*風迅前提
*風間蒼也の遺伝子を継ぐ風間さんそっくりの息子・風間蒼哉
*風間蒼也・迅悠一の死ネタを含む



くるしい 蒼陽

 あこがれの人、と聞かれて答えるのはやはりその人のことだろう。生まれた時からずっと、蒼哉を育ててくれている男、迅悠一。一対一で稽古を付けてくれるその太刀筋はいつだって格好良くて、蒼哉の目には輝いて見えた。
 その目が、冷たく蒼哉を射抜く時も、スコーピオンが仮想戦闘体の首を飛ばして行った時も。
「風間さんはそんなことしない」
その目に、蒼哉が一切映っていないと、知った時も。
 何一つ、苦しくなかったのに。
「泣いて良いんだ」
優しい手が、迅よりもまだ大分小さな手が、蒼哉の頭を撫でる。
「泣いて良いんだよ」
兄と呼べと、幼い頃から親しくしていたその人の、言葉ひとつで。
 今まで凍らせて来た感情が、花開くのだから。



20150226
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くすぶってる熱が

 かざまさん、と答える人はいない。あの人は死んでしまった。目を瞑る。分かっている、分かっているのに、この喉を呼ぶのをやめることはしない。
「かざまさん」
呼んでも、呼んでも、答えはないのに。暗がりで、何も見えなくなったところで発露する自分の弱い所。誰も知らない暗がりで、眠り続けて死んでしまった風間を、追い掛けられたら良いのに。それは願いだったはずなのに、どうして。彼の死んだ暗がりで、こんなに、彼を求めるのは。
「かざまさん」
頭がくらくらした。倒錯的だ、そうとも思った。けれども思いついてしまったことをなかった状態には戻せなくて、もう一度、呼んで欲しくて。
―――迅。
 ああ、おれは。貴方の声を取り戻すためなら、何だってやってやるよ。



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20150226

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何故空はあおいのですか? 

 ねえ、なんで空はあおいんだと思いますか。
 可愛い弟のような後輩にそんなことを聞かれたのは、ずっと憧れていたその人を自分の手で殺してしまったあとだった。あれは事故だった、それがボーダーの下した結論だ。そうだっただろうか、毎晩震えながら悩んだけれど、解えはとうに出ていて変わることはなかった。
 あの時、自分の胸には明確な殺意があった。
 それが仮想戦闘体だと信じていた、それはそうだった。けれども実際に、彼の身体にスコーピオンを振りかざしたあの瞬間。このままこの刃が生身まで届けば良い、あの痛みの一部でも伝われば良い、そう思っていたのだから。
 だから、あれは殺人だった、自殺などではなかった。けれどもそれを口に出さないのは、彼の遺した弟のような後輩をこれ以上傷付けることが出来なかった、それだけだった。いつでも秘密の特訓は真夜中に行われていて、その時間は訓練室のカメラも切られていて。目撃者もいないのが余計に彼の自殺を際立たせていた。
 いつか、やると思った。
 そんな空気が、苦しかった。
 憧れだった、あこがれのひとだった。子供の時からずっと、素晴らしいサイドエフェクトを操りボーダーに貢献して、でもそれに頼ることなく鍛錬もして。あこがれだったのだ、それが可笑しくなったのは、彼のいちばんがなくなってしまった時からだった。
 ずっと見ていたのだ、それも分かっていた、誰よりも、彼の壊れていく姿を見ていたのに。それでも、彼は死なないと信じていた。
「………なんだ、とつぜん」
「オレはね、かなしいからだと思うんですよ」
後輩は空を見上げながら続ける。
「あおは、涙の色です。涙を流せなかったひとの涙が集まって、空はあおを保っているんです」
 ねえ、と後輩はこちらを見た。
「だから、あのひとの目も、きれいなあおだったでしょう」
ひとかけらのかなしみもない、すべてを空にくれてしまったような、そんな笑顔だった。



