貴方を何度でも殺せば私は美しく生きられる 堤諏訪

 地獄って一体何なのだろう。隣でアホ面を晒して寝こけているその人をじっと見つめて堤大地は思う。
 先ほどその人と猿のようなセックスを、初めてのセックスをして、そうしていろいろなことを知ったのだった。一緒に風呂に入るなんてこともないこの現代で、堤は諏訪の下半身事情(というとなんだか違うのは分かっているのだが)を実のところ知らなかったので、その場所がまるでこどものようにつるりとしていることなんて知らなかったのだ。
 驚いた堤にその人はこういうのは嫌いかと問うて、いや嫌いじゃないですけど何でか聞いてもいいですか、と模範解答を示したのだと思う。
「オレにはさあ、兄がいて」
兄。口の中で繰り返す。そんな話は初めて聞いたし彼の名前的に長男だと思っていたから、驚いた。
「まあ死んだんだけどさ、光る方の字で光太郎で、そいでオレはその死に水の中から生まれてきたから洸太郎って言うんだけど、それで。だからなんとなく、オレ、此処に何も残しちゃいけないって気がすんだよ」
意味が分からない。どうしてこんな不良のような面でポエムを吐けるのか。
「ええ、と?」
「つまりさ、これは儀式な訳」
 こどものようにすることが、諏訪洸太郎が大人にならないことが。
「此処から生命が出てくんだよ」
「今無駄撃ちしてますけどね」
「うるせえよ、でも生命だろ」
「そうですね」
「だからそれって、ほぼ、その、兄さんみたいなモンだろ」
飛躍だった。飛躍のしすぎで逆に納得出来そうになってしまった。
「…分かりました」
「そっか」
「次から、オレがそれ、剃っても良いですか」
「何堤くん、そういうの好きなの」
「今好きになりました」
「あっは、諏訪サン堤くんの性癖開拓しちゃったよ」
馬鹿馬鹿しく笑う、そのままで居て欲しかった、だから堤はこれからもそうで居てくださいと言った。
 地獄って一体何なのだろう。堤大地はもう一度思う。
 何度も何度もその人の夢の中で殺される、生まれない兄の存在はきっと、天国みたいなものだった。



血より濃く兄につながる水脈か水木を伐れば噴き出す樹液 / 松野志穂

***

十二月の産声

 もしも、と思う。もしも諏訪洸太郎なんていう存在が出来る前の、残酷な冬の夜。その前身の存在である光太郎が死ななければ、と。それはそれできっと諏訪家にとっては幸福なことだったのかもしれないが、そうであればまず、諏訪光太郎という存在は生まれていなかっただろう。
 弟として、と生まれるのと、スワコウタロウ≠ニして生まれるのとでは、きっと訳が違うから。
 そんなことを思いながら息を吐く。兄の死を認めたくない母が、一度も来ないその石の前で息を吐く。今行きているのは諏訪光太郎ではなく、諏訪洸太郎なのだと、そう明言するように。
「………アンタに、礼を言わなきゃいけないと思ってたんだ」
それは皮肉よりもっとひどい言葉だったかもしれないけれど。
「アンタがいなけりゃ、オレは生まれなかった。アンタが死ななけりゃ、オレはコウタロウじゃなかった」
血が、たくさん出ていたのだと知ったのは近所の噂好きのおばさんが言ったからだった。
―――もうね、だめだと思ったの。やっぱり、その通り、だめでね―――
子供に聞かせるような内容ではなかったと思うし、デリカシーが無いとは思ったけれども。
 それでも、知れて良かったと思った。
 兄がその生命を賭して自分という存在を産んでくれた、その瞬間のことを知れて良かったと思った。



雪を朱に染めたる記憶あの遠き夜半(よわ)父の腹より生まれ落ち

***

 「つっつみだっいちがっいえっでひっえてるっここっろウッキウッキワックワック〜」
『昨日、三門市在住の大学生の自宅冷蔵庫から同じく三門市在住の大学生の遺体が見つかるという事件が―――』

