貴方の運命を 

 静かに歩く男だ、と思った。此処に喚ばれる刀剣男士たちはもとより戦うように願われているが故、そういうものを知っているのではあったが。この男はそういった匂いは感じさせないのに、静かな歩き方をする。人間であれば達人とでも呼ばれる域であろうに、男自身はただの小役人といった風体でそのちぐはぐさがへし切長谷部に不信感を抱かせた。
 主である少女は彼を心から歓迎すると、そう笑顔で言った。へし切長谷部が幾ら元が刀の付喪神とは言え、それが嘘でないことははっきり分かっている。分かっているからこその違和感、なのだろうか。あの少女が。こんな、男を信頼しているような顔をする、ことが。
「まったく」
それは呟きのようだった。
「あの子は一体幾ら僕に迷惑を掛ければ気が済むんだ」
 前を案内するへし切長谷部の存在など、忘れたように。
 目の裏に火花が散った気がした。それほどに忠誠を誓った主への侮辱は、たとえへし切長谷部の身が今や神の座にあろうとも、許せるものではなかった。
「貴方は…ッ」
「何」
ぐるりと振り返ったへし切長谷部に、男はようやく自らが落とした言葉に気付いたようではあったが、訂正する気もなさそうだった。これで。
 これで媚びてくれていたのであれば。
 もっと簡単、だっただろうに。
「僕に何か文句でもあるの」
じっと男はへし切長谷部を見返してくる。ただの人間だ。たとえ主が信頼を置いている男であろうと、それでもそれはただの人間だ。神気を威嚇のように放つそれは、彼にとって殺気や毒、そういったものに分類されるだろうに。
「仕事が増えたんだ。しかもこんな場所に月一で来なきゃいけなくなって、なのに給料も褒賞もゼロ。文句くらい自由に言わせて欲しいものだね」
真っ直ぐに、真っ直ぐに。それで折れることを許されていないかのように、底なしに。
 男はへし切長谷部を見返してくる。
「じゃあ何、あの使えない子の代わりに君が僕に何かくれるの?」
瞬間、脳裏を走ったのはあどけない笑みだった。私は力が弱いみたいだけど、おうちの事情でどうしても審神者をしなくちゃいけないの。頼りない主だけれどよろしくね―――その、笑顔を。
 この男に穢させてなるものか。
「…私に、出来ることで、あれば…」
頭を下げる。男が呆れたように舌を打ったのが分かった。
 その選択が間違っていたのかどうか、今になっては分からなかった。

***

私の運命を R18

 妙な表情のまま男を部屋へと案内して、座布団を出して来て。そこに座って、と示された座布団に断りを入れてから座る。
「じゃあ自慰してみせて」
そして、男の言葉に目を白黒とさせる羽目になった。
 何を言い出すのかと思った。
 確かに〝何でもする〟に近い言葉は言ったが、まさかそんなところから始めるとは思わなかった。あの初日の高慢な態度を思えば、何の説明もなしに引き倒されるくらいありそうだと思っていたのだが。いやそもそも何をするのか分かっていない状態では、男の持ちかけた取引も意味を成さなくなるのではないか。
「やり方分からない? ああ、仮にも神様だもんね。そのままじゃあ何も出来ない癖に」
分からなかった訳ではないが、刀の時分は勿論、この身体になってからもやったことはない。それを男は馬鹿にするように、しかし何処か安心するように、言葉を続ける。
「じゃあ教えてやるよ」
 手は伸ばされなかった。
「ズボン、下ろして」
淡々とした言葉に添えば添うほど、男の表情は消えていく。けれども一向に反応を見せない性器にしびれを切らしたのか、とうとう男は失礼するよ、と手を伸ばしてきた。仮にも急所である。その手を振り払いたい衝動に駆られたが、それをするということは取引を足蹴にするということだ。黙って受け入れていると表情が更に薄くなった。
「ッ」
男の表情がなくなっていくのに反比例するように、その手は熱く、そしてへし切長谷部の身体にも変化を齎せた。
「はは、なんだ。神様でもちゃんと反応するんだな…まぁ、そうだよな。神話にだってそういう話はあるんだから、勃つくらいしなきゃ…」
 男が何か呟いているけれども、初めて与えられる快楽に感情がついていかない。
「ぁ、」
「ほら、僕にばかりやらせてないで、自分でしなよ」
もう少しだったのに、と離れていった手を置いながら、先程までされていたように自分の手を動かす。指を辿るように、熱を辿るように。
「そう、上手」
思わず、目を瞑った。知識としては知っていても、すぐに受け入れられる気がしなかった。
「上手に出来ました」
目をやると、男は微かに微笑んでいた。
 それがどういった笑みなのかは分からなかったが、嘲笑ではなかったことだけは、しっかり覚えているのだ。

