アンタには一生わからない 

*黒トリ化

 はらはらと、自分が消えていくのか分かる。このまま林藤匠というものは消えて、残るのはただの武器になる。その記憶も心も保持しない、ただの武器に。きっとこの人はそんなこと、思っていなかっただろう。林藤が、この人のために何かを、生命を賭けて何かをするなんて、思っていなかっただろう。
 だから、唇をつり上げる。
「ざまーみろよ」
どれだけその笑みが狂ってるかなんて、きっとその人には分からないから。



林藤さんは死ぬ前に言った。「ざまーみろ!」林藤さんの表情は、狂って笑ったのだった。
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***

明日から禁煙しましょう。

 慣れない様子というにはすこしばかり遠く、けれどもやり方を知らないとは言わない、とでも言いたげな微妙な手つきをうつらと眺める。いつまで経っても上達しないなぁと、そう思った。
 こうして城戸が林藤の煙草を、まるで自分のもののように拾い上げるのは何も別に初めてのことではない。そんなに頻繁にある訳でもなかったが。気が向いたのか、それともお前のものは俺のもの、と昔冗談のように言った言葉を忠実に実行しようとしているのか。馬鹿真面目なこの人ならありえる、と笑う。すると、何を笑っているのだと言わんばかりに顔に煙が吹きかけられた。人にはそんなことをする人間はクズだとまで言い捨てたくせに、性格の悪いことで。まぁそんなところも好きなのだけれども、とまた口元へ帰っていく手を掴んで止める。
「…なんだ」
「………こっちのがいーでしょ」
 触れたところから、苦味が広がっていった。
「うっわ」
自分で吸っている分には気にならない上に美味いとさえ思うのに、どうして人を経由すると不味くまで感じられるのか。
「やっぱり苦くなってるー」
「苦さとか分かるのか」
「城戸さん俺の味覚馬鹿にしてるよね」
「してはいないが、それだけ吸っているなら可笑しくなっている可能性もあるだろうとは思っている」
「それって馬鹿にしてるんじゃないの」
「別に。可能性を論じているだけだ」
 宙ぶらりんに止められていた手は林藤の手をすり抜けて、今度こそその口元へと帰っていった。それを見て、あーと残念そうな声を出す。
「俺甘党なのに」
「知るか」
一刀両断されたことなど気にも止めず、ああでも、と続く言葉。
「煙草吸う城戸さんかっこいいね」
むかつくくらい、と付け足せば、は、と鼻で笑われた。そういう仕草も様になるのだから、なんというか狡い、なんて思う。
 空いている方の手が伸びてきて、戯れのように指が頬を滑っていった。今度は向こうから近付いて来た顔を、俺甘党だから、と押し返す。むっとしたような頬が案外子供らしくて、それでいて不似合いではなくて、こんな表情を見られるのは自分だけの特権なのだろうな、なんてくすぐったくなった。
「甘党なのに煙草は吸えるんだな」
「あーほら、煙草は別。味覚とかじゃない」
 勿論、美味いと思うには思うのだが、それが味覚として受け取られた感覚なのかというとそれには首を傾げざるを得ない。少なくとも、林藤は味で煙草を続けているのではなかった。気付いたら出来ていた習慣とでもいうのか、ただの反復なのか癖なのか中毒なのか。そう考えていて、あ、と一つ、思いつく。
「もしかして、口寂しかったの、城戸さん」
「それは、お前が煙草を吸う理由が口寂しいからだという告白か」
呆れたような表情には曖昧に笑ってみせた。聞いてるのは俺、と拗ねた声を上げてみせればはぁ、と息が吐き出される。
「別に口寂しかった訳じゃない」
珍しくその声は言い訳じみていた。こんな声、会議室では絶対に聞けないだろう。
「時々、お前の味が無性に欲しくなるだけだ」
 ぽかん、と僅かに口を開けて凝視すれば、そこに吸いさしを突っ込まれた。やる、との呟きには元々俺のだし、と返して、なんの罪もない煙草には失礼かとも思ったが、そのまま灰皿へと押し付ける。
 あのさあ、と掻いた頬は恐らく赤くなっていることだろう。三十を過ぎたおっさんの赤面なんて許されたもんじゃないとは思うが、なってしまったものは仕方ない。
「…それを、口寂しいって言うんじゃないの」
 伸ばされる手。引き寄せられるのを今度は拒まなかった。
 合わさった唇から、さっきよりも重たくなった苦味が広がっていった。

