嗚呼カミサマいるなら俺たちを愛してください 

 「なんで平和になんねえのかな」
子供じみた問いだとは思った。
「さあ、なんででしょうね」
「こういう時ってカミサマにでも祈れば良いの」
「そんなの、信じてないくせに」
 簡単に呼べてしまう存在のありがたみなんてたかが知れてる。冷たい夜の風が頬をかすめていって、それから遠くのその光で目が潰れそうだなんて思った。
「―――」
はく、とこすれ合った唇が乾いていることを知る。
「どうしたんですか」
「なんでもねえよ」
 未来なんてものさえ虚像に思える夜だった。
 そんな夜だから、こんなにもたかが隣の存在を呼ぶだなんて簡単なことが、いつまでたってもできないでいるのだ。



神もまた数式かもと思ふ日の見上げる空は満目の星 / 熊岡悠子『茅停の海』

***

幸福な呪い

 夜には自分の部屋に戻りなさい。それが組織の中で徹底的と言っていいほど子供たちに仕込まれた掟だった。そもそも軍隊のような場所なのだ、小さな規律がその後の戦闘にも活かされる、そういう考え方だってあったのだろう。
 実際のところはどうだか知らないが、大人になった堤大地はそう思っていた。そして、そういう規律は大事だと、今でも思っていた。
 だから夜になって、まだ居座る気満々の上司に少し、視線を投げてみる。
「諏訪さん」
名前を呼んだらその頭が少し上げられた。完全に上げられないのは、それだけ今読んでいる本が面白いというものもあるだろう。薦めたのは自分であるのでそれほどに気に入ってもらえるといのは勿論嬉しいが、如何せん時間が時間だ。同じところで過ごした諏訪も、それは分かっているだろうに。
「諏訪さんってば」
もう一度呼び掛ければ、今度はちゃんと顔が上げられた。
 なんだよ、と言いたげな顔は別段歪んではいなかった。しかし何故呼びかけられたのだろう、そんな色をしていて。
「夜がきますよ」
そっと、呟いた言葉は簡潔で、けれどもそれだけで通じると思った。
「んなこた見りゃ分かる」
「諏訪さん、」
「ンだよ」
「夜が来るんですってば」
分かっているはずなのに、分からないふりをされている。それが、分かってしまう。
 ぎゅっと握った拳が、白くなっていた。何をそれほどまでに、と自分ですら思う。自分でない人ならば尚更だろう。
 吐かれるため息。拳を解くように、添えられる手。
「…もうオレもお前も子供じゃねぇだろ」
 ぱたん、と本の閉じる音がやけに響いて聞こえた。厳かに放たれた言葉に、堤は曖昧な顔で笑うしか出来なかった。



雲が沈む そばにゐてほしい 鳥が燃える そばにゐてほしい 海が逃げる そばにゐてほしい / 吉原幸子「日没」

***

いとおしい、くるしい 

*旧ボーダー
*最上さん

 かなしいことだと、その人は言った。いつものように煙草を吸いながら、なんでもないことのように言ってみせた。
「迅は、大丈夫でしょうか」
「さあ」
それを、冷たいことだとは思えない。
 だって、いつおなじようになっても可笑しくない、そんな馬鹿げた場所に、いるのだから。
「すわさん」
「なに、」
伸ばした手を腰に巻きつけてやると、妙にやわらかい笑みを向けられる。これが、これが。
 いつかあのくろいものに、なってしまうかもしれない、なんて。
「アンタがああなる時は、俺にくださいね」
「は、ナニソレ」
「我が侭です」
「我が侭か」
「はい」
平べったい、何も入っていない腹に顔を埋めると、頭上で笑い声がした。はは、と乾いたそれは、何処か泣きそうにも聞こえた。
 むねいっぱいで、はきそ。その言葉と共に、煙草は灰皿に押し付けられたようだった。



