午前零時のナースコール 主薬

 薬研藤四郎の主というのがどうにも何処か壊れていると知ったのは結構早い段階のことで、一番先に気付いてしまった薬研藤四郎はそれに巻き込まれるような形で彼に付き合う羽目になってしまっていた。本当にそれが嫌なのかと問われるとどうにも答えることは出来なかったのだけれども、結局この関係を表すのであれば外面を考えれば恋人と、そんなふうに言うしか出来ないだろう。事実、本丸の面々にはそう言って誤魔化しているし、恐らく本当のことに気付いているのは少数だ。その少数にも薬研藤四郎が真面目な顔で大将を愛しているんだ、と嘯けばそれ以上は踏み込んで来なかった。
 普段はそのような片鱗は見ることが出来ない男なのだ。しっかりとした、成人男性。それが薬研藤四郎の主だ。審神者として、まあ完璧とは言えずとも笑顔を絶やさず、細かいことにもよく気付く。他の刀剣男士からの信頼も厚い。
 だからこそ、皆、薬研藤四郎の言葉を信じるのだろう。信じたいと願うのだろう。
 寒い廊下に出ると、ああ、呼んでいる、と思う時がある。別段彼が不思議な力を持っているとかそういうことはない。最初はただの観測の結果であったし、恐らくこれだって観測の積み重ねなのだろう。特別な意味はない。経験値が高いだけ、ただそれだけ。
「大将入るぞ」
声を掛けると返事も待たずに入る。
 障子の奥、敷かれている布団は放り投げられているようだった。恐らくしっかりと敷くまで保たなかったのだろうと思う。
「大将、ほら、俺が来たぞ」
男の頬を掴んで顔を上げさせると、無理矢理に目を合わせさせる。
 死んだような瞳、光の宿らない瞳。絶望に塗り潰されたそれを、薬研藤四郎は知っている気がする。
「大将、薬研だぞ」
「やげん…?」
「そーだ、大将の薬研だ。薬研藤四郎だよ」
唇を合わせる。合わせるだけの児戯のようなもの。ちゅ、ちゅ、と音を立てて触れ合わせれば少しずつ男が戻って来る。
 それでもそれは、いつも審神者をやっている男の顔ではない。
「あいして」
男は少年のように手を伸ばす。
「あいして、やげん」
迷子になった子供のように。
 それを薬研藤四郎は手放せるほど強く出来ていなかった。
「ああ、大将」
伸ばされた手を掴むと、もう一度キスを落とす。今度は唇を割り開いて男の舌を誘う。そうして子供のようなたどたどしい動きで追ってくる男の頭を、そうだ、いい子だ、と言うように撫でる。
 こんなのは健全ではない。そもそも男は薬研藤四郎のことが好きでもなんでもないだろう。薬研藤四郎とて、男のことが好きな訳ではない。この行為中のことを男が覚えていなくても、行為があったことは男だって把握している。それを最初に誤魔化したのは薬研藤四郎の方だった。
―――俺が頼んだんだ、大将。
―――俺が、アンタのことが好きだから、酒をしこたま飲ませて抱いてもらったんだ。
―――だましうちみたいなことをして悪かった、俺を刀解するか?
男がそれに首を振ると分かっていて、その言葉を選んで。そのまま。
「あいしてるぜ」
「ん、やげん」
「大将、すきだぜ………だいすきだ」
「うん、うん」
こうして繰り返していれば本当になるなんて、一体誰が言ったのだろう。
 誰も言っていないのかもしれない。
 縋るように薬研藤四郎を抱き締める可哀想な腕を感じながら、薬研藤四郎は自嘲気味に一度だけ笑ったのだった。



イトシイヒトヘ
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20180223