迂回路に罠仕掛けるくらいお手のもの 

 風間蒼也というのはあまりに物分りの良い青年だった。元々の性格を差し引いても彼の環境がそうさせたのだろうな、特に兄の件であるとか、と林藤匠としても気に掛けない要素がなかった訳だが、それにしたってそれがいつしか恋情なんてものにすり替わり、そして相互のものになるなんて思ってなどいなかった。相互のもので釣り合いが取れているのであれば良いと思う人間もいるのかもしれない、ところがどっこい林藤は玉狛派の暫定トップであって、風間は風間で城戸派であるし、一部では城戸の右腕とまで言われているのだからこれがそのままハイ幸せゴールイン、なんてことにはならないのだ。
 そこで、最初の一文へと戻る。
 風間蒼也というのはあまりに物分りの良い青年だったので、だからつまり、一旦この件からは身を引くことを決意した。あまりにもあっけないと言わざるを得ないほどに簡単に決めたようにも見えたが、まあ表には出さないやつなのでそうではないのだろう。水面下であれこれ悩んでやっと出した結果なのだ。それを林藤は分かっている。分かっているから頷いた。でもまあ、お前にも良いやつが他に見つかるかもな、なんて言葉は死んでも言ってやらなかった。
 これから、一体何が出来るだろう。
 組織というものは変わりゆくものだ。城戸のことなら林藤の方がよく知っている、彼が最終的に何を目的としているかも、よく、知っている。だから、今出来ることをすれば、いつかの未来に繋がっていくことを、林藤は知っている。恋は人を馬鹿にするとも言うが、前向きにもしてくれる。それを身をもって実感した林藤は今まで以上にあちこちに動いたし、迅の暗躍も相まってこれだから玉狛は、と言われるようなことにもなったけれど。
「蒼也」
「…林藤支部長」
本部で会って声を掛けて、苦い顔をされるのは嫌われているからではない。多分プライドとかそういうもので、でもそういうものは林藤が大人な分、風間よりも余計に多く持っているかもしれないもので。
「元気?」
「はい」
「最近調子どう? うち、やっと第二が出来たくらいだからこっちの隊員の様子ってあんま知らないんだよね」
「調子は良いですよ。ログちゃんと見ているくせにどの口が言いますか」
こっちには宇佐美がいるんですよ、という風間が実際の任務の他にどれほど動いているのか、大体のことは分かっている。
 でも。
 周囲に誰もいないことを確認してから、ぽん、と一撫で。
「ログだけじゃ分からんこともあるでしょ」
「それは他のツテで情報仕入れてくるくせに?」
「俺そんな万能じゃないよ〜」
「その分、補い方を知っているくせに」
視線に火花が散ったような気がした。いつしか戦いのようになっているけれども、やっぱりこの感情は相互のもので、それこそ一緒に墓まで持っていくのがもったいないからさっさとおおっぴらにしてしまいたいので頑張ってる訳であって。
「あ、会議遅れるわ」
「早く行ってください」
「はいはい、忍田より遅刻回数少ないから許してよ」
手をひらひら振って別れる。会議にはちゃんと時間通りにつけそうだった。
 しかし、と思う。歩き出して風間が視界から外れると、どうしても笑みが浮かび上がって来てしまう。元々こんな顔で良かったなあ、と思った。あと玉狛の噂も。誰かに見られてもまた良からぬことを、とか思わる程度で済むから。はあ、と息を長く吐いてリセット。頭を会議内容へと切り替える。少しでも組織を前に、ボーダーを前に、権利とか他諸々の調整や勝ち取るものはたくさんある。
―――お前だけが必死だと思うなよ、若造。
 そんな言葉は、言わなくても伝わっているのだ。



@p17_bot

***

倒錯と背徳 

 月が揺らいでいる。死者がやって来るからだよ、なんてひどい自傷行為をする人は言う。
「それは願いですか」
「かもしれないね」
 もし来たら俺が変わってやれるのにな、なんて続けるその人に拳なんてまだ早いのでキスをする。

***

ひとつの傘 

 誰が悪いとかそういうことはないんだよ、とまるで大人の表情で云うその人の横面をきっと風間は殴り飛ばしておくべきだった。大人ではあったが大人でいなくても良い場面で、曇天のように笑ってみせるなんて。大人のすべきことじゃあない。風間がこどもで泣きなさいと言われている気分になる。それでも言葉は滴ることはなく、水溜まりだって変わり映えのないまま。



