私を赦すは貴方しかいない 

 いつか別れゆくものだと鶴丸国永は理解している。これ以上なく理解している。自身が理解をやめた時、彼女はもう二度と鶴丸国永の手には戻ってこない。鶴丸国永はそれを理解している。
 元より彼女が自らの手の中にあるなどと思ってはいなかったし、そもそも神でもない自分がこのような、彼女をものとしてみるような感情を抱くことすら烏滸がましいのかもしれないのに。
「さよなら、か」
いつか来るそれのことを鶴丸国永はきっと受け入れるだろう。
―――君が望まずとも、君が覚えておらずとも、ついていくことを。
 自身に赦す代わりに。



さよなら、さよなら!あなたはそんなにパラソルを振る 僕にはあんまり眩しいのです あなたはそんなにパラソルを振る さよなら、さよなら!さよなら、さよなら!
中原中也「別離」

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近侍は基本蜻蛉切固定です。 

 主、と呼ぶ。その部屋に鶴丸国永をはじめとする刀剣男士は入ることが出来ないようになっていた。それは彼女が就任してすぐに彼女の兄上が施したものであり、最古参の加州清光ですら立ち入ることが出来ないのでそれは気にしていない。
「主、起きているか」
俺は部屋に入ることが出来ないのだから、と続ければややあってからくぐもった声で起きているよ、と返ってきた。
 彼女がしているのは今日の戦績のまとめだった。
 この、過去と未来を賭けた戦争が始まって二十年近く。対策も新人の教育も一時期に比べればしっかりしてきた人間の世は、それでも敵の本陣を叩けないでいる。それを責めることはしないが。
「検非違使のことか」
存在は前から知っていたはずだった。時折疲労も怪我もないのに撤退を命じられることがあり、疑問を呈する刀剣男士は少なくなかった。それで、彼女も伝えてないことに気付いたのだろう。休みの日を増やし、講座を行なった。
 検非違使と呼ばれる第三勢力について。
 勿論更なる敵がいるのに戦わないのか、逃げるのか、という意見はあった。自分たちを信用出来ないのか、というものも。それらすべてを静かに聞いてから、彼女はそっと言った。
―――信用出来ないのは、私の指揮だ。
彼女のいた時代は、それでも平和だった。戦争も血なまぐさい事件も大体が外国(とつくに)の出来事だった。それは彼女が審神者という職業を知ってからも変わらなかった。
「戦争、なんだな」
「ああ」
彼女はそれ以上言わなかった。鶴丸国永もそれ以上は言わなかった。
「そろそろ終わるか?」
「もう少しだ」
「ならいいが、君、蜻蛉切が心配しているからな」
「…鶴丸殿」



ここに血が流れなくとも残虐な僕たちはみな加害者である / きたぱろ

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正義と言えば聞こえは良いが 

 人殺しには変わりないんだ、と女は言う。少女のような顔をし、少女のように途方に暮れるただ一人の女だった―――と言いたかったがそうではない。彼女は戦争に関わる人間だった。この戦争における審神者という職業はそもそも媒介のようなもので、そこまで責任能力を問われるかというと、そうでもないように感じていたが。
「私は君たちを戦場に出し、敵の掃討を命じる。君たちはそれに応える。それは正しい、正しいことだが、正しいからと言って人殺しが正当化されて良い理由にはならない」
「君は考え過ぎだと思うが」
「そうだろうか? 一体、どうして考えずにいられる?」
「そもそも俺たちは人を殺す道具なんだぜ」
 逸話が残っているというのは、それだけ何かを斬ったという実績があるからなのだろう。実際には斬っていなくとも、話が残っていれば、多くの人間たちがそう思っていれば、刀剣男士はそう生まれる。付喪神とはそういうものだから。
「君は武器庫の管理人かもな。武器屋の商人でも良い。そんな人間に果たして責任はあるだろうか?」
「………けれど、人間は君たち刀剣男士に責任を求めることは出来ないよ」
「責任を求めたがる人間は俺たちが見えないからか」
「恐らくは」
「難儀なもんだな」
 その時になっても彼女を守れないことが、少し悲しかった。守らせてくれないだろうことが、悲しかった。



