君に出逢わなければ幸せだった 

 そう言ったのは忍田だった。推測ではなく断定であるところに、風間は嘲りを漏らす。勿論、先の言葉は忍田自身のことではない。
「けれど、林藤さんは幸せだと言っていましたよ?」
彼の同輩であり、風間の師匠であり恋人でもある、林藤匠について。 戦闘狂、そう呼ばれて忍田と肩を並べていた時代のことを、風間は知らない。知らないけれども、彼が風間と出逢って徐々に丸くなっていったことは肌で感じて知っていた。それが風間によるものであると、そういうことも。
 忍田が唇を噛む。
「貴方がどう思おうと勝手ですが、」
ぞっとするほど冷たい声が出るものだと、自分のことながら感心する。
「幸せなど、本人の決めることですよ」
 例えそれがゆるやかに効いてくる毒のようなものだとしても。



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きみが泣くなら、俺が笑うよ

 振り下ろされるその一撃を黙ってみていた。
「おーい、蒼也ァ」
呆然と、そんな様子でそれを見ていられるのは自分の身に降りかかったものではないからか。そうであれば風間を呼ぶ声はもっと切羽詰まったものになっていただろう。
「ぼさっとすんなよ」
 いとも簡単に防がれた攻撃は、次の瞬間にはそれ以上の力で返されていた。大きな近界民の身体が崩れ落ちる。
「そーうや」
ちょっと虫でも払いのけた、そんな表情で林藤は近付いてくる。
「り、んどー…さん」
「なーに」
 ほら、来い。差し伸べられた手を、操られるように掴む。
「ちゃんといるだろ」
存在を知らしめるように握り返してくる手は、トリオン体なものだから温度なんて分からない。
「俺が強いってのはお前がよく分かってるだろ〜」
 風間は自分が今どういう顔しているか分からなかったが、林藤の底の抜けたような笑みを見ていれば推測は立つような気がしていた。
「あんだけ投げられまくってるしなぁ」
「…うるさいです」
抱き上げられる。
 それに抵抗はせず、甘えるように肩口に額を押し付けた。



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ぼやけた世界の救世主 

 終わりを思ったからだろうか。風間の視界はぶわりとぼやけて、焦点を見失う。大きな白いばけものはこちらに手を伸ばして、弛緩してしまった身体ではそれから逃げることも出来なかった。
 それが、くるりとひっくり返るように。
「だーいじょうぶかぁ?」
転んだ子供を助け起こすような気軽さで、差し伸べられた手。
 する、と頬を何かが伝っていった。すると、目の前の男は、たった今大きな白いばけものを斬ったのと同じ人間だとは思えないほど慌て始めた。風間に目線を合わせるようにしゃがみ込み、怖かったか、もしかして俺の顔が怖いか、などと見当外れなことを並べ立てる。それが可笑しくて笑ったはずなのに、それは呼吸が上手く出来なかった時の咳のような形になってしまった。
「ほら、泣くなって、男の子だろ」
ぎゅっと力強く、でも優しい強さで親指が涙を拭っていく。
 世界は明瞭さを取り戻して、またぼやけて。けれどもさっきまでとは違うものに生まれ変わったと、誰に言われるまでもなく分かっていた。咳き込むようにその手に縋る。
 この視界が正しくくっきりとしたものになったとき、いのいちばんに彼の顔を見られるように。



しろくま
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どうか僕のいない世界で、 

*師弟関係捏造

 あのひとがいないといきていけないの。
 そう言ったのは昔助けた女性だったか。ぼろぼろと涙を流しながらそう言う女性に、思わず舌打ちをしてしまったことなど、機密保持のための記憶消去でその人の記憶からは消えている。
 けれども、風間は良く憶えていた。その言葉を聞いた瞬間、浮かんだのは師匠であるその人の背中。舌打ちをしたのは、それは違う、と思ったからだ。
 「生きていくのなんて、どう足掻いてもその人にしか出来ねえことなんだよ」
兄の死に絶望する風間に、林藤は静かにそう言った。
「生きている俺たちに出来るのは縋るものを決定することであって、ましてや死人に、俺たちの何かしらを決定する力なんてないんだ」
ひどく優しい手をしながら、乱暴なことを言う、と幼心に思っていた。
「生きていけないんじゃねえ、縋るものを失って、この先それなしで生きることだとか、代わりのものを探すことだとかが、面倒になってるだけだ」
 ひどい大人だ、と。思い出した情景に笑ってしまった。今もその言葉はひどいものだと思うし、ましてや傷心の子供に言って聞かせる類のものではないと、そう思う。しかし。
 「お前のことを何かの所為にして、それで諦めるなんて…ゆるさねえからな」
最後の言葉だけは。
 懇願、と。そういうものだったのだろうと、今なら思えるのだ。



