その瞳に僕を映さないで 

 くろぐろとして平坦な瞳だな、と思っていた。悲しいくらいにすべてを平等に映す、こちらを暴き立てる鏡のようなものだと。
「秀次」
呼ばれて顔をあげる。一瞬だけその目と視線があって、気付いたときはもう逸らされていた。いつもだ、と思う。いつも、こうだ、と。
 米屋はいつも、ちゃんと三輪を見ない。
 何が怖いんだ、と三輪は思っていた。その耳を掴んで、その瞳に自分を映したら―――時折、そんな夢想までする。米屋はきっと、知らない。三輪がそんなことを思っていることを、知らない。
 だって、知っていたらきっと、こんなことをしないだろうから。
 米屋は気付いていない。三輪を守るべきものと見るあまり、三輪がそれに気付いていることに、気付いていない。
 米屋陽介のくろい瞳には、三輪秀次の罪が映っている。そんなこと、誰に言われるまでもなく三輪がいちばん、良く分かっていた。
 もしも、と思う。もしも―――三輪が、その頬を包み込んで、そのまま自分をくろぐろとした平等な瞳に映したら、米屋はどんな顔をするのだろう。絶望するのだろうか、嫌だと目を瞑るのだろうか、きっとどちらも出来ないな、と思うのは、三輪の米屋に対する過大評価だろうか。
「秀次」
一瞬だけ。その一瞬で、三輪は分かってしまう。なのに、米屋は分からない。これは。
 彼の深すぎる愛故なのだと、歪んだ喜びが浮かんでくるのは。
 それと同時に彼に裁かれたいと、そう、願うのは。



イトシイヒトヘ http://nanos.jp/zelp/
(狂って、いますか)

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ともだちであること 

 饐えた匂いにもなれてしまったなあ、と米屋陽介はそんなことを思いながら狭い個室の中、友人、友人、隊長、友人、いや友人でいいや、の背中を擦っている。うっかり一緒に吐いていたのなんて最初の数回で、それ以降は何でもないことになった。何で許されてるんだろうな、と思いながらその手は止めないで、なあ秀次、と呟いて見せる。
 もしもお前が望むのなら、おれはこのまま笑ってみせるけど、本当はどうするのが正しいんだろうな。



微笑んであげよう君が悲しみをこれみよがしに吐き出すそばで / 黒木うめ

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ラムネ瓶だけが見ていた 

 からん、と音がした。ビー玉が何もなくなった空間で宙返りした音だった。なんてことだ、セイテンノヘキレキ。気付いてしまった、これは、ああ、これは。
 恋、だ。
 恐ろしいほどの快感がつま先から頭の先まで駆け抜ける。米屋陽介は三輪秀次に恋をしている。それを知ってしまった。それは、世紀の大発見に等しかった。だって、だって。
 きっと。
 その先は思わなかった。その恋の行く先がどこであろうがこの口はその思いを告げはしないだろうから。



神威 http://alkanost.web.fc2.com/odai.html

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硝子の上を蒼い血が流れてる 

 任務中のことだった。
 トリオン兵と対峙して、それは三輪を狙って来て。避けることは出来ないと思った、けれどもその分チャンスだと思った。それだけ近いのだ、当てるには充分だ。
 そう思った三輪の銃弾は確かにトリオン兵を貫いて、その活動を止めさせはしたが、その戦闘体が何処かしら欠損したりすることはなかった。
「…ようすけ」
「だめじゃん、秀次。油断しちゃ」
「油断なんか…」
米屋の肩にはヒビが入っていた。
「あっちゃーこれ、直してもらわないとだめだよな。次の任務っていつだっけ」
「…明日の夜だ」
「うわー間に合うかな。ま、間に合わなくてもこれくらいなら行けるかー」
さっさと撤退しよ、と米屋が笑う。その横で、三輪はぎりっと唇を噛み締めた。
 おまえはいつだってそうだ、思う。なんでもかんでも平気な顔をして、うっかりうっかりと言った顔でいつだって三輪に振りかかるものの盾になる。それが当たり前だと、そういう顔をして。
「陽介」
歩き出した背中に呼び掛けた。
「おまえは怖くないのか」
振り返ってかえされる言葉を、三輪はずっと昔から知っている。
「―――なにが?」
 こてり、傾げられた首に、嘘のない笑み。
「お前の傍にいるのに、怖いものなんてなんもねえよ」
それがが≠ナなくの≠ナあることが、すべての解えなのだと知っていた。



