満ちた回数のはなし R18

 掠れた声が漏れると、後ろのその人が笑ったような気がした。それが悔しくて悔しくて、ぎゅっと唇を噛み締めれば、それは許さないと言わんばかりに口腔内に指を入れられる。
 唾液でべたべたになるだろうに、そんなことも気にしないのか。いつもの潔癖は何処へ行ったと、いつもならばにやにや笑いながら言うところだったろうが、如何せんこんなことになっていれば余裕なんてものはない訳で。
 どうして、なんて疑問は許されなかった。ただ与えられる痛みが快楽に変わるまで、耐えるだけ。耐えたら今度は、快楽に流されないように耐えるだけ。
 耐えることを繰り返して、終わるのを待つ。こんな意味もない行為に、何を求めることもしない。してはいけない。
「…ッい、ァ、は…っん、」
それでもそんなものでも繰り返していれば経験値は溜まる一方で。こちらの良い場所を探り当てるスピードは上がるし、こっちの身体は身体で快楽に対応するスピードは上がるしで。やってらんないな、と思った。
「林藤」
「ッ、」
 意識が飛ぶかと思った。唇の端を、指がなぞっていく。
「集中しろ」
耳に注ぎ込まれた低音が、ぞわぞわと背筋を走って行った。ぎゅっと目を瞑る。何もない、知っている。此処にあるのはゼロだけ。
 急かすように降りてきた指に、口から懇願がこぼれ落ちるのも時間の問題だろうと思った。自分のことなのに他人事みたいに。それでも、それでも。
 どれだけ好き勝手されようとも、物理的に、強制的に満たされようとも、何が変わることもないのだと、知ってしまっているから。



蝋梅
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***

君は清楚であるべきだった R18

*ryp

 唇を噛み締める。でないとこんな三十を越えて中年に足を踏み入れた男には不似合いな、妙に掠れて甲高くなった声が漏れてしまいそうだった。
 日も落ち始めた司令室。書類を届けに来ただけのはずだった。それがどうしてこんなことになっているのか、正しく説明する術を林藤は持っていない。司令机に上半身を預ける形でやっと立っていられるこの状態では、脳回路が正常に働くはずもない。
 ただひとつ分かるのは、林藤に覆いかぶさるようにして立っているこの部屋の主、城戸司令その人に、無体を働かれているということ。
 言葉は、一切なかった。なんで、どうして、問うていた口はいつの間にかだらしなく緩み始めて、今ではそれを漏らさないように息を詰めることしか出来ないでいる。応えがないことがこんなにも不安を煽るものだとは知らなかった。振り返って表情を伺おうにも、取られた眼鏡の所為で何も見えない。
 じわじわと広がる血の味にもう一度唇を噛み直そうとした時、今までひとを好き勝手弄んでいた指がずるりと顎の辺りを掴んだ。そのまま、口腔内に突っ込まれる。
 顎から口までのその辺りをぬるぬると汚していくそれが何なのか、もう正直考えたくなかった。べろり、と耳殻をなぞっていく生あたたかさと同時に、ずちゅり、と接合部が音を立てる。
「ヒ、ぁッ」
指で無理やり開かれた口から、だらだらと唾液が垂れていった。
 指の隙間から、くぐもった声がこぼれていく。ふっと笑みが漏らされたのが見えなくても分かった。腸壁をえぐるような丁寧さの欠片もない動きなのに、身体がつくりかえられてしまったように快楽しか拾わない。
「も…ッ、やだ、きどさんっ、や、やだ」
痛みも快楽も元を辿れば同じものだ、と誰かが言っていたのを思い出した。
「なんっ…で、も、やめ、ぅアッ」
 生真面目で堅物なその人がどうしてこんなことをしているのか、林藤には分からなかった。分からないことが悔しかった。
 後ろの城戸が首筋に歯を立てる。腹の中で脈打つ音が聞こえた気がした。
 ずるり、と縋るようにうつ伏さった机の上に、ぱたた、と涙がこぼれた。