文字書きワードパレット
14 滴る/曇天/水溜まり

***

馬鹿にしかなれないのは貴方の所為よ 

 お前そんな顔するなよ、と林藤に言われても風間はこの顔をやめることは出来ない。というかこの表情の変化を拾ってしまうのはきっと林藤しかいないのだから、もっと鈍感になればすべてが解決だった。知らないふりでいるのにも限界があって、だから今、林藤はどうしたものかという顔をしているのだろうけれども。
「俺が逃がすと思いますか」
「思わねえからちゃんと断ったんだけど」
「告白もしてないのに振られた気分を想像してください」
「天秤に掛けたんだよ、いろんなものを」
此処で迅に相談すべきだったか、などと言わないのが賢いところなのだろう。賢いからこそ、此処まで生き残ることが出来たのだろう。
 残酷なほどに、賢いから。
 何をしたら良いのか、彼は知っているから。
「林藤支部長」
風間は息を吸う。
「好きです。諦めませんから」
「まあその辺は自由だけどさ、諦めた方がお得よ?」
「それは俺が決めることです」
 こんな負けが見えている戦いに、挑む価値なんて本当は、最初からありはしないのだ。



またそんな表情をする錠剤がぐずぐず水に溶けてくような /なかはられいこ

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アイロニーアイロニー 

 見なくて良いよ、とその人は言った。これは懺悔、だとも。
「俺は臆病者だよ」
「自分で言いますか」
「自分を反面教師にしたいからな」
「そうしたら俺が昔の貴方のようになってしまう」
 それは嫌です、と言った風間に、その人がどんな視線を送ってきたのか、確認する術も持たない。



ひんやりとまぶたを覆うてのひらと未来の話ばかりしている / 天坂

***

餞別のつもりですか 


 遠征に行くことに決まりました、というのを伝えに行ったのはどうしてだったのだろう。もっと、他に伝えるべき人間がいるはずだったのに、風間は誰よりも先にその人の元へと走っていて。
「え、うん。知ってるけど」
そりゃあそうだ、と思いながら林藤に近付いていく。
「向こうは、どんな場所ですか」
「それは自分の目で確かめろ」
「貴方はいつもそれしか言わない」
「若者に余計な先入観を与えないでいるだけなの」
でも、ま、無事に行って帰って来いよ、と言うその人が風間の手を取って、それから唇を落とすものだから。
「…何、嫌ならもうしないけど」
「いえ」
嫌なものか、と思う。
「帰ってきたら口にしてください」
「ええー…ハードル高…」
「腹くくってくださいよ」
 未だ手放す日が怖くて堪らない、この臆病な人に、風間はどうしたら良かったのだろうか。



蝋梅
http://sameha.biz/?roubai

***

うそつきとあおぞら 

 誰だって良かった、と言ったのは風間の方だった。きっとそれを言った方が勝手にこの人は傷付いてくれるだろうと、でも勝手に風間の知らないところで自滅するなんて真似はしないだろうと、そんな目測でもってして吐かれた言葉だった。自分が鎖になれると思っていた自分のその行動のことを傲慢じゃないだなんて言わないけれど、これ以上のものがあっただろうか、いや、なかっただろう。
 だから。
 もう良いだろ、といつもするように頭を撫でてきたその人に、身体中の血が沸騰したような心地になった。それを表に出さなかったのは風間だって成長をしたからだった。しかも、こんな戦場で。どうしたって冷徹に、なるしか出来なかった。生き残るために、この記憶を、保持するために―――勝つために。
「何がですか」
「だってお前強くなったじゃん」
次期幹部候補だろ、と言われてもそれとこれとが繋がる理由が分からない。
「もう、俺、必要ないだろ」
それともまだ物足りない? そんなことを笑って言ってみせたその人の、胸ぐらを掴まなかったのは風間が大人になったからで、きっとその反応は相手の思うつぼなのだと理解していたからで。
「―――いえ」
必要ですよ、と返す。可愛くなくなったね、と返される。唇をとがらせるような幼い仕草はすべて、演技だ。自分の年齢も立場も何もかも鑑みて、そうすることが最適解だと思ったからこそ、続けているだけのもの。演技、と言っても嘘だとは言わなかったけれど、やらなくても良いことをやっている時点でそう変わりはない。
「今更離してやれると思わないでくださいよ」
 伸ばした手が、出来るだけ優しいものになるように。
「始まりなんて何でも良い」
この人も、風間も、人殺しであるのだから。
「どこにもいかないで」
最初は復讐だったかもしれない、あの頃は感情の積み立て方も分からずに、だから復讐というものに、縋って。
 でも、今は違うとはっきり言えるから。
「………それを言うのは俺じゃあねえだろ」
何処で間違っちゃったんかね、と言う林藤が、煙草に手を伸ばさないことを風間は知っているのだ。



