拝啓ヒーローになれなかったぼくへ 林こな・最→林 *性的虐待描写を含みます *捏造過多 最上宗一は走っていた。トリオン体への換装が既に済んでいるのは、トリオン兵が観測されたからだった。場所は仮設基地よりも少し遠い森の中、しかし其処が別荘地として提供されているのを知っている以上、気は焦るばかりだった。トリオン兵が観測された時はいつだって落ち着かない。その先で、攫われようとしている人がいるのかもしれないのだから。それが人がいる可能性の高い場所ならば、尚更だった。 最上が着いた時、既に別荘のうちの一つが半壊していた。家からは一人の中年男性が駆け出して来ていた。無事だったか、とほっとするよりも前にその男の格好に目を丸くする。 男は下に何も着付けていなかった。 上のワイシャツも引っ掛けてきたという様相で、お世辞にも着ているとは言いがたい。男の身体は濡れているようには見えなかった。そうなれば最上程度の歳の者であれば、察するのは容易い。重ねていうが此処は別荘地だ。小金持ちの中年が愛人を連れ込んだりしていても納得出来る。 となれば男の相手をしていた愛人がいるはずだったが、家から出て来たのは男一人のようだった。行為の最中に屋根をぶち抜かれ、相手を捨てて逃げて来たのだろう。なんて奴だ、と思わなくもないが突然自分の生命が危険に晒されれば、自分を優先してしまうのも無理はない。 トリオン兵はまだ別荘を荒らしていた。男の方を追わないということは、目当ては愛人の方らしい。舌打ちをして弧月を構え、そのまま飛び上がる。 「…え?」 切り裂いたトリオン兵の頭の向こう、乱れた衣服もそのままにこちらを見上げていたのは、間違いなく少年だった。 白い病室の中、眠る少年を最上は眺めていた。歳は組織にいる忍田と同じらしい。だが、彼と比べると妙に細くて不健康に見える。 調べてもらったところ、あの男は少年の義理の父親だったらしい。本当の両親を失い、親戚中たらい回しにされていた少年を引き取ったのが、あの男だったのだとか。 「…俺、生きてんの」 声に驚いて顔を上げると、少年が目を開けていた。 「生きてるように見える」 「………そっか」 何処か残念そうな、そんな声だった。 「アイツは?」 口ごもる。それだけで、聡明な瞳の少年には分かったようだった。 「そっか、死んだんだ」 晴れ晴れとした顔だった。仮にも親代わりが死んだというのに、こんな顔を出来てしまう少年が悲しかった。 気を失った少年を抱えて、最上は男を探した。あの格好で一般人だ、そう遠くまで行かないだろうと目を離したのは失策だったらしい。 男は、死んでいた。逃げている最中、足を滑らせて転倒したらしい。医者ではない最上でも、その生命が止まってしまっているのが分かった。打ちどころが悪かった、ただそれだけのことだったろうけれども。 肩に担いだ少年の痛々しさを見れば、それが天罰か何かのように思えて仕方なかった。 息を小さく吸う。 「…おまえ、うちに入らない? うち、今日お前が見た化け物と戦ってる組織なんだけど。お前ああいうのに狙われてた訳なんだけど、それって大体ああいうのと戦える力があるってことなんだよね。気ィ失ってる間に悪いけど、こっちで勝手に数値も測定させてもらったから間違いない。悪い話じゃないと思うんだけど、どうする?」 「…そこって、アンタみたいな大人ばっかりなの」 「え、おれってそんなにだめそうに見える? 心外だなあ………。一応、おれよりもっとちゃんとした大人もいるよ」 「そうじゃなくて、歳の話」 「は?」 「俺より年上ばっかなの、って聞いてんの」 最上には少年の質問の意図が分からなかった。だがしかし、すぐに答える。 「いや、お前と同い年の奴もいる」 「一人?」 「一人だが…」 少年はふうん、と呟いた。 「ま、いっか。いいよ、オジサン、アンタのトコの組織、入ってやる」 にっと笑った顔が初めて歳相応に見えて、最上は勢い良く頷く。 