しろくま
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***

溺れた魚 R18

*上の続き
*ryp

 ひっと仰け反った喉に、ひとつ接吻けを落としてやる。声の合間に紡がれるのは未だ、やだ、やめて、などという幼子のような拒絶だった。
 もう諦めてしまえば良いのに。そう思いながら腰を動かせば、思いのほか水音が響いて聞こえた。それが、どうやらいっぱいいっぱいになっているこの後輩にはひどく効いたらしい。今までも涙やら何やらで赤くなっていた頬が、また更に赤くなっていく。震えるように、小刻みに上がった高い声に笑みを漏らすと耳を食んでやる。
 耳が弱いというのは、こういうことをしてみて初めて分かったことだった。それと同時にぐちゅぐちゅと接合部でも音を立ててやると、ぎゅっと目を瞑って耐えようとする様がいじらしい。こんなことにならなければ見れなかったものだ。城戸はそんなことを思いながらまた笑う。
 これは、同意の元の行為なんかではない。嫌がる林藤の困惑につけ込んで絡めとった、れっきとした犯罪行為である。
 それでも、嫌だと言われても、涙を流されても、この行為をやめる気にはなれなかった。それどころか更に欲情した。こんな顔を見れているのは恐らく世界で自分一人だと思ったら、 ひどい優越に襲われた。同期で一番仲の良かった忍田も、弟子のような存在だと林藤を可愛がっていた最上も、弟子としてかわいがられていた風間も。玉狛支部の部下たちも、彼の息子も知らない、すべての仮面が剥がされた顔。それをずっと手に入れたいと思っていた、その反面、手に入らないとも思っていた。
 だから城戸は実力行使に出た。その結果がこれだ。口元が緩むのも仕方ない。
 恐らく、林藤の中で城戸という人間はとてもとても清廉潔白なように見えていたことだろう。これが裏切りだなんて、誰に言われなくても知っていた。たとえそれが人の勝手な推測の中のものであっても、そんな印象を持つように仕向けたのは他ならぬ城戸なのだから。
 しかし裏切りでもなければこうはならなかっただろう。今もまだ林藤の中には困惑が残っている。どうして、と言いたげな曖昧な瞳がこちらを見遣る。その身内に甘い愚かさも、こうなってしまえば可愛いとしか言えない。
「林藤」
張り詰めていた根元を抑えて、こうなってから初めて城戸は言葉を発した。
 力のない視線がゆるゆると城戸に縋り付く。なんで、どうして、その瞳はまだ訴えていた。納得出来る理由さえあれば、この男は許してしまえるのだろうか。もしそうならば、その理由を城戸はずっと持っている。
 けれど。
「林藤」
言わない。言うつもりはない。名前を呼ぶだけにとどめて、頬に接吻けを落とす。唇には触れない。
 限界が近かった。暴れることのなくなった身体を蹂躙するのは容易い。掠れ切った声を聞きながら、明日は声が出ないかもしれないな、なんて思った。

 ぐったりして動かない頭を優しく撫ぜる。
「…林藤」
反応がないことを確認してから、そっとその唇へと接吻けを落とした。
「林藤、すきだ」
 起きている彼にはもうきっと、言えない言葉だった。



秋桜
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***

休日のコーヒーの飲み方 

 差し込む朝陽が眩しい。そんなことを思いながら、城戸は慣れた手つきで豆を挽く。いつからか趣味となったこれは、今ではなくては調子の出ない日常へと変わっていた。
やかんがピーッと鳴いたのと同時に、ダイニングの扉が空く。
「おはよう」
声を掛ければ、掠れた声でおはよう、と返って来た。
「顔洗って来い。朝食くらい作ってやる」
んん、と恐らく返事であろう声があがって、林藤はまた扉の向こうへと消えていった。
開けっ放しになった扉の向こうから、びたん! と何かにぶつかる音が聞こえる。いたい! との悲鳴も続く。そういえばさっき眼鏡をしていなかったな、と城戸は思い出したが特に何をすることもなく、朝食の準備に戻った。