ask
20150226

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はやくゆめよ、げんじつにやっておいで。 

 夢を、見る。
 とてつもなくざんこくなゆめだ。
 風間蒼哉はのろのろとその身を起こして、そんな夢を見た頭を叱咤するようにこんこん、と叩いてみた。一体、どうして。そんなことを思うことはしない。ずっと見るゆめだ、今更この夢の真相を暴くことはしない。知らない方が良いこともあるものだ。そうやって蒼哉の頭を撫でてくれたのは木崎だった。
 蒼哉の父を、きっと良く知っていただろうひと。
 蒼哉の周りで、父の話をしてくれるひとは一人しかいない。せがめばきっと話してくれただろうが、その一人が語る量があまりにも膨大なので、蒼哉は他の人にまで聞こうという気力を削がれていた。とても削がれていた。だから蒼哉は、その人の記憶の中の父しかしらない。それで、良い。
 そう、思っていた。
 見たこともない父が、夢の中で彼を迎えに来る。ひとつ、蒼哉には聞き取れない約束をしている、蒼哉は何度もそれを聞き取ろうとしているのに、一度も聞き取れたことはない。小指を絡めたその人はとてもしあわせそうな顔をして、そして。
「…貴方にとっての、オレは………、」
聞けなかった、怖かった、父とは違う存在として、彼に認識されているかが不安だった。
 何処まで行っても父の何かでしかない蒼哉なら、その人の中ではそれ以上にならないのなら、ああ、それなら。



桃色のロープできみは首を吊る(条件:ぼくが目撃すること) / 黒木うめ
20150226

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あやまらないで 蒼陽

 真っ白になっていったその表情を、良く憶えている。蒼哉は部屋の中にはいなかった。一つだけつけたモニターの中で、じわじわと広がる紅を見ていた。すべてが、夢のようで。ずっと見てきた夢のようで。
 全部うそだと言いたげな彼が一人、連絡や応急措置をこなしていくのをただ見ていた。何も、しなかった。動けなかったんじゃない、動かなかった。別に罪悪感に苛まれている訳ではない。本当に、そうだった。
「蒼哉」
まっくろな服に身を包んだ陽太郎は、いつもよりも大人に見えた。泣きそうな顔をしていた。唇を噛み締めて、何かを抑えているようだった。
「陽兄」
 思わず、こどもの時の呼び名が口をついて出た。それから思う。怒られるのが分かっていてそれを耐えようとしている、子供のようなのだと。
 手を取る。
「いいんだ」
冷たい手だった。
「いいんだよ、陽兄」
今までこんなことはなかったのにな、と思った。
 夢が現実になるなんて、なかったのにな、と思った。



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20150226

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体温が、恋しい 

 こんこん、と玉狛支部に与えられたその部屋の扉をノックする。何度も何度も通った部屋だった。最近めっきり来なくなっていたのは、大人になったから、そう思っていたけれど。
 今になって思えば、遠慮していたのだとそう分かる。それだけ、あの人の存在は大きかった。蒼哉にとっても、陽太郎にとっても。良い意味でも、悪い意味でも。
「…だれ?」
か細い声が聞こえる。
「蒼哉。入っても良い?」
「いーよ〜…」
 中に入ると、電気は消えていた。もう陽太郎は眠っていたようだった。
「なに、ねむれないの」
「うん」
「どうする、起きてる?」
「ううん。一緒に寝かせて」
持ってきた枕を詰めると、めくってもらった布団の中へと入り込む。おまえのからだつめたい、との文句にはひっつくことで応えた。
 つめたい、ともう一度呟いたっきり、陽太郎はまた眠りに落ちたようだった。落ち着かなかった。無防備に眠っている人間が横にいるのは、なかったことだから。その首に、手を伸ばしてもいいような気になる。
「…ゆういち」
あれから封印していた名前を、呼んでみる。陽太郎の隣でなら、許される気がした。
「ゆういち」
 もにゃもにゃと、陽太郎が声を上げた。いいよ、とそう言ったような気がした。その首に手を添える。どくどくと、やわらかい音がしていた。
 生きている、音がしていた。
 そう思ったら何かとてつもなく、かなしくなった。