***

糖分不足 

 自動販売機でコーヒーを押す。ピッという安っぽい音。がらがらがしゃん、と出てきた缶を拾い上げ、プルタブを引き上げ口をつける。ブラック、と書かれたその液体の苦さに、城戸は顔を顰めた。
 瞬間、脳裏に浮かぶのはおちゃらけた笑みの似合う後輩。
 俺、苦いの苦手で。コーヒーには牛乳と砂糖がかかせないんですよねー。そう言ってどうかんがえても牛乳と砂糖の割合が多すぎるカフェオレを飲む男の姿。
「…お前の所為だぞ」
憎々しげに呟く。
 散々付き合わされたお茶の時間のあとでは、その甘い香りがひどく、恋しい。



白黒アイロニ
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息もつけないくらい好きだった 

*有吾←城戸含む

 ざばざばざば。そんな擬音がつきそうな程鮮やかに、敵を斬っていく姿に抱いたのは憧れだった。
 と思っていた。
 稽古だとて向き合えば、その真剣な瞳に射られた。心臓がこれ以上ないほど高鳴った。高揚だ。
 と思っていた。
 同期の忍田と彼が話しているのを見ると、どんどん先に行ってしまう同期に、置いてけぼりにされてしまうのではないかと焦燥を抱いた。
 と思っていた。
 全部間違いだったと気付いたのは、空閑が近界へ旅立ってからだった。その後ろ姿を見つめるその人に、胸が痛んだことに気付いてしまったから。
「俺は、アンタがすきだったんだ」
誰にも言えない言葉は飲み込んだ。いつか笑い話になる日まで、酒でも飲みながら俺は昔アンタが好きだったんですよ、なんて言えるくらいまで。べろべろに酔っ払って外聞もなく肩でも組んで、そんな平和な時は流石に死ぬまでには訪れるだろう。きっと彼がこれを聞いたら、先を見通す力が甘すぎる、とまたその眉間に皺を寄せてしまうのだろうが。
「それまで、すきでいさせてよ、城戸さん」
 もしくはこの心が、自ら焦がれて灼け死んでしまう、まで。



指切り
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青い恋をしている 

*出逢い捏造

 ひらりと、舞うような動きだった。
 目の前の白い怪物を、切り落とす青年の背中を、まだ幼かった林藤はきらきらとした瞳で見ていた。難しいことは分からなかったけれど、たった今生命の危機に直面して、同じくらい唐突なヒーローの出現により、助かったらしい。
「怪我は」
ひどく仏頂面で話しかけられたが、それすら気にならないほどに胸がどきどきしている。
「ない!」
「そうか、なら良かった」
「ねぇ、今の何!? アンタが俺を助けてくれたの!?」
先ほどまでの恐怖なんて吹き飛んでしまっていて、その勢いのままに彼にしがみつく。
「…攫われかけたというのに、怖くないのか」
「怖かったけどどうでも良くなった!」
「………」
呆れた目線もものともせず、話しかけ続けると、青年は諦めたように息を吐いた。
「お前、名前は」
「林藤匠!」
「城戸正宗だ」
「城戸さん!」
「林藤、」
 静かな声が呼ぶ。
「俺と一緒に来るか?」
それに返す言葉など一つしかない。
 あの瞬間から真っ青な恋へ真っ逆さま。



確恋
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「ハッピーエンドを望むのは、浅はかだと思わない?」 