「これで、ずっと、いっしょ」 堤諏訪

 唐突だった。まるで天啓のようにそれは降ってきて、それで諏訪はそれを言葉にしたのだった。
「つつみ、お前はなんでさあ、オレのものじゃないんだろうな、オレのだったらもっと、もっといろんなことができんのにさ」
「じゃあアンタのものになってやりますよ」
そう答えるのが分かっていた。
「あのCMみたいに」
「どのCMですか」
「家で冷えてるやつ」
「なんでです」
「オレさあ、家帰るの苦手」
「なんで」
「だって一人じゃん」
突然話題を変えても付き合ってくれる。諏訪さんなりの思考結合があるんですよね、と笑って、いつものように。その笑顔が振りまかれていることが、諏訪は我慢ならないとまではいかないが、あまり良い気分ではない。
「お兄さんいるって言ってませんでしたっけ」
「ンなもんとっくの昔に死んでるしいねーも一緒」
酒の肴にした兄の話を憶えていてくれる、その優しさを。
「…だから、」
諏訪にだけ与えられる、この悦びを。
 「…わかりましたよ。でも、ひとつだけ約束してください」
「なに、」
すべてをくれるなんて笑って言えてしまうこの頭のイカれた後輩に、恋人に、諏訪がしてやれることならなんでもしてやろう。
「オレとの一番思い出の詰まった場所だけ―――」

 『尚被害大学生の局部は切り取られており―――』



冒頭ははなつかさんからお借りしました。

***

「馬鹿じゃないですか、ずっと此処は戦場ですよ」 

 お前ってさ、心の準備って出来てんのか、と堤大地の隊長は問うた。
 何事もない朝方の防衛任務。朝焼けが綺麗だ、朝焼けの日って天気悪くなるらしいぜ、と隊長は言ったけれども、どうだか、と堤はスマートフォンを取り出した。囁くのは三門市、今日の天気。可愛いSiriちゃんは堤に今日も良い天気ですと教えてくれる。
 ですってよ、と笑ってやれば隊長の知恵袋よりその女信じるのかよ、と頬が膨らまされる。この仕草が可愛いなんて思うんだから本当にもう重症だろう。ひどい話だ、この人は好き勝手堤にやってくれて、あまつさえこの人で勃つようになってしまって、寧ろそれじゃなきゃだめくらいの気分になって(あくまでもきぶん、である。だってまだ堤は女だって抱ける)(この間試した)(最高だった)、それで生命の削り合いみたいなことをしながらこの狭い街で何も知らないような顔で、この好き勝手してくれた隊長に恋慕なんてものをしている。
 平和だなあ、と思う。
「つつみィ、お前今、平和だって思ったろ」
「まあ、はい。これ、正直麻痺しますしね。近界民(ネイバー)来ても別に、いつものことですし。撃退すれば良いですし。ってか、何で分かったんですか」
「そりゃあ愛する隊員のことだからな」
「何ですかそれ」
本気で受け取りますよ、と言えば受け取って良いよ、と返された。
 あんぐりと、口を開ける。
「何、その顔」
「え、だって、今」
「だって俺、お前にケツやってんだぜ」
「いやそうですけど」
「何、俺のことそんなに尻軽だと思ってたワケ? ノンケでもえーっと」
「よく知らないネタぶっこもうとしないでください。あと別にそういう訳じゃなくてですね、諏訪さんはその、」
「いつか死ぬって?」
 彼の後ろに佇む影のことを、堤は言ったことがなかったのに。まるで今、見透かされたようで。
「人はいつか死ぬもんだろ」
「そう、ですけど」
「何、怖いの。ボーダー隊員とかやっててそんでも怖いの」
「怖いですけど、そうじゃなくて、」
「堤」
笑う隊長の後ろでその影も笑っている。
「堤、俺はお前の言葉が聞きたいんだよ」
「…なん、ですか、ソレ」
「好きって言えよ」
「好きですよ」
「たりネーよ」
「愛してますけど」
「もっと」
「教育上悪いし朝だし眠いんですけど」
「じゃあまた今度の機会ってことで、その先は俺に勝ったらってことで」
「何拗ねてんですか、まあ勝ちますけど」
「お? 言ったな? 後悔すんなよ」
 勝つまでおあずけだ、と言ったその後ろから腕が伸びてきて、思わず堤は自身の隊長を抱き締めた。
―――それはお前のじゃないよ。
にっこり笑った顔でそんなふうに言われた気がして、ぎゅうぎゅうと抱き締め続けたらあはは、と心底楽しそうに隊長は、諏訪洸太郎は笑った。