***

世界は二人のために R18

 繋がった、と思う。一ヶ月に一度しか性行為に及ぶことがないためか、いつだってこの瞬間がいっとうに辛い。勿論、へし切長谷部にも矜持があるのでそれを口に出すことはなかったけれど。
 浅くしか吸い込めないでいる息を待つかのような時間、ぽつり、と男は言葉を零した。
「…あれは、生贄だ」
すぐさま理解することは出来なかった。
「僕は…あれを助けることも出来ないんだよ」
 何の話だ、と声を上げようとした瞬間、
「がッ…」
まるで攻撃でもするように、腹の中が抉られる。
「ぐ、ぇアッ、ゃ、うぁっ」
快楽と酸欠がぐるぐると入り乱れる中で、人の身というのはひどく高速で思考を回すように出来ているようだった。
 さきほどの言葉は、へし切長谷部の主についてのものだった。
 そこに辿り着いたのにそう難しい思考を経ていた訳でもなかったけれど。その男とへし切長谷部の間の共通点など、へし切長谷部の主である少女以外に何一つないのだから。
 男もへし切長谷部が辿り着くことを予想したのだろう。その先を言わせないために、こんな攻撃的な動きをする。
「長谷部はひどくされる方が好きなんだよね」
「ぅ、ぐ、そんっな、こ、どっ」
「そんなことない? でも今、すごく締まったよ」
 違う、と叫びたかった。別に、へし切長谷部に被虐趣味はない。けれども男の指摘は確かだった。へし切長谷部の身体はまるで自分のものではないように、男を求めてやまない。だが、それは男の言ったような理由では、ない。
 今。
 いまこんなに、身体の隅々まで鋭敏化したように、男を求めているのは―――
「…な、まえ…」
男の動きが止まる。荒い呼吸が、部屋を満たしていく。
「長谷部」
足りない、と瞬間的に思った。
「へし切長谷部」
 その変化は男が一番よく分かっていただろう。
「…まるで、君は、」
男は笑う。へし切長谷部の足に手を掛けたまま。
 「人間、みたい、だね」



image song「美しい名前」THE BACK HORN

***

ウラオモテ 

 既にこの城において月のない夜に主を支えるため、一人の男がやってくることは受け入れられていた。その大半が男と顔を合わせることがないというのもあるが、霊力供給などの仕事をしっかりこなしていることが、一つ顔も知らない男に対する信頼として現れたのだとも言えるだろう。
「あかりくんは、長谷部くんのこと、とても気に入っているのね」
力なく床で微笑む主は、そんなことを言った。
 新月が近付く度、彼女はこうして床に伏せる。この城すべてを彼女の霊力で補っているが故の弊害。まだ力のコントロールが出来ない彼女は、月の満ち欠けに体調を左右される。
「言い方が気に触ったらごめんなさい。でも、あの人、嫌いな人とは絶対に付き合わない人だから」
流石に、その言葉には目を瞬かせてしまった。
「あの人の嫌いじゃない、はね―――」

 男を目の前にしているのに、浮かんでくるのは主のことばかりだ。
「何、どうしたの」
へし切長谷部のその様子に男は眉をひそめる。
「体調でも悪いの」
「いえ、そんなことは」
「そう。………仮にも神様だものね」
風邪なんて引くはずないか、と男は背を向ける。今日は仕事を先にするから、気が向かない、と言うだけ言って歩き出す彼の、その色のない言葉が優しさに聞こえる、だなんて。

 ―――そのまま、すき、なのよ。

***

 貴方は俺のことが好きなのか。
 そう零したのをへし切長谷部は過ちだったとは思わない。

この感情に名前をください 

 へし切長谷部が自らの本丸に一ヶ月に一度やってくる男と関係を持つようになって、時間が経っていた。人間であるのならば何かしらの勘違いをしても可笑しくないほどの時間だった、と思う。勿論へし切長谷部は人間ではないので、勘違いをしたつもりはなかったが。
「…君は、」
呆れた顔で男はへし切長谷部を見つめる。
「おめでたい頭をしているね」
「そうだろうか」
「君は仮にも神なのだと、そう凄んていたからそんなことは言わないと思っていたのだけれど…。ああ、もしかして、あの使えない子の入れ知恵かな」
 もしもへし切長谷部がおめでたい頭をしていると言うのなら、そのへし切長谷部の前でそんな言葉選びをしてみせるこの男こそ、おめでたい頭をしている、と思った。
「僕がそんな理由で君を抱いていると? 君が、僕の特別であると?」
睨み付けているのだろうが、最早慣れてしまったその視線はへし切長谷部に何の感慨も与えない。
「大概にしろよ」
本人もそれが分かっているのか、すぐに目から力を抜いていつものように薄く、笑ってみせた。いつ見ても嘘のような笑み。
「そもそも君は僕が嫌いだろう?」
 そう言われて、そんなことは一度も考えたことがなかったと、初めて気付いたのだった。

***



20161019 まとめ・追加