神威 http://alkanost.web.fc2.com/odai.html

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いざゆかん、みちなきみちを。 

 風刃の件を知らなかったとこぼされた時、三輪の口から咄嗟に出たのは謝罪だった。それに驚いたのは米屋の方であり、いやいやなんで謝るの! と二人しかいない部屋が暫し煩くなった。
「秀次の人生なんだから秀次の好きなようにやったらいーと思うけど」
秀次はおれらの隊長だし、確かにおれは三輪隊が楽しいと思ってるけど、まあそれだけじゃないだろ、と米屋は続ける。今の隊が楽しいことと、それが次なるものへと形を変えるのを拒むことは違う。米屋はそう言う。
「おれは秀次の枷にはなりたくねーよ」
 静かになった部屋で、ペン先は動かない。課題は進まない。そもそも最初は米屋の片付いていない課題をどうにかすることが、主題だったはずなのに。
―――おれ、風刃は秀次が持つことになるんだって、そう思ってたんだよな〜。
いつもの快活さを潜めた声で、そんなことを言われてしまえば。
「っていうかさ、誰もそんなこと思ってないと、おれはそう思うんだよね。秀次の足引っ張りたいとか、邪魔したいとか、どうこうしたいとか、そういう」
くるり、回るペン先。こんな小手先ばかり上達する内に単語に一つでも覚えてくれたら良いのに。
「迅さんが何か考えてるんだとしてもさ、それは迅さんが迅さんのために考えてることであってさ、秀次のためとか言われても、結局のところそうしないと後悔とかするっていう、な、自分のためじゃん。何を言われても何をやられても、それが秀次のためでも、それって迅さんのためなんだよ。だから、秀次がそんなに、眠れなくなるほどさ、気にすること、ないと思うんだよ」
「…そうか」
「おれ、楽天家だから。ノーテンキだから。お前がなんでそんなに悩んでんのか、分かんねーし」
「そうだな。お前はばかだしな」
「ばかって言った方がばかなんですう」
「それは課題を終わらせてから言え」
「はあい」
 米屋の言葉に、何か特別なことを思った訳ではない。ただぼんやりとしていたものが少しだけ明瞭になったような、そんな心地だった。
「夕飯までには終わらせるぞ」
「待って秀次、夕飯まであと一時間もない」
「終わらせるまで夕飯はないものと思え」
「セッショウな!」
「…お前、そんな言葉知ってたのか」

***

失われゆくもの 


 雨が降る、雨が降る。そういう星の下に生まれたのかもね、といつだか姉は笑っていて傘をさしてくれた。それが嬉しくてそんな星の下に生まれたなんて言葉をそのまま飲み込んで、それで。
「雨男」
さされるのは違う傘。
 その辺のコンビニで売っているような、透明のビニールの傘。
「水も滴るナントヤラだな」
姉がいなくなってから、この男に会ってから。雨に濡れていると何故か代わりのようにさされる傘は比べ物にならないけれど。
「別に、来なくて良いんだぞ」
「別に、おれが好きで来てるんだし。よくね」
「…そうか」
「そうだよ」
「なら、別に。好きにしろ」
「うん」
 透明のビニール傘で拗ねるような年でもない。
 三輪はその傘に、入ってこれからは帰るのだろう。

***

僕らのスローソーダライフ 

 別段、三輪秀次のことを心配しているかと問われたらそうではない、と俺・米屋陽介は答える。そもそも心配するようなことはないと思っていたし、近界民に家族を殺された人間は幾らでもいるし、それこそ言ってしまえば珍しくもなんともないし、つまるところボーダーというのはそういう場所だった。恨みもつらみをすべて飲みこんでしまうその場所にすげえなと思うことはあっても、怖いと思うことはなかったし、そういう場所に居場所を見つけられた秀次によかったなと言葉を掛けることはあってもかわいそうなどと思う意味もなかった。だけれども、と自販機の前に立つ。あまり秀次は自販機を利用しない。俺がやたらと利用していることもまああるだろうが、それにしたって秀次は飲み物を飲まない。付き合いで買ったとしてもコーヒーか水だ。水なんて、水道を捻れば出てくるはずなのに。
 だから水色の缶を買う。そしてそれを思い切り振る。それから何も見ていなかった秀次にこれ差し入れ、と差し出す。次の反応に、構える。炭酸振ったら弾けるなんて、分かっていてやる悪戯。お前が怒ってくれるなら、近界民の駆逐なんてそんな大層なものじゃなくて、こんな馬鹿な俺のために、怒ってくれるのなら。
 それ以上に幸せなことなんてないんだよ、秀次。

