どうせまた好きになる 

 ねえきどさん、とその甘えたような口調が次に繰り出す言葉が大体どんな色をしているのか、城戸は昔から知っている。知っている、はずだった。
「城戸さんの方から嫌いになってね」
思わず目を瞬(しばたた)かせる。
 何を言うのだろう、と目をやるとその笑みはいつものものだった。
「………お前は性格が悪い」
「そんなこと、とっくの昔に知っていたでしょ」



『愛してる』とは言えないから、城戸さんに林藤さんは「君の方から、嫌いになってよ」と口にする。
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「お前は私のものにはならない」 

 猫を飼っている、と思うときがある。もしかしたら飼っているのではなくただ野良が毎回顔を出すだけなのかもしれなかったが、それでも城戸にはそれが猫のように見えていた。忠誠を誓うようなたまではない、だから猫、というのは安易だっただろうが。
「城戸さん」
「始末書か」
「企画書ね」
「お前にとってはどちらも同じようなものだろう」
「そうだけどさあ」
男は笑う。好き勝手しているように見せかけて、その実何をしているのかわからないまま笑う。
 ふらふらと彷徨う影に、首輪は似合わない 。



あなたは北原白秋作「序詩」より「道化たピエローの面の なにかしらさみしい感じ。」で城戸林の妄想をしてください
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愛しすぎて鬱陶しい 

 胸ぐらを掴むような野蛮な行為をこの人がやらないのだと思っている人は少なからずいる、と林藤は知っている。知っていて更に、それが仕組まれたものではなくただひたすらにその人の純粋なる性質であるのだとも知っている。隠したくて隠している訳ではなく、ただ意味もなく隠れているだけなのだと。それを知る人間が揃いも揃って言いふらしたりしないだけであるのだと。
「時々、」
じっと、静かな瞳が林藤を見遣る。
「お前を殺したくなるときがある」
 燃えるような瞳である。林藤はそれを気圧されることなく笑って、それから言う。
「いーよ、城戸さん」
いつもの口調に、なるように。
「アンタになら殺されてやっても文句は言わねぇよ」
それに返す彼の言葉はいつだって、馬鹿馬鹿しい、とそういうものなのだ。
 自分から言っておいて、と離された襟元を直す。
「本当だよ、城戸さん」
「…お前の言葉は鬱陶しい」
「でも好きなんでしょ」
 これが愛の形と知っているから、林藤は彼の秘められた野蛮性を吹聴することはしないのだ。



お題bot
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オレ、生野菜も好き嫌いなく食べられますよ。 

 朝だ、と思う。ぴちぴちと小鳥の鳴く声がして、眼鏡を探す。いつもの朝だ、いつもの朝。林藤匠のいつもの朝。眼鏡をして、起き上がって伸びをして、軽く体操をしながらトイレに行って洗面所で顔を洗って寝癖を直して居間の扉を開ける。いつもの朝だ、いつもの朝。いつもの朝にはそもそも扉は閉まっていないものではあったけれど。
―――これからそれがいつもになれば良い。
「おはよ、城戸さん」
「………おはよう」
居間に併設されている台所に立つその人は、一足先に起きて朝食を用意してくれていた。
「城戸さんは?」
「先に食べた」
「えええ、何で待っててくれないの」
「腹が減ったからだ」
既に食後のコーヒーを飲んでいるその人は、それでも居間を離れようとはしない。
 テレビもつけていないから、この居間の響くのは林藤が食事を摂る音だけ。
「うまいか」
「うまいよ」
「そうか」
「もっと嬉しそうに言ってよ」
眉間に皺、寄ったまんまだよ、と言うと別に良いだろう、と更にそれは険しいものになった。
「城戸さん、オレもコーヒー」
「飲めないくせに」
「牛乳いれて」
「砂糖は何杯だ」
「三。あ、その容器に入ってるスプーンでね」
「………この白いプラスチックのスプーンのことを言っているのか?」
「当たり前じゃん」
「却下だ。半分」
「え、それって一と半分ってことだよね」
「半分は半分だ。一匙の半分」
「ええええ」
そんな殺生なあ! と叫ぶ朝食に、コーヒーの香りが強くなる。
「ねえ城戸さん」
「なんだ」
「そんな甘くないコーヒー飲めないから飲めるようにおまじないしてよ」
 じろり、と林藤を見遣る目。人はこれを怖いなどと言うけれどもそんなことはない、と林藤は思う。
「ねえったら」
「もう少し真面なねだり方は出来ないのか」
「ええー…」
 それから少し考えて。