 「俺たちはさぁ、味方だけど敵なんですよ」
会議室の机に腰掛ける不届き者を城戸はじろりと見上げた。
「…分かっている」
「近界民は絶対に許さないぞ! 派の城戸さんとー、近界民にもいいやつはいるから仲良くしよ!派の俺。どっちも筆頭でしょ」
俺は最上さんがいなくなったから暫定で引き継いでるだけだけど、と煙草に火をつけた後輩に、もう一度、分かっている、と言う。
「じゃあさ、無理なのも分かるでしょ」
ほんとはこうして会議室に二人ってのも、周りがざわついちゃうのにさ。
 一回り下のはずのこの男は、気付くといつも対等なところに立っている。それが、城戸は歯がゆい。
「林藤」
「だから、城戸さん、」
「私は、派閥の話よりもお前の話が聞きたい」
静かだが強い声でそう言い切れば、先を失ったようにその唇がはく、と閉じられる。
「…城戸さんてさ、時々すげー物分り悪くなりますよね」
「誰の所為だろうな」
「そういう言い方大人げねーっすよ」
 むくれたように煙を吐き出す様子は十代の頃から変わっていなくて、城戸は小さく笑った。



青色狂気
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サヨナラ 

 いつかこんな日が来るのだと思っていた。そう言ってその男は笑う。
 いつもの軽薄そうな笑みでもって、あまりに重たい言葉を何でもないように放つ。
「俺は、アンタの枷になるよ」
ちょっとコンビニに行ってくる、そんな調子で。
「アンタの足を、全力で引っ張ってやる」
「…私のために、自分を犠牲にするとでも?」
そんなはずはない、そう思っているのに確認せざるを得ないような胸の音。伽藍堂な心臓が、こめかみまでのぼってきたような、そんな、音。
 返って来たのは、笑みだった。
「まっさか。城戸さんには俺がそんな人間に見えるの?」
「見えない」
「じゃあそういうことだよ」
貴方はいつも間違わない。
 いつもと寸分違わぬ笑みに、どこか違和感を見つけたかった。この瞬間が彼にとっていつもと違うものなのだと、思いたかった。覚悟なんてものが出来ていると、そういう顔をして欲しくなかった。
 そんな自分の行動の意味が分かったのは、もっと時間が経ってからだ。



bot
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可愛らしい言葉なんて、もう似合っちゃいけないから。(その代わりにすべてをあげるよ)

許される理由 

 へらへらへらへらと、その笑みが癪に障る者は多くいるらしい。何度も何度もそう言った旨の苦情を受け付けてきた城戸は、そのことを知っている。
 あくまで、知っているだけだ。理解はしていなかった。どうにもこうにもそれなりの時間を共に過ごした情なのか、その男の行動の端々に、怒りや苛立ちといったマイナスの感情を抱くことが出来ない。
―――俺はアンタの敵になるよ。
いつもの表情でなんでもないことのように言い放った、その真意が掴めないほど馬鹿ではない。鈍くもない。それが自惚れであるとか、思いたい奴がいるなら思わせておけば良い。林藤匠という人間は、城戸政宗に害をなさない。
 何故ならば。
「城戸さん、」
揺れた声。芯の強い印象がきれいさっぱりなくなって。
「どうしよう、俺、アンタのことがすきなんだ」
途方に暮れたような顔で、迷子の子供のように。その時のことを、今でも憶えている。
 甘いと、言われるだろうか。そんなもの、と。
「匠」
「なに、城戸さん」
「そうじゃないだろう」
「…正宗さん」
あのね、俺たちもう良い大人…ってかおっさんなんだけど、とあれこれ文句を言い出す頭をぐりりと撫ぜて。
「歳をとったら甘えてはいけないのか?」
「…っとに、アンタ、狡いわー…」
そうやって逸らされた視線と、こちらから見えやすくなった耳の、その赤さを知ってしまっているから。



