ドーナツの穴 鶴+主

 刀剣男士というのは神様である。だから粗相のないように―――というのが吉田が審神者になるにあたって実家からこれでもかと言うほど言われたものだった。所謂外孫というやつである吉田でも、実家は実家として機能しており、吉田に審神者になる適正があると知った時の一族の絶望感と言ったらなかった。仮にも神様にお仕えするのであるからもっと喜べば良いのに、吉田の実家はそういうことをしなかった。神様というのがどういう存在か、少なくとも吉田の実家は良くも悪くも分かっていた、ということなのだろう。この家から出すのであればもっと中枢に近い人間を、と実家は足掻いてみせたし、外から見たらそれはただのお家騒動に見えただろうが、それが吉田の身を案じてのものだったと分かっている。まあ、結果として審神者の適正は吉田にしかなく、兎に角、と着任までの時間を引き伸ばしに引き伸ばして実家から叩き込まれたのが最初の一文とその次であった。
 恐れることはない、しかし敬いの心を忘れないように―――そう教えた実家が間違っているとは思わない。でも、きっとそれだってすべてを説明するには足りなかったのだろうなあ、と思うのだ。
 特に、この、目の前の刀剣男士を見ていると、よく思う。
「君は、」
今日のおやつはドーナツだった。神という存在が昔からそうであるように、彼らは動けば腹を減らすし戦に出れば風呂を浴びたがる。確かに存在としては確かに神で、人間が敬い奉ればこそその力は増すのだろうが、それでも日常の動作を見ていると人間と同じよう―――とまではいかずとも、実家が心配に心配を重ねていたようなことは起こりえないだろうな、と思った。…まあ、別の視点から見たらこれだって危険視されるだろうし、どうせ人間の一視点なのだ。
 審神者というのは、少なくともこの世界では贄だった。
 歴史なんてものを改変しようと目論む輩と戦うために、神の力を借りるために。差し出された贄。それを実家は心配していた。怒りを買って一族郎党呪われるだとか、そういうことを考える家もあるだろうが、実家がそうであるとは思わなかったし、吉田が思わないのであればそれは誰にだって曲げることのない事実だ。それを何も誤魔化さず、どうでも良いこととでも言うように話した時、この刀剣男士は笑ったのだったけれど。
「へんなやつだな」
「そうかな」
「人間というのは今の時代、そんなものなのかい」
「………どうだろうな。俺の実家はそれなりに複雑だから」
「このご時世に権力に呑まれていないことが自慢か?」
「そう思っている時点で呑まれているんじゃないのか?」
「それは確かになあ」
これはどうして穴があいているんだ、と問われても吉田にはその理由が分からない。分からないから正直に分からないと言う。そうしたらその刀剣男士―――鶴丸国永は笑って、なら一緒だ、と言った。
 それからひとりじゃない、と重ねた。
「ひとりでないということは、どうしてこうも気分を高揚させるんだろうなあ」
「…鶴丸は今、気分が高揚しているのか?」
「君にはそう見えないのか?」
「ドーナツをはやく食べたいようには見える」
「ならそれもそうなんだろうぜ」
食べよう、と鶴丸国永が言って、そうだな、と返す。
 なんてことのない会話。
 人間とするよりもずっと人間みたいな会話。
「人間というものはそういうものなのかい」
「―――」
ドーナツの穴の向こうから、蜂蜜のような瞳がこちらを見ていた。
「さあ、分からないよ」
俺だけが人間じゃあないから、と言えば違いない、と肯定された。
 多分、肯定だった。



行く所のある人
何かを待ち
何かに待たれる人はとにかくしあわせ。
かじかんだ手の浮浪者が列の隣りへきて、
横になりました。
大勢のそばなので
彼は今夜しあわせ。
ひとりぽっちでない喜び
ああ絶大なこの喜び。
彼は昨日より
明日よりしあわせ。
何という賑やかな夜!

『仲間』石垣りん

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20190922