(そうじゃないと言われた)(知ってる)



きみが食むキャベツの音がしあわせの合図のようにひびく朝です / きたぱろ

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繋がってるって証明してよ 

 キスを贈ることももう慣れてしまった。それだけ表立って甘えていられないようになってしまったと、そう言われたらその通りで、頭をさげるしかないのだけれど。
「ねえ、城戸さぁん」
「林藤、今は仕事中だ」
 それでも手を止めてくれる、それを分かっているから。



@asama_sousaku

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キャベツのない食卓 


*城戸さんと林藤さんが昔なじみ的なさむしん

 きどさん、おれ、きゃべつきらあい。
 間延びしたその声がかつての自分であると知っている人間が幾らいるだろう。なんて思う傍ら、それは既に言った本人と、言われたその人の記憶の中にしかないものだろうなあ、とも思った。腕に抱かれていた時代がある、なんて、きっと今いる子供たちの多くが想像出来ないことだろう。あの頃、大人になった自分たちを想像出来なかったように。
「きどさん、きゃべつ」
「…この皿に入れとけ」
「やったあ、きどさんだいすき」
「安売りだな」
「大安売りだよ」
でもきどさんにだけ。林藤が笑えばその人も笑って、それが林藤はただただ嬉しかった。林藤に食べられなかったキャベツはいつだってその人が片付けてくれた。キャベツもきらいと公言する林藤よりもそんなことは言わないその人に食べられる方が幸せそうに見えた。キャベツの心なんて知らないけれど。
 これは罪だろうか、と何度か考えたことはある。一回り違うその人とこうして肌を合わせることは、別に比喩ではなくそのまま、言葉のままのものではあったのだけれども、世間的にはよろしくないものなのだろうなあ、と分かってはいた。けれども、許されたからと言って何だと言うのだろう。
 その人といることが許されたところで、近界民はこちらへと侵略してくるし、その防衛にかかる時間やら何やらは減ることがないし、二人だけで何処かに逃げられる訳でもないし。それにそもそも逃げられたとしても、その道を選ぶことはないんだろうとも思っていた。林藤も、その人も。
 お互いをどうして大切に思うのか、分からないほど馬鹿ではなかったから。
 あれから数年が経った。数年の間にいろいろなことが変わって、いつの間にか林藤もその人も大人になってしまった。もう戻れない。だから、キャベツは買わない。皿にも載せない。入っているお弁当は買わない。サラダなんてもってのほか。
 だって食べてくれる人は、いないから。



