隔たりがあるのならその向こうへ R18 男が仕事に来た際に熱を出し、それで本音を零してしまってからも男の態度は変わらなかった。覚えていないのか、それとも気にしていないのか。確かめていないへし切長谷部には分からなかったが。 あれから既に数ヶ月が経っていた。男はそれまで通り、へし切長谷部を抱き、仕事をこなす。何もなかったかのように。それはそれで良いのかもしれなかった。今更神に向かって神など嫌いだと言ったことを悔いられたり、本音を零したことを恥じられたりしても困る。男がこの城に来るようになってから―――主である少女が審神者となり、へし切長谷部たちを顕現させてから、既に数年が経過しているのだ。今まで刀剣として過ごした時間に比べたら微々たるものではあるが、人の身を持てばその感じ方も変わってくる。 今までと同じように肌を重ねて、男が仕事をするのを見届けて、眠る。 何一つ不満のない、一ヶ月に数日だけの行事。でも、どうしてかへし切長谷部にはそれが気に入らなかった。 「…それ」 「ん? ああ、ゴム」 男が取り出したものには見覚えがあった。そういえばそういった配慮はしっかりしているのだよな、と思いながら手を伸ばす。 男はへし切長谷部のいつもとは違う行動を見ていただけだったが、 「いらない」 そう言ってへし切長谷部が男の手からシンプルなパッケージを抜いて放り投げると、流石に目を瞬(しばたた)かせた。 「………はっ?」 「二度も言わせるな。要らないと言っている」 「ちょ、君、何言ってるのか分かってるのか」 思わず、と言ったように表情を崩す男を見て笑みが漏れる。 「………貴方でも、そんな余裕のない顔をするんだな」 「そりゃあ、突然トチ狂ったこと言われたら」 「トチ狂ってなどいない。直接貴方を感じたいだけだ」 どうして、なんて。 分からなかったけれど。 「…腹、痛くなっても知らないぞ」 「そこはならないように配慮をしろ」 「いや、だってそもそも」 「処理をすれば問題ないだろう」 「させる気か」 「当たり前だ」 へし切長谷部を見て意見を変えそうにもない、と思ったのか、男は眉を寄せて、それから諦めたように息を吐いた。 「………後悔、するなよ」 そう言った男が投げられたそれに手を伸ばすことはなかった。 *** 信仰の自由 出迎えのために城の前で待っていると、いつものようにやってきた男はへし切長谷部の姿を初めて見るもののように上から下まで眺めた。 「そういえば君はクリスチャンなのか」 既に出会ってから数年が過ぎているというのに、今更聞くのがそんなことなのか。へし切長谷部の胡乱な目線に気が付いたのか、そういう人間に会ったんだ、とだけ言われた。それを聞いてへし切長谷部は、男のことを何も知らないのだと思い出した。思い出しただけで、口にすることはなかったが。 「もし俺がそうだとして、何かあるのか」 「いや、そうだったらあまりに面白いだろう。神が神を信仰してる、なんて」 「…そんなくだらないことが言いたいだけだったのか」 「くだらないなんて」 そんなことはないと呟いてから、でも、と男は付け足す。 「もし本当にそうだったなら、僕とは宗教が違うことになるな」 「………貴方にも信仰する神がいるのか?」 ―――かみなんて、だいきらいだ。 そう嘯いた、口で。 「神じゃないよ」 だいきらいだ、という声は今も聞こえる。 「でも信仰しているんだ。この世界で、たった一人、輝く。そんなものを」 だいきらいだ、だいきらいだ、だいきらいだ、でも――― 「君にとって僕は異教徒だから分からないだろうな」 そう笑った男の笑みはいつもの通りに薄かったけれども、いつもとは質が違うことが分かった。そして同時に、彼の信仰するものが何なのか分かったが、異教徒でも何でもないだろう、とそう零すことは出来なかった。 *** どうかこのままで、(愚かな貴方のままで、) R18 一度避妊具を放り投げてからというもの、へし切長谷部が毎回のように要らないと言うので流石の男も目線で確認するだけになっていた。こんなことをしている時点で今更な気もするのだが、どうやら細かいことを気にする質らしい。結局、腹痛を心配していた割には中で出すような真似はしなかったし、実のところ正直必要なのかどうか不明な後処理も丁寧にする。 そうすると、一旦は収まっていたはずの苛立ちに似た感情が再度湧き上がってくるもので。 そろそろ、と切羽詰まった声を出した男の腕を掴む。腰を引こうとしていた男の動きが止まる。 「いいからそのままでいろ」 「…はぁ?」 