(貴方は絶望などしないでください)

旧拍手

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誰も知らないやわい場所 

 目の下のなだらかなふくらみに触れる。なんだよ、と言っただけでそれを振り払おうとしないその人はどうせ、また子供の悪戯だとでも思っているんだろう。いつでもそうだ、すぐに子供扱いをする。子供は大人が思うよりもはやく成長することを、きっと忘れてしまっている。
 そのまま押してみたそこは柔らかかった。普段冷徹にしてみせるその様子からは考えつかないほど、柔らかかった。まるで同じ人間だと言われているようで笑えてしまう。そんなこと、風間が誰よりも良く分かっているのに。
 ふにふにと押し続ける、此処から涙が出るのかと思うと、妙に可笑しくなった。誤魔化すようにそのままべっとめくる。
「…鉄分不足してますよ」
「なんで」
「目の下のとこ、白くなってます」
「ああ、そう」
そんな、雑学。
 こんなばからしい距離が、いつまでも続けばいいのに。



触れる、涙、白い
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目の醒めるようなブルーなんて趣味じゃないです 風→林

*風間兄×林藤前提

 腹の上に乗られているというそのどう考えても不利な状況でも、その人はへらへらと笑っていた。そういえば、と思い出す。最初に兄との関係を指摘した時も、そうだった。そうだよ、悪い大人がお前の兄ちゃんを誑かしたんだよ、とへらへら笑って、どうする、殴っとくか、なんて自分の頬を指差して。それがあまりにむかついたのでそのまま引き寄せて、噛み付くような接吻けをくれてやったのも記憶に新しい。
「大人ってのはな、ずるい生き物なんだよ」
動かない風間に、物語でも聞かせるように、それが世界の理だとでも言うように大人は笑ってみせる。
「だからどんどん忘れていくんだ。出会った人も、別れた人も、その時自分がどういう気持ちだったのかさえ」
 どれだけ自分が汚いのか、何でもないことのように語ってみせて、それで風間の選ぶ忘却を、選びたくない忘却を肯定したつもりになっている。こちらが、そういうふうに甘やかしてほしくないのを知っていて、それでも甘やかす。まるで、それが大人の責務だとでも言うように。
「だから、別に、お前は。俺に復讐したって良いんだよ」
「…オレは。そういう、つもりでは、ありません」
絞り出すような声はきっと掠れていた。自信のなさが震えになっていた。それでも大人はそれを指摘しない。眉根を寄せて、おなじことを言うんだな、と呟いただけだった。
 きっと二人の脳裏に燦いていたのは一対の眸だった。
 そして、その持ち主の名をもうこの自称ずるい大人が口にすることはないと、風間には分かってしまっていた。
 それが悲しいことなのか、それともこの恋愛感情に類するものを肯定するのに喜ばしいことなのか、分からなかったけれども。
「オレは、貴方が好きです」
「…それは、良い趣味だとは言えねえと思うけどな」
「それでも良いです」
平らになった瞳の上を、見覚えのある色が滑っていった。自分には備わらないその色を、自分だけの色に染め直したくて、じっと視線を送った。
 こたえなんていらなかった。
「すきです、林藤さん」
いつか、狡い大人が蒼を紅に塗り替えてくれれば、それで。



ヴァルキュリアの囁き
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あなたが欲しかったのは、「私」じゃなくて「優しい言葉」だったんだね。 

 子供に期待するなんて、そもそもそれが間違いだったのだ。
 そう自分に言い聞かせたところで、何が変わる訳でもない。ひたひたと、まるで恋人のように触れてくる元弟子に、林藤が言える言葉など何もない。
 言いたいことは、こんなにあるのに。
 ただ縋り付く場所を探している、そんな危うさを漂わせながら触れてくる子供を拒絶する術などない。けれども林藤と子供の中にあるその意識の明確なズレを、誤魔化せるはずもなくて。
「蒼也」
呼ぶ。
 呼んでも言いたい言葉は言えないし、その先を分かってくれるほど彼は大人ではない。そう分かっているのに、呼ぶのを止められない。
「蒼也」
冀(こいねが)うようなその呼び声に、なんですか、と静かな声が届いた。
 まるで必要とされることを喜ぶようなその声が、ただただ苦しかった。