僕たちのささやかな罪をささやかと呼ぶ罪もあり幾重もの雲 / 山田航

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未来は続くよどこまでも 

*過去捏造オンパレード

 玉狛支部がその昔、今で言う旧ボーダーの基地として使われていたことを知る者は少ない。勿論当時のメンバーは知っているが、自らそれを語るようなことはしないだろう。何故なら、今も昔も最高司令官である人がそう命令したのだから。
 旧ボーダーにおける最後の、そして新体制のボーダーにおける最初の命令は、昔のことは忘れること≠セった。それは別に、近界民と交流を持とうとしていたことをすっきり忘れるということではない。そういう命令であるのならば林藤を筆頭に玉狛支部はボーダーという組織から離反していただろうし、そうなっていないのだからまたそれとは違った命令なのである。お前のやりたいことを邪魔はしない。その命令を下す前にその人が、城戸が、林藤がこの組織に入って一番世話になったと言っても過言ではない(主に忍田の尻拭いという点で)先輩は、林藤がやりたいと言ったことを否定はしなかった。ただ自分は一緒にやってやれない、と言っただけだった。林藤とて子供ではないのでそれに頷いて、認めてくれるだけで良いよ、と言った。
 そう、認めてくれるだけで良かった。
 彼が林藤の行動を文句は言えど認めてくれるのであれば、旧い考えをすべてすっきり捨ててしまうなんてことはしなくても良いのだと、そんな甘っちょろいことを考えていたものだから。
「だが、その代わり」
頭を撫でられるような年でもないんだけどなあ、と思いながらも拒否することはしない林藤の頭を、ぎこちない手が撫でていく。いつまで経っても上手にならなかった先輩だが、林藤はこの手がとても好きだった。子供は苦手だと出会ったその日に睨め付けられてから、好きになってもらえるような努力は一切してこなかったのだ。林藤は林藤らしく、自分の好きなように振る舞っていただけだった。だから、認めてもらえるだけで良かった。林藤と過ごした日々のことを、忘れないでいてくれるだけで、良かった。
 良かった、のに。
「すべて忘れろ」
何を言われているのか分からなかった。
「これからのお前に、私の記憶は必要ない」
何を言っているのか、分からなかった。
 林藤が返事をしないまま先輩はぎこちない動きでもう一度撫でると、それですぐその場を去っていった。命令が下されたのは次の日だった。林藤はもう一部下でしかなかったので、それにはい、と答えた。
 ふつふつと怒りがわいて来たのは暫くしてからである。言葉の意味を理解して、どうして先輩がそんなことを言ったのか考えて、自分一人で支部を回しながら本部に手伝いに行って先輩の顔を見る度にうざ絡みをして。それでやっと先輩がどれだけ林藤に対してひどいことを言ったのか、自覚出来たのである。非道い奴だ、と思った。あれだけ面倒を見てくれたのに、ちっとも心配ではないのか。手元に問題発生器の忍田がいるから良いとでも言うのか、マゾなのか、手のかからない奴は放っておいても良いとでも。収まらない怒りを何に誰にぶつけることも出来ないまま大人の顔をして、日々を過ごすしかなかった。それくらいボーダーという組織はやることが盛り沢山だったのである。けれども、そう、林藤匠の先輩は、元先輩と言った方が良いのだろうか、いや先輩は、とても非道い奴なのだ。こんなに人を引っ掻き回しておいて、全て忘れろ、だなんて。敵になることよりももっとひどい。そんな事実はなかったと、澄ました顔でその方がお前にとっては良いだろう、なんて言ってのけるのだから。
―――そんな訳ないのを知っているくせに。
 ボス、あの部屋使っても良い? と可愛い部下が聞いてくる。昔を知らない子供、林藤が此処で誰と過ごしたのか、知らない子供。
「おお、好きにしなー」
林藤は笑う。支部長の顔で笑う。その部屋が誰のものだったのか、中にまだ荷物が残っていることだとか、全部知っていて笑う。
 命令が忘れろということならば彼の部下である林藤は、彼の後輩である林藤はその通りにしてやる。忘れて、ただ腹を探り合う関係に甘んじてやる。甘んじて、玉狛支部長という役目を立派に果たしてやる。だってそれが林藤のやりたいことだから。
 プレートを外さなかったのはわざとだった。
 愛する先輩が忘れろと言うのなら、忘れてやるから代わりに覚えている人間を作ってやるのが、可愛い後輩の務めなのである。

***

パスタ食べたい +最城戸

 いつだってその人は自分勝手だった。向けられる感情の意味を分かっていないでいられるほど林藤は大人になりきれず、子供のままでもいられなかった。その人はそれすら利用するだけして、一人、満足げな顔で先にいってしまったのだったが。
―――任せたよ。
蘇る声はどうしたって優しいものでしかなくて、林藤の四肢へとまとわりつく。まるでそれしかしらないように、それしか出来ないように。
―――任せたよ、林藤。
―――あいつのこと、好きなんだろ。
それはずっと、林藤を縛る呪いだった。
 勝ち負けではないことを勝負事に持ち込んでしまうような、ひどい呪いだった。



