うしろの正面だあれ 

 万屋というものがある。その向こうにはいろいろな商業施設のある万屋街というものがあるが、まあその入口にある店のことだ。見かけは何を気にしているのか和風であるが、中身はコンビニエンスストアである。いやあれはコンビニ程度ではないかもしれない。業務スーパーだったかもしれない。まあその辺りのあれこれは置いておいて。
 基本的には本丸には通販のような機能がついている。受取箱というものがどの本丸にもあり(厳密には箱型をしていないのだが、まあ便宜上箱)、注文したものはすぐにでもそこに転送される仕組みである。食料品も大型家具も何でも転送が出来る。これは本丸の門と同じ働きをしており、生体以外は何でも送受出来る、ということになっている。ちなみに審神者は例外としてそれでも送れるように設定されており、もし本丸に攻め込まれ門が死んだとしても離脱が可能という、秘密経路となっている。話が逸れた。
 そんな機能があるのにも関わらずこうして万屋というものがあるのは、やはり審神者が本丸に引きこもりきりにならないように、という配慮なのだろう。
「今日は何を買うんだ?」
「とりあえず便箋だな。兄さんに手紙を書く分がもうそろそろなくなる」
「君は筆まめだよなあ…。この時代に。アナログ作業なんて愛があるじゃないか。俺にも手紙を書いてくれてもいいんだぜ」
「なら一筆箋でも買うか」
「嬉しいねえ。俺も君用に何か買おう」
「筆記用具も揃えようか?」
「それくらい自分で買うさ。何のために給料を貰っていると思ってるんだ」
護衛としてついてきた鶴丸国永もそれなりに楽しそうだ。
 そんなふうにして棚を物色していると、後ろであ、と声が上がった。振り返ると見覚えのない少年。年の頃は同じくらいに思われる。少年は少し逡巡してから、
「あ、あの…会議が襲撃された時に、いらっしゃいました?」
「………主、声を掛けるにしてもそんな雑なものはどうかと思うんだが」
「そうじゃねえよ!? ナンパじゃねえよ!?」
ナンパではないらしい。見覚えはないと言ったが、そう言われてみると見たことがあるような気がしてくる。とりあえず答える。
「ええと、はい。いました」
「やっぱり! えっと、蜻蛉切連れてた人ですよね? あの時助けてもらった者です。あの時はお世話になりました!!」
「ああ、あの時主を助けてくれたお方か。私からも礼を言うよ」
「どういたしまして、と私は言うのも変な感じですね。帰ったら蜻蛉切に伝えておきます」
どうやら横にいた鶴丸国永も思い出したらしい。とは言え、彼はあの時別行動をしていたのでちらりと見ただけかもしれないが。正直なところ本当に彼がその時の少年なのかは思い出せなかったが、あの一瞬のことを覚えているものはそう多くないだろうと思うので、本人なのだろう。
「あの、もしこの後時間がありましたら食事でも」
「…主………」
「違う! ナンパじゃない!! 本当に、えっと、あの時お礼も出来なかったので…その…」
石切丸が呆れたように言うが、少年は諦めない。
「申し出は嬉しいのですが、今日の台所番が私の好物を作る予定でして。別の日でしたらお誘いをお受けします」
 嘘ではない。今日の台所番は和泉守兼定を中心としたメンバーだった。私の本丸の和泉守兼定はとても料理が上手く、その中でもカレーは一番の人気なのだ。出掛けに聞いてきたから間違いない。元々好物だったカレーだが、和泉守兼定のカレーは本当に美味しいので楽しみにしているのだ。
「えっあっ好物なら仕方ないですよね…。あの、今予定聞いたら、オッケーしてもらえます?」
「ええ」
「俺はついてくるだろうが気にするなよ、少年」
「えっ、あっ、はいっ。護衛がつくのは仕方ないですし…気にしません!」
うちも誰か来るだろうし、と言う少年に、隣の石切丸が私が行くよ、とため息を吐く。

 そうして先に会計を済ませ、予定のすり合わせをしてじゃあまた、と別れようとした時。
「ッ主!!」
「無花果!!」
護衛二振りの声が聞こえて、そのまま抱き込まれた。砂尾と名乗った青年も同じようだった。