***

終わりなき幻想 

 三輪秀次は美しい人間だと思う。それが米屋陽介の、友人であり同僚であり上司でありもしくは…と延々と続きそうな関係である三輪へのまとめであった。彼との関係を一概に言葉の概念に埋め込むことは難しい。それが米屋のように少し足りない頭の持ち主であるのならば尚更だ。だから米屋は三輪との関係を言葉にするのをとうの昔の諦めていた。
「気付いたらA級まで来てたね」
「おれ、秀次のために頑張ったんだよ」
「お前がA級になりたいって言うから」
「復讐したいって言うから」
「おれはそれを見ていたいって思ったから」
「支えたいとか大層なモンじゃないよ」
「ただ見ていたいんだ」
「なあ、はやく遠征行けると良いな」
「お前の夢、叶うと良いな」
「お姉さんを殺した近界民、生きてると良いな」
「殺せると良いな」
「そういうの全部ぜんぶ、おれが見ててやるから」
だからさあ、とは言葉にはしない。ただその背中を見つめるだけ、見つめていたところから穴があいて、その背中を侵食していく妄想まで。
 おまえのその夢が終わる時は、いのいちばんにおれに教えて、そしてそれをひとつのこらずたべさせて。



(そうしたら一緒に死んであげるから)



ぽつぽつ @potsuri200
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***

なにもない 

 ラムネの瓶、ではなかった。プラスチックだった。中に入ったビー玉だってどこか安っぽさをたたえていて、こんなの祭りの空気に飲まれていなければきっと買ってなどいなかっただろうと思うのに、それでも三輪の手の中にその既に空になったラムネがあるのは変えようのない事実なのだ。
「なー、あのさー」
なんでもないようなことのように隣を歩いている米屋が言う。若干早口で。
「秀次のさ、姉さんがいなくなって寂しいとか、そう思う分は俺があずかっとくから。そしたら秀次は近界民を思う存分憎めるだろ。ちゃんと返すってば、あ、あすこでラムネ買おう。俺一気飲みして空けっからさ。そしたらそれにしまっとこ。冷凍庫にいれとくから忘れんなよー」
今三輪の手の中にだって空のラムネはあるのに、米屋はそうしなければならないとばかりに新しいラムネを買った。さっき三輪が買うのは俺はいいや、と眺めていただけだったのに、どうしてだろう。
 宣言通りに一気飲みしてあけられたラムネは、三輪の持っているものよりも頑丈に見えた。
「ほら」
空のラムネが突き付けられる。
 三輪は息を吸い込んで、先ほどまで米屋が口をつけていた部分に、そっとキスをするように唇を寄せた。胸に巣食う寂しさをすべて押し込めるように、楽器でも吹くかのように、息を吹き込んだ。
 そんなのは何にもならないと知っていて。
「ちゃんと冷蔵庫しまっとくから」
繰り返す米屋にそんな気がないのは、三輪が一番よく分かっていた。



からからと鳴るさみしさはすきとおるラムネの瓶にとじこめられて / きたぱろ
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喉が裂けるほど 

 呼ぶ、返事がある、それは当然のことだ。三輪は隊長であるし、米屋は隊員である。ここで意思の疎通が取れていなかったらそもそも隊として上手くなど行かない。いや、そんなことが言いたいのではないのだ、ない、分かっている、けれど。
「どうかした? 秀次」
黙りこくってさ、という言葉にああ、と返して、最初に言おうとしていたことを言う。伝えるべきこと、隊のためになること。それだけ、ただ、それだけ。
「おう、まっかせろ」
そう言って、笑う、その笑みがお前の隊長でなければ向けられたのか、なんて。
 きっと、一生問うことは出来ないのだ。



クロークの依存論 @izonron

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20211129 改定