月が空から消える夜。
 その男はやって来る。

月のない夜 R18

 歴史改変主義者というものが蔓延り過去を変え、正しい未来を遠ざけようとしているこの時代、人間たちは刀剣に宿る付喪神を現世へと呼び出し、彼らと戦う道を選んでいた。霊力を持った人間は審神者と呼ばれ、微妙な時空間に建てられた城に駐在し、歴史改変主義者たちの掃討に励んでいる。
 この城もまた、そういった本拠地の一つだった。他の城に行ったことなどないが、他と違うのは―――
「こんばんは」
へし切長谷部は其処で思考を止めた。
「…お早いお着きで」
「仕事が早く終わってね」
 いつものスーツをきっちりと着込んだ男からは、季節感というものが見受けられなかった。へし切長谷部の敬愛する主は女性であるからか、季節に合わせてその装いを変える。くるくると変わる花のようなその人間を、へし切長谷部は可愛らしいと思って見ていた。
「君は僕に来て欲しくなんかないだろうけれど」
笑った男に言葉を返すことはしない。そのまま、用意されている男の部屋へと先導する。
 普通であれば、審神者が現世へ戻り報告することはあっても、他の人間が城へ来て何かをするということはないのだと言う。付喪神たちの顕現による不安定さや、主と霊力で繋がっているという忠誠心を、最大限考慮したいと考えるが故らしい。確かに、関係のない人間にうろつかれては気が落ち着かないだろう。
 けれども、この男は月のない夜、その前後には必ずやって来る。それはこの城を管理する政府によって許された特例であり、もっと言えば主が審神者たるためだった。この城に主として派遣された少女は、少し霊力というものが足りない。未来の時代では過去よりももっと、そういった才のある人間が少なくなっているとは言うけれども。それを知っても尚、近侍であるへし切長谷部を始めとした彼女に起こされた刀剣たちは、主は彼女が良いと言った。彼女以外は考えられないと、言った。政府はこれを受け容れて、彼女のための特別措置を設けることにした。だから、と思う。これも。
 主が審神者であるため、なのだ。
 ぎちり、と音がした。いつまで経ってもこの感覚には慣れない。否、慣れたくないと思っているのかもしれなかった。
「君の中はいつものことながら狭いね」
そんなへし切長谷部の胸中を推し量ることもなく、男は軽薄そうな笑みを浮かべる。
「まるで生娘だ」
息を逃がすように吐いたそのままで睨み付けても、何にもならないとは分かっているけれど。
「褒めているんだよ、気持ちいいから」
自分の脚を持って、自ら受け入れるように開く形で。得体のしれない男とこうして交わることなど、主のためでなくてはきっとしていない。
 するり、と指が額の辺りを走っていった。汗ではりついた前髪をどかしたようだった。うん、と男は頷く。何に頷いたのか分からなかったし、分かりたいとも思わなかった。
 その指に妙に安心しただなんて、そういうことも決してないのだ。

***

月が綺麗ですね R18

 手をあげたことがあった訳ではないけれど。
 彼にとってはきっとそんなことよりも嫌なことだったろうし、それをしている自分というのもちゃんと理解していた。理解して、彼を抱いていた。この気持ちは嘘でも勘違いでも、ましてや同情でも嫉妬でもないけれど。
「無理だろう?」
意識が朦朧としている彼は、何に対しての言葉か分からなかったようだった。
 それでよかった、ずっとそのままでいて欲しかった。



愛せるなら愛してみろ
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今が、幸せでないというわけではないのに R18

