今まで僕が君に言われた言葉、無くさずに持っていけるかな 

 どうして終わりがあるのでしょう、とそれが言葉に漏れたことに暫くの間一期一振は気付かなかった。隣にいる影がもぞり、と少々居心地悪そうに動いて、自らの唇に動いた痕跡が認められることに気付いた。
「…すみません」
「なんで謝るんです」
傾げられた首がそのまま肩を押す。
「始まりがあったんですから、終わりがあるのも仕方ないでしょ」
「…そうですね」
 普段あまりされないような姿勢に、心臓が小鳥のように跳ねた。
「それでも私は終わらなければいいと思ってしまうのです」
「自分らが喚ばれたのは戦争してるから、ででもですか」
「ええ」
薄情だと思いますか、と言うといいえ、と返って来る。
「それを責めるようなことはしませんけど、」
 ぐり、と肩口の重みが増す。
「目の前にいるのに終わること考えてられるの、面白くないじゃないですか」



image song「死の魔法」世界の終わり

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触れていたいとそんな欲望 

 その、と遠慮がちな声にはい、といつものように返事をした。
「別に、嫌なら良えんですけど」
「私が明石殿の頼みを断るとお思いですか」
「そうじゃなくてですね」
伸びてくる手。それは一期一振の目の前で止まった。
 あと少しで。
 触れる、のに。
「前は、しませんでしたから」
 思い出す。
 伸ばされた指先を、苦手なのではと退けたことを。
「…ッ!! それはっ!」
「まあ、なんとなく、分かってますけど」
「〜〜〜ッ」
耐え切れなくてそれより言葉が続くより先に、手を掴んだ。
「…あの時は、すみません」
「別に。謝るようなことやないでしょう」
「謝らせて欲しいでのすよ。己の不甲斐なさが情けないのです」
「不甲斐ないて…」
 触れた指先はふわりとあたたかかった。
 いつか自由を指差していた、一期一振にとっては希望のような指先は、ずっと触れていたいと願ってしまうほどにゆるやかな体温を伝えてきていた。



ぬくもりをまるめたものを毛玉という春まで待たずブラシをかける / 小野田美咲

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欲とは斯くも鮮やかなものでしょう 

 大丈夫ですか、と秋田藤四郎に尋ねられたのは畑当番の時のことだった。明石国行は短刀と組むことが多い。采配の決定権は主にあるが、近侍を務めることが多いものや近侍ではなくとも主の傍にいたがるものが口を挟むこともあるので、意味があるのかもしれなかったし、ないのかもしれなかった。どっちにせよ主に直接聞きに行くほど気になっている訳でもないし、短刀には気の利くものが多いので良かったのだが。
「いち兄のことです」
「自分、畑仕事じゃあ頼りないかもしれんけど、そんな心配されるほど?」
「いえ、明石さんが頼りないという訳じゃあなくて! その、いち兄は…ええと…あんまり、自分の行動力を、自覚していない、から」
「行動力」
「自分の性質については、ちゃんと自覚…というか自認ですね、しているみたいですけど、結構…その、ガツガツ行くでしょう」
「………否定はせんけど、秋田くん、結構言うんやね」
「よくいち兄にも驚かれます」
仲間の新たな一面を見つけたことに少しばかり喜ぶ部分は、きっと一期一振が育てた明石国行の部分なのだろう。
「大丈夫なんやないの」
「他人事のようですね」
「自分、あんまそういうの得意やあらしませんから」
「…明石さんがそういうなら、良い、ですけど」
 秋田藤四郎の指がまだあおいトマトの実を撫でる。
「もし何かあったら、僕たちでも、愛染くんでも蛍くんでも良いですから、ちゃんと言ってくださいね。勿論、いち兄に直接言えるならそれにこしたことはなんですが」
「ご心配、ありがとさん」
 何だか無性に、水色の恋人を抱き締めたくなった。