握手は拒否されたけれども、新しく増えた仲間に、自分が誰かを救えたという事実に、胸が満たされるのを感じていた。 それから、十数年が経った。 あの頃高校生をやっていた忍田も林藤も、今ではオジサンの領域に足を突っ込んでいる。 十数年前には分からなかった質問の意図も、これだけ年月を重ねればどれだけ鈍い最上にも分かるようになっていた。仲間に一部始終を話したところ、何故分からんのだと総攻撃を食らったのを昨日のことのように思い出せる。 今、最上の目の前では林藤が床に膝をついて警戒態勢をとっていた。まるで手負いのけものみたいだ。そう思ってから、いや、と思い直した。実際、手負いなのだろう。見えないところ、形のないところ、そういう場所に人間はよく傷を負ってくる。林藤のような境遇であれば尚更だ。 組織に入った時既に、林藤の何処かは壊れてしまっていたらしい。自分より年上の人間にはなるだけ近寄りたがらないのを、組織の面々も事情が事情だと理解して、間に忍田を挟むことでコミュニケーションを図っていた。忍田も大人ばかりの中に同年代が出来たのが嬉しかったのだろう、意気投合しているようだった。 そんな中で少しずつ、林藤の壊れた部分は修復して、もしくは別のもので補って、元のかたちに戻ろうとしているようだった。一対一では話すことすら出来なかった当初から、今では軽いスキンシップくらいなら受け入れられるようになった。 しかし、それでもまだ完全になおったという訳ではないのだ。だからこうして、時折思い出したように昔のように戻る。傷痕が何かの拍子に裂けてしまって、そこから鮮血がふき出すように。 さてどうしたものか、と最上は思った。こういう時はいつも、忍田が呼ばれて少し話しかけてやっていると、少しずつ林藤は元に戻っていった。しかし、忍田は今日は丁度基地にいない。 十数年前に救ったと自惚れていた少年は救えていなかった。今も尚、彼は闇の中にいる。最上は林藤を救いたかった、彼のヒーローになりたかった。自尊心などの問題ではなく、ただただ彼の有り様に心を痛めた結果だった。 「林藤、」 小さな声を上げると、すっと向けられる敵意が濃くなったのを感じた。 「大丈夫だよ、林藤。おれは敵じゃないから。おれはお前の味方だから」 一歩、踏み出す。トリガーに手が掛けられた。まずい、と思う。 そろそろと両手を上げて、ずり足で後ろへと下がる。殺気はまだ薄まらない。このまま一度部屋の外へ出て、忍田が帰って来るのを待つべきか―――そう思案していた時。 「たくみ!」 長い髪を靡かせ、二人の間を駆け抜けて行った子供を、最上も林藤もよく知っていた。 まだ歳が二桁を数えたばかりの彼女は、その羽根のような髪を翻して、それからまるでそれが当たり前のことだと言うように、膝をついたまま最上を威嚇する林藤を抱き締めた。 「………こなみ?」 「大丈夫よ、たくみ。たくみは強いもの。あたし、ちゃんと知ってるわ」 最上の呼び掛けも聞こえないかのように、小南はゆっくりとその背中を撫ぜる。 「もがみさんなんてへいちゃらよ。相手がどんなわるいやつだって、たくみなら倒せる。たくみはとっても強いんだもの。たくみがそれを信じられなくても、あたしがたくみの分まで信じてあげる」 ゆるゆると、はりねずみのような殺気が静まっていくのを感じた。とん、とん、と小さな手が刻む一定のリズムが、子守唄のようだ。 「でもね、それでももしだめだったら、たくみの代わりにあたしが倒してあげる。あたしが、たくみをまもってあげる」 だから、だいじょうぶよ。 林藤の手はいつの間にか、トリガーから離れていた。その代わりというように、優しく自分を抱きしめる少女の、服の裾を小さく、本当に小さくつまんでいた。 それを見て、ああ、敵わないな、と思った。 だいじょうぶ、だいじょうぶ、と呪文のように唱える二人は、それだけで完成された世界のようだった。そこに最上は入れない、最上は林藤のヒーローになれない。十数年前に失敗したのは、すべてこの時のためだったのだとさえ思った。 静かに、開いていた扉へと近付く。