その魂は痩せている 

 彼の兄がいなくなってからというもの、風間が夜中に窓から忍び込んできて、勝手に人のベッドで寝ることも増えた。一度は抗議めいたことをしてみたのだが(そこは俺のベッドであると)、別にそれは否定していないのだから使えばいいと言われてしまい、時折共寝をすることになっている。
 今晩もそういう日だった。月がきれいで、だからかもしれなかった。
「お前は自分のことを大切にしろよ」
ぽろり、と言葉がこぼれたのは。
「それは兄が自分のことを大切にしていなかったと言いたいんですか」
「そうじゃねえよ、大切にしてやれなかったのは俺だ。俺の責任だ」
「じゃあ、」
「蒼也」
小さくよばれた声が、懇願の色をしていて息を詰める。
 「俺は、お前を守れないんだよ」
だから、早く寝てくれ。



あなたは高村光太郎作「花のひらくやうに」より「自分を大切にせよ さあようく お眠り、お眠り」で風林の妄想をしてください
https://shindanmaker.com/507315

***

でも百年先まで忘れない 

*事後表現あり

 情事のあとの微睡みの中で呼ばれた名前は自分のものではなかった。それは覚悟していたはずなのに風間にひどい動揺を与え、そして起こすべきではなかった人を起こしてしまった。微睡みの中だったはずなのに身体を起こしたその人はすぐさま自らの失態を自覚したようだった。
 知らないままでいてくれれば。
 風間を傷付けたことを、知らないままでいてくれれば。
「貴方は、まだ………」
こんな、女々しいことは言わずに済んだのに。
 それに彼がどう返すか、風間は知っていた。
「もう、やめにするか?」
「ッ」
知っていたから言葉が返せない。
「俺が甘えたのが悪かったんだ。俺のが大人なんだから、ちゃんと断るべきだった」
「何を…ッ」
「俺は、アイツを忘れられねえよ」
忘れられなくて良い、面影を重ねているだけでも良い、代わりで良いから―――幾つ言葉を重ねたか分からない。分からないけれども、それはすべて今、無に帰されようとしていた。
 風間の、たった一度の、動揺で。
「お前はそれで良いって言ってくれたけど、俺はやっぱ、それは………よくねえよ。俺にとっても、お前にとっても―――アイツにとっても」
だからやめにしよう、とその人は言った。言って、風間に一つ、キスをくれた。
 それが風間蒼也に与えられるさいごのものだったと分かったから、何を言うこともなく甘んじて受け入れた。



image song「me me she」RADWIMPS



旧拍手

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さようなら、初恋 

 夫を失った女性がその夫の葬式に来てくれた葬儀屋に恋をしてしまいました、翌日彼女は自分の息子を殺してしまいます、さて何故でしょう―――使い古された質問だ、誰もがと言うとあまりに主語が大きいかもしれないが、それでも多くが回答を知っている質問。会いたくて。会いたくて、あいたくて、アイタクテ。
もう一度で良いから葬儀屋に会いたくて、彼女は自分の息子を殺すのだ。
 風間には殺せるものが何もなかった。
 だから代わりに心を殺したのかもしれなかった。



りょうきてき
http://nanos.jp/ryoukiteki/

***

あなたに気づかれないところであなたを守ると決めた 

 名前は聞いたことがあった。平気な顔でなんでもなさそうにこっちに何も感じさせずに無茶を平然とやるような人なんだ、と。自分のことを誰彼構わずに可愛いと言いふらしているような兄だから、そういう点ではあまり信用していなかったけれど。
 空っぽの墓の前煙草を吸う、その後ろ姿を見つけた時。
 ああ、兄の言っていたことは誇張でも何でもなかったのだと思った。
「此処で会うのは初めてですね」
林藤さん、と名前を呼べばゆっくりと振り返る。そうしてこちらの姿を認めると、ああ、蒼也か、と煙草を消した。携帯灰皿を持ち歩いているらしい。
「…どうして、兄の話をしてくれないんですか」
そう問えば、驚いたように目が見開かれた。
「どうしてって、何、聞きたかったの?」
「そりゃあそうでしょう。オレがボーダーに入る前の兄の話なんて、林藤さんくらいしか話せる人はいないじゃないですか」
「ええ。迅とかレイジとかいるだろ」
「いますけど、やっぱり一番兄を知ってるのは貴方だ」
 師匠と弟子。未だちゃんとした弟子を持ったことのない風間に、その関係の重要性はいまいちピンとは来ないけれど。
「…お前は、聞きたくないんだと思ってたよ」
「貴方が師匠なのに?」
「だからだよ」
林藤は笑う。
「守れなかったなら、黙ってる。それがせめてもの手向けだと思っていたから」
 なんだそれは、と思った。
 人を散々おちょくって来ておいて、言うことにかいてそれとは。
「大人はいつだって勝手なんですよ」
足元の石を蹴る。あまり強く蹴らなかったので、林藤の元へは届かなかった。
「大人にもなれないくせして」
兄は言っていた。どうしてそんなことが出来るかって言うとな、師匠は子供なんだ、今でも子供で、だから加減が分からないんだよ。
「馬鹿なんじゃないですか」
「馬鹿かもな」
「…もう良いです」
踵を返す。
「風間の墓参りに来たんじゃなかったのかよ」
「また出直します」
 風間の言葉を何一つ理解していないような人に、これ以上言葉を掛けることは出来なかった。



