投げ銭 

 堤大地にはどうしても捨てられないものがある。多分人によってはそんなものはやく捨ててしまえと言うのだろうが、正直堤もそれがそんなに大切なものだとは思わないのだが、でも、
「つつみィ」
ヤニ臭い唇が近付いて来て、堤はそれを避けない。唾液が絡まって苦くて不味くて、ぐちゃぐちゃで。
「…諏訪さん」
「ァに、」
「愛してますよ」
 きもちわりィ、とその人は笑った。



はなつかさんへ

***

気付くのに遅過ぎるなんてことはないですよ、多分。 

*死ネタ

 堤大地が死んだ。
 それは諏訪洸太郎だけが知っている事実で、それ以外には知らせるつもりもなかった。なんだかんだと勝手にその身体を運んで、彼がいなくなってしまったのだと言って、それから隊員を心配する隊長の顔をして、独り占めしたそれになんとなく、キスをして。
 そんなことを繰り返している間に、彼の背中からはキノコが生えてきた。キノコ。人間の、いや人間だったものから生えてくるのだなあ、と感心しながら諏訪はそれを摘みとって、それからとりあえず炒めるだけの調理をした。まずかった。この上なくまずかった。
「あははははは」
笑いが零れる。
「つつみぃ、まじいよこれ」
何を言ってもそれは返事をしない。だってもう死んでいるのだから。腐っているのだから。それから生えるキノコをその前で食べているなんて、本当、何事だろう。何をしているんだろう、こんな、こんなふうに、部下の死体をさらって隠して、独り占めして。
「なあ、つつみ」
腹が痛い。
 すごく痛い、死ぬほど痛い。

 「俺、お前のこと好きだったみてーだわ」



はなつかさんへ

***

心中予告 

「オレさあ、」
「はい」
「お前の出身地とか知らねえんだけど」
「三門ですよ」
「の割にはボーダー入るまであったことなかった気がするんだけど」
「ああ、オレ、ばあちゃんちで育ったんで。ちょっとほら、両親がアレだったんで」
「初耳」
「あんま言いふらすことでもないですから」
「そうだな」
「そうでしょう」
「でも知っときたかった」
「すんません」
「じゃないとお前、どっか行きそうで」
「行きませんよ」
「こんな世界だぞ、マジで言ってんのか」
「すんま せん」
「でもまあ」
「はい」
 うれしかったよ。



あなたは三好達治作「灰色の鴎」より 「彼らいづこより来しやも知らず 彼らまたいづこへ去るやを知らない」でつつすわの妄想をしてください
https://shindanmaker.com/507315

***

天国見せてやんよ 

 諏訪と堤とて非番の日には一緒に出掛けることくらいある。一応恋人であるのだ、二人で遊びに行ったりするし、若者らしくカラオケに行ったりもする。特に音楽の好みがある訳でもなく話題の曲ばかりを追っている堤と、やたらと何でも聞く諏訪とでは歌う曲も合うことはないが、別に同じ歌を歌いに行っている訳でもない、半ば歌を進め合うだけの会と化しているような気もするが、まあどちらにも不満がある訳でもないのだし良いのだろう、と堤は思っている。
 そんなふうにしていつものようにカラオケにやってきて、機械を弄っていた諏訪が、にやり、と笑った。画面に表示されるのは英字タイトル。また適当にパッケージ借りして来た洋楽かなんかだろう。
「何ですか、おすすめなんですか」
「おすすめってか、堤、オメーの歌だと思うけどな」
「俺の歌?」
 My cock is―――始まった曲と意味もなく上手い発音に頭を抱える。
「アーはいはい、お褒めに預かり光栄ですー」
「ホントにそう思ってんのか?」
「思ってますってば」
「じゃあコケコッコーって鳴くか?」
「鳴かしてくれるんですか?」
ここまで来たらやけくそだった。三時間で部屋をとった気がするしまだ一時間も経ってないけれど。
 諏訪は既に帰り支度を始めている。歌われない歌詞に色がついていく―――It's got you screaming back for more!
 「お前のお望みとあらば」