 食卓に皿を並べていると、また扉が開く。今度は眼鏡もしっかり掛けた林藤が、まだ眠いのか眉間に皺を寄せたまま入ってきた。
「腰が痛い」
「それは悪かったな」
素直に謝ってみせると、またその眉間の皺が深まった。
 ほら、と出したコーヒーが、ありがと、と受け取られる。林藤はそれを机に置くと、自分は勝手知ったると言うように台所へと入っていった。
 冷蔵庫の開けられる音、鍋の取り出される音、火の立つ音。換気扇はこれを見越してつけっぱなしだった。
 暫くして、林藤が牛乳の香りと共に戻ってきた。その手には小さな鍋。それを、大きめのマグカップに注がれていたコーヒーに加えていく。いつもの光景。角砂糖は四つ、これもいつも通り。鍋を台所へと戻しに行って、それから林藤は城戸の真正面へと座った。
「城戸さんてえさー…怒らないの」
すっと上がった視線が何をだ、と先を促す。
「こういうの」
 指差された先にはマグカップがあった。あたためられた牛乳と砂糖の入ったそれは、所持気城戸の淹れた時の面影など残していない。まったく別の飲み物へと変貌を遂げていた。それがどうした、と顔を上げる。
「えー…いや、やっといてなんだけど。城戸さんて、手ぇ掛けてコーヒー淹れるじゃん。それをこうして、カフェオレにしちゃって良いもんかなって。思った訳なんだけど」
「お前、ブラック飲めないだろう」
「そーだけどさあ…」
 尚も何か言いたそうな林藤を無視するように、自分の分を啜る。
「別に、良い」
「そうは言っても、」
「私は、」
ず、と真っ黒な液体を飲み込む。苦い。この苦味が苦手だったのはいつのことだろう、苦手でなくなったのは、いつのことだろう。
 そうだ、ああ。
 あの時も、あれこれ飲もうと画策するその手を見ていた。
「お前がカフェオレを作っているのを見るのが好きだから、それで良いんだ」
「…何、それ。ご機嫌取り?」
不満そうにマグカップを持つ林藤に、ふっと薄い笑みを向けてやる。両手で持つ、もうそんな仕草が似合う歳でもないだろうに。
 そんなものまで、胸に染み込むのだから。
「好きに取れ」

***

気付いて、気付かないで 

 自分の視線がどういったものなのか、分かっているつもりだった。だからいつも、振り向くな、と念じる。
 別に、見ているだけだと。
 そう言えるレベルの、健全な視線だろうけれども。それでも、その根底にあるものが何か自覚があれば、そう願わずにはおれないのだ。
 けれども。
「………きどさん」
小さく、呟く。
 一人、こんな思いを胸に燻らせているのは、ひどく、さみしいよ。



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***

おあずけ 

 近付いて来た唇を、そっと一本、指で抑える。
「だめだよ、城戸さん」
明日、とだけ呟けばその意図は伝わる。明日の朝ははやい、ついでにハードスケジュール。さっさと寝ないともたないのは城戸とて分かっている、はずなのに。
 一緒に寝ているからと言って、それだけで欲情するだなんてそんな歳でもないだろうに。最近ご無沙汰、ならまだしもそんなこともないはずだ、と前回の記憶を掘り返す。
 そんなことをしていたら、では、とその薄い唇が開かれた。
「お前も、一つ、我慢しろ」
「我慢?」
移される視線。白い、四角い箱。
 最初からそのつもりだったことが分かっても、先の条件をのむ訳にもいかない林藤は、それに頷くしかないのだ。



(「でもなんで突然禁煙」「明日来る人間が大の嫌煙家だ」「あー…そういう」「お前は直接言っても聞かないからな」「よくごぞんじで…」)
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***

