それは後戻りの出来ない深淵。


 熱い、と思う。それが別に酒に酔っているからではないことを、宗三左文字は知っている。
「ァ、アアアッ、ん、ふぅう、ううっ」
お世辞にも嬌声とは思えない苦しそうな声に、腹の中で一旦燻っていた怒りがまた燃え上がるのを感じていた。

射干玉の夢 宗へし

*魔王×宗三(肉体関係あり)・魔王←へし(肉体関係なし)前提
*時代考証は死んだ

 酔い潰れたものを、しかもこの男を、どうして宗三左文字が部屋まで連れて帰らなければならないのか。殆ど巻き込まれただけの酒宴の帰り、そんなことを思いながらへし切長谷部を支えていた。彼も彼で断れば良かったものの、平安生まれたちに潰されてこのザマである。いつもいつも、主に迷惑を掛けるなと囂しい彼がこうして他人に迷惑を掛けている様には呆れを覚える。先ほどから時折唸るだけな彼の意識がはっきりしているとは思えない。
「長谷部、自分の脚で歩いてください」
半分引きずるような形になっている彼をよいしょ、と支え直せば、ううん、とその身体がこちらへと傾いた。こん、と宗三左文字の首筋へと埋め込まれる。
「………上総介様の、香り…」
 瞬間、背筋がぞっと凍っていくのを感じた。
 その名が誰を指すのか、過去を失ってでもいればよかったのかもしれないけれど。焼け落ちて尚、記憶を失わなかった宗三左文字には、答えが分かってしまう。
「ぼくは…」
ちがうと、言い切れれば良かったのに。
 ふにゃり、と幸せそうに、いつもは刻んでいる眉間の皺をも消して嬉しそうに微笑む彼に、ひどく腹が立ってそのまま自分の部屋へと放り込んだ。
 今は織田信長と呼ばれる人間がどういう人間だったのか、当時の宗三左文字には知る術はあれども理解する余裕はなかった。あの頃は今よりももっと自然や何かと近いもので、持ったばかりの心とやらが剥き出しの状態で制御も効かなかった。だからこそ、今でもあの深い絶望がこの身に灼けつくように残っているのかもしれない。
 どうして彼と同じ香りなどと言われたのか、宗三左文字自身が誰よりも良く分かっている。
 あの日、忘れもしないあの日。宗三左文字を大切にしていた男はかの魔王によって討ち取られた。その頃やっととれるようになっていた宗三左文字の人の身を見て、その男は美しいな、と笑った。自分が見えるのかと目を剥いた。主の首と共に奪い取られた宗三左文字は身を削られ、刻印を入れられた。主を討ち取った証と、それをした男の名を。この男の名をどうしたら良いのか、憎めば良いのか、分からなかった。
 そして宗三左文字が生まれ変わった―――生まれ変わらされた夜、男は、宗三左文字を抱いた。
 もうその詳らかな流れなど覚えていない。ただまだ操り方も知らぬ人の身に未知の感覚が満ちていって、それが快楽なのだと教えられた。ただひどく甘ったるくて、何度も何度も吐きそうになったのだけは覚えている。もっと痛みだけであれば、右も左もわからぬ幼子を蹂躙するような、そんな邪悪なものであれば。けれども人の身は、優しさというものを既に知っていた。肌を滑る指が、熱が、掛けられる言葉の一つひとつが、優しさ≠ニいうものなのだと、知っていた。
 刀なのに、と何度も思った。こんなことをされ、飾られるためにこの世に生まれたのではないと、そう叫びたかった。なのに、自由の効かぬ身体はただ浅ましく熱を欲すばかりで。
「気持ち良くないのか」
吐き捨てるように言った言葉は、かつて自らを蹂躙した男のそれと良く似ていた。
 きつく結ばれていた瞳が、その言葉によってゆるゆると開かれる。気持ちが良い訳がない。すべき下準備もなしに、本来の用途ではない場所へと這入っているのだ。動く度に音を立てているのは粘膜ではない、鉄の匂いが鼻腔を擽る。意趣返し、としてはあまりに八つ当たりじみていた。彼はきっと、あの男に抱かれたことさえないだろうに。でなくては、こんな痛みしかないものを受け入れるはずがない。
 同じことをしている自覚はあった。痛みを、と思っている分、それよりもひどいのかもしれない、というのも分かっていた。
 それでも、彼の瞳はうっそりと、宗三左文字ではないものを映しながら微笑んで見せるのだ。
「い、いえっ、ぐ、ァ、き、もちぃ…で、す…ッ」
それが、かつて愛した主君から与えられたというだけで、その痛みまでも。
 健気だな、と思った。健気で可哀想で、吐き気がした。
「…はは、」
嗤う宗三左文字のことも、へし切長谷部は見えていないようだった。ただ幻想の中の男を追い掛けて、その男に抱かれる夢を見ている。それが堪らなく腹立たしかった。
 腰を掴んで揺さぶる。痛みが増したようでその端正な横顔に涙が見受けられたが、それでも止めなかった。そのまま中で精を吐き出して解放してやれば、限界だったのだろうか、へし切長谷部はそのまま布団の上で気を失った。それでも何処か、頬には満ち足りた夢の欠片が見受けられる。
 そっと手を伸ばしてその涙を拭ってやると、ふにゃり、と口元が歪んだ。
 朝起きて現実を知った時の彼の表情が、楽しみだと思った。



20150323