月はいつまでも満ちることはない 

*風間兄×林藤前提

 兄が年上の師匠と恋愛関係にあったことを知っているのはそう多くないだろう、と思う。風間だって知ったのは随分あとになってからのことで、というか告白なんてものをしてしまってからのことで、けれども知ってしまったあとはああ、だから風間はずっと蒼也であるのだ、としっくり来てしまったのも事実。
 この人は、と思う。風間が本部でそう呼ばれる度に、一体幾ら傷付いたのだろう。それに耐えられない人ではないと思っていたけれど、だからと言って傷付いた事実が変わる訳でもない。
―――なんで、こうなっちゃうんだろうな。
俺はお前を拒めないよ、と弱々しく言ってみせたそれが演技だなんて、思ったこともないけれど。
 ああ、狡い、と思った。一人だけ思い出を抱えて心中するつもりなのだと、だから風間の口からは代わりで良いです、という言葉が飛び出した。そのうち代わりじゃなくなりますから、とも。それは狡いよ、お前、と笑った林藤に、そっくりそのままその台詞を返したかった。
「あの中華はわりとアタリだったな」
「次はパスタが良いです」
「お前結構何でもうまそうに食べるから財布の開き甲斐あるわ」
口座の残高なんてもしかしたら風間の方が多いかもしれないのに、なんだかんだで林藤は風間に食事を奢りたがる。風間は風間で他の部分で金を出しているのでトントンだと思う。ので、この話に意味はあまりないのだが。
「な、蒼也」
 不自然に、空気が揺れた。
「…それ、やめてもらえませんか」
何度目かになる遣り取り。これが意味をなさないことなんて風間が一番よく知っている。意味をなしたことなんて一度もないのだから。学習能力がない馬鹿ではないのだ。
 なのに、やめられないでいるのは。
「やめねーよ」
やたらと含みをもたせた、ひどく傷付いたとでも言いたげなわざとらしい笑みを、
「お前は風間≠ニは違うんだからよ」
見たいからだなんて、どんな被虐趣味だ。



image song「メリッサ」ポルノグラフィティ

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甘い毒で満たされて 

 その男はへらへらとしているようでその実、的確に欲しい言葉を甘ったるく投げかけてくる男であるということを風間蒼也はよくよく知っていた。だからこそ言葉をかけられる度に風間の眉間には皺が寄ったし、それが周囲から見たら嫌っているように見えることも重々承知だった。
「蒼也は俺のこと嫌いかもしんないけどさ」
 本当は、そう思いたいのは林藤自身のくせして。
「まあ上層部ってくくりにお前が突っ込んで来たんだから、俺は手加減しないからな〜」
「…望むところです」
その男のその言葉たちが彼自身への毒なのだと、そんなことに気付けないほど風間は子供ではなかった。



睡郷 @suikyou_odai

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くだらない神様ごっこ 

 抱き締められている、と察知するのが遅くなったのはその人がそんなことをするとは思っていなかったからだ。人通りが少ないとは言え、此処は本部の廊下であっていつ誰が通るかも知れないのに。
「―――うん、」
「勝手に納得しないでもらえますか」
「いや、生きてるなって思って」
「そりゃあまだ換装していないので」
 此処、ボーダーにとって。
 ベイルアウトは死とイコールでなくてはならなかった。そうなってしまったらもう戦わなくて良いのだと、それが大義名分だった。そんなものが守られていなかったからこそ城戸司令の顔には傷があるのだろうに、誰もそのことを疑わない。
 遠征に出ても、それは徹底されていた。最早教育だった、兵士を育てているはずなのに、その齟齬が気持ち悪くて。
 それが、まさか。
 こんな形で出るとは思わなかったけれど。
「林藤さん」
「なーに」
「俺は多分、死ぬまで戦いますよ」
ベイルアウトは完全じゃあない、それが今回突き付けられた。いつかは来るものと思っていたけれども、こんなふうにして来るものだとは思っていなかった。それはきっと、自分の意志で、選択で、おこなわれるものだと思っていたから。
「…それさあ」
「兄のことを知ったことも、あると思います」
お前にはまだ教えられないよ。
 冷たく言い放った林藤を思い出す。死にものぐるいになれたのは、それが最後の一押しだったことも。
「俺はお前の神様になってやんなきゃいけなかったのにな」
背中から掌が離れていく心地がしたので、今度はこちらの番だとばかりに引き寄せて接吻けをしたら、此処本部の廊下なんだけど、と顔を顰められた。
 林藤にだけは言われたくなかった。