壊れかけメリアータ @feel_odaibot

***

嘘を吐きすぎて本当になったこの世界で 

 兄はどうして死んだのですか、と真っ向から向かってきた弟子の弟に、林藤が嘘を吐くことは一つもなかった。もうボーダーに入ることは内定しているし、彼の両親もそこそこに情報を持っている。もしも本当にだめだったとしても、ボーダーには記憶処理の装置がある。愛弟子の弟は前評判通りに賢く、こちらが話さないでおいたところも逃さず入ってくるような子供だった。―――そう、子供だった。
「復讐はしないのですか」
すべてを話し終えた時に、彼は言った。兄とはとても似つかぬ鋭い眼光で。
「しないよ」
林藤は笑えていたと思う。
「防衛戦に徹したのはそれだけ戦力がないからってのもあるし、こちらから仕掛ければ攻め込まれた≠チていう大義名分も消える。大義名分は一応近界でも有効だしな。こっちには事情を知らない人間の方が多いんだ。トリガー技術が中心の近界とは違う」
「三門以外のすべてが人質になると?」
「人質なだけなら良いけどな。何にも知らない人間が無防備に暮らしてるんだぜ。しかもこっちで使われてる武器は殆どトリガーには効かない。誘拐し放題だろ?」
誘拐、とは我ながらに可愛らしい言葉を使ったな、と思った。三門を越えて悪意を持った近界民が侵攻すれば、其処はもう狩場だ。
「人数も半分になっちまったし、これからは防衛を第一目標にしておかないとな。勿論、交流も考えてる。でも、きっと城戸さんは甘く構えることは二度としないと思うんだよね」
俺たちはそれを支えなきゃだから、と言うと、そうですね、と彼は言った。
 「まったく、その通りですね」



image song「僕等 バラ色の日々」鬼束ちひろ

***

貴方のつけた傷が欲しい 


 カッターナイフを握らせたのはトリガーであればその人が絶対に拒否すると分かっていたからだ。トリガー技術に慣れたこの人はそれが人を殺せる道具だと嫌というほど理解している。でも、こちらの世界のものは違う。勿論頭では理解しているだろう、もしかしたらカッターナイフで怪我をしたことだってあるかもしれない。それでも、武器という認識はないはずだ。使いようによっては人は死ぬが、トリガーほど意識の中で武器として直結しているものではない。
「出来るでしょう?」
少年の顔をすることは風間には容易かった。
「…なんで、そんなこと」
「不安だからです」
「不安なら行くのやめたら」
「部下が泣きます」
「一番行きたいのはお前だろ…」
 ため息は降参の合図だった。
 風間はシャツをまくりあげる。
「…悪いことしてるみたい」
「悪いことなんじゃないですか?」
「じゃあ蒼也は悪いやつだな」
「貴方も同罪ですよ」
 皮が一枚擦れたような、そんな小さな傷がやっとのことで出来て、そうしてやっと、旅立つ準備が整った。



傷つくのが同じなら
どうせなら素直でいたい
(銀色夏生)

***

もうどうせなら 

 何度も何度も繰り返す。どうして貴方はオレに構うんですか、と。まるでそれが役目であるかのように。
「風間は、俺の弟子だった」
毎回、その人は同じことを言う。
「だから、風間が死んだのは師匠である俺の所為だ」
最初に聞いた時、風間は目を見開いたような気がしていた。そんな風間に対して、その人はそういうものなんだよ、と笑ってだから、とその先は続けなかった。
―――だから、憎んでくれ。
言葉にされなくても、それは風間を殴るのに充分な威力を持っていたのだけれど。
 それから長く、かかってしまった。
「違うでしょう」
やっとのことで風間は言える、風間蒼也は言える。
「オレがすべきなのは、貴方を憎むことじゃない」
「そうか?」
「どうして憎ませようとするんです」
そんなものが彼の中で価値を持っているとは考えにくい。なら、これは。
「オレが、すべきは、」
 その先は言葉にならなかった。
 ならなかったのでそのまま胸ぐらを掴んで引き寄せて、接吻けを落とした。苦かった。