心底意味が分からないという声色だ。 「君、この間からどうしたの、ッ」 「…ああ、これも悪くないな」 「ちょっと待っ」 体勢を入れ替えて上に乗る。そうしてしまえばただの人間である男は、刀剣男士であるへし切長谷部の力には敵わない。ああもう、と聞こえてきたが知らないふりだ。 最初の頃はないに等しかった主導権を、時折こうして握ってやるのも悪くない。 「名を」 「な、に」 「名を呼んでくれないか」 手を握り合うような間柄ではなかった。情事に睦言が一切ないままなのと同じで。 それでも、人間は名前というものに愛着を持つから。 「長谷部」 真っ直ぐに呼ばれる。 「へし切長谷部」 言葉が舌に乗せられて、形になって、耳から流れ込んで、胸を打つ。 へし切長谷部は神だった。どう足掻いても神だった。 「ああ」 返事をしながら前後に動けば、既に追い詰められていた男は簡単に果てた。今までは外に出されていた熱が、腹の中に染み渡っていくのが分かる。 満たされていくのが分かる。 それだけで充分だった。男が息を整えるのを待って引き起こすと、あからさまに事情が飲み込めない、という顔をする。薄っぺらい笑みよりこっちの方がずっと良い。 「君は賢いと思っていたんだけど」 「ノッた貴方がそれを言うか」 「ノッた訳じゃないと思うけど」 少し休んだら風呂行くぞ、と言った男を眺めながら、ふと、一つの仮定が浮かんだ。 「逆だったら、」 「ん?」 「いや、逆だったら、俺は貴方を孕ませることが出来たのだろうかと」 「………ん?」 「前から思っていたが貴方の審神者としての資質はとても高い。ならば俺と貴方が逆で、貴方が俺に子種を注がれる方であったなら、」 「怖い仮定をするなよ。というか男でも孕めるなんてことがあれば、こっちが把握してるに決まってるだろ」 「…それもそうか」 「それとも何。代わりたいの」 ここで頷けば男は了承するのだろうか。それとも、いつもの口調で否定するのだろうか。想像はいくつか出来たけれども、へし切長谷部が答える言葉は決まっている。 「………いや」 どうして、なんて。 「前も言っただろう」 もうとっくに分かっていた。 「貴方は黙って、俺を抱いていれば良い」 *** 月のない夜はもう永遠に来ない 貴方が、好きなようだ。 男を前にして何の前触れもなくそう言えば、一瞬男は固まった。それでも想定外の状況に対応する、という慣れでもあるのか、すぐさまへし切長谷部に向き合い、言葉を吐く。 「正気か」 冷静な声だった。仕事の話をしている時と、同じ声。それがへし切長谷部には心地好い。 「正気だ」 「聞いておいてなんだが、とても正気とは思えない」 「そんなことを言ったら人間同士のいざこざに俺たちが手を貸しているのも、正気の沙汰ではないだろう」 「屁理屈が聞きたいんじゃない」 会話が噛み合っていない、と呟く男にそうしているからな、と笑ってやった。 「けれども貴方も俺のことが好きだろう」 男の表情は変わらない。 「自惚れるのも、大概にしろ」 「自惚れられるようなことをしたのは貴方だろう」 「そんなことをした記憶はない」 それはそうだろうな、と思う。 まるで上からの報告をへし切長谷部の主に伝える時のように、書類を読み上げるだけの時のように、男の声色もまた、変わらない。 「僕は、お前なんか嫌いだ」 「知っている」 「おい、さっき好きだとか言ってなかったか」 「嫌いだし、好きなんだろう」 「は?」 そういった感情は人間の方が詳しいはずだったのに。 「真倉月。貴方は人間だ。俺はへし切長谷部、刀剣の付喪神。貴方の嫌いな神だ」 手を伸ばしたのはこれが初めてだったように思う。別に、人間ごっこがしたくなった訳ではない。へし切長谷部の意識は何処までも刀剣であり、何処までも神であった。 「貴方の嫌い≠、引き受けよう」 触れる。指先は解かれない。 「俺のことを好きなまま、好きなだけ嫌えば良い」 「それに何の意味が」 「意味なんてないだろうな。これからも、貴方と俺の関係は変わらない」 「なら、」 「それでも言っておきたかった。人間というのはすぐにいなくなるから」 空に月はなかった。勿論それは外の世界に合わせた、偽物の空なのではあったが。部屋を照らすのは不思議に揺らめく焔のような光。男はきっと、この先もこの偽物の空に月が浮かぶ様を見ることはないのだろうけれど。何も問題はないことはとっくに分かっていた。 「…ああ、そうだろうな」 男は静かに息を吐く。 「違いない」 腕の中で、月が、揺れた。 *** 20161019 |