相互理解 オレは城戸さんのことが好きだよ、という割に林藤は自分の顔がいつもと同じであって決して昔とは同じになれないことを知っていた。それを分かっているくせに城戸もまた、私も同じだ、なんて言う。本当はもう好きじゃないということは分かっている。城戸の中で、人に対してそういう情を持てるだけの余裕というのは消え失せたのだ。それが旧ボーダーの限界で林藤の限界だったと言われればそうだけれども。 「うん、知ってる」 林藤は笑う。見え透いた嘘だって信じることに決めていた。城戸が言葉にするなら林藤は信じるだけだ。ついていけば城戸は抱いてくれる。愛してくれる。たとえそれが今は偽りになったのだとしても、一時的なものだとしても。 「オレは城戸さんのことが好きだよ」 繰り返す。さっき聞いた、と言わずに城戸は律儀に返してくれる。 この愛だけで、林藤は満たされることが、出来る。 *** 貴方を嫌いになるくらいならこのまま二人で夜になりたい 忘れろ、と城戸は言う。嫌だ、と林藤は縋る。何だって良いよ、と言葉がだらだらと出てくるのに何一つ肝心な案が出て来なくて。 「ひどくても良いよ、最悪でも良いよ、なんだって良い、だから、離れていかないでよ」 今その決断を誰が責められようか、それでも林藤は最後の砦だとばかりに縋り付く。 「本当に、何でも良いよ。何でも良いんだよ」 「―――ならば、」 城戸は、林藤が断らないことを分かっていたはずだった。 「私の、愛人になるか」 もう、私≠セった。 「…うん」 キスは、林藤から。それが、最低限、林藤の譲れない道だった。 * image song「楔」奥華子 *** 私の心臓 どうしたって同一になることなど出来なかった。それでも肌を擦り合わせて呼吸を合わせて、まるで出会った当時の子供のままであるように林藤は甘い声を出す。甘えた声を出す。 「おれは、きどさんが、すきだよ」 嘘を吐く時のように。 「おれは、きどさんを、あいしているよ」 どうしたって同一になんてなれないのに、心臓の音が重なっていく。 林藤がいる限り、城戸は永劫、死ぬことはないのだ。 * 烏合 @bot_crowd *** 君のいないスコール 雨が降る。 雨が降る。実は林藤匠は昔から雨男だった。外に出るとどんな快晴でも通り雨に襲われるので、迅に至ってはボスは視甲斐がないんだよね〜とまでのたまう始末だ。ひどい。おれ、お前のボスなんだけど。けれども例え迅の待遇が変わったとしても林藤が雨男である事実いは変わりがないのだった。 今は、傘を忘れても迎えに来てくれる人がいないことも。 「あーあ、また忘れちゃた」 分かりやすいようにと真っ黄色の傘を最上に押し付けられて、素直にそれを使っていたことを思い出す。そっちの方が林藤だって分かりやすいだろ? なんてもっともらしいことを言って。あれは絶対城戸をからかいたかっただけだし城戸だって分かっていたはずだけれど、それでも迎えに来てくれた。携帯電話なんてない時代。今、もしあんな関係が続いていても、きっと真っ黄色の傘は見れただろう。 人の生命は重いな、なんて。 そんな当たり前のことを思った。 * 雨の朝のたましいにパセリを添えよ / 池田澄子 *** 金曜日と絶望に沈む消失点 休日なんてボーダーにはなかった。そもそも近界民に多分そういう概念はなかった。だから二十四時間三百六十五日でやって来るのだ。もっと友好が築けた暁には絶対に週休二日制を導入してやると林藤は心に誓っているのであった。 「ビール飲みたい」 そんなことを考えていたのでふいに言葉が落ちた。素直な言葉だった。 「飲みに来るか」 そんな言葉が返ってくるなんて、まったくもって、考えてはいなかった。 「………城戸さん?」 「ああ」 「どったの」 「何がだ」 「疲れてる?」 「否定はしない」 「飲みに行っても良いの」 「うちだが」 「…片付けてる?」 「暫く帰っていないから散らかっていることはない」 「飲めんの、そこ」 「分からん」 でも、と城戸が言う。引き寄せられる。 唇が、触れる、寸前。 「来ないのか」 「…行かせていただきます」 会議室に誰もいないからこそ、出来たような会話だった。 * https://slot-maker.com/slot/5483/ *** 終わりにはトーストを焼いて欲しい 嘘ばかりだよ、と林藤は言う。城戸がそれを否定しないことを知っていて、言う。良いな、こういうの、と言ったことはない。許されているみたいだ、許されてなんかいないだろうから。城戸は笑わなくなった。