2 「林藤さんね、このままだと向こうに捕まる」 部下がそう言ってきたのは少し前のことだった。驚いた様子もない林藤を暫く見つめてから、部下―――迅悠一はため息を吐く。 「あー…。だめかあ」 「ん? ああ、予測を伝えても未来が変わらなかったってことか」 「うん、そう」 部下である迅の異能力がどういうものなのか、林藤はよく知っていた。だから今更驚くことはない。それに、元々そろそろだと思っていたのだ。 「まあ手強いしな。俺一人?」 「その辺は調節可能」 「よっぽどのことがなきゃ俺一人のが良いだろうな。俺の異能力割れてるだろうし、まあ素直にボーダーのお仕事手伝いたくはねえけど」 「んー…一人の方が、良いかも」 「分かった。なら一人で頑張るわ。もうこっから俺の護衛は速攻離脱可能な面子に揃えといて」 あんまあからさまだとバレるから気をつけろよ、と言うと迅は了解、と言った。 そして、気休めになるかどうか分かんないけどさ、と続ける。 「でも、何でか知らないけど林藤さんにそんな悪い未来は視えないんだよね」 「それって俺が裏切るってこと?」 「そうじゃないよ」 迅がうーん、と唸る。 「林藤さんは裏切らない。でも、何だろ。死んだり拷問されたり、そういうことはされないみたい。情報も吐かなくて良いみたいだし…何でだろ? あ、でもちょっと精神的苦痛はあるみたい。相手の顔が視えないから細かいこと分かんないけど、いじめられる訳じゃないみたいだよ」 「はー…なんだかよく分かんねえな」 「うん」 よく分からない未来より、林藤にとっては自分がいなくなっても組織が回るように手を回すことが先決だった。今までは林藤と迅のあわせ技で多少の無茶もして来たが、これからはそれが出来なくなる。勿論どちらかが、或いは両方がいなくなった場合どうすれば良いのかというのは全員が分かっているはずだったが、それでも準備は多い方が良い。 「小南には黙っておけよ」 「それ、あとでオレが怒られるやつじゃない?」 「そうかもな。でもま、その未来が変更難しい時点でこの基地は落ちるんだろう。小南が率先して離脱してくれれば手間が省ける」 「そりゃそうだけどさあ」 気にすんな、とその頭を撫でてやる。 「とりあえず現時点でそういう未来が視えてんなら、とりあえずそのまま行こうぜ。捕まったら捕まったで、やれることも増えるだろ」 「情報集めてくるってこと?」 「そりゃな。流石にそんな先までは視えないんだろ?」 「うん」 「じゃ、やれることをやるだけだ」 そんなことがあったものだから林藤にとっては今のこの状況は、計算された上でのものと遜色なかった。確かに迅の予知通りにそんなに悪いようにはなっていない。だからと言って油断するつもりもないが。 しっかし暇だな、と思う。部屋にはふかふかのベッドと着替えが置いてあるだけで、あとは監視カメラと恐らく手錠を繋いでおくための手すり。机もなければ棚もない、ベッドだって完全に床と間が出来ないように工夫されている。つまるところこの部屋に死角はないのだ。そんな部屋で特に何かすることもなく、娯楽を満たすものもないとくれば暇と言う以外にない。筋トレでもしようかと思ったが、監視カメラもあるのだ、あまり単独で戦えるところを見せない方が良い、と判断した。 なので結局、林藤がやったことと言えばラジオ体操を第一から順にやっていくくらい、だった。自分一人で歌いながらすると結構な負荷になるし、最近はずっと画面に張り付きっぱなしだったのだ。運動不足の解消にも良い。 そんなこんなで林藤が第三をやるかどうか迷っていると、部屋の扉が開いた。 蒼也と名乗った青年が入ってくる。 「体操ですか」 「最近肩こりひどくてな」 にっと笑みを向けるが特に反応はない。 「早速ですが働いてください」 「嫌って言っても連れてくんだろ」 「はい」 「引きずられたくはないから自分で立つけど、何処」 「そうですね、情報解析室とでも呼びましょうか」 名前がついていないのか、それとも正式名称を林藤に伝えたくないのか。どちらにせよ移動中に誰にも会わないというのは無理だろうし、この青年以外の思考は普通に読めるのでそのうち分かるだろう。 促されて部屋の外に出る。廊下は思ったよりも簡素だった。 「機器は貴方を捕らえた時に一緒に回収しましたが、他に必要なものはありますか?」 「もったいぶらないでお前らの持ってる最高の機器持ってこいよ。俺のよりずっと良いの持ってんだろ?」 「使い慣れたものの方が良いかと思いまして」 「俺は弘法じゃないから筆選びたいんだけど」 ボーダーの建物がどうなっているのかは分からないけれど、歩いた距離や反響する音の具合、すれ違う人々の思考を読むことは忘れない。 どうやら此処は地下四階らしかった。エレベーターを使用して上がっていく。階数は隠すつもりがないらしい。八階。建物内の構造を知られても構わないのだろうか―――林藤が構造を把握しても大丈夫だと、そう思われているのか、それとも対応策が既にあるのか。まだ情報が足りないな、と大人しくしておくことに決めた。 連れて来られた場所は情報解析室と言われたが、どちらかと言えば作戦本部のように見えた。青年が連れて来ました、と言えばご苦労、と真ん中の席にいる男が頷く。その男は林藤と同じくらいの年に見えた。 此処ですよ、と青年が指差したのは結構しっかりした席だった。恐らく最新式の機器と、一応横に林藤の使っていた機器が置かれている。キーボードを前にして手錠を見遣る。 「これ、緩めてくれんの?」 「はい。貴方が椅子に座ったら、別に拘束具を付けますので」 「徹底してるねえ」 「それだけ貴方を逃したくないんですよ」 座ると腰の辺りをベルトで繋がれた。なかなか強靭な素材で出来ている。身を乗り出すのもやっとだ。 「データは?」 手渡された紙には一人の男の詳細が書かれていた。どうやら政治家らしい。 「これからもこういう相手ばっか?」 「出来るだけ政治関連、国外関連を引っ張ってきます。貴方に駄々をこねられては困りますから」 「駄々をこねるって年でもないんだけどね?」 「でも対国内組織では貴方は素直に頷きはしないでしょう」 「そりゃあね」 画面に向き合う。 とりあえず、高待遇のうちは大人しくしていようと思った。 20170306 |