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20150226

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くるしい、きもちいい 陽蒼

 傷を抉るようなものじゃあないのか。
 そう聞きづらいだろうことを率直に、それも何でもないような顔をして聞いてきたのはその父だった。この人も父としては真面な部類だとは言えないのだろうな、ということは木崎を見ていれば分かったが、それでもやはり、蒼哉の中の父という場所に立っているのは迅で、そう考えてしまうととても真面な人間に見えた。
「そう、見えますか」
「うん」
「それが、陽太郎に悪影響だと?」
「そこまでは思ってねえよ」
でもさ、とその人は笑う。
「お前らは、おまえは。つらくないのかなって」
くゆる紫煙を追いかけながら、蒼哉は思う。つらい。
 その解えは、とうに出ている。
「つらくないですよ」
にこり、と笑って嘘を吐いた。きっと見破られる、そう思った。
「そう」
ならいいや、とその人は騙されたふりをしてくれた。そういう人だと知っていた。
 傷を、抉ることで。
 迅悠一という存在が消えないのなら、それで良かった。



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20150226

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空なんて青くなくてもいいよね? 陽蒼

 親代わりだったその人が死んでからと言うもの、深夜に良くその子供はベッドに入り込んで来るようになった。深夜には大体眠っているので対応は寝ぼけているし、朝起きたらなんかいる、みたいな状況になることは少なくなったけれど。最初はさみしいのかと思った。でも甘えられる人がいないのかと。だから、親の敵のような存在である自分の元に、来るのだと。
 違うと気付いたのは、葬式の日のその台詞を、思い出してからだった。
 あの時。遺された子供は、弟のような後輩は。まるで他人に接するような口調でつらつらと語ってみせたのだ。空の青について。その青の、理由について。彼の、その親代わりの―――その瞳が、青かった、理由について。
 彼は言った、かなしいと。
 あれが、彼なりの外に出しきれなかった悲しみの消化だと、既に二十になったというのに気付けなかった自分に嫌気がさした。
 今日も、布団に潜り込んで来た温もりにそっと名前を呼ぶ。
「夕焼けは、好きか」
「そこそこ…?」
「じゃあ、朝焼けは」
「好きだと、思うけど」
「くもりのひ」
「すき」
今日は起きてるの、と問われたので首を振っておいた。
「そっか」
もぞもぞと寝返りを打って、小さな身体を抱きしめる。まだ、小学生。自分が小学生の頃、一体何をしていただろうか。彼のように悲しみを発露出来ないような、そんな環境だっただろうか。
 こんなにも、似ているのに。
 けれどもそれを憐れむなんて真似は出来なかった。だから、そっと言葉を零す。
「なら、良いんだ」
青空じゃない空が好きなら、今はそれだけで、良いんだ。



書き出し.me
20150226

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あおぞらは冷たい 

 小学校を卒業する前に、一番の思い出を描こう、という授業があった。小学校には少ししかいなかったけれど、こんなことをやるのだなと思ったことを覚えている。
 真っ白な、画用紙に。目を閉じなくても浮かぶ色を塗っていく。
 一面の、蒼。
 もう届かない、大好きなひとのいろ。



この空をキャンバスにして描く夢は手を伸ばしても届かない蒼 / 文月郁葉

***

それは私の台詞

 泣かなくて良いんだ、と言ったその小さな子供を抱き締められなかったこと、泣いていないと否定が出来なかったこと、まだハンカチを返していないこと。たくさんのことがまだ陽太郎の中にふりつもっていたけれども、一つだけ確かなことがあった。
「おれは、兄貴失格、だよな」



ポケットに手を突っ込めば丸まったハンカチがある きみと話したい / 加藤治郎

***

風の遺言 

 愛してる、と聞こえた気がした。気がしただけだったけれども、確かにそうなのだと迅悠一は思った。
そういう人だった。迅の愛したその人は、いつだって迅が望むとも望まざるとも愛してると繰り返すことをしてくれる人、だったけれども。
―――ごめんなさい。
 今はもう、それしか言えない。