song by 「Cigaro」System of a Down

***

きみがいる物語 

*諸々許せる人向け

 堤大地の家は寺である。
 昔から寺にはいくべきところへいけないものが集まると、堤は耳にタコが出来るほど聞かされて育ったし、堤にはそういうものが視える体質だった。霊感。ある種才能のようなもの。
 だから最初にそれを見つけた時にはああ、またか、と思っただけだった。
「そこは居心地が好いですか」
声を掛けたのは此処が寺で、もっと言えば由緒正しき寺で今もちゃんとしていて、此処にいるのが悪霊でないと知っているからだった。
「まあな」
 境内にある大きな桜の木。堤が物心つく頃にはそれが咲かないのは当たり前になっていて、幼い頃はよく、今は亡き祖父にどうしてこの桜は咲かないの、と尋ねて困らせていたのを思い出した。
「アンタ、幽霊ですか」
「さあ?」
「じゃあ、桜の精?」
そんな少女じみたことを言ったのは、その時に祖父が桜の精が休んでいるからだよ、と苦笑していたのを思い出したからだ。
「ああ」
それだけで、堤にとっては冗談だった。
「オレが桜の精だ」
―――だから、肯定が返って来るなんて思ってもいなかった。
 ぽかん、としていたのだろう、何だよ自分で聞いてきたんだろ、と自称・桜の精は目を吊り上げる。桜の精、なんて可愛らしい言葉、似合わない風体だ。今にも煙草を寄越せと言いそうな―――そんな風体だ。金髪だし。
「え、アンタが?」
「そーだよ」
「うわ、似合わない」
「シツレーな奴だな」
自称・桜の精は笑った。人懐こそうな笑みだった。少々怖い顔はしているが、やはりこの境内に悪いものは入れないのだ、と堤は息を吐く。
 じゃあ、と言葉が出たのはそうして安心をしたからかもしれない。
「なんでアンタ咲かないんですか」
「えー…オレの勝手じゃない?」
「俺は小さい頃からこの桜が咲くの楽しみにしてるんですよ」
「じゃあ、お前が死ぬ時には咲いてやるよ」
「何ですかそれ、何十年も先ですよ」
「じゃあオレが死ぬ時」
「それ、俺見れませんよね?」
桜は別に、何処か悪い訳ではないのだと、以前様子を見に来た業者が言っていたのを覚えている。まるで何かを待っているみたいだねえ、とはその人の言葉だ。
「アンタがそう簡単に死ぬ訳ないですし、ウチだってこの木を切るつもりはないですし」
「ふうん、そうなの」
つまらなそうに自称・桜の精は唇を尖らかせる。
「何ですか、切って欲しいとでも」
「それも一つの手かな、とは思っていた」
「なんですかそれ」
「さあ」
言ってみただけ、と笑うそれに堤はそれ以上の追求を諦めた。幽霊でも、もし本当に桜の精でも、人ではないからと言ってプライバシーがない訳ではない。話したくないことだってあるだろう。それを、無理に聞き出すことなど言語道断である。
 掃き掃除の続きを始めた堤に、自称・桜の精はもう会話してくんねえの、と言った。
「…暇な時は喋りにきますよ」
別に、言葉を交わすのは嫌いじゃない。そう思って言った言葉に、自称・桜の精は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。
 そうして暇な時は桜の木の下へ来て、いつだってその太い幹に凭れる自称・桜の精と会話することになった。次の春から高校に行くのだと言う堤に、桜の精は学校って楽しそうだな、と言った。
「学校に興味あるんです?」
「まあ、それなりに?」
「へえ、桜の精も学校行きたいなんて思うんですね」
「そりゃあ、まあ、思うくらいするだろ」
歯切れが悪いな、とは思ったけれども指摘はしなかった。
「そういえば、アンタの名前ってあるんですか」
「オレに名前なんてあんの?」
彼の言う〝オレ〟がこの時ばかりは桜の木を指していることが分からないほど愚鈍ではない。
「…ない、ですけど」
「じゃあねぇよ」
「ならないって言えばいいじゃないですか」
「もしかしたらお前が勝手につけたりしてくれてんのかと期待したの」
そういうのって素敵じゃね、と自称・桜の精は笑った。何もかも諦めてしまったような顔だな、と思った。思ったけれども言わない。堤に、どうにか出来ることではなかったから。
「…付けませんよ」
「なんだ、お前、オレのこと好きだと思ったのに」
「桜の精がこんな男だなんて思ってなかったんですよ」
「うわーさびしいこと言うー」
けたけたと自称・桜の精が笑う。それと連動するように細かい枝が揺れる。
―――まるで本当に、桜の精みたいだ。
そんなことを思ったから。
 ずっと、彼は其処にいるんだと思っていた。