image song「かえるの唄」クリープハイプ

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ねえ私はひどく精巧な恋人でしたでしょう 

*47号弱バレ

 もうやめようとは言わなかった、というのが恐らく双方の認識だと思う。
―――何もなかった。
そういうことにしよう、そういった暗黙のものがあったのを察せない程林藤匠は子供のままではいられなかったのだと思う。それよりもこれでも頑張ったんだよ、と言う子供を放っておけなかった、大丈夫だと言い張る子供を放っておけないように教育されてきた、そういう状態だったのだ。そこで言葉にせずとも恋人という地位に甘んじていた相手に追いすがれば、それこそ失望されてしまう。今林藤に必要なのは組織の中核としての働きであったし、好き勝手出来ていたあの頃とはすべてが変わってしまったのだ。好き勝手させて貰えていたあの頃とはすべてが変わってしまったのだ。
 甘ったるい関係だった。林藤がいつだって彼の淹れてくれたコーヒーに砂糖と牛乳をいれるのを、明るく笑って許してくれるような。お前の味覚は変わらないな、出会った時から何にも変わらないと、そう笑って。じゃあ出会った時から欲情してたの、なんて混ぜっ返せばまた笑う、ような。
 笑顔の似合う人だった。
 それを奪ったのが誰だとか、何だとか、そういったことを言うつもりはない。既に起こってしまったことを分析する必要はあれど、感情の矛先として乱すことは賢くない選択だ。
 だから、城戸は何も言わなかったのだと思う。
 何も言わずに触れて、林藤に開けたばかりの煙草の箱を押し付けて、林藤はそれでああ、これで終わりなのだと察したのだ。新しい組織として出された案はきっと未来を正しく導くだろう、だけれども其処に最初の夢はない。夢ばかりでは何も成し遂げられないと分かっているからこそ、残ると決めたものはその案に反対はしなかった。
「うん、良いと思う」
敢えて軽い言葉を選んだのはそういう方が良いと思ったからだった。
「でもさ、ほら、オレはそれでも、今までのが忘れらんないし、一個にするのもアレだし。オレは此処に残るよ。オレたち、幾つかに別れないといけないんだよ。成長する時が来たんだよ、組織として。だから、城戸さんはそういうふうにして、それが一番良いと思うし、戦力だって、必要だし。だから、でも、ねえ。オレみたいなのも多分いるし、これからも少なからず出てくるし、受け皿が必要になると思うし。それに本部作るなら、支部だって必要になるんじゃないの。そういうモデルケースっていうか、うん。そういうの」
捨てられたとは思わなかった、思えなかった。それでも置いて行かれたとは思った。
 そして、今は縋るだけの力もないのだと、それだけが痛いほど分かってしまってただ、城戸がいつも吸っていた煙草が吸いたくなった。



故郷に残す恋人を思いだす 夕暮れの冬ばかりが似合う / ロボもうふ1ごう

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あいしてくれないなら 

 さみしい、と言葉にしない人だった。だから本当はそうなくせに、と林藤が幾ら思っても本当にそうなのか自信がなくなっていくのも当然のことだった。外から見えるほど林藤匠というのは頑丈に出来ておらず、そのためのリソースは玉狛支部長という肩書の方に割り振ってしまっていたので、プライベートで使える分が残っていないというのもあった。
「オフレコなんていつだって対応すんのに」
仕事は仕事、プライベートはプライベート。それが出来ないような年齢でもなければわからんちんでもないのに。
「さみしいくせに」
言って欲しいのは口実が欲しいからだった。
 すべてをなかったふりをする、この四年間を埋めるだけのつまらないことをする、口実が。
「まあ無理だよなあ」
外では鳥が鳴いていた。
 もう、季節の変わり目だった。



静かな場所で、だれかの心臓の音がきこえていたら、きっとそこはいいところ 本当はさみしい その言葉がただの鳴き声になる鳥に 生まれたかったな 秋です
最果タヒ「長袖の詩」

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20170131