 そんなにあの子がすきなのか、とこぼされた言葉は、あのいつもの底の見えないものとは少し違った感覚を受けた。まるで、子供が首を傾げるような、そんな。
「…ある、じを…ッおもう、のは、当然、の、ことで、しょう…ッ」
息を荒げてそう答えてやれば、分からないなとばかりに目が瞬かれる。この男の仕草にも、慣れてしまった。この行為をいつしか、自分から望むようになったように。
「当然、ね」
「とうぜんっ、で、ァ」
「こんなことしながら、純真そうな言葉が吐ける君には感心するけどね」
 ひっと喉が引き攣る。いいところを、すれすれのところで離れていく。
「ン、ん…ぁ、ち、が」
「違う? 何が?」
「そこ、じゃ…ぅあッ」
「違うにしては気持ち良さそうだけれど?」
この、性悪め。
 へし切り長谷部は重い視線を上げる。どろりと、自分の目が今どんな色をしているかなんて分かっている。
「嫌なら言わなければ良いじゃないか」
「ァ、ッそう、いう、…っ訳じゃ、」
もう少し、もう少しなのに、と焦ったさが熱に変換されてそのまま身体の内へとこもっていくようだ。
「言わなくても別に良いんだよ、言いたくなければ」
それは君の自由だ。
 この、男は。
 この選択肢にもならないものを、本気で選択肢になり得るとでも思い込んでいるのだろうか。嘲笑というには何処かその笑みは翳っているように見えた。どちらにしろ、暗い部屋では細かなところなんて見えない。
「…ァ、ん、もっ、もっと…」
「ん?」
「もっと、おく、に」
手を伸ばす。するり、と取られる指。
「うん」
「つよ、く…、あなた、を」
「…君は、」
 がつん、と。脳天まで掴まれたようなそんな心地になる。
「ぇ、ァアあ、や、ンンッ、アッぁああァっ」
「―――」
男が何を言ったのか、だらしなく溢れる声が掻き消していった。けれどもなんとなく、そのままにしてはいけないような気がして、繋がった指先をぎゅっと握った。
 名前一つ、満足に呼ばないような関係だけれど。
 白く染まっていく思考にぽつりと落とされたそれは、きっと言わない方が良いことなのだ。



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見ないふり、見えないふり 

 終わったあとのことなんて、いつだって頭が朦朧としていて覚えていない。この状態の時に闇討ちでもされたら、とは思うが、自分の不在時のことは陸奥守吉行に任せてあるから大丈夫だろう。そもそもこの城というのは結界がはられているのだから、そうそうそんな目には合わないはずだったが。
 髪を。
 ゆっくりと梳く手がある。撫でるように労わるように。その手の持ち主が誰なのか、へし切り長谷部は知っている。というよりは、自分がこんな状態であるのを知っているものなど、一人しかいないのだから。
 けれども。その穏やかさに身を委ねたまま、へし切り長谷部は目を開かない。こんな曖昧な瞬間ならば目を開いたところで何も変わらないとは思ったが。きっと、それを見てしまったら。夢ではないと、それを飲み込むのに一体どれだけの時間を掛けたら良いのだろう。だから、へし切り長谷部は目を開けない。自分を抱く男の、優しさなど、すべて夢であるのだから。



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君がいなければ僕は幸せになれなかった。 

 ゆらゆらと、火ではない焔が揺れる。目を瞑っている彼が眠ってはいないことくらい、よく分かっていた。それでも髪を梳くこの行為をやめないのは、何処か赦された気持ちになるからか。赦されてなんか、いないのに。
 この、胸がいっぱいになるような心地の名前など、とうの昔に知っていた。それでいて、そんなことはないと軽薄な笑みを浮かべる。嘘を吐くのは得意だった、嫌われるのはもっと得意だった。そういう星の下に生まれついた、そういうふうに思っていたけれど。
 息を吐く。
「…ん」
身動ぎをした彼が髪を梳いていた手を止めるように掴んで、そして目を開けた。
「嫌かい?」
答えはない。しかし、手が離されることもない。
「嫌ならやめるよ」
「………」
彼は黙ったまま。
 振りほどくのもどうだろう、と思っていると、そのまま手をひっぱられた。とすん、と布団に倒れ込む。
「なんだい?」
「…ねむい」
「…そうか」
接吻けすら真面にしたことなどない、冷め切った関係だけれど。
 この確かなあたたかさを、忘れることはしないで良いのだ。



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20161019 まとめ