一人遊び。
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はしたないくちびる 

*風間兄と林藤が関係あった前提

 名前が呼ばれた。
 気がした。気がしただけでそれは気のせいだった。彼の唇が紡いだのは風間の名前ではない。
「違います」
ずいっと近付いて、その目を覗きこんで言えば、気まずそうに悪い、と返された。
「オレは、兄ではありません」
「分かってる」
「分かってないじゃないですか」
持ち上げた指で、つう、と唇をなぞると、その肩が緊張したように少し揺れたのが見えた。
 この唇は兄を知っていて、兄はこの唇を知っているのかと思うと、悔しかった。悔しかったけれど、その聖域に踏み入る覚悟は、まだなかった。



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ばか。たったその一言だけ。 

 飛び出したのは慢心ではなかったはずだ。自分の実力は把握していた、出来ていたと自負している。だから、これは本当に運が悪かったとか、そういうものなのだ。
 そう言いたい風間が分かったのか、トリオン兵の残骸の真ん中で、林藤はただ笑っただけだった。
「ほら、はやく帰んぞ」
回収班呼ばねえと。さっさと換装を解いて帰っていくその背中を慌てて追いかける。
 結局、最初に言われた鋭い氷のような言葉以外、お咎めはなかった。



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もしも覚悟を決めたなら 

*風間兄がボーダー所属で林藤さんの弟子だった設定
*風間兄と風間さんは双子設定

 彼と初めて会ったのは兄の墓前だった。一人でやって来た墓参り、煙草を吸いながらぼうっとそこに立っていた眼鏡の男。
「…あの」
「ん?」
声を掛けて振り返ったその人が次にしたことは、絶句だった。その理由は、当時の風間にも良く分かっていた。
「…兄の、お知り合いですか」
「え、ああ、そうだ」
 動揺するのも無理はない。風間と兄は二卵性双生児であり、その外見は瓜二つなのだから。
「貴方、もしかして、林藤さんですか」
「おお。良く知ってんな」
「兄が良く話してくれました。眼鏡で胡散臭くてニコチン中毒の師匠のことを」
「おおう…はっきり言うな」
いつ来るのだろうと思っていました、と非難がましく口にすれば、悪かった、とだけが返って来た。
 双方黙りこくった墓前。ぷかり、男の吐いた煙だけが丸く輪を作って空へと昇っていく。彼が何を思って此処に立っているのか、風間は知らなかった。だから、息を吸う。
「オレは…兄の死んだ理由を、未だ何も知りません」
「決まりだからな」
「でも、オレは知りたいです」
次に、男が口にする言葉を風間は知っていた。この言葉を口にするのも、もう何度目か分からなかった。それでも風間はきっと、次にこの墓前にやって来た人間にも同じ言葉を言う。何度でも。答えが、もらえるまで。
 男は困ったように頬を掻いた。もう煙草は終わるようだった。そんなに長い間、此処に立っていたことがおかしかった。
「それなら、ええと…」
「蒼也です。風間でも構いません」
「いや…蒼也、お前、ボーダーに入るか?」
目を、瞬(しばたた)かせた。
 今まで。風間の顔を見て驚いた人々は一様に風間に頭を下げるだけで、そんなことは一言だって口にしなかったと言うのに。この男は、どうして。こんなにも簡単に、口にしたのだろう。
 そこまで思ってから顔を上げて、簡単ではなかったことを悟った。普段は顔に出さない人なのだろう。それが見て取れる薄さで、彼は緊張を纏っていた。
「いつだって俺はお前を歓迎するよ」
だから、考えておいてくれ。
 風間の沈黙を動揺と受け取ったのか、彼はそう言った。それから墓前に連絡先であろう紙を備えて踵を返す。
 ずっと。
 思う。ずっと。欲しかった言葉は。
「林藤さん」
堪らず呟いた言葉は、もうその背には届かなかった。



イトシイヒトヘ
http://nanos.jp/zelp/

(一緒に悲しめる免罪符だった)

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20140614
20140619
20140623
20141024
20141225