くるしい、きもちいい 

 首に掛けられた手に、徐々に力が込められる。どんどん、酸素が足りなくなっていくのが分かった。いっぱいに息を吸おうとしても、その手が邪魔をする。
「たくみ」
降り注ぐ名前が。
「たくみ」
何処か揺れる瞳が。
 こんなにも、うつくしいなんて。
 ぞくぞくと、胸を騒がせたのはきっと、生命の危機に対する焦りではなかった。それほどまでに愛しているのだと、この手が取り除かれた時に言ったら、ああ、この人はどんな顔をするだろうか。



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***

やさしいひと 

 今日はうちに来い。そんな簡素なメールに返って来たのは、嫌の一文字だけだった。すかさず電話に切り替える。ワンコールで取られたそれに、向こうも同じことを考えていたのだろうと分かって少し笑みが浮かんだ。
「私だ」
『城戸さん以外に誰がいんの。名前に城戸って出てたし』
「嫌味にキレがないな」
『そんなんどーでも良いでしょ。城戸さん実はマゾだったりすんの、被虐趣味あんの。俺、嫌だかんね、今日は絶対嫌だ。忙しいってことにしといて。書類作るから林藤さん忙しい』
「あからさまな嘘を吐くな。来い」
『だから嫌だって言ってんじゃん。絶対嫌だ。こないだの弁明する気でしょ城戸さん。絶対行かない』
 子供のようにやだやだと続ける林藤に、それでも電話を切ろうとはしない林藤に、城戸は静かに一つの申請書を読み上げた。電話の向こうがぐっと詰まる。
「通したいだろう?」
『城戸さんきたない』
「無茶な申請を出してくる方が悪い」
『無茶じゃねーよ!』
城戸さんの石頭! 保守的! 前時代! などと文句が並べ立てられるのも聞き慣れている。
「じゃあ、夜に」
『ちょっ、まっ俺まだ行くって』
最後まで聞かずに、ぶつっと通話終了のボタンを押した。