箱庭006 @taitorubot

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泣き顔の君に恋をした 

 兄が、という少年は聞いていた通りに林藤の弟子によく似ていた。勿論顔だけの話だけれど。だってどうしたってその性格は正反対だろうと、そんなことを思ってしまって、このまま彼の提案を、ボーダーに入りたいという願いを、叶えてしまえばそれは少年を地獄に追いやるだろう。少年にとってはその方が心地好いのかもしれなかったが。
―――でも、オレは、
ぐっと手を握り締める。難しいと思うよ、と言いながらも、未来視なんてなくてもきっと少年はその地獄を楽しむことを分かっている。
 でも、それは同時に彼が泣くための場所を失う、ということでもあって。
「なあ、蒼也」
口添えはしないから、自力でもぎ取ってこい、と送り出す林藤は残酷だっただろうけれど。それ以上に。
―――お前の泣き顔をこれから誰も見ないなら、それで。
 ああ、多分、こんなことを思う林藤は最悪なやつなんだろう。



空に見る @soranimiru

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箱庭における幸福理論 R18

 何が楽しくて、という言葉には楽しいとか楽しくないとかの前にしたいんですよ、と返した。ら、それが分かんねえんだよ、と返ってきた。まあその返しは想定していたので何も問題はないのだが。別に問題のあるような場所で盛っている訳でもないのだ。
 本部には一応、上層部の人間には個室が与えられている。其処は仕事場ではなく、完全なるプライベートの場である。だから職場で盛るなという言葉は無意味である。それが分かっているからこそ林藤はそう言わないのだろうし。
 互いに忙しい風間と林藤が、この場を密会に使っていることは、まあ知っている人間であれば知っていることだろうが、今まで小言を言われたこともないし、良いだろうと思っている。以前それを言ったら胃が痛いからその考え方はやめようぜ、と言われてしまったが。
 此処にはベッドもあるし、風間が持ち込んだ諸々の道具もあるし、知名度のことを考えるとラブホテル等々に行く訳にもいかないし、派閥間のことを考えると互いの家にも行けない。そもそも林藤は玉狛に住んでいるので、誰かと鉢合う可能性を考えると、やっぱり此処で密会するのが一番良いのだ。林藤だって、別に付き合うことに否定的な訳ではないのだから。
「嫌ですか」
「そういう問題じゃあないけどさあ」
「じゃあなんですか」
「翌日のダルさとか…」
「ダルいですか? あれだけ体力あるのに」
「戦闘における体力とセックスにおける持久力を比べないで?」
「でも苦しくなくなって来たんじゃないですか」
「そりゃあ人間順応する生き物だからさあ」
「林藤さんはオレとセックスするの嫌いですか」
「だからそういう訳でもねえけど…」
はあ、とため息が落とされる。今に始まったことではないから気にしないけれど。
「いやだってさあ、それ言ったらそもそもお前が何で俺のこと好きだとか、そういう話から始まるんだけど」
「好きなものは好きですから」
「だからって無理して勃たせなくても」
「別に無理はしてません」
「………」
沈黙に合わせてキスを落とすと、髭がいつもより引っ掛かった。ここのところ忙しかったから生身の方が疎かになっていたのだろう。そんなところで盛っているのは少し、申し訳ないとは思うけれど。このあとちゃんと甘やかすからその辺りは許して欲しいと思う。
 唇が離れてから、じとり、とした目線が送られる。眼鏡のないそれは見えないからか、いつもより鋭く見えるが、別に睨まれている訳ではない。
「…それもどーなの、って思うけどね」
「まあ好きな相手に勃つというのはそう珍しいことでもないと思いますが」
「だって俺よ?」
「貴方だからですけど」
「………これ、会話ぐるぐるするだけな気がしてきたわ」
「理解が早くて何よりです」
この人が、外から見えるより様々なものを抱えていることを風間は知っている。好きな相手と肌を重ねて、身体の中をぐちゃぐちゃにして、その時間だけが頭を真っ白に出来ることも。それは少し、自傷行為に似ているのかもしれなかったが、風間はそれでも良かった。ただ只管、思い出したくないようなことを思い出させる自分が、その人の思考を少しでも止めてやれる存在であるのなら。
―――それでも、
こんなに近くにいるのに他の人間のことを 考えられるのは少し、腹立たしい、なんて。だから、出来ることならすべて、忘れてしまえば良いなんて。
 他でもない風間に言える言葉ではないのだ。