 目を開けたら知らない場所だった。どうにも柵で囲まれた場所にいるらしい。不穏だ。手を掴まれている感覚に目をやると、鶴丸国永ががっちりと手を掴んでいた。
「…良かった」
深刻そうな顔をしている。相当にまずい事態なのかもしれない。
「君と離れないで良かった」
「危なかったのか」
「ああ。幾つか層を落ちたんだが、その途中で引き剥がされるかと」
「………刀剣男士は弾かれるようにでもなっている?」
「刀剣男士というよりかは、人間以外を、かもな」
少し離れた場所には先程の少年と石切丸がいた。彼らもはぐれずに済んだらしい。地面にめり込んでいるような体勢を取っている少年を、石切丸が何か言いながら起こしていた。先程も見ていて思ったが、なかなか仲が良いらしい。
「蓬莱柿殿に連絡はつくのか」
「………鶴丸国永は蓬莱柿殿が好きなんだな」
「鳥肌の立つようなことを言うなよ君!? 俺は純粋に君を心配しているんだ」
鶴丸国永の声が低くなる。
「分かるだろう、此処は普通じゃない」
 確かにその通りだった。肌でひしひしと感じる気が、何のものなのかも詳しく分からなかったけれど。端末を開く。
「圏外だな」
「圏外か」
「こういう時は大体ネットには繋がるお約束だと思ったんだがそうでもないらしい」
「大丈夫ですか! 無花果さん!」
砂尾が駆けてきたので一旦端末から顔を上げて大丈夫です、と応えた。
「砂尾さんこそ大丈夫ですか」
「はい、大丈夫です。気付いたら転んでましたけど、まあ慣れてますし」
へいちゃらです! と笑う彼は年相応に見える。
「いやー…しっかし此処、何処でしょうね?」
砂尾は辺りを見回した。それが分かったら今困っていないのだが。後ろで石切丸がとてもすごい顔をしている。
「さっきまで万屋にいましたよね?」
「え、ええ…」
「地面が陥没でもしたんですかね?」
その方が大事件だと思ったが言わずにおいた。どうやったらそう思えるのか分からない。
 私もそう詳しい訳ではないが、そもそも本丸や万屋、万屋街など、審神者が暮らしているその領域は政府の管理する亜空間である。何層にもなっているそれは基本的に安定しているのだが、時折不安定になることがある―――とは言っても今回のこれは違う、と思った。そもそも亜空間における不安定さは観測出来るものであるししっかりとした計算によって導き出すことが出来るものなので、そういった場合はニュースで知らされるものだ。もしもそういったことが起こっていたというのであれば、今日万屋は開店していなかっただろう。それに、鶴丸国永は層を落ちたと言った。しかも、人間以外を弾こうとする層を。
 そんなものが、亜空間に自然に存在するかと言うと、あまり考えにくい。
「…巻き込んでしまって、すまない」
神妙な顔をした石切丸に、鶴丸国永はにこりと笑う。
「謝って済むなら取締局は要らないんだぜ?」
「…鶴」
「悪かったって、主。何か知っているのか」
石切丸は砂尾の方を伺って、あまり遠くへ行っていないことを確認したようだった。砂尾は砂尾で柵の近くをうろうろとしているようだった。抜け道を探しているのかもしれない。
「知っていると言えるほど、何かを知っている訳ではないよ。…ただ、うちの主はこういうものに好かれやすくてね。彼自身はこういった現象のことをまったく信じていないから、先程のような物言いをするのだけれど」
「そりゃあ、また、難儀な。しかし困るんじゃないのか? 好かれるっていうことはそれなりに理由があるんだろう? 帰してもらえるのか?」
「帰して…もらうことにはならないと思う。私も、これはあまり好きではないんだが…人様まで巻き込んで、背に腹は代えられないからね」
石切丸が何を言っているのかは分からなかったが、聞くより先に柵の向こうで音がした。ずるり、と。その姿が見えるよりも先に、ぶわりと砂尾の身体から何かが立ち上る。
 息を飲むことはしなかった。柵の向こうのものに気付かれてはいけないのだと、本能で分かっていたから。
「鶴丸国永、」
離れないようにと手を伸ばすとその手はぎゅっと強い力で握られた。痛いくらいだ。
「なあ、主」
敢えて聞くぞ、と鶴丸国永は声を潜める。
「あれは、何だ?」
何、と聞かれても答えられる気がしなかった。だから思ったままを言う。
「…多分、としか言えないけど、あれは人間、じゃないかな」
「なるほど。だから石切丸には視えないんだな」
「視えて…どうだろう。私たちと同じように視えていないだけで、感じてはいると思うけれどね」
「俺が見れるのは君に近いから、なんだろうな」
「そうかもね」
 砂尾は静かにしているんだよ、と石切丸に口を塞がれている。また変なこと言ってる、と言いたげな表情だが、石切丸を信頼しているのだろう、砂尾は大人しくしている。その間にもその靄のようなものは徐々に収束していった。砂尾には見えないのだろうか、その向こうにいるものが。私には、こんなにはっきり見えるのに。
 それ≠ヘそれまでまったく形になっていなかったはずなのに、ゆらり、と起き上がるとまるで―――そうだ、まるで、人間のようになった。
「―――」
 そして、柵の向こうへと身を乗り出した。

 喧騒が戻ってくる。
「あ、万屋」
砂尾の呑気な声。
「主、どうやら白昼夢を見ていたようだね」
石切丸の声に、私も鶴丸国永もはっと我に返る。
「無花果さんももしかして、見ていたのかな?」
「あ、ええ…。そうかも、しれません。最近疲れていましたし」
「あそこに新商品の香があるし、もしかしたらあれに影響されて同じ白昼夢でも見たのかもしれないな」
いやあ不思議なこともあるものだな、という鶴丸国永のフォローで、砂尾はそうか、と納得したようだった。
「主。疲れているのかもしれないし、今日は早く帰ろう。無花果さんたちも、気を付けて」
「あ、はい」
「十七夜(わたし)屋の栗羊羹」
「分かった。次回の手土産に」
「あれ? 石切丸、鶴丸国永と仲良くなったの?」
「………そうだよ」
「あっ無花果さん、食事、よろしくお願いします!!」
「あ、ええ…はい…」
「主、見苦しいよ」
少しずつ遠ざかっていく主従を見送って、やっとその背中が見えなくなったところで。
「なんだったんだ、あれは…」
やっと鶴丸国永が、呆然と呟いた。その横で私はああ、と零す。
「そうか、鶴丸には聞こえなかったのか」
何を、という目線に努めて冷静に答えようとする。
「殺されに来るなんて馬鹿な人たち=v
―――身の毛がよだつというのはこういうことを言うのだろう。
「あれはそう言った」
「…そうか」
返す鶴丸国永の声は流石か、微塵も震えてはいなかった。それとも、
「あれにとっては、それらも人≠ゥ」
彼らには恐れる理由がないのだろうか。
 怖かった。怖いと思った。自分がもしかしたら自分がああいったものと同じかもしれないのだと思ったら、とても怖かった。



 ちなみに後日鶴丸国永と、砂尾という少年と、やはり若干仏頂面をしているような石切丸と行った食事はとても美味しかった。少年とは正式に審神者専用アドレスを交換した。



20180223