秩序 そう今日だって君は右足と左足を使って歩いたじゃん / 中澤系

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墓場まで持っていって 

 怖いなら怖いと言え、と抱き締めると彼女は怖くはないよ、と返す。そんなわけがない、だって彼女は人間なのだ。けれども彼女は確かに鶴丸国永の主であり、だからこそ彼女は何も言わないのだろう。
「君、もしも俺が君の刀剣男士ではなかったら、君は何もかも言ってくれたか?」
「つる、それは意味のない仮定だよ」
「そうかもしれんが、聞きたいんだ」
「…何もかも、は言わないだろうな」
少なくとも人間は、身体の中に沼の一つや二つ、持っているものさ、と彼女は言う。
「でももう少しは言ってくれただろうか」
「さてね」
「君は誤魔化すのが上手い」
「そんなことはないさ」
さて仕事だ、と彼女が肩を叩く。
 それはもう離せという合図だったが、もう少し、と腕に力を込めた。



生きていくには必要のない鍵たちを透明な箱に詰め込む小人 / ロボもうふ1ごう

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小さな箱に居座る幸福 

 あれで良かったのだろうか、と問うことはしない。何故ならあの時の判断を後悔ないしは不安に思うことなどなかったのだから。例えそれが傲慢と言われようとも、自分の選択が間違っていたとは思わない。
 手首の傷跡はもう目立たないはずだった。それでも長袖を着ているのはいつでもそれが自分には見えるからだった。知っているから、見える。そうだと思っていた。そこに傷があることを、傷を付けたいと思ったことを。
―――だから鶴丸国永には見えたのだ。
「つる、」
呼びかける。なんだ、主、と返って来るやわらかな声。
「今は楽しいか?」
「そうだな。それなりに忙しいくらいだ」
 それが嘘ではないと分かっていたので、私は笑った。



しろくま
http://nanos.jp/howaitokuma/

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所詮、口約束だから(破ってくれて構わないよ) 

 俺ね、主についていこうと思うんだ。
 そんなことをこの本丸の初期刀である加州清光が言ったのはただ普通の、いつもと変わらない午後のことだった。
「何でそれを俺に言う?」
「アンタがきっと主に頼まれごとするんだろうな、って思ったから」
その通りであった。つい先程、主には一つ頼まれごとをしたばかりだった。聞いていたのか、と思うがきっと彼はそんなことをしないのだろう。だから本当に彼女のことを分かって、恐らくあとは鶴丸国永の顔色を見て判断したのだ。
 まったく、本当に人間のように。
「俺は主の共犯者だから、主についていくなら俺しかいないと思ったんだよね」
「共犯者、か」
「そ。でもアンタは違う」
指はまっすぐに鶴丸国永を指していた。人間は人間を指差してはいけないと、そういう決まりごとがあるのだと聞いていたが違うのか。いや、そもそもこんなにも人間のような顔をしていても加州清光というのは刀剣男士で、鶴丸国永もまた刀剣男士なのであった。
「アンタは楔だよ」
 楔。
 その言葉は軽く、本当に羽根でも生えているかのような耳障りをしている。
「だから、アンタは主についていったらいけないんだ。…俺、ひどいこと言ってるの、
分かってるんだけどね。アンタは楔だから、どれだけ辛くても主のためにこっち側に留まってないといけない」
人間は二度死ぬのだと言う。一度目は肉体が死んだ時、二度目は誰の記憶からもいなくなった時。
「主が人間であった証明をしなくちゃ」
 最後の言葉を言ってから、やっと加州清光はいつものように笑った。少女のように、まるで主が忘れたその笑顔を肩代わりするように。ああだから、と思う。だから彼は最初期から彼女を支え続けることが出来たのだと、今やっと理解する。
「悪いね」
「最初から誰かに任せるつもりだったくせに」
「別に、最初からじゃないよ。蜻蛉切には出来ないと思ってたし、別に絶対必要って訳でもないからね」
「…なら、こんなことを頼む理由もないだろう」
「でも主は望んだでしょう?」
 その通りだった。
「だから俺は言うんだ」
―――俺は主の共犯者だから。



(破ったら怒るくせに)



がらくた @grktodai

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僕がきみの手を 握り返したのは 不安を消したかったからで、 