贖罪 @recon_title

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天国へ落ちた日のこと 


 今でもよく覚えている。兄に構ってもらいたくてついていった日のこと。兄は気付いていなかったけれど、兄の師匠であるその人は、その後ろの小さな影のことをちゃんと分かっていて。
「アブネーな、ほんと」
そんなに大きな人ではないと思った。きっとこの人より大きな人間なんて幾らでもいて。
 でも、あの時、風間の世界でその腕の中だけが世界で唯一安全な場所だった。
「怖くなかった?」
「こわくは、なかった、です」
「そう」
「なんだか、こう…どきどき、しました」
「そっか」
お前才能あるのかもなあ、と困ったように笑ったその人は、とりあえず今日のことは兄ちゃんには秘密な、と言って風間を下ろした。
 家路についても胸の高鳴りは止まらなかった。
 いつか、あの天国の中で戦う日が来るのだと思ったら、不謹慎にも楽しみで仕方なかった。



贖罪 @recon_title

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いつか口走るような未来にて 

 いつまで続くのだろうな、と思ったのは別に、今の生活に嫌気がさした訳ではない。このまま何事もなく続いていけば、別にこんなひと目を忍んで、なんてことはなくなるのだろう、というのは思っていたし。それは世界情勢だとかそういう大きなものでもないし、この恋愛関係が同性同士であることに起因するものではなかった。寧ろ性別なんてきっと、二の次だったのだろう。
 派閥の違う、人間が。
 そういう関係であるということは。
 どう考えても外に知られてしまえば諸々に悪影響であると、それは分かっていた。風間は城戸派の実質的なエースであったし(太刀川については師匠である忍田のことが内外に広く知られているのでこの場ではおいておく)、その風間が一番対立構造を作り上げている玉狛派の、暫定トップと言って良いだろう林藤と付き合っているなんて絶対に触れ回らない方が良い。少なくとも、この対立構造を可視化させている間は黙っていなければならないものだった。
 此処は、世間と少しズレている。それもあるのだろうが、これが恋愛感情であると自覚した時もそう戸惑わなかったな、と思った。それは林藤についても同じだったんだろう。告白をした時だって、まず第一声が蒼也、城戸派でしょ≠セったのだし。別に性別を気にして欲しい訳ではないが、此処がそういう場所であるという確かな証左になってしまったように思う。それから派閥を抜きにしたら、という話に持っていくまで結構時間がかかってしまったことも思い出す。
―――林藤さんは、俺のことが嫌いですか。
そんな狡い聞き方だってした。
―――好きか嫌いかで言ったら嫌いじゃないけどさ。
それ以上言わなかった林藤の思惑も、分からなくもないのだ。
 嘘の上手い人だった。だから本気で丸め込もうと思えば出来ただろうに、それでもそれをしなかったということは遠回しなまだその時じゃない≠ニいう答えだった。それが分かるようになってしまった風間も風間であるし、それで分かれと言ったも同然な林藤も林藤だとは思うが。
 そういうことで、結局風間の告白は一旦保留になって、それに伴って林藤の返事も保留となった。表面上では何もなかった、そういうことにした。
 この先に。
 未来が待っている、と思うのは少し残酷なことなのだと、風間は一応分かっているはずだった。それでも分かっているだけ、林藤たちが、兄が、経験した絶望に絶望を塗り込めるような旧ボーダー、最後の抗いのことを、風間は目で見てきた訳ではないから。
 トラウマだとか、せめてそういう言葉で括れてしまえば良かったのかもしれない。此方の世界の戦争の体験記だとか、そういうものだって読んだけれどもやっぱりしっくり来ないのは、そもそもの戦いがまったくもって別のものだからなのだろう。
「林藤さん」
だから、風間は窓辺に立つのだ。
「いい加減窓から入ってくるのやめない?」
「じゃあ開けておかなければ良いじゃないですか」
「お前に風邪引かれたらあっちこっちから俺が怒られるじゃん…」
此処まで来るのにはトリオン体であるのだから、風邪とは無縁であると知っているのに。林藤はそんなふうに言うから。
「で、今日は何の用?」
「寝物語がしたくなって」
「今日は何の話?」
「スズの兵隊なんてどうですか」
「それ寝物語で良い訳?」
「良いんじゃないですか」
ほら、早く布団入ってください、と言いながら窓を閉めて換装を解く。窓を開け放っていた部屋は少し、冷えている。
「暇なの」
「暇じゃないですよ」
「なのに寝物語したくなったの」
「はい。ものすごく」
「はは。…蒼也、すげえ真面目な顔」
「地顔です」
 空いたスペースに紛れ込むのにも慣れてしまった。こんなに近くにいるのに、触れないでいることにも。
「どうせ眠れないんでしょう」
「まあ。うん」
「なら寝物語するのに付き合ってくださいよ」
俺は死にませんよ、なんて。
 残酷な約束、出来る訳がないのに。



