わすれないよ 

 美しい夜だった。
「俺はアンタのこと、」
その先に何を言おうとしたのかもう覚えていない。絶対に手放さない、だったのか、それとも嫌いにならない、だったのか。もうあやふやとした記憶で、自分のことなんて尚更だ。
 けれども、その先。言葉を受けた彼の表情はきっと、この瞼の裏から消えることはないだろう。
「林藤」
いつもよりも幾許かの緩んだ頬。
「ありがとう」
そんな殊勝な言葉が似合わなくて、思わず俯いた。
 美しい夜だった。もう二度と戻らない、夜だった。



誰に何を言われても消えない後悔なら、自分で一生抱えていくしかないのよ。 / 村山由佳「天使の梯子」

***

信じれないなら恋をして

 すきだよ、と言った。笑って言った。
「城戸さんのそういうとこ、俺はすきだよ」
そうしたらいつもの渋面を更に渋いものにして、その人は苦々しく呟く。
「お前は、どうして、」
「どうしてなんて野暮な質問だね、城戸さん。愛なんて気付いた時には育っているものだよ」
本当は、きっかけから何からすべて憶えていたけれど。
 この人に今必要なのは、それじゃない。
求められているものを、知っている。
「ねぇ、城戸さん。すきだよ」
繰り返す。
「信じられないならそれでも良いよ。その代わり、疑わないでいてくれればそれで良いから」
そして、いつか。
 おんなじものを、育んでくれれば。



(計画的「反抗」)

一行詩
https://twitter.com/reason_actual

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それでも君が良かった。 

 何度馬鹿だと言われただろう。その不器用な優しさに拒絶されただろう。
「アンタは俺なんか、より………」
いつものように笑うことも出来ないで、涙に言葉を詰まらせるような真似をさせたのは、他の誰でもない自分の所為だった。それは分かっている。ああ、でも。
 そんなふうに、いつもの表情が取り繕えないくらいに、お前の中で俺の存在が大きいのだと、そよ証明のようで。その落ちない涙が嬉しかったなんて言ったら、お前は怒るだろうか。悪趣味だと、底意地が悪いと罵るだろうか。そんなことを考えながらその眼鏡を丁寧に外す。
「…きどさん」
「なんだ」
「なんで、眼鏡とったの」
「邪魔だろう」
それ以上はもう要らないと思った。
 少しだけ身を屈めて接吻ける。慣れない苦味がふわひと広がる。
「…俺、良いって言ってない」
「言わせるつもりもなかったが?」
「なにそれ、狡い」
「私が狡いことをお前は知っていたはずだろう?」
やっと、その瞳から涙が落ちた。溢れたらしいそれを、丁寧に舌で舐めとる。
「…きどさん」
「なんだ」
「その、私ってのやだ」
「今日は珍しくわがままだな」
赤くなりはじめた目元にリップ音を落とすと、じっとその目を見つめる。眼鏡なしでもこちらが見えるような、そんな距離で。
「たくみ」
呼ぶ。
「俺は、お前が好きだ」
返事は? と唇の端を吊り上げれば。
「…俺も、貴方のことが好きです。正宗さん」
 今度はやっと手に入れたその真実ごと貪るように、もう一度、深く接吻けた。



壊れかけメリアータ
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***

But it's too late. 

 「だいじょうぶですよぉ」
にやにやとその上辺の笑みが気に入らない。いつもいつも―――とそこまで思っていつから、と愕然とした。
 いつから。この男の本当を見ていない。
 思わず伸ばした手は胸ぐらを掴んでいた。うおっと、なんて言ってその余裕さが少しばかり歪む。歪むけれどもそれは本当に少しばかりで、すぐにその余裕さが戻ってくる。仮面の下にすべてを織り込むように、本質が隠れていく。
「林藤」
「なにさ、城戸さん。そんな怖い顔して」
俺そんなにだめなこと言ったー? とへらへらしてみせる男。
 どうして、とは言葉にならなかった。
「城戸さん?」
「たくみ」
「な、に…」
そのまま押し倒して接吻ける。
「なに、正宗さん」
 またしても驚いてみせたのは一瞬で、瞳には余裕が戻ってきていた。



(でも、もう、遅すぎる)
旧拍手

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泣いて泣いてたくさん泣いて、そしたらまた一緒に笑おう。 

 ぱらぱらと剥がれ落ちるものを感じていた。
「気は済んだ?」
何処か晴れ晴れとした顔の後輩は、質問の体をとりながらもそれを疑ってはいなくて。
「…ああ」
本当ならばきっと、その表情をしてみせるのはこちらだろうに、この凝り固まった表情筋はそれを許さないから。
 頬を一筋、涙が滑り降りた。それを見て、後輩はまた嬉しそうに笑った。



お互いのうろこを外し合うときに目からこぼれるひかりが好きよ / 田丸まひる

***

もう一度、愛してみせてよ。 

*事後表現あり

 とんでもなく乱暴だった、と林藤は思う。眼鏡のない視界はすべてがぼやけていた、それでもその人がまだ横に転がっていることくらいは分かる。
「きーどーさぁん」
出した声は驚くほど掠れていた。動かした首は痛かった。首だけではない、無理な体勢を強いられていた所為であちこち痛い。
「きどさん、なんか、言うことないの」
「………ない」
その答えに、ああもう、と思う。
 この人は、馬鹿真面目だ。
 それをこじらせた所為で、今こんなことになっているのだろうけれども。林藤としてはあちこち痛かっただけで終わらせるつもりはなかった。
「ないわけ、ないで、しょーよ」
伸ばした手がワイシャツの裾を掴む。振り払われない。
「ねーえ、」
 すべて壊れてしまう前に。