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***

どうかあの娘を救って 

 真夜中。
 示し合わせたようにぱちり、と目が覚めた。ぐりん、と首を回してやると、同じようにこっちを見た細い目と視線が絡んだ。
「…どんな夢、見てた」
夢でも見たか? なんて質問は今更だ。今日この日に夢を見れないほど、頑丈にも真面にも出来ていない。
「…アフリカ象の夢を見てました」
「嘘つけ」
 笑う。どうせ笑えていないだろうが。
「嘘じゃないですよ」
向こうも笑ったようだった。
「…つつみぃ」
「なんですか」
「弱肉強食ってすごい言葉だよな」
「…そう、ですね」
「オレはさぁ、あの日まで力がないことが悪だなんて思ったことはなかったんだぜ」
 だってオレは偽善者でもなんでもなかったんだから。
 答えは返ってこない。それが勝手に喋れという合図だと知っているため、気にもせずにまた口を開ける。
「正直さぁ、そんな覚悟もないままにボーダー入ったんだよ」
「はい」
「お前だってそうだったろ?」
「そうですね」
「だからこーしてオレとぐちゃぐちゃになってんだもんな」
今度漏れ出た笑みは恐らく、嘲りの色をしていただろう。
 こんなのは可笑しい、真っ当ではない、そう分かっているのにやめられないのは。
「なぁ堤」
「なんですか、諏訪さん」
「しあわせになりたいなぁ」
ごろり、と視線から逃れるように寝返りを打つ。背後でため息が聞こえて、ごそごそと立ち上がる音がした。そして暫くして、ぶわり、生ぬるい風が入ってくる。
「なんで窓開けたんだよ」
「夏ですし」
「意味ワカンネ」
そっと見上げた窓の向こうは真っ暗で、星ひとつ見えなくてばかばかしいな、なんて思った。けれども暗闇に浮かび上がる、何かを探すように暗い空を熱心に見つめる後姿を見れば、それすら救いのように見えてしまうのだから、ああ。
「…オレって単純だよなー…」
「なんか言いました?」
「なーんにも」
 肌に張り付くような風がうざったくて、ともすれば涙さえ溢れそうで、誤魔化すために邪魔な布団をはねのけた。



image song「カルマ」amazarashi

(まだ死にすら晒されていない、幸せなあの娘を)

***

あなたならなんでもいい 

 嘘みたいに寒い夜だった。そんな夜に窓を開け放って、着付けているものを一枚一枚剥いでいって。真面な人が見たら緩やかな自殺かと思うほど、異様な光景だったのだと思う。けれどもその中にいるおれたちはいたって真面目で、その肌を擦り合わせること以外何も考えちゃいなかった。真面だった、と言えないのは、この脳回路や感情基盤の何処かしらかが壊れている自覚があるからだ。でなければ、こんな何にもならない行為、好意すらない人間とずるずる続けることもきっとなかった。
「つつみ」
苦しさを押し殺したような、そんな声が耳元でする。
「よそ事考えてる場合か」
「…やっぱりバレますか」
「バレるわ。お前、分かりやすすぎなンだよ」
は、と吐いた息は聞く人が聞けば艶っぽいだとか、そういう色めいた感想を抱いてくれるのかもしれない。例えば、この間うっかりお持ち帰りすることになったエミちゃんだとか。ああいう可愛い子であれば、こうして肌を合わせたときに漏れる声一つとっても、喜びに変えてしまうのだろう。
 でも、と思う。そういえばあの時はだめだったなと、代わりという訳ではないがしっかりした肩をするすると撫ぜてみる。可愛かったし、性格も―――まぁおれが見た限りではそこそこに良い子であり、それなりにエロい仕草もさまになっていて、だけども遊びなれているという感じもなくて。わりとパーフェクトに近い子だったし、セックスだって上手くいった。はずなのに。一切興奮が伴わなかった、と言うと誤解を招きそうだが。彼女を抱いていることに関して何か思うこともなく、ただ作業のように欲を整理して、それで終わってしまった。
 つつみ、とまた苦しそうに呻く声で現実に引き戻される。
「すみません」
「そんなにオレとすんのつまらんかよ」
「そういうわけじゃなくてですね。諏訪さんつらそうだったから。ちょっと待とうと思って」
「ばっかじゃねえの。そういうのじゃねえんだから、好きに動いたら良いだろ」
ぎゅう、と首に回された腕に力がこもる。こういうところが可愛らしいのだよな、なんて思ってから、あやすようにその背中をやさしく撫ぜた。
「おれが、諏訪さんを待ちたいんですよ」
「は、物好き」
「こんなことになってる時点で、そんなこと分かりきってると思いましたけど」
「減らず口」
「なんとでも」
 苦しいのを軽減させるためか、長く息を吐き始めたその音にずくり、胸の底が疼くような感覚。そう、これが。これが、なかった。身体の奥底から上ってくるような、がらんどうのその容れ物を満たしていくような、この感覚が。
「…つつみ」
「すみません、生理現象ですから」
「おまえ、さあ…」
オレに楽させる気とか、ホントはないだろ。目の前でむすくれて見せるその頬にひとつ、口吻けを落としてやる。
「あります、大丈夫です、嘘じゃないですから」
だから、もうちょっと待てますよ、とまた背中をさすった。意味わかんね、とまた閉じられた瞼にも口吻ける。
 好意もない、意味もない、ただ傷口を擦り付けあうような、そんなくだらない自慰を二人でやっているだけの行為で、別段それがセックスでなくてはいけない意味だって何処にもなかったけれど。
 その手段がどうであれ、そんなばかばかしいことをずっとしていられるのは、相手があの日一緒にいた、この人であるからに他ならないのだろ。