お題bot @title_for_me

***

ぼくのいないみらい 

 あの子のことは陽太郎にあげるよ、きっと陽太郎が幸せにしてくれるよ、なぁ、陽太郎、嬉しいだろう? おれのことなんか、憎らしいだろう? お前の中でおれは永劫最悪なやつで構わない、お前におれを殺す権利をあげるから、あの子の代わりに殺してやって、あの子にはきっと出来ないから、あの子は出来ないように育ててしまったから。ああおれの蒼哉、出来ることなら陽太郎を永劫憎んでやってくれ、そうしたら陽太郎はお前の中に確たる理由を見つけられるから、お前と一緒にいる理由を見つけられるから、だからなぁ、どうか。
 しあわせになってください。



綺麗だと思い込まなきゃ進めない まだ見えてない未来のことを / 加藤千恵

***

馬鹿だったのは子供なのか大人なのか 

*林藤・風間師弟設定

 何処までも憎らしく晴れた日のことだった。事の顛末は結局録画されていたことだし、人の手は加わったもののそれが自殺であることは明白で。
「だからなんだって言うんだ」
林藤匠は一人、玉狛支部の屋上で煙草をくゆらせる。葬儀は滞り無く行われた。本当はずっと逃げたかっただろうその子供が逃げることが出来たことを、きっと林藤は喜んでやらなくてはいけないのに。
―――蒼也。
いつだったか、弟子だった男の、そしてその子供のある種安定剤だっただろう男の顔を浮かべる。
「お前は怒るんだろうな」
―――すべてのものに。
 関わったのが自分の息子だったからではない、と林藤は思う。林藤匠と林藤陽太郎は実質他人のようなものだった。迅と、風間のようには、なれない。
 だからこそ、これは贖罪だった。彼が逃げるために、それが正当化されるために、まだ幼い子供にすべてを終わらせたことを怒らないのは、贖罪だった。
「でもやっぱり、オレは馬鹿だと思うよ」
 それが、誰を指しているのか、煙草をくわえた唇は彩られないのだ。



フレームのゆがんだ眼鏡 青空が正しいなんてだれが決めたの / きたぱろ

***

壊れた情景、君のいた夏 

*迅←陽

 林藤陽太郎は迅悠一のことを尊敬していた。それは幼い頃からあちらこちらへ奔走する彼を見ていたからかもしれなかったし、なんだかんだで自分を対等に扱ってくれる迅の残酷さに惹かれていたからかもしれない。危ないから、とその言葉は玉狛では意味をなさないものだった。其処に所属している以上、危険は承知の上である。父親であるその人が決めたことに、噛み砕いて何度も何度も説明をしてくれた世界の恐ろしさに、陽太郎は抗おうとは思わなかった。
―――みんなが戦っているのに。
陽太郎一人が逃げ出す訳にはいかない。それは、意地のようなものだったし、プライドだった。
 そんなふうに迅を見ていた陽太郎だからこそ、彼の視線の先に誰がいるのかすぐに分かったし、それならば仕方がないと、物分りの良い子供を装った。
 はず、だったのに。
―――陽太郎、触ってあげる。
頭をガツン、と殴られたような気がした。それは陽太郎にとってひどい裏切りだった。あんなに憧れた迅悠一が! 想い人の子供を育てていることについては陽太郎だって思うことがない訳ではなかった、それでも黙っていたのに。黙って、その子供と仲良くして、彼の兄貴分になれたら、迅が陽太郎にしてくれたように彼の何か目標だとかそういうものに、なれたら。そう思っていたのに。
 根本から違っていた。迅がその子供に求めているのが一体何なのか、陽太郎には分からなくなってしまった。
「お前のそれは可笑しいんだ」
性器にに伸ばされた手を強く掴みながら、それ以上はするなと首を振る。
「じんは、おかしくなったんだ」
「陽太郎?」
「じんは、………あの人がいなくなってから、おかしくなったんだ」
彼の前で、彼と同じ名前をした迅の恋人の名を呼ぶことは出来なかった。
 尚も首を振り続ける。違うのだと、言い聞かせる先はその子供ではなかった。弟分にではなかった。
「おれは、迅を尊敬していて、だから、あんなふうに、なってるじんは………」
息が詰まりそうだ。
「ちがうんだ…」
 ぽろりと零れたものが一体何なのか、陽太郎は何一つとして認めたくはなかった。

