かわいそうなりんご 

 三輪秀次が姉のことにこだわっているという事実を米屋陽介は知っている。事実だけを知っている。そこに理解はないし、今後一切そういうものはないだろう。けれども米屋は三輪のともだちのままだったし、隊員であったし、何かが起こらないと恐らくこの形は変わらない。
「お前は」
「ん?」
三輪が紙パックのジュースを折りたたみながら言う。
「俺が姉さんのことを忘れないことを、どう思う」
「どうって」
「どう思う」
「どうって…」
どうと言われても。何も、別に。
 でもきっと今求められているのはそういう言葉じゃない。米屋陽介は、ともだちである三輪秀次に、何か、答えを、提示して―――
「オレは…まあ、でも、秀次に付き合うよ」
曖昧に言うしか出来なかった。
「秀次の気が済むまで、気が済まないなら一生。秀次のいるとこにいるよ」
一緒に悲しめやしないけど、一緒に泣けやしないけど。そんなことを言ったら米屋のくせに、と言われた。
 紙パックのジュースは過剰に折りたたまれて、最早原型を残していなかった。



明日消えてゆく詩のように抱き合った非常階段から夏になる /千葉聡

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守りたい 

 守ろう、なんてそんな高尚なことを思った訳ではなかった。米屋にとって三輪という同級生はとても強いものだったし自分なんかに守れるものではないと思っていた。三輪は自分を残すべきだと判断したら米屋に盾になれと命令が出来る隊長だったし、米屋もそれを聞き入れることが出来る隊員だった。だからその判断は三輪のもので、米屋には関与するものではない、けれど。
「ちょっとくらい休憩したっていいよなあ」
 音のない雨の中で、バス停のベンチで。米屋の肩を勝手に借りた三輪に、思うのは。



霧雨は世界にやさしい膜をはる 君のすがたは僕と似ている /嵯峨直樹

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過去は変えられない 

 ぜんぶうそだったらきっとよかったんだろうなあ、と米屋陽介は思うことがある。けれども流石の米屋にだってそれを言わないだけの良識は備わっている。三門に近界民が来なかったら、ボーダーが出来なかったら、米屋は何をしていたのだろう。決して交わらない運命を強制的に交わらせた、それくらいの大事件だったと思うけれど。
「何処かでどうせ会ってたような気もするんだよな」
「…課題は進んだのか」
「ごめんって秀次、すぐ進めるから」



「蹲る優しいピアノ発見せり」上がる嬌声と共にマネキン / ロボもうふ1ごう

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アシカ言語を理解せよ 

 殺し合いがしたい訳じゃないよ、と米屋が言うのを三輪はどうだか、と思って見ていた。嘘を吐くような人間ではない、だけれどもそもそも嘘を嘘と認識しているのか、その辺りが危ういのだ。そうだったっけ? と首を傾げる様はすぐに目に浮かぶ。言わないという選択肢をいとも簡単に思いつくような人間で、手元に置いておくにはやはり角が立ちすぎるのかもしれなかった。
―――それでも、選んだ。
そう、選んだのだ。
 三輪が、米屋を。
「そういえば何で?」
「…なんとなく」
「あのさあ、秀次。全部言えって言ってんじゃないんだから言いたくないなら秘密、とか内緒って言ってくれても良いんだぜ」
「本当になんとなくだ」
「じゃあもっと眉間のシワ消してから言ってよ」
嘘ですって言ってるようなモンじゃん、と言う米屋の眉間には、勿論シワはない。
 それがなんだか腹立たしくて、そこに一つ、デコピンをしておいた。