そうっと身を滑り込ませるように廊下に出ると、その静かさに少しだけ、眼の奥がつんと熱くなった。 * (キューピットの役も捨てたもんじゃないよ) 20141006 ちいさなヒーロー 林こな どう考えても顔色が悪い。目の前の同級生の顔をそっと窺いながら、忍田はそんなことを思っていた。疲れだけではないだろう、そうも思った。 最近は組織を国や市に認めてもらう働きかけの所為もあって、年上の人間と会って話をする機会が増えた。最高司令は城戸になると決まっているとは言え、城戸一人で捌ける量ではない。故に、忍田や林藤を言った上層部では比較的末端になるであろう人間にも仕事は回ってくる。同級生ということもあり、昔は何をするにも二人一組だったが、人手の足りない今はそうもいかない。いつもならば忍田がフォローしてやれるところを、林藤が一人で捌かなくてはいけない。お互い良い大人になった今、流石に過保護かとも思うが、この組織に来たばかりの林藤を知っている身としては心配せざるを得なかった。 さて、と缶コーヒーを啜る。どうしたものか、と思う。今林藤がやっている仕事は、次の話し合い(説明会と言った方が正しいのかもしれない)に必要なものだった。それをやめて寝ろと言えるほど、時間が残されている訳ではない。先ほど人手が足りないとは言ったが、時間だって足りないのだ。迅のサイドエフェクトで予見された大規模侵攻までに、出来るだけ環境を整えてしまわなければならない。 そもそも、林藤の顔色が悪いのは寝不足だとか疲れだとかそういったものではないのだ。今は表面化していないだけの精神的外傷(トラウマ)、年上の男が怖いというもの、それを覆い隠して笑顔を振りまいていれば、ストレスがたまるのも無理はない。周りの理解はあるし、出来るだけ基地にいる間は忍田や弟子たちと一緒にいられるようにはしてあるが、だからと言って林藤に仕事を割り振らないということも出来ない。それを林藤も分かっている所為で、決して自分からは弱音を吐いたりはしない。再びどうしたものか、とコーヒーを啜った忍田を見て、どうにもならない状況だと分かったのか子供のうちの一人が立ち上がった。 小南である。 忍田の愛弟子でもあるその子供は、忍び足で林藤に後ろから近付いていく。書類に集中している林藤は気付かない。 そうして小南は一度忍田に目配せをすると、 「わ!!」 勢い良く林藤に抱きついた。 抱きつかれた林藤の方は驚いたように声を上げはしたものの、すぐにその正体に気付いたらしい。 「なに、どしたの、こなみ」 ぐりぐり、と背中に頭を押し付けてくる子供に、仕事の手を止めて林藤は向き直る。小南はそれに満足気に笑うと、今度は真正面から抱きついた。 「何でもないわ。あたしがこうしたいだけ」 「そうなの?」 「だめ?」 「だめじゃねーけど」 お前そんな甘えただったっけ、と林藤は首を傾げる。 「あたし、こうするの好きよ」 「そうか」 「たくみはあったかいから。ぎゅってすると、安心するの」 「…そうか」 小南の頭を撫ぜる林藤の横顔は、さっきまでと比べたら大分回復していた。純粋にすごいな、と思う。 「小南はヒーローだな」 「なんか言ったか? 忍田」 「何でもないよ」 忍田はそう笑ってから、林藤の腕の中の愛弟子に片目を瞑ってみせた。 * 20141006 純白可憐のヒーロー 林こな *陽太郎は養子 お前は何かして欲しいこと、ないの。林藤がそんなことを小南に聞いたのを、木崎は背中で聞いていた。 「お前に世話になってばっかだし」 「えーそう?」 「そうだよ」 「ふうん、たくみがそういうならそうなのかしら」 たくみ。人のいる前では支部長(ボス)と呼ぶ小南も、こうして身内ばかりになってしまえば林藤支部長のことをそう呼ぶ。 この二人の関係のことを、木崎は詳しくは知らなかった。ただ、迅から少し、聞いたくらいで。 曰く、運命なのだと。 「ボスはねー昔ちょっといろいろあって、それをね、思い出しちゃった時に現実に引き戻すのがこなみの役目だったんの。