多分、これは金のガチョウを持っていたところで無理だろう。むちゃくちゃだ。無理難題。どうしたって終わらない物語。 それでも林藤は城戸のことが好きだった。 好きだったからエンドロールには自分と食事をして欲しかった。 * 白黒アイロニ @odai_bot01 *** 萎びた靴底に乱れてく吐息に心を染めるために 厳しい顔つきになったその人に、笑顔を忘れたようなその人に、林藤が何を言うこともなかった。なかったからボーダーという組織は此処まで成長することが出来たのだ。林藤はそれを分かっているし、物分りのいいふりをしている訳ではない。 これは大人の戦いだ、と思う。 「ねえ城戸さん、あのさあ」 「林藤」 「だからそうやってオレの発言遮ろうとするの、やめてってば」 大人の戦いに、この人が、した。 「我が侭言わないし、オレは玉狛だし、これからも玉狛だし」 笑うのはそれが武器になると分かっているからだ。 「でもちょっと夢見てその夢を先輩にこぼすくらい、許されるんじゃないですかねえ」 林藤のしっかり笑った顔を見て、城戸はただため息を一つ吐いただけだった。 * image song「イデア」天野月子 *** おれだけのヒーロー 比喩表現ではなく、光が射した。 何を切って割ったのか分からないがおれはどうにも死にそうか攫われそうになっていて、それを誰か今、助けてくれたのだけが分かればまあ充分だった。まだランドセルを背負っていた頃なのだから尚更。 「………大丈夫か」 ヒーローだ、と思った。出て来た顔はちょっぴり困ったような表情だったからおれ―――林藤匠は言葉にすることをこらえたのだけれど。 「だ、大丈夫…多分。お兄さんは?」 「慣れているから…」 慣れているのか、やっぱりヒーローじゃないか、と思った。思ったけれどもそれを言うのはきっともっと後の方が良いと思ったので、その時は黙っていた。いつかもっとおれが大人になった時に、あの時おれ、貴方のことをヒーローだと思ったんですよ、なんて、お酒でも飲みながら、大人とはそういうイメージだったから。 大人にはすぐになった。けれどもその時の話をすることは出来なかった。大きな流れの中におれもヒーローもいて、最早変革は避けられないものだった。おれだってそれくらい分かっている、でもおれはおれのヒーローを殺すことは出来なくて、だから残ると言った。いつものように笑って、あの人がしていたみたいに、と思った笑みで、時折胡散臭いと言われる笑みで。涙の裏の嘲笑は朝食のコーヒーと一緒に飲み込んでしまえ。咀嚼もせずにおれの糧となれ。 強くなれ、強くなれ、子供ではないのだから。最早自分は助ける側に立ったのだ、助けられることを願っていてはいけない。強くなれ、強くなれ、強くなれ、あの日のあの人のように。いつだって毅然と立ち続け、笑みを絶やさないあの人のように。 「城戸さん、これからもよろしくね」 差し出した手はちゃんと握られた。笑え、笑え、笑って笑って強くなれ。 おれのたったひとりのヒーローのように。 *** だから泣くのは僕の役目じゃない 約束をしよう、と林藤は言った。その人はああ、と頷いただけで、本当にそれだけだった。先輩と後輩、言葉にするならそのくらいの関係、いつだって二人、同じ言葉を口にすることはしないで、こんなに同じだったのに。 一つでいたかったはずなのに。 何が許さなかった訳ではない、ただ林藤もその人もそれをよしとしなかった。これから来る大災害のような大不運、世界の大きな流れの中で生き残るために。 「でもねえ、城戸さん、おれはね、」 アンタが本当はいつか泣くために涙を残しているって信じているんだ。 * おしまいの音を聞いたらあとはもう泣いてしまっていいんだからね / 黒木うめ *** ごめんね、私じゃあなたを幸せには出来ない 信じたくなかった。 林藤匠というのはある意味傲慢な生き物であって、それなりに天才であって、何でも出来るとは言わないけれども大抵のことは大体出来た。所謂出来ることだけは出来た。それがあまりにも膨大に広範囲だったため、まあ大体自分のしたいと思うことは出来ていたし困ったことはなかった。 なのに。 今此処へ来て、出来ないことが発覚してしまった。好きだも呟いた唇で、同じ言葉を返してもらった唇で、林藤は城戸に宣言しなければならない。それは屈辱だった、だから代わりにキスを一つして、努力をすることに決めた。 彼の強張った頬を解すのは、林藤には出来ないなんて、信じたくなかった。 * @s2_amour_bot *** 20190806 |