びたんびたん海驢のやうに跳ねまはるその御御足をよけつつねむる / 秋月祐一

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君の過去、貴方の未来 

 米屋陽介の右手首には傷がある。横一線の、見ようによっては自傷痕にも見える傷跡だ。なんてことはない、昔針金に手ひどく引っ掛けただけである。わんぱくな子供、世間一般で言うそんなものに該当することを知っていた米屋は、秘密基地を探していて怪我をしたのだった。そもそも米屋は右利きであるので本当に自傷痕であったら左手にないとおかしいんじゃないか、と思う。米屋でも思う。だのに三輪秀次の、米屋の右手首の傷を見る目と言ったら!
 まるで自分が付けさせた傷であるかのように、愛おしそうに、ともすれば誇らしげに! それを眺める三輪に米屋は慣れきっていた。三輪にだって説明したことはあるし、この怪我をした頃はまだ三輪と出会っていなかったためこの怪我が三輪の所為だということもまったくないのだが、それでも三輪は蕩けるような顔をするのだ。
「秀次」
「何だ」
「面白い?」
「まあ」
「へえ…」
そう、としか言えない。
 ただ、同じ空間にいるのに傷ばかりを、過去ばかりを見られているのは気に食わない訳で。
「えい」
すぱん、と掌で頭をはたいてみたら、いきなり何をするんだ、とばかりにため息を吐かれた。



きみの右手首の傷を美しいものの例えにしてもいいよね / 黒木うめ

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友だちだよ、友だちだったら。 


 何も恐れることはないだってオレがずっと傍にいるじゃんいつもそうだったし今までもそうだしこれからもそうだしだから秀次、お前は何も心配しなくて良いんだよ。



「人を変えてしまうことを怖がらないで。クロージョライ。危険人物でいて。わたしのいちばんの友だちでいて」/雪舟えま「タラチネ・ドリーム・マイン」

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魔性のラムネソーダ 

 しゅわしゅわ苦手なんだよな、と米屋が言ったのを三輪は少し驚いた顔で見た。米屋は本当に何にでも挑戦するから、好き嫌いというのは少ないと思っていたのだが。というか、ラムネに関してはよく飲んでいるから、好きなんだと思っていたのだけれど。
「苦手なのか」
「うん」
「ならなんで飲んでるんだ」
「だって秀次は好きだろ、ソーダ」
「…ラムネだ」
「ラムネ」
その返し方に、多分何一つ理解していないのだろうな、と思う。でも三輪にだって真面な説明は出来ないから、聞いて来られても困る。
 三輪が何となく困ったのを察したのか、米屋はいーよ、と言った。
「そうやってお前が訂正してくれるからいーよ」
何を言い出したのか、もう米屋の方を見るのも疲れる。
「オレはそれが良い」
 それは。
 何かを預ける、そういったことの代替のようにも思えて。
「…馬鹿が隣にいると疲れる」
「じゃあ賢くしてよ」
今オレの口ン中ソーダ味、と言われたので、ラムネだ、と訂正して、そのまま。



白紙に恋 @fwrBOT

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世界でいちばんとびっきりのキスをして! 

 いろいろと考えるようなことは多分あるのだろうけれどもそれは結局俺にとっては難しいことでそれって必要? なんて言えてしまってそんなことを考えるとこれって考える必要ってある? 俺の足りない頭を使う必要ある? なんて思ってしまう訳で。いろいろと考えることはある、でも本能に従ってはいけないなんて理由もないはずだから。
 なあ、秀次。
 お前には本当は俺なんか必要ないのかもしれないけど、やっぱお前が俺を呼んでくれるような気がするから、そいで俺はそれがすっげえ嬉しいから、やっぱお前のとこにいくよ、お前のとこにいたいよ。



もう少し待って私の右足が大地を蹴って会いに行くから / 坂口

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「嫌だ」 

 お前がさ、忘れたくないって言うのは分からなくもないけどやっぱりそれって他人の言うことで、結局俺は秀次にはなれなくてだからお前の気持ちなんて本当は分かってやることは出来なくて、でもそんな俺だからきっと、一緒に悲しんでやることが出来るってそう思うんだけど、秀次はそれじゃあ嫌?



ありふれた喜びよりも悲しみをアイコンとして共有しよう / 北原未明

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君の心臓 

 空を飛ぶことは出来ないんだよな、とそのいつもの頭を見て思う。優等生みたいな頭だ、まるい、頭。秀次は人間だから、そして俺も人間だから、跳ぶことは出来ても(トリオン体で)飛ぶことは出来ない。それを分かっているのに何か忘れ物をしたようなきもちになってしまう。未来の自分への手紙。姉さんと仲良くやっていますか、なんてそんなありふれた言葉にそんなに落ち込むなよ、と本当は言いたかった。



文字書きワードパレット
20 手紙/忘れ物/飛ぶ

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20211129 改定