旧拍手

***

「失くせるものがあれば良かったのだけど」 

 馬鹿真面目なひとだと思っていた。馬鹿真面目で、融通のきかない人だと、頑固でどうしようもない人なのだと分かっていた。
 それでも、そういう前提を持っていても、馬鹿だ、としか林藤には思えない。伸ばしかけた手を、自分で斬り落としに行くような、そんな人だと分かっているのに。もどかしいほどの視線に、こちらが気付いていないなんて思っていないと、そんな予想が出来るくらいには賢い人であるはずなのに。
「馬鹿じゃないですか。俺はアンタのこと、こんなに、」
その先はもう言葉にならなかった。どうしようもないことくらい分かっていた。これはくだらない意地だ、そう頭の中で警鐘もしていた。けれど、だからと言って、こんなことに簡単に頷けるほど出来た人間ではない。
 あの人の腕の中は、大切なもので溢れている。だから一人、立ち止まったりする。本当は、本当は。それらを振り払ってその手を取ってやるくらい、した方が良いのかもしれなかったけれど。
「…できない、よねえ」
泣きそうなほどに、分かってしまうから。
 その腕の中のものは、城戸にとっての大切なものは。
 林藤にとっても、大切なものに違いないのだから。



一人遊び。
http://wordgame.ame-zaiku.com/

***

サボテン 

 ひとつ、またひとつ。死体が転がっていくのを見ていた。昔に夢を見て語り合った、そんな仲間も減ってしまった。
 かなしいことだ、かなしいことだ、だからという訳ではないけれど。
「城戸さん」
呼び掛ける。
「俺に、恋を教えて」
 何を、と思ったのだろう。その目が見開かれる。こんなこと、今までなかった。だってこの人は冷静沈着が服を着て歩いているような人種で、自分とは違って、たくさんの生命を抱えながら、より良い未来を願っている、夢見ている。大丈夫だ、そうはっきりと口にされたことはなかったけれど、まわりくどいやり方で、彼なりの精一杯で、何度折った膝から立ち上がっただろう。
「…林藤」
呼ばれる。まるで、熟れた果実のような、今にも、落ちてしまいそうな。
 甘い。
 手を伸ばす。その手が取られて、そのまま引かれる。ねえ、とぐずる子供のように願う。
「全部捨てても良いって思えるような、恋を教えてよ」



運命の恋をください僕にないものをください 呼び鈴を押す / きたぱろ

***

お前の××が欲しい 

 目の前には、城戸がいた。
「林藤」
じっと静かな眸(め)が見つめてくる。ひどい話だ、と思った。こんな顔をするなんて聞いてない、警告のように鳴り響く感情、だがそれが言葉となって彼を拒絶するかというと、それも出来ない訳で。
 くれてやった。身体も、心も。彼が欲しいと言うままに。それを苦痛に思ったことなどない、むしろ楽しんでいたのだと思う。こちらにだって相応のウィンがあって、それを考えたらこれは愛だの恋だのよりはずっと、ビジネスに近かったかもしれないが。
 それでも、それはそういう形もあると言うだけで、れっきとした恋愛だったろうに。
「これ、以上」
声が掠れる。
「おれの、何を望むっての、城戸さん」
 その答えを、本当は知っていた。知っていて、知らないふりを続けたかった。愚かにも本人に問いただすことで、その熱を冷まさせられはしないかと思ったのに、その静かな眸が変わることはなく、詰められた距離が広がることもなかった。だめだ、だめだ、聞いてはいけない。聞いたが最後、もう逃げられなくなる。咄嗟に耳を塞ごうとしたのを見越していたように、その手に包まれる。
 唇が、耳へ、近付いて。
「―――すべて」
そう流し込まれた言葉に、もう逃げ場など、失っていた。



しろくま
http://nanos.jp/howaitokuma/

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見えぬ未来と索状痕 

 暗い眸だった。
 何処にも終着点がないような、こうして見つめていたらいつか、吸い込まれてしまいそうな。そうしてずっと、出口のない迷路で彷徨うことに、なりそうな。林藤匠は城戸正宗のその眸に見下されながら、そんなことを思っていた。ぐつらぐつら、煮え立つような憎しみが見えたらまだ良かったかもしれない、と思う。
 この人は。
 一体何処まで行ってしまったのか。
「おれのこと、ころす?」
ぽつり、こぼれ出たのはそんな言葉だった。
 別に、恨まれていると思った訳ではない。けれども、そういう方法もあるのだと示したらどうなるのだろうと、好奇心のようなものが湧いてきた。
 手が伸ばされる。いいよ、と笑う。悲しそうな顔をするんだな、と思った。少し彼が戻ってきたような気がして、もう一度笑った。嬉しかった。手が、温かい。
「…城戸さん」
 いつまで経っても力の入らない手に、ばかだなぁ、と呟いた。



しろくま
http://nanos.jp/howaitokuma/

(アンタのためなら死んでやるのに)

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20141127
20150312