おれも出来ないことはなかったけど、こなみには叶わなかったなー。だからね、あの二人は運命なんだよ、レイジさん」 曖昧で御伽話でも語るような口調だったが、迅がぼやかしたのには意味があるのだろうと、それ以上聞くことはしなかった。人の過去に踏み込むのはあまり褒められた行為ではない。 居間の小南はまだうーん、と唸っていた。 「おやつ買ってもらうのは違うし…ケーキバイキングもいつも一緒に行ってるし…」 そういうのじゃないだろう、木崎が心の中でツッコミをいれた時、テレビの声が聞こえた。 『さて、三門市に新たに出来た、教会にやってきましたー!』 元気なレポーターの声。同じものが聞こえていたであろう小南が、あ、と声を上げる。 「ウェディングドレス。着たい、かな」 台所にいる木崎からはテレビの画面は見えないが、きっと映ったのだろう。ウェディングドレスは女性の憧れとは言うが、この流れで言うのはまるで、逆プロポーズのようではないだろうか。そんなふうに少しはらはらとした木崎の耳に、会話の続きが聞こえてくる。 「じゃあ結婚するか」 叫ばなかった木崎は褒められるべきだと思った。 そりゃあ林藤は独身であるし、彼の養子である陽太郎も小南には懐いているし、迅曰く二人は運命なので問題はないだろうが。だろうがしかし、まだ小南は高校生だ。既に結婚出来る年齢に達しているとは言え、それはあまりにも軽率な返答ではないだろうか。 しかしそんな木崎の焦りなどお構いなしに、小南の返答は至って普通のテンションだった。 「いつにする?」 「おまえ大学いく予定だっけ」 「うん」 「じゃあ大学卒業したらかな」 「分かった、ストレートで卒業するわ」 まるで日常会話だ。 そんな会話を聞いていたら夕食の準備が終わってしまった。居間に声を掛けると、小南が他の人々を呼びに行き、林藤が料理を運ぶのを手伝ってくれる。 「ボス、あの」 「ん?」 「さっきのは…」 「ああ、聞こえてたのか」 特に困る様子もなく皿を運んでいく林藤。どうやら聞いていた通り、本当に彼らの中では普通のことのようだ。運命、と。迅の言った言葉が浮かんでくる。 だがしかし、それでも。高校生で結婚などという大切なことを決めてしまうのは流石にはやいのではないだろうか。木崎の頭がかたいだけなのだろうか。 「その、結婚するんですか」 「するんだろ」 「でも、小南はウェディングドレスを着たいと言ったのであって…」 そこまで言ったところで、小南が戻ってきた。もう少ししたら来るって、と配膳に加わる。 それを眺めていた林藤は、ああ、と声を上げた。 「そっか、そうだよな。きりえはウェディングドレス着たいんだったよな」 「そうよ、それがどうかしたの?」 首を傾げる小南に、林藤は頷く。 「なら先に、写真だけでも撮りに行くか」 今なんかいろいろあんだろ? さっきのテレビでもやってたし、と言う林藤に、それいいわね! と食いつく小南。 それを見ていた木崎は、こういうものか、と諦めた。 「だから言ったでしょ、運命なんだって」 何処から聞いていたのか、いつの間にかやって来ていた迅が木崎にそう囁いた。サイドエフェクトでこうなるのが視えていたな、とその表情を見て思う。 しかし、まぁ、何にせよ。二人が幸せそうなのできっとこれで良いのだ。 * 20141113 幼きヒーローの休息 林こな ぎゅっと、背中から生きた人間のあたたかさを感じた。小さい。そういうものを、林藤は一人しか知らない。 「こなみ」 「こなみじゃないもん」 「じゃあ桐絵」 「………うん」 小さい、とは言ってもそれは林藤と比べて、の話だった。この春高校へと進学した小南は、まだ少女かもしれなかったが子供の域はもうとっくに出ている。 「なんか、あったの」 背中にべったりとついているその熱を、林藤は引き剥がさない。 「…弱気になった時に、縋りたい人っているでしょ」 「それが俺? なんだか光栄だな」 笑う。 答えが返って来るとは思っていなかった。