image song「Hide & Seek」9mm Parabellum Bullet

#リプきたキャラx自分の好きな曲の小説かく

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さよなら、愛しの弟よ。 

 たとえばこの身が普通に生まれていたなら、この弟の存在はなかったのだろうと、諏訪光太郎は思う。光太郎である。洸太郎ではなく。そう思うとお前の生命の源はこのおれにあるのだと言ってしまいたい気にもなるが、あまりにもそれは傲慢だろうということで光太郎は黙っている。光太郎が死んだのと彼が元気に生まれたことに何の因果関係もない。彼が生まれたことは結果論であり、生きていることもまた、結果論だ。
 彼はそもそも、光太郎のことなど知らないのだから。
 だから、光太郎は黙す。
 このまま、彼が光太郎のことを知ることのない世界が続く ことを、ただ願う。



あなたは宮沢賢治作「[いま来た角に]」より「おれも鉛筆をぽろっと落とし だまって風に溶けてしまおう」で諏訪兄の妄想をしてください
https://shindanmaker.com/507315

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罪を被れるほどやさしくないです 

 諏訪洸太郎の兄はとても美しい人だった。本当にこの人と血が繋がっているのか、兄だけ実は別の家族なのではないのか、何処からか引き取られてきたのではないかとそんなことを思うほどに彼だけは諏訪家から浮いていて、でも彼はどうしてか其処にしか沈着しないと言ったような様子で一生懸命弟を可愛がっていた。それはそれで兄のことは嫌いではなかったし、時折不安にもかられたけれども可愛がってもらうことは嫌ではなかったし、それなりに自慢の兄だったので何も言わなかったし、二人は仲のいい兄弟だった。
 だった、そう、だったのだ。過去形。
 ある日二人で出掛けた先で、知らない女が兄に絡んできて、その際につれていた弟のことを悪く言ったものだから、兄は怒ってしまった。人目がない場所だったのも悪かったとは思う。誰も兄のことを止める人間は居らず、小さな手では兄を止められなかったし、掠れた声は兄には届かなかった。そのまま動かなくなった女の上に座り込んだ兄は、疲れていて、その頃は知らなかったけれどもまるで性交の後のようだった。息が整わないままに兄は振り返る。
「お前が殺したんだよ、洸太郎」
息も絶え絶えに笑う兄がその時とてつもなく怖いと思った。
 怖いと思ったので、諏訪洸太郎はちゃんと、本当のことを言ったのだ。



飴玉
http://m-pe.tv/u/page.php?uid=awaiyumenokioku&id=4

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さよなら、貴方の一番愛した人。 堤諏訪

 忘れることが悪なんだと思っていた。母がすべて忘れているからかもしれない、こうたろうと言う名の子供は洸太郎が初めてで、どうしてさんずいを付けたかなんて彼女の中ではただの気分として処理されているらしいから。だから諏訪だけは覚えておこうと思った、自分が生まれるために死んだような兄のことを、覚えていようと。
「でも、それって呪いでしょう」
堤は言った。
 呪い、と繰り返すとそうですよ、と言う。
「元々記憶なんて薄れるものなんです。正しい作用なんです、なのに諏訪さんはそれがいけないことみたいに言うから」
だから呪い、と言った後輩に、思わずあー…と間抜けな声を出して、それから本当に馬鹿馬鹿しく思えてしまって笑った。



キャンディーはゆっくりと溶けてゆくこのよどみない時の流れの中で / 中澤系

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例えば白雪姫に毒が回り、眠りに落ちる瞬間のことを考えていた。林檎のような赤い唇に噛みつかれながら。 諏訪モブ♀

