傷口から一輪の花 

 道標が欲しいな、と鶴丸国永は呟いた。それに女が何を返すこともしなかったのは、良い方法が思いつかなかったからだろう。だから、鶴丸国永は女に触れる。長く伸ばされた髪の先から指の先まで、触れて怒られない箇所に優しく触れる。優しくなのはそうしないと、人間は脆いものだからだ。
 そうして、
「―――あ」
女の手首に至った時に、一つ、思い付いた。
「つる?」
「君、そのカッターナイフを貸してくれ」
「何に使うんだ」
そうは聞きつつも女はそれを渡してくれ、そうして鶴丸国永は微笑む。キチキチと出した刃先を手首に当て、そうしてそこに刃を滑らせる。切れ味が悪いな、と思ったがそれは比較対象が自身であるので言葉にはしない。
「いつか君へと導いてくれるように」
「…ロマンチックなことを言うんだな」
血が流れていた。それを女の手は止めなかったし、鶴丸国永もまた、抑えることはしなかった。



雨の雫 @sizukubot

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ごめんね傍にはいられないけど 

 鶴丸国永にとって墓に入ることはそう抵抗がないことだった。勿論この£゚丸国永の話であり、他の鶴丸国永の中には墓になんて二度と入るものかと思っている分霊もいるだろう。
 けれども鶴丸国永は抵抗がなかった。どちらかと言えば入りたいとまで思ったくらいだ。でも、それを彼女は望まない。鶴丸国永からしたらまだ少女と言っても良い彼女は、人間らしい我が侭を鶴丸国永に求めない。
「君がそう望むのなら俺はそれを叶えてやるさ」
せめて、悔いを残さぬように。
 彼女が笑顔でいられるように、鶴丸国永は約束をする。



(いつか絶対君を見つける)



@asama_sousaku

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弱者の一撃 

 主が度々政府から仕事を頼まれて本丸を開けることを鶴丸国永は知っていた。知っていたがその時に主に同伴するのは初期刀の加州清光であり、一度として鶴丸国永が声を掛けられたことはなかった。加州清光の方が付き合いが長いこともあり、きっと自分より役に立つのだろう、とその時は思っていたが。
 帰って来た主がいつもすぐに自室へ戻るのだけが気がかりだった。仕事が入ると数日指揮は蜻蛉切に任されることも。そんな期間、薬研藤四郎だけが唯一主の部屋に入ることが出来るというのだから余計に怪しい。何か体調を崩すようなことが起きているのではないか。あの主がそう簡単に倒れる様は想像が出来なかったから、何か良からぬことに巻き込まれているのではないか。あまり主は力が強いとは言えなかった。収集率がきっと良い判断基準だろう。縁を結ぶには運もあるとは言え、俗に言うコモン刀剣ですら揃っていない有様なのだ。
 と、まあ御託を並べてみたは良いものの、結局のところ鶴丸国永は除け者にされたようでつまらなかったのだ。
 だからその日、仕事に出て行った主と加州清光を待ち伏せした。
「もうちょっとだからね、」
門の開く音。主の帰還を告げる音。
「いつもみたいに布団は敷いてあるし、音聞いたから薬研が薬持ってきてくれるよ」
あ、と加州清光がこちらに気付いたが遅かった。
 もう鶴丸国永は分かってしまった。
「…ッ、君!」
「ああー! ごめん、主、鶴丸にバレた!」
ぐったりと加州清光に支えられる主。その身にまとわりつくもの。誰もこれをすぐにどうにか出来ないのかと、この本丸の面子を浮かべて、思わず舌を打った。
 この本丸には御神刀と言われるような連中がまったくもっていない。辛うじて鶴丸より少し前に来ている三日月宗近ならば、とは思ったが、これは恐らく他の三日月宗近の念だ。
「鶴丸、言いたいことは後で聞くから、とりあえず主を部屋まで運ぶの手伝って」
「分かった。…抱える方が早いか?」
「早いけど、主嫌がるから」
 主を部屋に寝かせた頃にやってきた薬研藤四郎は鶴丸国永の姿に目を丸くした。それから何やら持ってきた薬を主に飲ませる。薬を飲んだ主は眠ってしまった。それを見ながら、今回はいて良いけど、次からは確認しないとだめだからね、と加州清光に釘を刺されて、聞かされた話は鶴丸国永にとってはひどいものだった。
 曰く、審神者の中には自らの喚んだ刀剣男士たちにひどいことをする者がいるのだと言う。
 その理由は精神を病んでしまったからだとか、元々そういう嗜好があったのが閉鎖空間の中で爆発したのだとか、いろいろなことが拗れた結果だとか、いろいろあるらしいが。仮にも神≠ニ名のつくものだ。それが怒ればどうなるのか、想像に難くない。人手が常時足りない政府は、特別手当を出す代わりに主をそういった本丸に放り込んでは、どうにかさせているらしい。その部分は誤魔化されたが。主の兄であるあの男は何をやっているのだ、と問うと、どうやら兄の忙しい隙を丁寧に狙ってくるのだそうだ。それだけ、上にとっては彼女の体質は便利なのだろう。
「ま、蓬莱さんだって何も考えてない訳じゃないよ」
加州清光がいつだってついていけるように、呪いを施したのはあの男だと言う。薬研藤四郎に薬の作り方を教えたのも。
 それでも、と思う。
 それでも足りないのだ。術にもなれない言葉の筋を千切りながら、鶴丸国永は思った。