水色の自由の群れがズッと揺れズッズッと揺れてたいらなひとみ / ロボもうふ1ごう

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どうか助けてください 

 どうしようもないな、とその身体に触れながら思った。一枚も隔てるものがない肌はあたたかく、まるで本当に人間のようだった。そんなことを言ったら彼はもしかしたら怒るのかもしれないが。
 彼が戦場に舞う姿を、明石国行はあまり見たことがない。レベルの差もあったし、あまり同じ部隊に配属されることはない。この本丸では幾つかの部隊を決めて、一つの季節はそれを基準に任務をこなすという形をとっていた。臨機応変に対応するが、基本的には何事もなければ変わらない。一期一振とのレベル差が埋まらない以上、イベントでもなければ検非違使のこともあるのだから、同じ部隊に配属されることは殆どないと言って良かった。
「眠れないのですか」
ひっそりと囁かれる。その瞼は落ちたまま。
「いえ、でも…」
つ、となぞったのはしなやかに筋肉がついているからこその窪み。
「戦う身体だな、と思いまして」
「刀剣男士ですからな」
「そやね」
 指を離さぬままに瞳を閉じる。
 自分の性ではないことを望んでしまうなど、疲れるだけなのだからいっそのこと止めて欲しかった。



きみとわたしと
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二人きりですので 

 本丸の畑は不思議である。勿論手を入れることは必要だが、成長速度が外の世界より早いのだ。一週間もあれば季節をまたがずとも収穫出来る。
 今、本丸の季節は―――というか、此処では現世≠フ天気に同期しているため、現世≠フ季節が、と言った方が良いのかもしれなかったが―――夏だった。夏の真っ盛りだった。そんな中でやはり夏はとうもろこしだろう、という話になり、主が買った種を渡されたのが数日前の話だった。にょきにょきと伸びたとうもろこしは既に明石国行の背も追い越していた。成長速度もそうだが、普通よりも大きく育つのかもしれない、と言っていたのは主だった。明石国行は未だ主に話し掛けることが出来ないので、聞いているだけだったが。
「よく育っていますね」
今日のもう一人の畑当番は一期一振だった。どうやら最近畑当番になっていなかったから、主に頼んだらしい。
「収穫が、楽しみやねえ」
「ええ。明石殿はもろこしは初めてですかな」
「はい。どうやって食べるのが良いんでしょ」
「私はもぎたてを噛るのが好きです」
「ゴーカイですねえ」
 沈黙。
 何か間違ったことを言っただろうか、と一期一振を見やると、少し照れたような顔をしている。
「…もろこしは背が高くなりましたね」
「…? はい。主さんが言うてたの聞いてたんですけど、外より大きく育つんでしょう? 自分もこうして隠れるんは、予想外、でしたけど」
「ええ、そうですね。私も、隠れています」
畝の向こう側は見えなかった。ならば、向こう側からも然りだろう。
「その、接吻けをしても、よろしいでしょうか」
 とうもろこしの間の空に飛行機雲が見えて、あれは現世の空を飛んでいるものなのか、それとも景趣についている演出なのか、そんなどうでも良いことが気になった。



背の高いビルに映った飛行機が夏を盗んでる (飛行機雲) / ロボもうふ1ごう

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世界中の全ての光を集めたって足りない 

 明石国行が戦場に出ることは少ないけれども、本当にゼロという訳ではない。とは言え普段は遠征を担当することが多く、それでも経験値というものは降り積もっていくもので。
 まるで少しずつ刀剣男士になっていっているようだな、と思った。自分たちは最初から刀剣男士だったはずだが、それは器の話で力であるとか意識であるとか、そういうものが少しずつ、人間や他の刀剣男士に触れることによって変化していく、ような。
 同派の二振りにそれを話したら嫌かと聞かれた。嫌ではなかったので明石国行は首を振っておいた。
 この世界は美しかった。
 それは誰に言われるでもなく、明石国行がよく分かっていた。