白黒アイロニ
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残酷な僕らは何処までも自分を愛してる 

*林藤さんが既婚者で既に奥方は亡くなっている設定

 壁際まで追い詰められて、目の雨には端正な顔が鎮座していて。
「たくみ」
なんて呼ぶものだから。
 息の仕方を忘れてしまったような心地になる。視線が何処にも置けなくて、ただ彷徨っていた。
「いい加減、認めたらどうだ」
「…いや、っすよ」
この視線が苦手だった、何もかも、お見通しと言わんばかりの色のない瞳。別に壁に押し付けられている訳でもないのに。身体の自由奪われている訳でもないのに。
 逃げられない。
 そう思ってしまったら、途端に逃げ道を探したくなった。彷徨ったままの視線が更に止まるところを見失う。
「どうして」
対照的と言って良いほど、目の前の人は冷静だった。それが悔しくて情けなくて、唇を噛みそうになる。そんなことをしてしまえば思う壺なので、しやしないが。
「おれ、には。陽太郎が、」
そうぎりぎりと告げた瞬間、目の前の唇がいびつに曲がる。
「そこで奥方の名前が出てこないところがお前だな」
 さっと、血の気が引いたような気がした。
「お前は残酷だな」
「…アンタにだけは言われたくないっすよ」
観念したように目を瞑る。次に漏らされた笑みは、触れ合った唇から直に伝わってきた。
 それを振り払うことが出来ない自分を、誰よりも良く分かっていた。



朝顔の花にくちづけしたる時われにみどりごありしかなしみ / 荒垣章子

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――これは『忘れ物』を取りに引き返す物語。 

*いろいろあって城戸さんの真の目的とやらが平和的に達成されたあと

 大胆にも執務室の机に腰掛けてみせるその男に、盛大にため息を吐いてみせる。
「城戸さん」
にこやかに、すっきりしたように。本来ならばそう笑うべきは自分の方ではないのだろうか。
「俺がいて良かったでしょ」
「…最初からお前らの手のひらの上だったという訳か」
「んな訳!」
けらけらと、天井を向いて笑う男。その様子に嘘はなさそうだとまた、ため息を吐いた。
 そもそも十年二十年の付き合いではないのだ。相手の反応など事細かに分かってしまっている。
「城戸さんてさぁ、ド真面目っていうか、なんていうか。一個のことに集中して、その他のことどうでも良い! みたいなトコ、あるよね」
そういうとこが司令向きなのかもしれないけど。
 後ろで笑う彼の部下―――というべきなのか、彼の前身であった人間の遺産、というべきなのか。彼もまた、そうだね、と言いたげに一つ頷いてみせた。
「俺、そういうのさ、正直最初見てらんなくて。よく突っ込んでこうとして最上さんに止められてたんだよね」
「あー聞いたことある」
「うっわ、最上さん弟子にまで言ってったんだ!? だからお前よく俺の邪魔しに来たの!?」
「そーだよ。っていうか今まで気付かなかったんだ…ボス…」
そんな気の抜けた会話を目の前に最早ツッコミをすることもしない。付き合うだけ時間の無駄である。
「ってまぁ、そういうことがあってさ。最初はなんでだよって反発したし、こいつにも大分苦い顔見せちゃったよね。けど、」
 じっと、こちらを見つめる視線の色合いが変化したのが良くわかった。至近、とまではいかずとも、二人を隔てるものなどその視力矯正の硝子しかないのだ。
「けど、今ならその言いたかったこと、分かるような気がする」
最上さんは分かってたんだよね、ついでに迅も。そう付け足される言葉は悔しさを滲ませていて、この数十年我慢をしていたことがよく分かった。
「城戸さんが止まらないこと、止まれないこと、分かってたんだよね。だから、俺が行くのを止めたし、お前が守るべきはこの場所だーって何回も言われてさ…」
今なら、それが、全部、分かる。
 少しの間、沈黙が下りた。逸らされた目線が幾許かの空元気をまとって振りぬかれる。
「でも、ほら」
差し伸べられる手。
「これからは、たっぷり時間あるからさ。出来たら俺と、一緒に来てよ」
 その瞬間に浮かべられた笑顔があまりにも愛おしかったものだから。後ろに控えた部下の目など気にせず、寧ろ見せつけるように、その手を捕まえて引き寄せて、接吻けをかましてやった。



一人遊び。
http://wordgame.ame-zaiku.com/


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20140623
20150809 編集