「あなたを守れないこの小さな両手が、今だけは憎くてたまらない」 

 兄の死を聞いた時、自分で予想していたよりもどうして、と思わなかったな、と思った。少し弟としては薄情だったように思えるが、それだけ兄が風間に対して真剣に向き合ってくれた結果なのだろう。子供だから、と誤魔化すようなことをしなかった。…風間とて、子供を守る、という意義は分かるつもりだ。それでもやはり、何も知らないまま外側にいるくらいなら、もっと巻き込んで欲しかった。
「あー…」
困ったように風間を見て、わざとらしく頬を掻いてみせるその人にも。本当は、巻き込んで欲しかった。
「林藤さん」
「なに」
「謝らないでください」
「…うん」
「オレも許しません」
「分かった」
「だから、ちゃんと毎年墓参りには来てください」
「命日とはずらすよ」
「それは勝手にしてください」
―――一緒に悲しんでくれ、なんて。
 子供である風間にはどうしたって言えない台詞なのだ。



明日の色 @asitanoiro

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傲慢フライデイ 

 ボーダーなんてものは年中無休二十四時間三百六十五日戦えますかの世界であって土日祝なんて別世界の言葉なのだが、まあ金曜日になってどうにも浮かれるニュースを聞いていれば、そんな世界があるのだなあ、と思うことくらいはするのであって。奇しくも今は車に乗っていて、ご機嫌なラジオと共にライトアップされる街々を見ていたら、なんとなく冗談を言ってみたくもなる訳で。
「どっか行く?」
後部座席もあったのに、それでもそれ以外にあり得ないだろう、と言わんばかりの自然さで助手席に滑り込んだ風間に、文句はないけれど。
「行けるんですか」
「金曜だし」
「明日ですか」
「うん」
「休みなんですか」
「まあ、休み」
「迅は」
「別に何にも言ってなかったし怪しい動きもナーシ」
「じゃあ商店街が良いです。喫茶店がリニューアルしたと聞きました」
「…市内じゃん」
「外が良かったですか」
「動物園とか水族館とか言ってくれても良かったんだぜ」
「オーストラリア」
「わあー…蒼也グローバルなんだな…」
「ウォンバットが見たいので」
「ウォンバットってオーストラリアだっけ」
「分かりません。てきとうに言いました」
「蒼也でもそういうことするんだ…」
 まあでもそのうち行こうぜ、と言ってみたら、まずパスポート取るところからです、とため息を吐かれる。
「どうせオレたちの渡航なんて、許可されてもあれこれ言われるんですから」
「そうかもね。軍事機密ーとか言って」
「その辺り唐沢さんは何か言ってるんですか」
「考えてはいるみたいだけどまず人手が足りなさすぎて諸外国どうのこうのっていうのは後回しになりそうって苦笑してたよ」
「労基に怒られますよ」
「怒られないようにどうにかこうにかやってるのが俺らなんだけど」
「頑張ってください」
「ウォンバットのために?」
「ウォンバットのために」
方向指示器の音だけがやけに響いて聞こえた。
 此処が車道の上ということが、こんなにも惜しい日が来るとは思っていなかった。



贖罪 @recon_title

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途方に暮れた愛情 

 どうしようもない、と思う。空っぽの墓の前に、静かに立ち昇る煙は大抵時間をずらして来るものだった。ただ、今年は忙しかったのだろう。風間はそれを知っている。林藤さんかしらね、と母が笑って言った。それに風間は頷く。
「兄さんの言った通り、面倒な人だったよ」
「そうなの?」
「墓参りに一緒に来ないんだから面倒」
「厳しいのね」
 ゆるり、とまだ煙は昇っている。
 触れたら熱いだろうな、という当たり前のことが本当なのか、試してみたくてたまらなかった。



君にふれた蒼 @kimiaobot

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嫉妬に縛られて雁字搦めになるのは自分だ 

 博愛、とまではいかないけれど。その人の視界がやけに広くて、意外と足元のことなんか見えてない訳ではないのに見てないふりをするのが得意なのだと、風間だって知っていた。それはある意味では甘え、みたいなものだと分かっている。
「ならよくない?」
背もたれ代わりにしたその人が呟く。
「だって今の聞いてると、不満ないように聞こえるけど」
「…ほんとにそうなんて、聞こえてないくせに」
返す言葉は拗ねたものになるけれど。
 お詫びにキスしてくださいと言って、それを叶えてもらえるのは世界でただ一人風間だけであることを知っているから。