匿って欲しかった傘はこれじゃない それなのに入り込んでごめんね / 田丸まひる

***

蓼食う虫も好きずき 

 悪趣味だ、と林藤は言った。布団から身を起こして、それから眼鏡を探すような動作をしながらのことである。
「今更だと思いますけど」
「今更でも思うんだよ。お前、悪趣味すぎんだろ」
「そうですか?」
「自覚ないのが一番厄介」
見つからないのか見当違いの方向を探す手を、こっちですよ、と導くのにも慣れてしまった。導かれるのにも慣れているという自覚があるのか、眼鏡をしていない林藤はその覚束ないであろう視界の中で思い切り眉間に皺を寄せている。
 仮想戦闘モードが出来てからの戦闘員である風間とは違って、林藤の手のひらは分厚く出来ていた。風間だって現実での鍛錬を怠ったことはないが、この人たちに比べてしまうと、と思うのは事実である。今の自分たちはそれなりに恵まれた環境にいること、その環境を作るのに、一体どれだけのものが積み重なっているのかを。其処に己の兄のことも入っていることを考えると、少し、痛む胸はあるけれど。
 無事に眼鏡に辿り着いた手は、ありがと、と短く言ってそれを掛けた。言ってくれれば掛けてやるのに、と思っても言わないのは、前にやってみたら介護みたい…とドン引かれたからだ。風間としては別にそういうつもりではなかったのだが、どうにも林藤は年の差というものを考えてしまうらしい。それは風間の外見も一因な気はするが、残念ながら成長しなかったものは成長しなかったので仕方がない。
 視界が落ち着いたことで安寧が齎されたのか、やっぱり悪趣味だよ、と林藤は繰り返す。未だ布団に転がったままの状態で、いやまあ、転がったままでしかいられなくさせたのは真実風間なので、そこのところについては何も言えやしなかったけれど。そろそろ諦めても良いのに、と思う。別に風間の一方通行ではないのでこのままでも困ることはないのだが、妙な抵抗を続けられていると、理解出来るとは言え風間とて気にするのが実情だ。顔には出さないが。顔に出したら出したで林藤がまた妙な反応をすることを風間は分かっているのだから。
「いや、まあ、趣味嗜好は別に口出すするようなものでも…俺はお前の保護者じゃねえんだし、でもまあ、ほら、陽太郎がいる訳よ。それを考えると、普通に申し訳なくなるし…」
「今更ですか」
「だから今更でも思うんだよ」
「気にしすぎだとは言いませんが。世間的にことが公になった時にやり玉に上がるのは林藤さんでしょうし」
「だろ? 絶対子供誑かした悪い大人ポジションだろ?」
「良いじゃないですか、いつものやつですよ。玉狛の得意分野でしょう」
「お前その冗談は流石に悪趣味が過ぎる…」
はあ、とため息が落ちる。そのついでに布団がずり下がる。
 何も着付けていない背中が、風間の視線に晒される。思うままにその肩甲骨をなぞったら、あのなあ、と半目で見遣られた。いつもやってることじゃないですか、と返せばそれだよそれ、とため息が吐かれる。
「何だって弟子の弟とこんなことになってんの…」
それは風間が告白なんてものをして、結果的に林藤が押し切られるような形になったからであって、つまり風間の粘り勝ちだったのだけれども今それを言うと話が変な方向に転がりかねない。何だかんだ言って風間に甘いからこういう形になっているということは、林藤が一番よく理解しているはずだった。つまり責任の所在を探すのであれば自分になることを分かっているはずだった。別に風間はそれで良いと思っているし、これではいけないと一念発起されても困るので何も言わない。
「嫌ですか?」
「嫌じゃねえから困ってんだよ」
「それはそれは」
「えっ…何…お前今のでも良いの…ハードル低すぎない…?」
「貴方だからですが」
「いや、俺だってお前が所構わず愛想振りまいてるとは思ってないけどさあ…なんで俺なの」
「恋に理由があると思いますか」
「なかったとしても後付けは可能だろ」
「あとづけ…」
「出来るだろ」
「そうですね、それを言うなら、多分、放っておけなかったから、ですかね」
「ハァ?」
「放っておいたら平気で無茶をしそうなところを見ていて、傍にいようと思ったんでしょうね。貴方そういうところあるでしょう」
「いや………何一つ分からないけど…」
触れていたままだった背中に、今度は唇を落とす。その感触には何か思うところがあったのか、じとり、という視線が齎された。が、今更そんなことを気にする風間ではない。
 そんなことを気に出来るなら、最初から好きになんてなっていない。
「林藤さん」
「やーだーよー」
「ところでもう一回したくなりました」
「聞いてた? ………あのね、俺ね、いい年のオジサンなんだけど」
あと眼鏡掛けたばっかなんだけど、と言われたのでじゃあそのままで良いです、とその身体を仰向けにする。
「え、マジで?」
「明日遅出ですよね」
「そういうのじゃなくてな? 若人は老人を労って欲しいっていうアレなんだけどな」
「老人ってほどじゃないでしょう。過大評価ですよ」
「それ過大か?」
「じゃあ過小?」
「どっちも違うような気がする」
「そうですね」
ぺたり、と胸に手をつくと、はいはい、と諦めたように力が抜かれた。なんだかんだ本当に無理な時はここでちゃんと無理だと断られるし、そこまで乗り気でない訳ではないのだろう。風間としてはそこまでちゃんと、言葉にして欲しい時もある訳だが、それは別の話として。
 ふと、掛けられたままの眼鏡に目が行く。
「………なに」
「いや、今は眼鏡してるから、俺の顔ちゃんと見えるんだろうなって思いまして」
「え、何。いつもお前、俺に見られたくないような顔してるの?」
「別にそういう訳ではありませんが、まあ、そうですね、ええ、まあ、見て判断してください」
「お前がそうやって雑に誤魔化そうとして良いことあった試しがないんだけど?」
「流石林藤さん、恋人のことなら何でも知ってるんですね」
「お前そろそろマジで俺のこと労れよ………」
初めはキスから、といつの頃からかそれは決まりごとのようになっていた。染み付いた行動のように、それを落とす。
 その中で眼鏡が鼻に触れて音を立てたけれど、別にうるさいとは思わなかった。思えなかった。