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あくまのささやき R18

*首絞め表現有り

 軽いもんだな、と思った。ぎちり、と身体の隅々が軋むような、そんないつまでたっても慣れない行為がどれだけ馬鹿馬鹿しいかなんて、こっちだって百も承知だ。だけれどもこいつは時々、本当に時々だがこちらを憐れんでいるような顔をする時がある。それが、諏訪は嫌いだった。お前だって同じ穴の狢だろ、そうつばを吐きかけてやりたくなる。
 今日だってそうだった。いつもと同じ、意味のないことを重ねて、伽藍堂を埋めた気になって、それで見上げた堤の顔は、これ以上なく可哀想なものを見るようなもので。いつもはそれでだって流せるのに、今回はだめだった。以前と今と何が違うとか、きっとない。多分、積もり積もって、というやつだろう。それくらいの回数はこなしている。
 だからこうして繋がったまま、目の前の首を絞めるなんて、馬鹿なことをしている。
「………くる、しい、です」
喘ぐような声だな、なんて思う。いつもはゆったりと落ち着いた低音であるそれが、変にこすれて甲高くなろうとしている様が無様で。少しだけ溜飲の下がった心地になって、その手を緩めた。
 げほ、と一旦喉を整えてから、また見上げられる。その瞳の色は変わらない。相変わらず腹が立つ。
「諏訪さんて、そういう趣味あったんですか」
「ねぇよ」
「じゃあ今のは通り魔的犯行ですか」
「そーそー。魔がさしたってやつ」
どうでもいいような声色で、どうでもいいような話を。暇をもてあますこととなった手がこちらの腰を掴む。
 そういう、前後考えず即物的になれるこいつのことが、諏訪はそんなに嫌いではない。
「いーよ」
笑う。
「続き、しよーぜ」
 それにまた瞳の色が濃くなったのを感じながら、サービスだと言わんばかりにキスを落としてやった。


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***

スペシャル苺ショート399円 

 去年より一本増えたろうそくに、何か思うような年齢はとうに超えていたと思う。けれどもきっと、今、彼の頭の中を占めているであろう存在については、堤とて想像がつく。
「諏訪さん」
とんとん、と机の端を軽く叩いてやると、何処かへ行っていた思考が舞い戻ってくるのが目に見えるようだった。
「早く吹き消してくださいって」
ろうそく、溶けきっちゃいます。そう続ければ、それもそうだよな、なんて曖昧な笑みが返って来た。
 暗くした部屋で、コンビニで買ってきたケーキに年齢分のろうそくを刺して。そんなことを始めたのは消えていくものに耐えられなかったからで、ただの傷の舐め合いだ。別にそれが悪いとは言わない、分かっていて加担したのは堤の方だ。
 けれども。
 けれども、とろうそくを吹き消すその表情を盗み見る。ふうっと、灯りの消える一瞬前。泣きそうに、歪んだ顔。どうして、どうして、その答えが未だ出ないような顔。此処にいるのが、間違いだなんて、そう言いたげな。
「電気つけねえとな」
そう立ち上がったその人の手首を咄嗟に掴む。うおっという色気のない悲鳴と共に倒れこんできた身体は熱くて、クーラーの温度を調整しないとな、なんて思った。
「…なんだい、大地クン」
「そういうの、いらないですから」
 部屋のすぐ外にある街灯が、薄く青い光を届けていた。ぼんやりと浮かんだ輪郭を頼りに、その頬を撫ぜる。
「たんじょうび、おめでとうございます」
「改まってなんだよ。ありがと」
こつり、と額をつけられる。それもまた、熱い。
「諏訪さん、熱あるんじゃないですか」
「さーな。どうだろ」
「さっさとケーキ食って寝ますよ。明日も任務あるんですから」
「へいへい」
真面目だねえ、とだけ残して、その身体は離れていった。
 てんてんてん、三歩ほどで電気のスイッチに辿り着いたらしい。一瞬の間の後、元通りに部屋が照らされる。
「ほら。ケーキ食って寝るんだろ」
そう笑った顔はいつも通りで、安心とその裏に微かにもやりとしたものが蔓延っていった。
 元の位置に戻ってプラスチックの安っぽいフォークを握りしめる彼に、首を振って誤魔化す。
「さ、食うぞ」
「はいはい」
生クリームとスポンジ生地に沈んていくその先端を眺めながら、もう一度おめでとうございます、と呟いた。