(愛してみよう)



殺したい人はあなただ殺せない人もあなただどうすればいい / 黒木うめ

***

 初めての会った時のことを、今でも風間は忘れることが出来ない。

たまごのとなり 

 勧誘されて行った先には同じ年頃の人間がたくさんいて、幹部らしき大人がちらほら、様子を見に来ていた。もっと値踏みだとかそういうことをして良い立場だろうに、と思ったことも覚えている。疲れていても大人たちの顔には輝きがあって、こんな大規模な犠牲を出したあとなのに、この人たちはちゃんと希望を見据えているんだ、と感動したのだ。
 その中に、いた、大人のうちの一人。
 風間を凝視してくる眼鏡の男性。
「―――」
その人の顔を風間は知っていた。勿論、本物―――実物に会うのは初めてだったが。兄の持っていた写真に映っていた。何処か胡散臭い、気安そうな人。
「…林藤、さん」
「…ああ、うん。林藤匠です。玉狛支部ってとこの支部長をやってる。風間の………進の、師匠をやっている、やっていた」
言い間違えた、と思ったが指摘はしなかった。
「風間蒼也です」
「蒼也」
「はい」
今後名前でしか呼ばれないのだろう、とぼんやり思う。彼にとって風間≠ニいうのは兄一人なのだろう。それが、少し嬉しいだなんて言ったら不謹慎だろうか。
「ボーダー、入るの」
「はい。勧誘されましたから」
顔色は風間が見ても分かるほどに蒼白だった。どうして、と雄弁に語っている。兄は戦況が悪化するより前から、お前には力があるから、きっと一緒に戦えると、そう言っていたのに。
「あの、」
「あ、いや、悪いな。寝不足気味だから。これからよろしく」
差し出された手。先程までの蒼白さはなりを潜めている。
 そこで初めて風間は林藤と握手をした。とても冷たい手で、冷え性という話は聞いたことがなかったのにな、とぼんやり思う。
 風間との悪手を終えた林藤は、そのまま同じ大人のところへと向かう。
「忍田、お前か」
「…私も知らなかった」
「じゃあ城戸さんだな」
そんな会話をしながら部屋を出て行く二人の背中を見ながらぼんやりしていたら、一部始終を見ていた名前も知らない同期生たちに声を掛けられた。後に思い切り背中を叩いて来たのが太刀川、心配してくれたのが嵐山、事情を知りたそうにしていたのが二宮というのだと知ったが、その時はただひたすら手の冷たさだけが残っていた。
 歓迎されていない訳じゃあないんだろうな、とそう思えたことだけが、救いだった。