***

指先の記憶を爪弾く食卓の上 

 ピアノ、弾けるんですか、と当たり前のように対面に座った分類上は部下に、林藤は初めて自分がその動きをしていたことを知った。いや、其処に朝食を用意したのは林藤なので、別に風間が其処に座ったところで何ら問題はないのだけれど。
「…あー、いや、猫踏んじゃったくらい」
「じゃあ好きなんですか」
「好きって訳でもねえけど、何ていうの、手動かしてると落ち着くっていうかさ」
「ああ」
なるほど、とこくり、頷いてみせた風間に、ほら、冷めないうちに食えよ、と皿を指差す。もう何の曲もなぞらない指で。
「食べます。…でも、ああ、はい、そうなんですね」
「何。一人で納得すんなよ怖いから」
「貴方が兄の命日が近付くと書類を引っ張り出してくる理由の一端が見えた気がしました」
それだけです、と言った風間の口の中に消えていく食パンを、林藤はどういう思いで眺めたら良いのか分からなかった。



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***

冬のような人 

 動きが猫みたいなんだよなあ、と思う。それは妙にその身を丸めて寄り添ってくる、その仕草の所為だった。別にこの見た目で猫だのなんだの、言い出す怖いもの知らずはいないだろう。年齢やら低身長については言われるのは仕方ないが、まあ、モチーフの動物を挙げるのにわざわざ可愛らしい猫を出してくる理由はない。
「何、寒いの」
「煙草臭いです」
「喫煙所くらい好きに行かせてくれよ」
「別に好きに行ったら良いと思いますが流石に多くないですか」
「吸わなきゃやってらんねえこと多すぎない?」
「玉狛が無茶を言わなければ良いのでは?」
「いや普通に大規模侵攻のこととかだよ」
「無茶を言っている自覚はないと」
「そうじゃない」
口が回るようになったのは城戸さんの仕込みか? と問うたら原因は別にありそうですけどね、と睨め付けられる。
「………貴方の傍はいつも寒い」
それでやっと、最初の質問の答えが得られた。寒い。別に、冷気を放つサイドエフェクトだとか、そういうものを持っている訳じゃあないから、単に風間の感想なのだろうけれど。
「なら来なきゃ良いのに」
「だから来るんですよ」
 馬鹿ですよね、と言うのでお前に言われたかねえよ、と笑っておいた。



孤独な愛の育て方 @kimi_ha_dekiru

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20191227