@hannshudou

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換えの歯車はたくさんあるんだ 

 そうでしょう、とキスと一緒に滑り込ませる。誰よりも分かっているその人は、そーね、とテキトーな返事をしてくる。二人の、間に。それくらいしか、出来ることはなくて。
「林藤さん」
「なに」
「きらいです」
「オレも蒼也のことがきらいだよ」
 そうやって、確認する。傷がなくなっていないことを。
 それが他の誰にも代替出来ないことを知っていて、それでも代わりがいると唱えてやまないのだ。



海を彷徨う人魚の嘆き @sirena_tear

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君のせいで肺までピンク色 


 キスをする。
 度に、甘い、と思う。いや、正しく言うのであればされる、なのだろう。林藤は別に許可した覚えはないし、これに同意したつもりもない。風間だって、何も言わなければ同意、なんて思ってはいないはずだ。だから風間にしてはやけに、不意打ちに拘るのだ。
 聞いたら、林藤が拒否しかしないことを知っているから。でも聞かなければ、それは永遠に観測されない猫になる。
「なんですか」
「ん? いや、なんか食ってきた?」
「味でもしましたか」
「いつも甘いなって思って」
「………それは、」
貴方がいつも煙草を喫っているからでは?
 冷たい視線に、けれども何処か呆れたような、自分がいなければと思い込ませるような、そんな視線に。
 また林藤は答えを間違えたことを知った。



ラティーシャの瞳は溶けだした @a_a_atd

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赤い糸の先に奈落 

 オレが貴方のことを好きになるというのの、何処がそんなに可笑しいんですか、と言ってみたら、言われた本人は面白いように固まった。その反応を見て、やはり意地の悪い言い方だったのだな、と改めて認識する。風間は自分の性格が良いとは言えないとは思っているけれど、だからと言って悪い訳でもないのだと思っている。が、どうしたってこの人の前では悪くならざるを得ないのだ。
―――いつか、
兄の背中がいつだってこの人との間にはある。幻想を追い求めているのは一体どちらなのか。
―――叱ってくれる日が来たら良いのに。
「…林藤さん」
「………なに」
「好きですよ」
「…今の言い方、嘘くせえ」
 でもきっと幸福なんて言葉はきっと不似合いな方が良いのだと、その唇にキスを落とした。



幸せになりたかったよ本当に好きにならなければよかったよ / 卵塔

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指輪の代わりに首輪が欲しい 

 ひと目を気にしているのは大変ではないか、と嵐山に心配されたのはいつのことだっただろうか。本当は風間がそれなりに情報統制に参加して、誰が知っているのか把握しておこうと思っていたのだけれど、まあ向こうには迅がいるし、そもそも本人が適当にぺらぺらと喋るようなところがあるので(そしてそれがちゃんとした思考の末にあるものであるので)、結果として無理だった。無茶だった。風間一人に抱えきれる量を越えていたので、結局こうして親(ちか)しい人間に話を振られたら普通に返すことにしている。それで分かることもあるのだし。
 と、話が逸れたが嵐山が知っているのは別に風間が言った訳ではなく、迅経由で聞いたからだった。最初はまあ、頭を抱えたような気がするが、嵐山は純粋に心配をしてくれたので風間もそれに倣うことにした。周囲の性格の悪さに毒されることなく、このまま大人になっていって欲しい。あまり歳の離れていない風間の思うことではなかったが。
―――ひと目を、気にする。
それは別に同性同士であるとか、同じ組織の中でそれなりに上の人間が、という話であるとか、年の差が、とかそういうものではなかった。多分今挙げた諸々はきっと、ボーダーでは流されてしまうだろうし。まあ、反ボーダーにこの情報が流れたらそれなりにいい感じに味付けをして突き回されるだろうが、流石にそういうことになる前に何処かでちゃんと止められるだろうし。そのための広報だろう、根付には悪いが恐らく其処にも話は行っていると思うので、もしもの時はどうにかしてもらうしかない。いや、そんなもしもは起こらないとは思うが。
 また話がズレたが、此処は良くも悪くもボーダーという組織であって、どことなく生命の価値というものの形が外とは違っていて、だから誰が誰と恋愛をしていようが、まあそういうものか、で済まされてしまうのだった。若年層が多いので、年相応に友人をイジるだとかそういうことはあるが。それを嵐山はよく知っているだろう。だから、そういうことを聞いたのではない。
「―――」
此処、ボーダーには派閥がある。隊員でそれを気にしているのはA級、ないしは一度はA級にいた者くらいだろうが、職員、つまり大人なんていうのは大体がそれを気にしている。そして、このボーダーには隊員の数より、そういった大人≠フ数の方が多い。
 そういう不特定多数の前で、城戸派のエースとすら言って良い風間と、実質玉狛派のトップである林藤が、例えばひと目も憚らずいちゃついていたら。恐らく暴動が起きるだろう。関係のない城戸が監督責任を問われるかもしれない。そういう予想は容易に出来た。嵐山も同じだったのだろう。
 だから、聞いてきた。
 大変ではないか―――つらくはないか、と。
「気にしていない、と言ったら嘘になる」
だから、風間は静かに答える。
「だが…もう、それだって身体に染み付いていることだ、あの人との関係は、その土台の上にある。なら………つらい、だとか、そういうのは、少し違った話になると思っている」
自分で言っておいて言い訳がましい、とは思った。嵐山も同じことを思っているのだろう、表情は変わらないから、単なる予測でしかないけれど。
「でも、嵐山。心配してくれてありがとう」
「…いえ、そんな」
 誤魔化しを、誤魔化しとして認めてくれる。
 この世界のことが、風間はそう、嫌いではなかった。