image song「君の恋人になったら」back number

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惑わすか、狂うのか 

 好きですよ、なんてそんな言葉が、守れなかった、殺してしまった弟子のその弟から発せられるなんてどんな因果なのだろう。流石の林藤でもこれは困惑してしまっても仕方がないだろう。だって、あまりにも脈絡がない。まだ罰ゲームだとか言われた方が納得出来るくらいだった。しかし、残念なことに―――非常に残念なことに、林藤は風間の言葉が何処まで本気なのか大体測れてしまうのだ。ボーダーに入ることを決めたと、そう報告された時も、兄を守れなかった林藤を許さないと言われた時も、風間は林藤に相対する時、いつだって本気だった。林藤としてはまあ、年相応にもう少しふざけてくれた方が安心出来るところはあるのだが、それを言える立場ではないので黙っていたのだけれど。
 まさか、それが仇になるとは。
 息の吐き方も吸い方もよく分からない。今、自分がちゃんとした呼吸をしているのかも分からない。これでも林藤は大人で、だから死線だって何度もくぐってきていた。昔はベイルアウトなんてなかったから、そういう場面に自分を投入しなければいけないことは今よりも格段に多かったのだし。そうだ、そんな経験があるのに、こんな状況に対する反応の仕方が分からなかった。恋愛経験がどうこうの問題ではなく、相手が風間、風間蒼也であることが問題だった。
「林藤さん」
「あ、えっと、うん。聞いてる」
「返事はいつでも良いので。勿論断ってくれても良いです」
「はい…」
「まあ、断られても諦めないと思いますけど」
 宣戦布告みたいなものなのでよろしくお願いします、と生真面目な顔でのたまった、この会話の何処にも冗談など一つもなくて泣きたくなった。



ストレーガの憂鬱 @strega_odai

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魔物の力は借りない 

 吊り橋効果って知ってますか、といつもの調子で風間が言うので、林藤は同じようにいつもの調子で返した。
「知ってるけど」
「まあ、ですよね」
「何? なんかドキドキするようなこととかあった訳?」
「はい」
「だよなーあっても俺に言う訳…ってマジで?」
「嘘吐いてどうするんですか」
「えっ、うん…。お前も年頃だしね…?」
「保護者面やめてもらっても良いですか?」
「別にそういうのした覚えないんだけど」
「はあ…」
「今のため息何!? そんなに俺ってウザい?」
「自覚あるならもう少し大人しくしてもらっても良いですか」
「いや自覚はないけど…。そう…」
思い切り話がズレたような気がするが良いのだろうか。風間から振ってきた話ではあるが、言ってからあまり突っ込まれたくはないと思ったのかもしれない。若人の感情の起伏は結構難しいな、と思いながら資料に向き直った。そうだ、林藤と風間が同じ部屋で何をしているかというと、明日が締め切りの書類を必死に作っている。今時ホッチキスで資料を作るなんて、ペーパーラリー方式で各自取らせたら良いのに、お偉いさん相手ではそうもいかない。隊員相手の講習などであったらそうするのに。
「それで、吊り橋効果なんですが」
「うん」
「この資料って終わらなかったらボーダーとしてはとてつもなく困る訳じゃないですか」
「うん? まあ…困るかもしんないけどそれは根付さんとか唐沢さんがどうにかするよ。渉外どうにかしなくちゃってことで城戸さんが引っ張ってきたんだからさ。まあこの資料がちゃんと出来るとポイントアップって感じだと思う。好感度は積み重ね」
「そこは困るって言ってくださいよ」
「えっ、あっ、うん。めっちゃ困る」
「そうですよね。そのないととても困る資料を今俺と貴方でやっている訳ですが」
なんだか話が妙な方向に来た気がする。
「ソウダネ…?」
「なんですかそのポケモンみたいな」
「仕方ないだろ。陽太郎と一緒に見てんだよ」
「へえ」
「あ、俺の方の山終わった。山半分寄越せよ」
「………はい」
 なんだかやっぱり妙な間があったような気がするが、どちらにせよこの作業をさっさとやってしまわないといけないことには変わりないのだ。



(「そういえばなんか言ってけど何だったの」「もう良いです」)



image song「高嶺の花子さん」back number

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砂時計は壊れた 

 やっぱだめだろ、と言ったその人が自分のことを恋愛感情で見れなかっただとか、そういうことじゃあないのは分かってしまった。向こうだって分からないと思って言っているのではないのだ、そういうところは本当に狡いと思うけれど。
「いろいろあるけどさあ、やっぱ、ほら、派閥が違う訳だし」
「そうですね」
「うん。だから別れよ」
「分かりました」
「ごめんな」
「いえ。楽しかったです」
本当に狡いのは、それを好きにさせている自分だった。
 いつかまた始まる時のために、今は物分りの良いふりをしている自分だった。



ありふれたさよならだろう ちょっとずつ愛がねじれてしまったふたり / 北原未明

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20191227