 夜、業務を終えて家に戻ると、既に電気がついていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
いい香りもする。
「何か作ってくれたのか」
「玉狛の残りものあっためてただけですう〜木崎の手作りです残念でした」
「木崎の飯は美味いからな」
「其処はお前の飯が良いくらいのことは言おうよ」
言って欲しかったのか、と半眼で見遣ればいや別に、とつまらなそうな顔で返された。
 茶くらいは淹れてくれたらしい。湯気の上がるマグカップに、緑茶が注がれていく。
「謝らんぞ」
マグカップを受け取りながら、ぽつりと零した言葉は思いの外言い訳がましく聞こえた。
「部下を餌にされたことに怒るような歳だと思ってる?」
「実際怒っているだろう」
「うん。怒ってるけどね」
それだけじゃないよ、と林藤は椅子を引いた。城戸の前に腰を下ろす。
「そういう戦法取ってくるって、気付けたはずなのにさ。他に追われてたっつっても、あの席にぼけっと座ってたことにちょっと苛立ってるだけ」
だからこれは八つ当たりだよ、と息を吐く。
 それを眺めながら箸を手にとった。やけに肉の多いいつもの野菜炒めと、大根とハムの酢の物、そして卵スープ。
「…修はさ、子供っぽくないだろ」
つやつやに炊きあがった白米と三角食べをしながら、その愚痴に耳を傾けてやる。酢の物もスープも美味しかった。流石木崎だ、と思う。
「何がそんなに、って思うくらいに、さ」
「…それは、多くの隊員に言えることだろう」
「蒼也とか三輪とか?」
 挙げられた名前に頷くことはしなかった。林藤も応えを求めていた訳ではないようで、そのまま続ける。
「だからさ、出来るだけ子供扱いしてやりたいのにさ」
 何も、言わないんだ。
 林藤はそう呟いた。
「何も言わないんだよ。俺だってあの場にいたのに。一応上層部なのにさ。文句とか、言えば良いのに。言わなくても、ちょっとムカついてるって顔すれば良いのにさ。そういうの、なんもないから」
「…先日、彼に会った時、」
城戸も思い出す。最高司令を前にしているというのに、中学三年生とは思えぬ落ち着きを見せた少年を。あの記者会見を乗り越えれば、最高司令は一人だから良いのかもしれなかったが。
「お前と忍田はあの決定に関わっていないと言っておいた」
「…なにそれ」
「本当のことだろう」
「ちげーよ、そういう意味じゃねーよ城戸さん」
もごもごと林藤が詰まっている間にも箸は進んでいった。空っぽになった皿を積み上げる。
「…片付けは自分でする」
「そう」
「お前はテレビでも見ていろ」
「はぁい」
 台所から戻って、ぼうっとテレビを見ている林藤の隣に座った。あまり、このソファには座らない。林藤が来ないと。そのまま部屋に引っ込んでしまう。
 テレビの声が小さめになっているのは、城戸自身がやった操作だろうか。長いことテレビなんてつけていない気がした。ゆるゆると手を伸ばして林藤の頭を撫ぜてみると、漸くその顔がこちらを向く。
「…最近、城戸さんやさしーね」
さっきのも、含めて。
「ユーマの所為?」
「何故空閑の子の所為になる」
「言い換えるよ、有吾さんが死んでたから?」
 一瞬。空気が止まる。
「あれ、図星?」
「………あれが旅立つ時、言われたことがあってな」
ふうん? と先が促された。
「自分の分まで、お前たちに優しくしてやれと」
 ぱちり。
 瞬きの音が聞こえた気がした。眼鏡に阻まれた目が、まるく形をつくっていく。
「あの人、そんなこと言ってったの」
「ああ」
「でも今までそんなことなかったじゃん」
「アイツは帰って来ると思ってたからな」
―――亡くなったと、聞いています。
空閑の子が現れたことにより、止まっていた歯車が回り出した。それだけのこと。
 じゃーさ、と林藤が明るい声を上げた。
「忍田にもやさしくする訳?」
こーやって、と首に手が回される。
 気を使われているのが良く分かった。先ほどまで怒っていたくせに、拗ねていたくせに、と言いたいきもちがない訳ではなかったが。
「忍田にはしない」
「へえ」
「別のやり方を考える」
「そう」
「眼鏡を外せ」
「城戸さんが外してよ」
ため息を吐いて眼鏡に手を掛ける。
 鼻あて部分が、かちゃりと小さな音を立てた。あまりにも小さかったので、テレビの音に紛れて消えて行った。