 ある日、堤がいつものように掃除をしようとすると。
「…あ」
もう夏も終わるという日だった。
 ぶわ、り。
 眩しいほどの春色。
 季節外れの桜。
 自称・桜の精はいつもと違う場所、その木の根本に立って、そしていつもと同じように笑っていた。
「咲いてる」
「ああ」
「なんで、突然。今夏ですよ、どうしたんですか」
咲かな過ぎて季節感狂ったのかと、そんなことを聞こうとして首を振られる。
「お別れの時だ」
「え…」
「ありがとな、話し相手になってもらって。正直退屈してたんだ。此処じゃあ小説も読めないし。楽しかったんだぜ、お前と喋るの」
「ちょっと、」
「オレなんかが桜咲かせられるもんかと思ってたけど、願ってみるもんだな。神様仏様っているんだな」
「ちょっと待ってくださいよ、あと此処寺ですよ」
「そうだったな。でも、待てねえ。なあ、オレはお前の名前も知らないけど、次があるなら、またお前に会いに来るから」
「まっ………」
伸ばした手は、その身体に触れようとして、そして―――。
 何もない空間を、掻き切った。
 まだ自称・桜の精は其処にいて、また笑って、本当にお別れだと言うように笑って消えた。遺された眩しいほどの春色が、さよなら、と喚いていた。

 それから正しく春が巡ってきて、桜は美しく咲いた。本当に、あれが桜の精であったかのように。堤は高校生になって忙しくなったけれど、それでも暇を見つけては桜の木を見上げることをしていた。
―――お別れの時だ。
そう言ったのが嘘であるように、あれは笑っていたから。もしかしたらまた気まぐれに、よお、オレが消えたと思ったか? さびしかったか? なんて言って現れそうだから―――なんていう期待は虚しく、そのまま時は流れていった。堤の毎日はそれなりにいろいろなことで充実していて、誰もいない桜に、話を聞かせているのも苦ではなかった。街の方では何やら不思議な事件が起こったらしく、風の噂でそこそこに聞いていたけれど、まるで物語の世界のようで堤には実感が沸かなかった。
 自称・桜の精のいない桜はひどく静かだった。
 静かすぎて、物足りなかった。
「…なんで、突然お別れなんですか」
もっと前触れらしい前触れがあっても良かったのに。
 人であれ人でなかれ、いつかそれはめぐるものだ。堤はそう考えている。だからこそ別れというのは仕方がないと思っていたし、然るべき覚悟はするつもりだったけれど。
―――あんまりに、突然、すぎる。
 文句を言う相手は、もう、いない。