***

拝啓父上、愛され方を教えてください。 

 そうや、と甘い声が呼ぶ。
 夜中、ベッドに入った蒼哉の上に伸し掛かるように迅の身体が近付いて来る。風間蒼哉はそれに慣れていた。一ヶ月に一回は必ずあるようなものだ。それが迅悠一の精神を安定させていることも、分かっていた。だから一ヶ月以上間があけば不安になるし、蒼哉の方から申し出ることだってある。
「そうや、そうや」
壊れたように名を呼ぶ迅の唇が頬に寄せられる。輪郭をなぞって、耳の形を確かめていく。こんなのは儀式にもならない。いつか教え込まれたようにそれを返して、そうして迅の唇にキスを落とす。
 きっと父がやっていたようにキスを落とす。
 性器を口に含むことも、性器を太腿の間に挟んでやることも、ずっと前から決まっていた迅と蒼哉の間の決まり事だ。ここまで、と引かれた線が何を示すのか、蒼哉には分かっている。
「悠一はうれしい?」
それでも聞くのは。
「うれしい、うれしいよ、蒼也」
 愛されているのが自分ではないのだと、確かめるためなのかもしれなかった。

***

さよなら、僕の愛したひと 

 青空のような人だと思っていた。
 どれだけ雨が降ってもそのあとに必ず顔を見せてくれる晴れた日の、青空のような人。いつかそれを言ったらそれは過大評価だな、と彼は笑っていたけれど、陽太郎にとってそれは嘘偽りなく、そして間違いでも何でもなくただ、事実だった。それを受け取ってはもらえなかったけれど、今でもその評価は変わっていない。
 だから、と思う。
 彼を青空のままにしておくには、陽太郎は立ち上がらなければならないのだ。
「どうした?」
彼は笑う。
「来ないのか? 陽太郎」
ビビっちゃった? 実力派エリートの力はお前はよく知ってるもんね、と迅は笑う。昔と変わらない笑みで、何もかも隠してしまうような笑みで。それが青空のようなのだと、今言ってもきっと通じないだろう。
「迅は知らなかったと思うけど、」
スコーピオンを構える。
「おれはずっと、迅のことが好きだったんだぜ」
「陽太郎? なんか言った?」
「何でもない」
そうして地面を蹴る。
 その後に用意された、悲劇のことなどつゆ知らず。



迅さんに憧れていた陽太郎にとって「刃を向ける」のは『愛してる、だからこそ、さようなら』と言う意味です。
http://shindanmaker.com/491046