 暫くして主が目を開けた時、部屋には鶴丸国永しかいなかった。加州清光は代理で上と、兄への報告書を作成している。
「君は、強いな」
いろいろ言おうと思っていたのに、結局出て来たのは笑みだった。
「強くなりたかったから、頑張ったんだ。なれているなら成功だ」
「ああ、君は頑張った」
手を握ってみた。拒絶はされなかった。
 結局これは人間の手でしかないと思い知っただけだったが。



ガラス棒でつつけばやさしく結晶はくずれあなたは現実すぎる / 永田紅

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失うときのことなんて考えられない 

 死ぬ時は人間が良いな、と彼女は言った。察しのいい鶴丸国永は何を気弱な、なんてありきたりな言葉を掛けることが出来なかった。
「それを許してくれるか、鶴」
「君がそれを問うのか」
「問うさ。私は君の主だからな」
そうだな、とその手を握る。
 これは今でも人間の手だった。だから鶴丸国永はああ、と思う。
「…三日月辺りは、そうとも考えてないみたいだぜ」
「だが三日月だって私の意にそぐわないことはしないさ。我が侭に見せているのはあれの趣味だろう」
「そりゃあそうだがな」
本当は、
「そんなことはしないが、ああ、勿論約束するが、俺だって神隠しなんてものを考える連中の気持ちは、分からないでもないんだぜ」
本当は何も考えたくなかった。
 何も考えないで突然その日を迎えて、衝動のように彼女に着いていく、そんな人間のようなことがしてみたかった。



確恋
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それでも僕は花を咲かせて欲しかった 

 いつか付けた傷はもうすっかり治ってしまっていた。煙は静かに空へと溶けていく。こうして死を目に焼き付けるのは初めてだった。建物内では彼女の二番弟子が人目も憚らずに泣いているのを一番弟子が黙って横についている。この二人のところには何振りかこの本丸の刀剣男士が行く予定であった。刀解処分を選ぶものも少なからずいたが、それでも半数以上は残ることを決意したようだった。
 一足先にただの刀剣へと自身を戻して、彼女の共をしたのは彼女の初期刀・加州清光だった。俺が代わりに主を守ってるから、その時が来たら主をさっさと見つけるんだよ。そんなロマンチックなことを言って春風のように去っていった。
 鶴丸国永もまた、身の振り方を決めている。彼女の兄の元で尽力するつもりだった。それには仮契約は必要になるが、それでも鶴丸国永はこころまでは捧げるつもりはなかった。
 鶴丸国永の主は、ただ一人、彼女だけだった。
 彼女以外にはいらなかった。



いちど手放したものは、みるみる沖へ遠ざかる。だから手放してはならない、ということではない。ただ、手放したなら、自分の所有物であったことをすみやかに忘れなくてはいけない。むかし、ということは、自慢にならない。あの赤い一点のボールは、もう、私のものではないのだよ。
(佐藤弓生)

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永遠論 

 例えば君が私の死んだあとも私のことを覚えているとする、といつか彼女が言っていたことを思い出す。それはもう既に永遠と言えないだろうか、と。気休めのようなものだった、現実主義者の彼女が本気でそんなことを思っていたとは思えない。
「ああ、そうだな」
頬杖をついて呟く。
 まったくその通りだった。
 男にまとわりつく男自身の繭のような糸の意味を知って、頷くしか出来なかった。



白黒アイロニ @odai_bot01

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ああ僕等は永遠に囚われた紋白蝶 

 喉が渇く、と思った。台所にスポンジというものがあって。なるほどまさに自分の状態のようだと思った。喉が渇く。からから、というものではない。ふと日常に湧いてくる物足りなさ。
 傷のあった腕を掴む。細い訳でもない、折れそうでもない。それでも頼りない、腕。
「なあ、君。俺たちの無花果。君のすべてとは言わないが、その、」
緊張で自分の手が冷えていることを知っていた。
「血液でなくて良いんだ。唾液で。君のそれを、くれないか」
 主は少し驚いた顔をしたあと、報告書が増えてしまうな、と苦笑した。



人形の代わりに与えた捕虫網何を捕らえてもかまわない / 松野志保

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立ち止まり貴方を見失う方が悲しいだけ 

 どうして君は進めるんだ、と聞くことはしない。彼女の初期刀であり、それこそ一番最初期の大変な時を一緒に乗り越えた彼は特別なのだろう。特別にならざるを得なかったのだろう。
 それを羨ましいとは思わない。悲しい、とも。思わない、思ってはいけない。
「君はすごいな」
主とよく似ている、と言うと彼女の初期刀である加州清光はでしょ、とにっこり笑った。



image song「声」鬼束ちひろ

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蝶よ花よ、何度も眩しい 

 大丈夫なの、と興味津々といったふうに聞いてきたのは男の同僚だった。いつもいつも彼の追求はデリカシーというものが欠落していて、というか存在しない。欠落という問題ではなかった。言葉を誤った。そんなでよくもカウンセリングなんて繊細なことが出来たものだと思うが、まあそれでも器用な男だ。その辺りはうまくやっているのだろう。男の同僚ということでどうするべきだ、と聞いたことは一度あったが、好きにしろとしか言われなかった。なのでこのままの対応で良いのだろう。彼自身も、慣れているようだったし。
 だから鶴丸国永が返す言葉は一つ。
「君には関係ない」
 思い出だけで充分さ。



image song「夢見鳥」cocco

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中指を這う 

 愛している、と囁くものがある。それ自体を鶴丸国永は否定しないし、馬鹿にすることも侮ることもしない。けれども、それはこの手の届かぬところで平和にやっているから良いのであって。
「悪いな」
同じ形をしたものに鶴丸国永は言う。
「無花果は俺たちの主なんだ」



月にユダ
http://2shin.net/berbed/



20170321