 ん、と喉の鳴る音がする。この距離で喉仏の上下を見ることが出来るのは自分だけだろうな、と思ったら笑いがこみ上げてきて、なに笑ってんの、と頭を掴まれた。
「いえ、少し、昔の話を思い出しまして」
「風間のこと?」
「そうではなく、嵐山に貴方との関係を黙っていることはつらくないのか、と聞かれたことがあったんですよ」
「………うん、まあ、知ってたよ。嵐山が知らねえはずねえよな…迅と仲良しだもんな…」
「広義の上層部は全員知ってると思いますよ」
「広義の上層部って、B級上位隊長までは確実に知ってるってことになるじゃん」
「そうでしょうね」
「そいつら全員に俺は未成年に手を出すようなやつだって思われてるってとって良い訳?」
「成人してからじゃないですか」
「でも多分未成年のうちからって思われてるでしょ」
「そうでも良いですけどね。法的に追い込めますし」
「お前の冗談、冗談っぽくないからホントやだ…」
でも冗談だと分かるんだな、と思って身体を起こす。そのまま額にキスを落とすと、お前そういうの似合うよね、とじっとりとした視線をもらった。
「林藤さん」
「なーに」
「野菜ジュース、好きですか」
「好きでも嫌いでもねえかな」
「そうですか」
 まだ眼鏡をかけていないその人の、瞳はいつもよりやわらかく思える。
「スムージー、流行ってるらしいですよ」
「俺そういうめんどいのヤだ。誰かが作ってくれるなら飲むけど」
「ものぐさ」
「知ってると思ってたけど」
「はい、知ってます」
誰より、と付け足してから、どうせ今日届くだろうジューサーの組み立ては昼に一緒にやれば良いだろう、と思った。



どろどろの緑のジュースを飲み干して今日も生きます1人で生きます / 坂口

***

君が欲しいだなんて傲慢かしら? 

 なんでも聞いてやるよ、と言ったその人が当然なんでもなんて聞いてくれないことを風間はよく知っている、知っているけれどもそれでも、と思うのはあまりにも甘えが過ぎるだろうか。甘え、というものを誰かにするようになることを、悪いこととは思わない。思わないが、兄がいなくなって、自分もこんな場所に身を置くようになって、それで全部、終わったのだと思っていた。
「…では、」
手を、伸ばす。
 振り払われはしないが、取られもしないことを知っていて。
「貴方を」
眼鏡の向こうで、少し、驚きの色が走った。でもほんの、少しだけ。
「俺?」
「はい」
「何して欲しいの」
「―――恋人として、」
 だから、これは牽制だ。恐らく、誰でもない当人に対しての。
「オレは、貴方と一生を添い遂げたいです」
いつかすべてが、なんてことは言わないから、この気持ちだけは嘘にして欲しくなかった。



黄泉 @underworld_odai

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苦い恋はいかが? 

 ふいに触れた、それは甘やかすような仕草であったのに正反対の味をしていて。
「…禁煙したらどうですか?」
「なんかしてないと落ち着かねーのよ」
―――なら、
 其処に自分を入れるつもりがあるかなんて、頬を掴むまでもなく分かっているのだ。



飴玉 @odai_amedamabot

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20211129