***

『次のニュースです。四丁目の路地にて女性の撲殺死体が見つかりました』 

 走っていた。
 走らなければ追い付かれるから。追い付かれて取り上げられてしまうから。産むだけで良いと、その話を聞いた時は頭が可笑しいのだと思った。精子も環境もこちらで用意するから、出来ないのは産むことだけなのだと、悲しみの色をした青年はそう言った。報酬に目がくらんだのもある。生活は苦しくて、このままではまた何処の馬の種とも知れない子供を作らされ、一人で育てていく羽目になるだろう。今家に入り浸っている男から逃げる術も用意すると青年は言った。だから、子供を産んで欲しいのだと、どうしてもその人の子供が欲しいのだと。
 子供なんか嫌いだった。生活の邪魔になるから。入り浸る男が子供を殺した時、ほっとしたくらいだった。だから頷いた、はずだったのに。
「宇佐美に頼んで発信機、作ってもらっておいてよかった」
足が止まる。目の前には青年がいる。
「こういうこと、されると困るんですよね」
どうして逃げたんですか、と問われて言葉を返すことは出来なかった。貴方、子供が嫌いだったでしょう、と言われてまったくその通りなのに、頷くことも首を振ることも出来ない。
「ねえ、どうしてですか」
分からないんですよ、と青年は続ける。その顔の表情はない。ないのに、笑っている。それが、気持ち悪い。
「―――だって、」
掠れた声は、思わず出たものだった。
「その子は、私の子供だもの」
腹を痛めて産んだ子供。母乳を与えた子供。名前も何もかも最初から決められていたけれども、彼は間違いなく自分の子供だった。
 何処の馬の種とも知れない子供であるのは前と同じだったのに、どうして、こんなにも。
「困るんですよね」
青年はもう一度言った。手の中から子供が奪われる。鮮やかな所作だった、乱暴さなど一切なかった。
「困るので、それ相応の処置を取らせてもらいました」
後ろで声があがる。その声を知っている。名前を呼ぶ声。青年は一瞬のうちに姿を消していた。振り返るしか、もう道はない。
 振り返った先で、家に入り浸っていた男が怒りを全身に漲らせて立っていた。もう逃げられないことが分かって、その場に崩れ落ちることも出来なかった。

***

アイリス 

 風間蒼哉はその出生の所為か、玉狛でも単独行動を取ることが多い。別に特殊なサイドエフェクトを持っている訳でもないのに隊も組まずに一人でいるのは効率が悪いだろうに、それでも玉狛支部長の林藤匠はそれを許してくれる。それは事情を知っているからかもしれなかったし、単純に蒼哉の戦力を評価しているからなのかもしれなかった。
―――迅の教育だ、オレは疑ってねえよ。
いつだか煙草をふかしながら言われた言葉を、何処まで真面に受け止めていいのか蒼哉は分からない。
 隊を組まないということは報告書など、そういったものもすべて自分でこなすということだった。オペレーターは兼任してくれる人がいるにはいるが、彼女にそこまで甘えてはいられない。自分で出来ることは自分でする、蒼哉はそう教育されていた。だから、こうして玉狛支部長の前に立っている。前回の作戦の報告書を提出に来た、という体で。
 本当は違うことを、きっと彼は分かっている。だからこうして、そう長くない報告書をゆっくり時間を掛けて読んでくれる。
「ボスは…」
「ん?」
「オレのこと、恨まないんですか」
「なんで?」
あげられた顔は本当にきょとん、としたものだった。
「突然どしたの。お前がなんか話したいと思ったからそりゃあオレは待ってた訳だけど、それは新しい武器でも作りたいのかと思ってたからなんだけど」
「あ、それはそれでやりたいんですが、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「その、」
―――陽太郎の、ことです。
 蚊の鳴くような声になったのは、その名を長く呼んでなかったからだと思いたい。
 蒼哉の保護者である迅悠一が死んだのは自殺であり、陽太郎はそれに巻き込まれた被害者だ。それでも蒼哉は彼が迅を殺したのだと罪の意識を背負っているのを知っている。それが、蒼哉の存在の所為であることも、知っている。トントン、と報告書を揃えて林藤は煙草の火を消した。
「お前が陽太郎のこと、気にしてるとは思わなかったわ」
そんなことはないだろう、と思うも口にすることは出来ない。
「近界飛び回ってんのも、全然此処に帰ってこないのも、決めたのはアイツだろ」
「ですが」
「アイツにだってやりたいことがあんのよ。オレはそれを優先させてやろーって決めただけ。なのに、なんでお前を恨む必要がある?」
お前は可愛い弟子の息子なのに、と頭を撫でてくる手に、蒼哉は何を言うことも出来なかった。



陽太郎と蒼哉くんにぴったりの花はアイリス(良き便り・吉報・消息)です。
http://shindanmaker.com/151727

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20160803
20211129 改定