世界を守る戦いに手を貸してくれ、だなんて。
 同じく一期一振≠ニして降り立ったものは多くあるだろうに、その彼らはそういうことを思わなかったのだろうか、と一期一振は思う。こんなのは人間の営みだ。人間に作られたとは言え、愛されたとは言え、物である自分が協力するようなことではないような気がしていた。
―――こんな、人の身のようなかたちに押し込められて。
おなじようなかたちをしたものを斬る、そんな日々に。
 意味など、あるのかと。

知らない場所 主いち

 そんなことを間違っても口にしたことはなかったが(だって此処には物だった頃にはない兄弟≠ニいう概念があるのだから!)、どうやら自分を呼び出した審神者にはそれが伝わっていたらしい。
「一期一振は、」
庭をいじるのが好きなこの人間は、暇さえあれば庭に降り立っている。その姿は戦の中で指揮をする背中とはかけ離れたように思えた。
「戦いが嫌いかな」
 嗚呼、こんなにも平和なのに。
「それとも、」
それでもこの男は課された仕事はこなすと言わんばかりに。
「人間に力を貸すことに疑問が残るのかな」
息を呑んでしまったのは明らかな失策だった。
 男の言葉が真実であると、一期一振自身が認めるようなものだった。その先に何を繋げたら良いのか一期一振には分からない。何を、どうしたら。
―――謀反の疑い有り。
わんわんと、脳内に響く音。如雨露を持った青年はまだ立ちすくんだままだった。怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ一期一振を見つめている。
 何か言ってくれ。そう思った。この時以上に強くそう願ったことはなかっただろう。そもそもそれまでは人の身を得ることなどなく、こちらが視える人間が居れどこうして指摘されるなどということはなかったのだから。
 男が一歩踏み出す。
 素手でも一期一振の方がきっと優れているのに、肩が跳ねるだけで何も出来ない。
 このまま、殺されるのだろうか。刀も真面に握ったことのないような、このひ弱そうな手に、かかって。そう目を瞑った瞬間、冷たいものが頭から被せられた。
 比喩ではなく。
「何をなさるのです!」
思わず顔を上げれば男は携帯用の端末を操作していた。
「撮れた」
なんてことないと言ったようにそういうと、その画面を一期一振にも見えるように向きを変える。
 一期一振を襲ったのは水だった。男が庭の手入れのために持っていた如雨露、その中身。それは綺麗な水なのかどうかと問う余裕もない。庭用の水だ、汚いとまでは行かなくとも―――と思考がずれた。無理矢理に軌道修正した一期一振は、男の示した画面を覗き込む。
「虹の中にいる」
「―――」
確かに、画面の中、一期一振の後ろには陽の光を受けて水が七色に煌めいていた。
「私は確かに人間で、この戦いも人間が起こしたことで、刀である君には関係がないかもしれない。私たちは君たちの心を呼び起こすけれども、やはりそれは人間の勝手だ。君の、言う通り」
 それはひどく、特に今の一期一振にとっては関係のない話に聞こえる。
「けれども、私はこの世界が美しいと思う」
それでも男が言葉を紡ぐのは、関係があると思っているからなのだろう。だから、付喪神と言え刀に水を掛けるなんてことをしたのだろう。
「だから、君に協力して欲しい」
 こんな、ものを。
「主」
もう笑うしかなかった。
「それを貸していただけますかな」
「如雨露?」
「はい」
何をするのか分かっていただろうに、男はすんなりとそれを手渡した。これが武器だったら、そうでなくとも一期一振の疑問に気付いた時点でこのような軽率な行動は慎むべきだった。
 それが将というものではないのか。
 すべてを疑い、ただ国のためだけに。心を砕いて。
 水が空を舞う。
「これで同じです」
男に、如雨露の水が降りかかる。一期一振の手から、先程されたのと同じように。
「疑問は消えません」
「うん」
「ですから私は疑問を残したままなのだと言いましょう」
「うん」
「私が納得出来るその日まで、私は貴方に問い続ける」
「うん」
ぽたり、男の髪から雫が落ちる。
「ですが、」
一瞬―――一瞬ではあるが、男がどうしてこのような行動に出たのか分かったような気がした。
「疑問を持ちながらも私は貴方の傍にいましょう」
 嗚呼。
「貴方の言う美しい世界が、私にも美しく映りますから」

 彼は虹の中にいる。



image song「ハルジオン」BUMP OF CHICKEN

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20160923