諏訪誕

***

明日は歯医者の定期健診日 

 真夜中目を覚ましたら何やら股ぐらでごそごそと動く人影があった。もごもごと何やら言うその人をもう跳ね除けることももう諦めていた。たぶん、起きちまったのか、とかそういうことを言ったのだろう。ずるずると快楽を焚きつける場所なんて、お互いに知り尽くしている。未だ覚醒に至らない頭で拳を振り回すよりも、流されてしまった方が身のためだ。
「…アンタ、そろそろ腹壊しますよ」
んん、と帰って来たのは唸りとも返事ともつかないものだった。ため息を吐く。
 以前もこういうことがなかった訳ではない。けれどもそれとは確実に違うことを分かっていた、分かっていたからこそ、振り払うという選択肢がなかったのかもしれなかった。
「どうしよ、つつみ」
ぷはっとその口を離して、じっとこちらを見つめる目はひどくとろりとしていて、そうだ、蜂蜜みたいだ、なんて思う。
―――おまえの、蜂蜜みたいな味がする。
そんなふうに笑った顔を思い出す。
 泣きそうで、苦しそうで、いまにもしんでしまいそうな、そんな顔で。
 でも、今は違う。どろどろと外聞もなくとろけて、それがたまらないみたいな顔をして。なぁ、つつみ。舌が輪郭をなぞる。ぐりぐりと、その下の血管を浮き立たせるみたいに。
「俺らしあわせになっちゃうんじゃねえの」
薬指には、指輪が光っていた。
 給料三ヶ月分、なんていうとB級だとて結構もらっているのだ、世間に換算したら目玉が飛び出るくらいのものなんて買えてしまう。けれども二人一緒に選びに行って、結局その店で下から三番目の値段のものにした。銀色の、特にこれといった特徴もない、シンプルなもの。内側にイニシャルを彫っただけで、それ以上は何もしなかった。
「なんも特別じゃねえな」
受け取った帰り道、その人は笑った。そうですね、と返した。無難が一番だ、言葉にしなくてもきっとどちらもそう思っていた。
 せり上がる感覚に一応その額を押してみたけれど、嬉しそうな顔をされただけで退いてはくれなかった。
「…まじい」
「そうだと思ってました」
アンタずっと甘いだの蜂蜜みたいだの言うから、したべろ馬鹿になってんじゃないかって心配してたんです。そう呟くと、そりゃまあそうだよな、と納得した顔をされた。本当は自分の健康面のことも心配になって、一回医者で検査を受けていることなんて言わない方が良いだろう。
「アンタ、煙草ばかすか吸いますし」
「これからはもーちっと気をつけるわ」
「別にいいですけど」
「いーのかよ」
 上半身を折ってその項を引き寄せる。
「おっ…まえ、さあ」
「まずいです」
「そりゃあそうだろうよ…」
「煙草の味も混じってさいあくです」
「自分からやっといて最悪とかひっでえの」
けたけたと笑いながらよいしょ、と今度は膝の上に乗ってくる。その様がやけに子供っぽくて、ああもしかしてこれからは、今までは拾ってこれなかったすべてを、ちゃんと拾っていけるのかな、とまで思った。
 未来への期待なんて。笑えてしまう。
 押し付けられたそれも同じように稚拙で、今までそんなことはなかったのにな、と思う。けれどもそれが新しいスタートラインを切ったようでもあって、胸がざわざわとした。
「洸太郎さん」
「…なに、大地」
名前を呼び合ったらくすぐったくて、思わず笑みが漏れる。
 しあわせに、なりましょうよ。
 もう何処の誰も、たとえそれが過去の自分たちであったって、これを潰えさす権利などないのだ。



image song「蜂蜜と風呂場」クリープハイプ
はなつかさんリクエスト

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心中未遂 

 悲しいことなんかなにもなかっただろ、とその人は言った。
「オレたちはヒーローなんだからよ」
「諏訪さん」
「だから大丈夫なんだよ」
「似合わない台詞とか、ほんとやめてくださいよ…」
 今にも死にそうだ、なんて言ったらその前にお前を殺してやるよ、と言われた。



神様が憎いのでしょうか あの子たち今日も右手でバイバイしてる / 黒木うめ

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完璧な幸せ 

 俺らって間違いなんじゃん、とその人は言う。だからそうですね、と返す。
「でもこれって幸せじゃん」
見せられるのは左手の薬指、そこに光る給料三ヶ月分にも満たない多分そういう目で見たら安っぽい指輪。
 それでも、それでも、それが証明になるのなら。
「ええ、そうですね」



ひびわれて壊れていたし完全に狂っていたけど しあわせだった / 加藤千恵

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20140721
20140809
20141204
20150917