 優しい年上の彼女だった。諏訪はその人のことを毎度思い出す度にそう言う。非の打ち所のない彼女だった。それでいて可愛げがあって、守りたくなって、なんともまあ諏訪にはもったいないほどの彼女だった。それが重荷だった訳ではない、と思う。否、今にして思えば重荷というよりかはもっと相応しい人間がいるのに、と思ってしまったのかもしれない。彼女は魅力的すぎて、だからこそ魅力的な人間と結ばれるべきなのではないかと思った。遺伝子的にも正しい人間と結ばれるべきなのではないかと思ってしまった。
 つまるところ、引け目があったのである。
 だからこそ、あんな夢を見た。
―――僕と代わりなよ。
それは幼い頃から時折見ていた悪夢だった。顔は違うが何処か似たような空気を持つ少年が、兄だと名乗っていろいろな話をする悪夢。それだけを言うと何処が悪夢なのだと言われそうだし、振り返ってみてもただの夢としか思えないのに、諏訪はいつもああ、悪夢を見た、と思うのだった。
 だから、彼女とは別れた。
 自分が相応しくないからと言って彼に相応しいと思う訳じゃあなかったし、そもそも彼が本当に諏訪と代わるかどうかなんて分からなかったけれども、それだけはだめだ、と思った。彼が諏訪に代わったら諏訪は何処へ行ってしまうのだろうという恐怖もあった。
「お前にはやらねえよ」
 それが彼女のことなのか自分のことなのか、諏訪にだってよく分からないのだ。



蒼 @cielo330bot

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私に兄はいません 

 諏訪さんのお兄さんに会ったんですけど、と部下から口にされたのは本当に突然のことだった。何が何やら分からない間にどうして教えてくれなかったんですか、諏訪さんと似てないですよね、でもなんとなくお兄ちゃんってあんな感じかなーって気もします、今度また正式に紹介してくださいね、あれもしかして諏訪さんってお兄さんと仲が悪いんですか、だめですよあんな良いお兄さんなんだから………等々。諏訪はただへらへらと笑ってそうだな、と言うことしか出来なくて、手持ちの煙草に火をつけることも出来なくて。
 だから、一番大事な訂正も言えないままだった。



夏空 @sakura_odai

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薔薇色の日々 

 兄がいた。少なくとも諏訪洸太郎は彼のことを兄だと思っていた。それは幼かった諏訪に彼が兄だと名乗ったからだし、言われてみればなんとなく自分と似ているような気がした。彼がどうして一緒に住んでいないのかは分からなかったけれども大人に秘密で会ううちに諏訪は兄のことが好きになったし、兄も諏訪のことを可愛がってくれた。兄は名前を聞いた時に君と同じだよ、と言った。同じ名前の人はいるだろう? と。僕の名前は君と同じなんだ、ただ字が違うだけで。諏訪が覚えた自分の漢字を書けが僕の名前とは此処が違うね、とさんずいを消された。それはまるで自分の存在を消されるような行為だったが、その時の諏訪は何とも思わなかった。
 そうして時間が経って、兄が言う好きだよ、という言葉は愛しているに変わっていった。それがどういう変化だったのか、やはり諏訪には分からない。否、分からないふりを続けている。兄は愛していると言いながら諏訪に拳を振るった。それは時に過激で、諏訪は周りにどう隠したら良いのかと要らぬ頭を使って、結局兄の存在が露見して諏訪と兄が引き離され二度と会わない今に至るまでに時間を要した。
 兄が、どういった存在だったのかは誰も語らない。恐らく周りの大人は諏訪が既にそのことを忘れたと思っている。忘れたと信じている。忘れる訳がないのに。兄に与えられた甘さを思い出しながら諏訪は目をまた閉じる。そもそもまだ眠りの途中だったのだ。兄に呼ばれたような気がして目が覚めたけれども、今はまだ夜明け前だ。今日もボーダーの仕事はあるので、トリオン体になるとは言えちゃんと寝ておかなければ。

 諏訪の身体にはまだ、兄のか弱い拳の痕が薔薇のように残っている。



暴力と告白ののち青年の身に薔薇疹のひろがる夜明け / 松野志保

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20171010