 大丈夫だよ、とそれ≠前にして主は言った。
「見慣れている」
違う形のものだった、しかし鶴丸国永はそれが何なのか分かっている。加州清光は慣れたようだった。許可されないと同行出来ない鶴丸国永と違って、きっと基本的には同行している蜻蛉切も慣れているのだろう。
 戦場とはまた違った感覚だった。
 心の臓に絶え間なく手をかけられているような、そんな心地。
―――お前もすぐこうなるさ。
そう言われているようで。
 主、と声は掠れなかったがきっと加州清光にはバレていた。無意識に伸びていた手は彼女の手を握っていて、彼女にはそれが彼女が怖がっているから安心させようとしたように感じられたらしかった。
 違う、とは言えなかった。
 言えなかったから加州清光にはあとで黙っておいてくれと口止めしに行った。



確恋
http://85.xmbs.jp/utis/

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手の届かないものに祈ることは 

 今日は流星群が見られるらしい、と短刀たちが言っているのを聞いていた。
「主君はご覧にならないのですか?」
前田藤四郎が問う。
「そういえば流れ星というのは見たことがないな。本丸でも見られるものなの?」
「どうやらそのようです。今朝の本丸ニュースでやっていました」
「へえ…」
 朝のニュース確認の当番は一応決まっている。決まっているがこの前田藤四郎は早起きであるため、きっと朝食を取りながら自分でニュースを見ていたのだろう。時折寝坊したニュース番が彼に聞いて、あとで礼をしているのを見る。
「書類整理も一段落しているし、見に行こうかな」
「では、時間になったらお声掛けしますね。夜遅い時間ですから、先に仮眠をとっても良いかもしれません」
「考えておくよ」
会話を終えると前田藤四郎は部屋から出て行った。そういえば彼の名は今日、道場にあった気がする。誰かと約束でもしているのだろう。
「流れ星、か」
「何だ、つる。星は嫌いか?」
「嫌いじゃあないが…流れ星というのはあれだろう? 流れきるまでに三回願い事を言うと、願いが叶うという」
 驚いたような顔を主はした。それから少し笑う。
「つるもそういうことを知っているんだな」
「そりゃあ」
興味を持たないようにしているのかと思っていた、と言われるが、そうではない。生きると決めた以上、楽しいものを追い求めるのは性だった。
「そういうことがしたくて星を見るんじゃないよ」
「そうなのか?」
「ただ、きれいだと聞くから見てみたいと思ってみた、それだけの話だ」
 君も見てみたくはないか? と問われれば頷きを返す他、ないのだった。



冥王星みつけた天文学者からすこしさみしさをわけてもらおう / 正岡豊

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君とあえて良かった(諦められなくてよかった) 

 理由はあの時に聞いたものがすべてだと思った。実のところ鶴丸国永がこの身体に降りたすぐあとに、隣の炉で同じ形をしたものが出来上がるのを見ていたのだ。だから、というのもある。自分が必要ではないのだろう、とそう思ってしまったのかもしれない。そう思うとなんて子供じみた衝動だったのだと、そう、恥ずかしくなることもあるけれど。
「このことは俺しか知らないのか」
二人きりの部屋で、長袖の下に指を入れると楽しいのか、と胡乱な目線が投げられる。
「知らないんじゃないか? 今まで聞かれたこともないし」
「君は自分の刀剣男士に興味がないのか」
「ない訳じゃないさ。でもこれは重要じゃあないだろう」
そうかもしれなかった。
 おそらく鶴丸国永しか知らない傷をなぞる。
「鶴丸国永、」
「なんだい」
「つまらないか?」
「つまらなくはないな」
「そうか」
 その時はそれが精一杯だった。



一瞬の輝きだったねって笑って 工程を確かめ合う赤い水時計 / ロボもうふ1ごう

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何処にも行かないでとは言えないから 

 その我が侭は決して可愛らしいものではなく、どうしたって彼女の重荷にしかならないことを鶴丸国永は知っていた。だから何も言わずにその手を握る。可愛らしいものだったら言って彼女の少し困ったような顔を眺めて、独り言だと笑って抱き締めたのかもしれない。
「つる、」
彼女は謝らない。
 だって彼女は鶴丸国永の主なのだから。
「鶴丸国永、君のこれからがどうか幸多きものでありますように」



否定するしかない問いを何回も あなたは尋ね わたしは答え / 佐藤真由美

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20170416