 そして、更に一年が過ぎた頃。
 階段を登って来る音がする。その日も堤は桜の木に話し掛けていて、その足音にああ参拝客か、と持っていた竹箒を握り直した。喋っている場合ではない、掃き掃除を終わらせないと―――そう、思ったのに。
「よお」
声に、振り返る。
 階段を登り切るのが大変だった、という顔で、その人は手を上げる。桜など纏っていない手を、上げる。
「約束通り、会いに来てやったぜ」
「な………」
「あーざくっと説明すると、オレ、死んでなかった」
「は…?」
「病院で意識不明になってて、一年半くらい前に目が醒めて、死に物狂いでリハビリして来たって訳。カンドーの物語」
「え、うわ、自分で感動とか言います…?」
思わず顔を覆った。でないと、混乱しているのがバレてしまいそうだ。
 近付いてきたその人に、なんとか声を絞り出す。
「桜の精って言うのは」
「ああ、嘘」
「やっぱり…」
「でも半分くらい信じてただろ?」
「信じてませんよ。子供じゃあるまいし」
ほら、ちゃんといる、と強引に握手をされた。確かに、触れられる。
「なんか変な怪物に襲われて、それがオレの能力がそこそこ高いからだって」
「何の能力です?」
「おっ、ちゃんと聞いてくれんのな、トリオン能力っつって、心臓の横にまあ、魔法使う力みたいなのがあるらしい」
「魔法て」
「ンで、嫌じゃなかったらその変な怪物倒す組織で働こうって」
「魔女っ子か」
「そんな感じだろ。で、」
「で?」
「一人じゃさびしいからお前も誘いに来た」
「………は?」
 思わず、素の反応が出た。
「知ってんだろ、ボーダーって」
「知ってますけど」
流石に聞いたことくらいはある。堤にとっては山の下の話で、街の話で、あまり関係がないと思っていた事柄。桜にだって話していないはず、なのに。
「なら話はえーや。やろうぜ、正義の味方」
「いやちょっと待ってくださいよ、オレがその魔法使う力みたいなの、あるとは限らないじゃないっすか」
「いやあるだろー」
「何を根拠に!」
「だって、」
振り返る。
 桜の花片が、ひらひらと舞っていく。
「お前、オレが視えただろ?」
それはもう、決定事項のように聞こえた。

 少し準備するからとその人を外で待たせて、出掛ける準備をする。なんだか本当は入隊テストがどうとか在るらしいのだが、半分スカウトのようなものなので特例として今日今すぐで良いらしい。
 肩掛け鞄の斜めの紐を握りながら、落ち着かない心持ちで実家の階段を降りていく。何処か上の空の堤の歩調に対し、その人はとても楽しそうだった。
「そういえばお前の名前聞いてなかったな」
「堤大地です」
「つつみだいち」
「はい」
「いー名前」
「はあ、どうも…」
「堤」
「はい」
「だいちクン」
「はい」
「んー堤かな。その方がオレの先輩っぽさが増す」
「先輩て」
「あ、オレ先輩な。お前の一個上。いろいろ特例重なったからレポートだけで進級出来て今高三」
「はあ…」
せんぱい。どうにも調子が狂う。そう思ってから、はた、と堤はあることに気付いた。
「俺、アンタの名前も聞いてないです」
たんたたん、とスキップでもするように軽快に、階段を降りていた足が止まる。
 「オレは、諏訪。諏訪洸太郎」
「諏訪、さん」
「………なあ、堤」
堤が諏訪に追い付く。
 「もっかい、オレを呼んでくんね?」
 その言葉に、もう衝動のように諏訪を抱き締めて、そのまま二人で階段に尻もちをついたのはまた別の話。