***

君の罪、僕の罪、君には身に覚えのない君の罪。

ユマニテ R18

*ryp

 夜のうちだけだ。そう、林藤は思う。
 この到底こんなぐちゃぐちゃなセックスなんかとは結びつかないような冷徹な人が、まるで人間のようにひとを食い散らかすのは。昼間に会ってもそんなことなかったかのように接するのに、日が落ちてしまえば別人のように。熱に、浮かされて、境目を見失う。そんなことを考えていたら、苛立ったように腹の中がえぐられた。
「う、ァ、あ、や」
嬌声とは言いがたい呻きが上がる。
「林藤」
後ろにいる城戸の顔は、見えない。もしもこれが向き合うなんていう体勢だったとしてもきっと、眼鏡を取り上げられた状態ではその表情を読み取ることは、出来ない。
「なん、で…」
唇の端から零れていく疑問。
 林藤は、城戸のことが好きだった。それは紛れもない恋愛感情で、けれども城戸にはそのつもりがないことはとうに分かっていて。この先、この国に絶対に必要な組織のその中枢を、崩すことなどしてはいけない。まだ青かった恋を、はやくに手に入れてしまった大人の分別で封じ込めて。それで、良いと思っていた。思っていた、のに。
 本当に、どうして。こんなことになっているのか。
 好きだと言ったことはないはずだ、酒に飲まれるなんてことも、気をつけていたのだから。態度にだって出していなかった。軋むように肌がすりあわせられる、どちらの音かも分からないものが耳の奥へどんどん溜まっていく。腰を掴んでいる指が、何かを耐えるように爪を立てた。
「………きど、さん」
掠れた声で、懇願するように。はやくおわれと、そんなことを思ってしまう。
 これは、紛れもなく林藤のすきなひとであるのに。
 荒い息が首筋をくすぐっていく。時折掠める歯が其処に噛み付くのを耐えているようで、やはり渦巻くのは疑問でしかなかった。
「ど、…して………」
好きでもなんでもないのなら。こんなこと、しなければ良いのに。
 腰を掴み直されても、中途半端に下りた衣類が行動を制限するだけだった。縋る壁から離れることは出来ない。
「集中しろ」
「…ん、な…」
「お前の所為だろう」
なに、が、と。
 そう問うことは出来なかった。あとに続くのは意味を成さない、何かを逃がすような音ばかりで。
 そのまま泥に沈むように眠りに就いて、朝になればまた凄然として冷ややかな型に帰ってしまうその人に、繰り返される夜ごとの熱の理由など、問える訳がなかった。



酔いが回った、ただそれだけのことです。

image song「鉄槌」ポルノグラフィティ

***

どうしても壊れてくれないね 

 その横顔を小さい頃から見ていた。感情が欠落した―――とまではいかないが、どうにも表情の薄いその顔が、どうやったら歪むのか、いつも考えていた。子供の悪戯を仕掛けてみても、成績を低迷させてから一気にあげてみても、兎に角大した変化は見られなかった。
 ので、何が何でも変えてやろうと思った。
 まず手始めに離反してみた。と言ってもこの組織にいなければやりたいことが出来ないので、組織ごと裏切る、なんて思い切った真似はしなかったが、それでも組織の中に敵対する思想が生まれれば焦らざるを得ないだろう。
 …と、思っていた時期もあった。気持ち悪いくらいに、それこそ完璧と言わざるを得ないくらいに、彼は反応を見せなかった。そんな反応を見せられては、こちらとしても意地になるしかない。という訳で、もういっそのこと相手が壊れるレベルで嫌がらせをしてみようと思った。
 のに。
「なんで城戸さんってそうなの」
「さあな。お前だからではないのか」
その努力もすべて徒労に終わり、今彼はこちらを慈しむような目線でもって見下ろしている。身体なんかは組み敷かれており、それは今までの嫌がらせの中で幾度か自分からやったものではあったけれど、こう逆になると非常に身の危険を感じる。それを今までいなしてきたこの人はやはり可笑しいのかもしれない。
「お前の行動理念は何だって、私に構って欲しいというものだろう」
子供を見るような目だ、と思った。ずっとずっと上から、違う生物を愛でているような、そんな目。
 だけど、それだけではない、とも思った。それだけじゃない、もっと、もっと、
「そう思えばお前がやることはすべて、可愛らしくしか思えない」
どろどろと煮詰まった、ような。
「…とんだへんたいだね、城戸さん」
「その変態が好きなのは誰だ?」
「…だれだろうね」
俺じゃないよ、と言ってみる。趣味が悪いね、と。それも聞こえなかったようにけれどもそうか、とその人はしたり顔で呟く。
「お前はずっと叱って欲しかったんだな」
「別にお叱りがほしい訳じゃないんだけど」
「遠慮するな。ちゃんと仕置きもしてやる」
「ちょっと、ねえ」
 その後のことは、まぁ想像にかたくないと思うので割愛するが。てひどいしっぺ返しを食らったものの、初めて得られた反応らしきものに妙に満足した心地もして、しばらく首を傾げるしかなかった。



蝋梅
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「林藤、それはお前、城戸さんが好きなんだと思うが」by忍田

***

20140709
20150809 編集