛さも失くした、やわらかいキス。顔から想像出来ないような、子供のようなキス。こんなキスをしてくるこの人を、こんな危険な場所に、一人。 残していくことなんて出来ないと、そう思ってしまったのが運の尽き。 * ask *** 真実には至らない ごうごうと空が鳴っていた。近界民(ネイバー)が襲来すること以外ではその他の地域と変わらない三門市のローカル情報番組が、今週末には桜が見頃だなんて言っていたのに。割りと楽しみにしていたのだが、この嵐では蕾ごともぎ取られてしまうかもしれない。 毎年のように花見だなんだと騒ぐ自隊の隊長のことを、堤はよく分かっていた。だからその騒がしさが今年はないのが心配だったし、その理由も分かっているのだから、尚のこと。 風ががたがたと窓を揺らしていく。この嵐の中、避難と言ってやってきた諏訪を追い返すことは出来なかった。一応食料は持ってきていたし、貢物(この前欲しいとこぼした本)も貰ったし、料理もしていたし、堤も堤で暇を持て余していたことだし。そもそも、堤の中に諏訪を追い払うなんていう選択肢はないのではあるが。 諏訪の肩を見てから、堤ははぁとため息を吐いた。 「そういえばこの間の防衛任務で風船拾ったじゃないですか」 何だ突然というように、諏訪がぐるりと首を回す。それと一緒に動いたものを見て、堤はあーあ、と思った。 「あれ、何処も傷付いてなくて、普通に膨らみまして。まぁ人間の息だから浮かないんですけど」 「…へえ」 どうやら深く突っ込まず聞くことにしたらしい。そのまま続ける。 「でも風船膨らましても、とか思ってたら小さい女の子が近寄って来て」 「ついつい手を出したと」 「なんでそうなるんですか。風船欲しいって言われたからあげただけですよ」 「なんとなく。お前そういうの得意だろ」 「得意じゃないですよ。たまたま誰かさんが引っかかっただけで」 「別にものに釣られたつもりはねーよ」 「誰も諏訪さんのことだなんて言ってないですよ」 沈黙。 諏訪が居心地悪そうに肩を回した。 「肩こりですか?」 「最近ひどくて」 「どっちも?」 「いや左だけ」 いつもその、左側を堤に任せている自覚はあるのだろうか。いやきっと、利き手で持つたばこの煙を、彼なりに人から遠ざけた結果なのかもしれなかったけれど。そういうことを堤は問わない。問うたところで真面な答えが返ってこないことも知っている。 「運動不足なんじゃないですか?」 「ンな訳ねえだろ。シてんじゃねえか」 「喘ぐだけじゃあ運動にはならないでしょう。自分で動かないと」 「やーだ大地クン、そういうのが趣味なの」 「趣味っていうかそういうのも見たいです」 「そういうもん?」 「そういうもんです」 また、沈黙。 諏訪がこうも会話を途切れさせるというのは正直珍しい。別段おしゃべりという訳ではないけれど、会話というものが好きなのだろうと、そう思わせるくらいには何かしら言葉を拾う人間だ。堤から会話を途切れさせるならまだしも、諏訪が言葉を返さない、なんて。 「そういえば俺、この間告られました」 「何それ」 「断りましたけど」 「何で?」 何でも何も、とは思ったが、それには答えず先を続ける。 「大学の子で。真面目そうで良い子そうだったんですけど」 「でも断ったの」 「はい、断りました」 「何で?」 二度目の問いも無視をする。この程度でへそを曲げるような人ではないと分かっているので、気楽に無視が出来るというのもある。 と、そこまで思ってから、意外とこの人のことを分かっているのだなと少し感心した。自分のことなのに。諏訪も諏訪で、同じように堤のことを分かっている気もする。だからこそこのひどい嵐の日に、堤の家まで連絡もなしに押し掛けてきた。 「まぁでもちょっとタイミングが悪かったっていうか」 「ふうん?」 「フッてちょっとした後に、その子が泣きながらまた来て」 「修羅場か」 「ちょっと違いますけどね。諏訪さんと付き合ってるなら言ってくれれば良かったのに、って」 なんか見てたらしいです、と続けられた言葉が何に掛かっているのか、この人が想像出来ないなんてことはないだろう。 大学生は大学生らしく、というのがこの人の信条だ。それには概ね同意はする。大学生には大学生にしか出来ないことがあるから、大学生らしく謳歌するのはとても良いことだ。その大学生らしく、に良いサボりスポットで唐突に盛るというの入れなければもっと良いかもしれない。 「オレたち付き合ってんの」 「付き合ってないんですか」 「付き合ってると思うけど」 「なら良いんじゃないですか」 泣かれはしましたけど言わないって言ってましたし、と付け足せば女は信用なんねーよ、と諏訪はたばこを取り出した。それは信用ならない女とばかり付き合っているからな気もしたが、それで諏訪が隣にいるのだから深くは言及しない。人の部屋で吸うなという文句はもうとっくに諦めていた。勝手に灰皿まで持ち込まれれば、堤だって苦笑するしかなくなる。 なぁお前さ、言葉と一緒に吐き出した煙が漂ってくる。 「もしかしてさあ、慰めてるつもりなの」 「何でです? 諏訪さん俺に慰められるようなことありました?」 「ねーけど」 「じゃあ違うんでしょう」 「じゃあ何」 「何って」 特に何もなかった。ただ諏訪と会話をしていたいな、とそう思っただけで。 「どっちかってとお前にある気がするけど」 「何がです?」 「慰められるようなこと」 「ありましたっけ」 「雷怖いくせに」 ほら、と思った瞬間に少しだけ頬が緩んだのだろう。諏訪もそれに気付いたはずだが、何も言わずにたばこに集中するふりをしていた。 「…そこまで、怖くないですよ」 「でも怖いんだろ」 「はいはいありがとうございます。諏訪さんがいてくれて助かりました」 「投げやりだな」 「じゃあもっとほら、くっついたりとかしてくださいよ」 それらしく、と手を広げてやると、それらしいため息を吐かれた。まだまだあるはずのたばこが灰皿へと押し付けられる。ぐりぐりと、あれではもう吸えない。 「誘ってんの?」 ざあっと、雨の音が急に近くに聞こえた。まだまだ雷は遠い。遠いけれども開けっ放しのカーテンから、向こうの山が少し光っているのが分かる。 「………それ、どっちかってと俺の台詞な気がしますけど」 「何、堤クンの大地クンはこんなので良いんだ?」 はぁーと盛大なため息。のそのそとやってきたその人の腕を掴んで、そのまま一緒に床に転がる。 「馬鹿ですね」 左側だけ冷たかった。或いは目の映るものの所為でそう感じた。 「こんなのが良いんですよ」 だから諦めてくださいね、というのは口にしなかった。口にしても伝わらないと思った。ただただ恨みがましそうな視線を受けながら、堤は諏訪にキスをする。 ひどくまずいキスだった。でもこのまずさが好きだった。 * 雷雨来て窓を眺めることもせずあなたの心の雷を憂う(河嶌レイ) はなつかさんお誕生日おめでとうございます! *** 20140721 20140809 20141204 20150809 編集 |