***

 「おれたちは完璧になれるんですよ」
その日、堤大地はそう言った。

完璧な楽園 *


 堤大地には双子の妹がいる。陸(りく)という名前で、大地に陸なんて双子だからってそんなにあからさまな名前を付けていいものかと知った時は思ったものだが、殆どそのまま堤大地を女にしたような彼女が、「堤妹とか味気ない」と言って聞かないらしいので諏訪が彼女を陸ちゃんと呼ぶようになるまで、そう時間は掛からなかった。それを知った堤大地の方はじゃあおれも名前で呼んでくださいよ、と言ったけれども、諏訪の中で堤は堤だったし、その後から知った妹の存在でもなかったので、そのまま堤は堤だった。
 ということで、これから先、堤と言った方は兄の、堤大地を指すものとする。
 会ったことはないながらも堤から話をよく聞くので、諏訪は陸ちゃんのこともよく知っているような気になっていた。堤と同じ細い目をしている。堤と同じで日本酒が好き。堤と同じでつまみを作るのが得意。堤と同じで時代小説が好き。堤がもう一人いるみたいな陸ちゃんの話に、大丈夫かよ陸ちゃんそれで男にモテんの? なんて失礼なことを聞いたこともある。なのに、あいつには彼氏なんて必要ないですよ、と言う堤にお前なー! と説教をしたこともある。そんなだから諏訪は陸ちゃんのことをよく知っている気になっていて、そういえば陸がアンタに会いたいって言ってたんですけど、と切り出されてあれ、なんて言ってしまったくらいだ。俺って陸ちゃんに会ったことなかったっけ、あれー? ともあれ堤がそういうのなら間違いないと、俺も陸ちゃんに会いたいと、堤に誘われるままに堤家を訪れて。
「大丈夫です、おれたちは完璧になれるんですよ。だから大丈夫です」
 にこにこ、にこにこといつものあの柔和な笑みで堤は言う。
「おれたちは、おれと陸は、二人だけどほんとは一つで、そのために完璧になれるんです」
諏訪は、堤のベッドにいた。押し倒されている、とそういう状態の方がまだ他に何かしらの感想を抱けたかもしれない。
「おれたちは完璧になれるから、おれたちに愛されてる諏訪さんも、そうなんですよ。諏訪さんも完璧になれるんです。だから安心、してくださいね」
堤は当たり前だと言う顔をする。とろけたような声を出すのにその表情はきっぱりと真面目で何がなんだかわからなくなる。可笑しいのは困惑している諏訪の方だとでも言われているような、そんな気分になる。
「おれたちは、完璧ですから」
 堤が身を乗り出す。諏訪がそれに合わせて少し身を引いても、堤は笑うだけだ。
「大丈夫ですよ」
やさしく。陸もいるんですから、大丈夫です、痛くなんかしません。ねえ、一緒に完璧になりましょう。なれるんですから、おれたちなら、おれたちさんにんなら。
「ね、諏訪さん」
 なぁ堤、と諏訪は呼びかけたかったのにもうそれは遅かった。ひらべったい唇が、少しだけかさついた唇が、諏訪のそれに重ねられる。そこからは想像もつかないようなねっとりとした舌が、諏訪の中に侵入してくる。
 ―――なぁ堤、お前の双子の妹の陸ちゃんなんてさ、一体どこにいるっていうんだよ。

***

ベビーベッド 

*事後

 もしも諏訪さんに子供が出来たら、とよく堤はセックスのあとに話をする。勿論諏訪洸太郎は男であってそのような機能は備わっていないし、まだ今の世界では男の妊娠は難しいようだし、堤とて諏訪が男であることをちゃんと分かっているしなんなら諏訪が男ではなければ愛さなかった、とまで言うのだが、それでも堤はピロートークでそういう話をする。こいつどっかおかしくなったんだなあ、というのが諏訪の素直が感想だった。
「オレは諏訪さんを捨てると思うんですよ」
「きゃー大地クンひどい男ー」
「オレもそう思います。でね、諏訪さんはオレにそっくりの子を産むんですよ」
「一人で?」
「一人で。で、日佐人とかおサノとかを呼んで、盛大にパーティーするんですよ。オレの子供、すごい祝福されるんです。ま、産んだのが諏訪さんなんで当たり前ですけど」
「お前の子供だからじゃなくて?」
「それなら嬉しいですねえ。そんなふうに可愛がられて愛されてその子は育つんですけど、諏訪さんはその子を鉄で出来た檻に入れたりするんですよ」
「虐待じゃん」
「そうですねえ、でも諏訪さんはそれがその子の幸せだって考えてるんですよ。オレが諏訪さんの傍を離れちゃったから」
「なんで離れちゃったの」
「ううーん、好きだから、ですかねえ」
「好きなのに離れちゃったの」
「はい。なんででしょうね。諏訪さんの中に、つよく、残りたかったから」
「なんだそれ」
「なんでしょうね。でもそうなんですよ」
「うわー自分勝手」
「ほんとですよね」
「でも好き?」
「好きです。もっかいしたくなりました」
「よっしゃ来いよ」
 でも堤大地がおかしいことを言うようになったのも、全部オレの所為なんだよなあ。はは。