小南にその気があるのなら、きっと最初からしゃべっている。 「もうちょっとこうしてて良い?」 「いーよ。好きなだけしてろ」 昔は頼りきりだった体温が、今度はこうして安息地として自分を求めてくることは、林藤をなんだかとても、くすぐったいきもちにさせた。 * 20141209 ヒーローなんかいない モブ林 R18 課題は学校で終わらせる。そうすれば課題をやりそこねることもないし、家に帰るのも遅く出来るから。そんなことを考えつつ図書室にこもっていた林藤は、下校を促す放送が鳴るのを聞いていた。タイムアップだ。 両親を失くした林藤は、唯一の親戚である伯父に引き取られている。食事も寝床も与えられる、学校にだって行かせてもらえる。それだけ言えば恵まれた、と言えるのかもしれなかったけれど。 「匠」 静かな、いやに静かな声が林藤を呼ぶ。 「おいで」 「………はい」 それに逆らう術を、林藤は持たなかった。 一方通行、となれば伯父が怒るのは分かっていたので、それが始まって少し経てば林藤もまた自分で考えて動くようになっていた。すべては自分の身を守るため、だったはずなのに。 「匠」 ハァ、と生暖かい息が耳へとかかる。もう、何も感じない。感じないはずなのに、身体の方はしっかり躾けられて。 喉がきゅっと絞られるような心地がした。 「ア、…ッん、ぅ、や、あ」 「お前の母親も、」 伯父が見ているのは林藤匠ではない。 「こんなふうに啼いたのかな」 これは復讐で、彼の回顧で、それに林藤は本当は関係がないはずだったのに。 「まさかあんな出来の悪い弟に取られるなんて…思いもしなかったよ」 父と伯父の間に何があったのか、林藤が知る術はなかった。伯父は決して詳しく語ろうとしなかっただろうし、頼んで聞かせてくれそうな父は既にこの世にいなかった。 「あ、や、お義父、さんッ」 「こんなに締め付けて、あの男よりも俺の方が良いか」 「…ッ、は、いっ…そう、です」 「淫乱な女だな」 最早伯父に林藤の姿は見えていないのだろう。 きっと、彼の目に映っているのはいつの日か喪った林藤の母の姿、だけ。 ぎゅっと更に奥へ突き付けられた男性器から、精液が吐き出されるのを黙って受け入れていた。林藤に出来るのはそれくらいしか、なかった。 image song「Discommunication」9mm Parabellum Bullet (たすけて) 20160803 ヒーローのいる世界 林+忍 頭では分かっているのに心が追い付かないことは往々にしてある。忍田が見る限り林藤はちゃんとそれを理解していたが、それでも焦る気持ちがあったようだった。それを横で見ていた忍田が何かしたい、と思うのは当然のことで。 「眼鏡を掛けてみたらどうだ」 「眼鏡」 「ああ」 そう提案してみたのは気休めにでもなれば、と思ってのことだった。 「見る世界の前に一枚入れば、少し気持ち的に変わるものもあるんじゃないかと思ってが…流石にそんな容易いものではないか」 「いや…いい考えかもしれない。眼鏡が。考えたことなかった」 思いの外好感触だったので、ちょっと待ってろと自分の部屋を漁る。確かこの辺りにあったはずだ、と探れば目当てのものはすぐに見つかった。 「ほら」 差し出したものを林藤が受け取る。 「やる。度も入ってないから大丈夫だ」 「伊達眼鏡ってこと?」 「ああ」 「なんでそんなん持ってんの、忍田…」 「………若気の至り」 その答えがどうにも言いにくそうなことこの上ないものになったからか、それ以上の追求はなかった。 本当に若気の至りであるのでこれ以上何も言えないのだが。 「あ、結構良い」 林藤が眼鏡を掛けてこちらを見る。胡散臭そうな印象はついたが、妙に楽しそうなので似合っているぞ、と言っておくことにした。 「そうか?」 林藤はまた笑って、今度お礼に飯とか奢るよ、と言った。 礼なんて別にいらなかったけれど、飯くらいならば、と思って頷いた。 20171010 20211129 改定 |