 未成年である迅は情報か焼肉で釣ることが出来る。
 それは恐らく一定期間ボーダーに所属しているか、一定期間に満たなくとも上位に食い込んで来ていたり何だり、つまり迅、もしくは上と関わることがあれば知っている情報だった。風間としては恐らく成人しても情報か焼肉というのは変わらないだろうな、と思っている。
 と、用意してもらった個室で焼肉を焼きながら、思い出したように問うたのは風間が初めてボーダーを
訪れた日のことだった。とは言え思い出したように切り出しても、迅には視えていたのだろう。風間さんが奢ってくれるって大体そうだもんねえ、と笑われたが、可愛くもない後輩に好きで食事を奢る人間は少ないと思うし、そもそも風間は迅を後輩と思ったことはない。
「あれはオレもよく覚えてるもん」
丁寧に咀嚼した肉を飲み込んでから、迅は次の肉を焼き始めた。
「あの時ほどボスが取り乱したの、見たことなかったし」
「…取り乱したのか」
「そりゃもうね、すごかったんだよ。オレその時城戸さんと丁度その先の話をしてて、そこにボス乱入。ボスが来ることは視えてたんだけど、というか視えてたからちょっと城戸さんと話すの、時間調節したんだけどさ。まあ予想以上に取り乱してたからオレもびっくりしちゃって」
大慌てで割って入ったよね、と迅は笑う。何故、と視線で先を促せば、はいはい、と続きが語られる。
「風間さんのことってさ、進さんが言ってたからそれなりにみんな話は大なり小なり知ってたんだよね。トリオン能力も低くないし、冷静だし、賢いし、でも上を目指すっていう心意気はある、みたいなの。ざっくりだけど。進さんは事ある毎に弟の話してたし、もし弟が一緒に戦ってくれるなら嬉しいみたいなことも言ってた。だからまあ、オレたちにとっては風間さんのボーダー入隊ってそれなりに予定調和だったんだよね。ああ、噂の弟さん、みたいな感じ」
迅の言うオレたち≠ニいうのが子供のことであるのは分かっている。
「でもまー、お察しの通り、ボスたちにはそうじゃなかったんだよね。特に、ボスと忍田さん、かな?」
「そういえば、あの二人は仲が良いのか」
「今更…って言いたいけど、仲が良いとかじゃないと思うよ。腐れ縁ってやつ? ボスは忍田さんにやたら迷惑掛けられたし掛けられ続けてるって言うし、忍田さんは忍田さんでボスがいっつも何かやらかすから困ってるって言うし。どっちもどっちじゃないかなってオレたちは思ってるけど」
「…なるほど」
似た者同士、というところだろうか。
「微妙なルールっていうかさ、暗黙の了解っていうか、今はあんまり気にされてないんだけど。進さんの師匠はボスなんだから、その弟を勧誘しに行くのも、まあ普通考えたらボスだったんだよね。師匠につくかどうかはさておきさ、関係のある人間が行く方が親御さんの説得とか、ほら、ボーダーって正直怪しさ満点の組織だったし。あの頃めちゃくちゃ忙しかったけどそれでも各隊員候補の勧誘に行くのって誰が誰に行くって決まってたし、マネージャーみたいなものだったのかな。だから、誰もボスが行かないなら風間さんの勧誘って誰も行かないって思ってたんだよ」
 風間をボーダーという組織に勧誘しに来たのは傷のある男だった。まだ指令として名を馳せていない頃の、城戸指令。
 その誘い文句を、未だ風間は忘れていない。
「…林藤さんは、オレに、ボーダーに入って欲しくなかったのか」
「うーん、どうだろうね。そこまではオレは分かんない。でも、第一次大規模侵攻の直後には勧誘しないって、それはボスと忍田さんで話して決めてたみたい。まあ、風間さんに関しての決定権って基本的にボスにあったようなものだから、多分そういうことにするよ、みたいな報告だったんだと思う。それこそ酒でも飲みながらさ」
今は風間さんに対する最終決定権って城戸さんに移っちゃったし、大体の隊員の決定権は城戸さんが持ってるんだけどね、と肉をひっくり返した。少し焼きすぎたように見える。
「風間さんにね、戦って欲しくない訳じゃないと思うよ」
あちゃーと言いながらそれを取り皿に取っていく迅を、風間は見つめている。
 迅の言葉は言い訳でも何でもなかった。
「あとね、風間さんと一緒に、戦いたくない訳でもないと思うよ」
寸分たがわず、風間の求めていた答えだった。
「…この一番高いやつ頼んで良いぞ」
「やったー。毎度あり〜」

***

泡のような好意 

 何が切欠かと言われると兄の葬式としか言いようがないので未だ風間はそのことを誰にも言ったことがない。あまり周囲で歓迎される事実ではないのは分かっているし、しかもそこに派閥間の諍いが仮にでも存在するとなれば黙っている以外に道はない。向こうも向こうでまさかそんなこと考えていないだろう。
 風間蒼也が、林藤匠のことを、  だ、なんて。
「誰も信じない」
自分に言い聞かせるように呟く。
 だってそうでもしなければ、この感情を殺しておく術を見つけられなかった。



GHQ!! @GHQkitakubu

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鳴らない電話と傍観 

 同じ布団に寝ている。本当にそれ以上はないが、その事実だけで一体何人の人間をひっくり返すことが出来るだろう。迅辺りは気付いてるだろうよというのが林藤の言であり、風間もそれは思っているが。
「…あさ」
「朝ですが休みですよ」
「やすみ」
「緊急連絡だけは繋がるようにしてあります」
「たすかる」
ごろ、と転がる頭を撫ぜると、それはオレの役目なんじゃねーの、と言われた。
「かもしれませんね」
「ほら、頭」
「はい、どうぞ」
今度は林藤の手が、風間の頭を撫でていく。
 緊急連絡だけは繋がるようになっている、それは普通の連絡はまったくもって繋がらないよつになっている、の裏返しであって。
 それを分かっていながら、抜かれた電話線と電源の落とされた端末を知っていながら、林藤は風間を甘やかしてくれるのだから、これをやめようとは思えなかった。



(なんてことない、ただの休日)



蝋梅
http://sameha.biz/?roubai

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20171010