image song「ベビーベッド」cocco

***

ばらのはなし 

 「バラの花束って言うじゃん」「言いますね」「それをさ、今日テレビで嵐山が話してた訳なんだけど」「諏訪さんああいうの見るんですか」「つけたらやってた」「ああ、そういう。仲間の勇姿とかそういうのじゃないんですね」「オレがそれやったらなんか企んでるとか言われるだろ」「日頃の行い…」「で、話戻すんだけど言うじゃん」「自分に都合が悪いからって軌道修正した! 言いますね」「嵐山はなんか普通にいい感じにラッピングしてもらうって言ってたんだけどさ」「えっ良いんですか、広報の仕事でしょう」「あ、何、お前なんか知ってる?」「アレでしょう? あの、何本の花束かで意味が変わるってやつ」「うわなにつつみくん乙女チック」「今や常識ですよ。何本でどんな意味かは知りませんけど」「常識扱いかよ。オレの中では非常識だわ」「そんなんだからモテないんですよ」「モテていい訳」「だめです」「即答きもい」「そういうこと言うと俺その辺で女の子引っ掛けて一発やってきますよ」「ええー諏訪さんのケツじゃ我慢できないっての」「わりと無精髭の男はちょっと…」「ガチめに返すな凹むだろ」「嘘ですよ愛してます」「極端すぎて萎える」「わがままさんめ」「棒読みやめろ」「で、嵐山は大丈夫だったんです?」「ああ、なんか意味があるのは知ってるけど、やっぱりその人に一番似合う量を見繕って持ってもらいたいとか言ってた」「なるほどイケメン回答。相手が持ってこその花束」「あっこれイケメン回答なんだ!? オレ普通に家まで持ってってやれよって思ってた」「いやそれはそうでもなんていうか渡したら一回は持つじゃないですか」「ああー…? ああー?」「いいですよそういうロマン諏訪さんに求めてませんし」「嵐山に負けたみたいでヤダ」「どうやったら諏訪さんが嵐山に勝てると思ってるんですか」「年齢とか」「そういうのやめましょうよ惨めですよ」「お前ホントにオレのこと好きなの」「すきすきだーいすき」「だから棒読みやめろ」「すきすきだーいすき」「裏声すんな」「で、何の話しでしたっけ」「花束の話」「前フリ長かったですけどくれるんですか」「いやなんかやめた」「なんで」「食いつき良いな!? 欲しいのかよ」「いりませんけど」「そこは欲しがれよ」「だいちくん、ばら、だいすきー」「ポニョみたいに言うな」「なんなんですかもう、注文多いですよ」「あ、そうそう注文。しようと思ったんだけど、やっぱ花屋の人に迷惑かなって」「何本くれるつもりだったんですか」「きゅーひゃくきゅーじゅうきゅー?」「………いりませんよきもちわるい」「っていうかつつみくん、つつみくん、だいちくーん? 意味知ってるなお前?」「うるっさいですねえ知ってますよだから常識だって言ってんだろ」「非常識め! 愛してんぜ」「知ってますよオレも愛してます」