虹色えそらごと。
@nijiesoragoto

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いつの間にか晴れた空が僕と君の言葉を溶かす 

 喧嘩をした訳ではない、断じてない、と一期一振は自分に自分で言い訳をする。それを見ていた乱藤四郎が今更そんなこと言っても意味ないでしょ、と胡乱な目を向けてくる。どうにも、この恋愛事について一期一振の頼りになる弟たちはまったくもって力になってくれない。否、一期一振の力になってはくれない。中立の立場をとっている鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、鳴狐なんかはそれでも話を聞いてくれたりするものの、短刀である弟たちはそっくりそのまま明石国行の味方なのであった。いや勿論恋人と仮とは言え兄弟であるものたちの仲が良い(例えそれが一方的でも)のはとてもとても良いことだと思うが。
「…本当に、喧嘩じゃないんだよ」
「まあ、いち兄にそんなこと出来ると思ってないけど」
「けれども明石殿を傷付けたのではないのかと、思ってしまって」
「なら謝ってくれば良いじゃん」
「そんなこと、と言われたらどうすれば良い? 私の立場がなくなるのでは?」
「こんなくよくよ悩んでる時点で立場も何もないと思うよ」
我が弟ながら良い切れ味。

 その後やっとのことで立ち上がった一期一振が、謝罪もふっ飛ばして愛しています、と伝えてしまって、流れが読めなかった明石国行が存じてますが…? と困り顔を呈している場面に、様子見でついてきていた乱藤四郎が飛び蹴りで乱入するのはまた別の話。



蒼 @cielo330bot

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無様に縋ることは出来ませんので 

 行かないでください、と言えば良かったのかもしれない。どうして刀解処分を望んだのかと、そう聞けば良かったのかもしれない。その上で決めても良かったし、答えを出すのを急かされていた訳ではない。
 この城の誰もがいつかこの日が来るのだと知っていたのだと思う。主が一体一般的な審神者の仕事の他に何をしているのか、知らされていなくても察していたものは。だからだろうか、一期一振は彼女の傍で落ち着くことが出来なかったのかもしれない。
 一期一振は恐らく自身が思うよりもずっと、主を信頼していたのだと思う。だからああして自分の心に気付いた時にも、腹を切る覚悟を決めて行ったのだ。
「それでも、貴方はきっと私と同じ思いだったのだと信じていたいのですよ」
それがどれほど傲慢で、狡くて、情けない考えだったとして。



本当は言いたかったよいくじなし誰より淡い影しか残さず / 琳譜

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寒くて仕方ないや 

 風邪を引きます、とブランケットを貸してくれたのは五虎退だった。一期一振は出来るだけ兄≠フ顔で彼に礼を言って、明日も早いのだからはやくおやすみ、と言った。事実、五虎退は明日の朝早くに出発する遠征部隊の一員だった。それを一期一振が知っているのは主が編成を組んでいる時に、ちょうどいたからだったのだが。
「いち兄も、あまり、無理はしないでくださいね」
その言葉に微笑む。
「大丈夫だよ、無理はしないさ。顔を見たらすぐにでも寝るよ」
 一期一振が寒い縁側で待っているのは、遠征に出ている部隊がもうすぐ帰って来るからだった。明石国行が彼自身が希望したこともあって、長期遠征に出ることが多い。彼自身の希望であるから、一期一振は改善を要求することはしないが。五虎退の貸してくれたブランケットはとても温かいはずなのに。
 ああ、貴方がいないと言うだけで。



白黒アイロニ @odai_bot01

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優しい腕を開いておくから 

 ああ、と思った。伸ばした手を出来るだけ違和感のないように落として、それから息を小さく吸う。
「少し、休みましょうか」
出た言葉はいつも通りだったはずだ。
「え、」
「私は腹が減りましたので、台所へ行ってきます」
「………つまみ食いしたら、明日の台所番に怒られるんとちゃいますの」
「その時はその時です」
笑ったのが伝わっただろう、ゆっくりと身体を起こす。
 一期一振の布団に転がる明石国行は、起きる気配はなかった。どうかそのままでいてくれ、と願いながら宣言通り台所へと向かう。何を食べるかは、まだ決めていなかった。



(どうか少し休んだら帰って来て)



一人にはなれないけれど独りにはなれる世界の優しいルール / 黒木うめ

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20170712