***

愛なんて恋なんて 

 諏訪と堤の間に何か特別な感情があるかと問われればきっとその答えはNOであることを諏訪は知っている。こんな真面目そうな顔して人一倍加虐心の強いこの部下は人様とセックスするのにあまりに向かず、だからと言って性欲がない訳でもないので偶然にそのことを知ってしまった諏訪が相手をしているとただそれだけのことだった。自分のところの隊員が犯罪沙汰を起こさないように、それ、だけ。言うなれば共犯者だ。しかも諏訪の方から言い出したのだから本当に良い隊長であると自分で思う。しかし本当にそのセックスの内容が酷いものであるから、何か起こる前に止めることが出来て良かったな、という気持ちとこれだけやっていてきっと堤は本当のところ誰でも良いのだなんていう気持ちがないまぜになる。そりゃそうだろうちょ思うこもこんなセックスなんてやっているから頭が可笑しくなってしまっているのか―――容赦なく打ち付けられた腰。濁点のつきそうな無様な音で吐き出されるあ行に笑ってしまう。半濁点でなくて良かったな、なんて思ってたからすぐに半濁点の悲鳴ってなんだ、となった。そんなくだらない思考。今この瞬間がどうでもいいような、今すぐ逃げ出したいような。それでも逃げ出さないのは堤が可愛い部下だからか、それとも変な情が湧いてしまったからなのか分からないけれど。
「つ、つみィ」
笑ってやることにする。
 「お前のセックスってきもちよさすぎてヘンになりそ」



(結局バカバカしいんですよ)

***

むらさき 

 三門市だってそれなりに古く伝統のある町であるので夏祭りくらいある。あまり外へ外へと出ていかなかった三門市の夏祭りは商店街は軒並み参加、学校の方だって協力、となかなかに大規模である。昔は警戒区域内でやっていたお祭りを市内の方へと移して、今もそれは続いている―――と言うと、普通に美談に聞こえるが。
「会場警備ねえ」
普段着のままの諏訪はため息を吐いた。
「良いじゃないですか、別に諏訪さんだって夏祭り行きたかった訳じゃあないでしょう」
「そりゃそうだけどさ」
「給料出ますし」
「そうだけど、そういう問題か?」
 人の集まるところで万が一があったら困るから―――というのが上の言い分だったが、その内訳がトリオン兵がどうの、よりかはボーダー隊員がやらかしてないか見張れ、であることを諏訪も堤も分かっている。トリガーは勿論いつも通り持ち歩いているけれど、もしも万が一に遭遇した場合使うのはきっとトリガーよりもげんこつだと確信している。まあ、使わないにこしたことはないのだが。両方とも。
「ほら諏訪さん、かき氷買ってあげますから。もっとやる気出してください」
「………あのさあ、堤。お前の中で俺ってどんなイメージよ」
「いちごで良いですか?」
「何味があるんだよ」
流石に後輩に、しかも自分のところの隊員に奢らせる訳にはいかない。堤が足を止めた屋台に諏訪も寄っていく。
「今結構あんのな。俺覚えてんのとか四種類とかしかなかった気がする」
「オレもですよ」
「シロップ業界も頑張ってるんでねー」
「おいちゃん、何が人気?」
「ブルーハワイ」
「昔からあるじゃん!?」
「やっぱ人気根強いよね」
「じゃあブルーハワイこいつに、俺はいちごで」
「はい二つで六百円」
 屋台から離れる際に、何を思ったのか屋台の主は混ぜると紫になるからね、と言った。それに諏訪は知ってるよ、と返しただけだった。
 流石に歩きながら食べると危ないということで、少し脇道にそれて座り込む。周りには同じように休んでいる人間がたくさんいたが、祭りの提灯の灯りの届かない影では、互いの顔も分からない。
「諏訪さん」
「何。いーよ、三百円くらい」
「いえ、それはありがたく頂きます。ごちそうさまです」
「じゃあ何」
「かき氷混ぜますか」
「混ぜねーよ。この暗がりじゃ色見えねーだろ」
「それもそうですね」
つまらなそうに堤が言う。しゃくしゃくとかき氷が減っていく、早い。それが何だか妙にいじらしく見えて、襟首を掴んだ。ん、と素直に差し出される舌は冷たい。
「これで色混ざったか?」
「………混ざる訳ないじゃないですか」
「それもそうだな」
「ていうか諏訪さん冷たいです」
「そりゃあ氷食ってんだから」
とっとと食って見回り続けんぞ、と言えば、結局かき氷でやる気出してんじゃないですか、と言われた。
 ムカついたので万が一のために取っておいたげんこつを此処で使った。



かき氷のシロップをえらぶの byお題箱

***

20171010