嘘を嘘とも思わない人 

 あ、さっきと違うこと言ってる。
 浦島虎徹がそれに気付くことに、男が気付かないはずがなかった。患者もとい被験者がいなくなったのを確認してから、浦島虎徹はねえ先生、と話し掛ける。
「何だい」
「どうしてさっき、嘘を言ったの」
研究者として、嘘を伝えるというのはまあ、理由があれば浦島虎徹も分かる。この男は人間であるのに、人間のことをただの観察対象として見ている部分があるから。実験をしている、愉しんでいる、いろいろと言い方はあるけれどもまあ、浦島虎徹から
見たら悪趣味だ。
 それでも、理由があれば納得出来る時はある。基本的にやることがなくて暇な浦島虎徹は、男を観察するくらいしかないのだ。
「嘘?」
男は何を言われたのか分からない様子で少し悩んで、それから、ああ、と呟いた。
「そう言った方が面白い結果が得られると思ったから、かなあ」
今思い付いたというような様子だ。
「何も考えてなかったの」
「そうとも言えるかもねえ」
「そうなんだ」
「そうだよ」
別に、今更そんな答えに驚くことはしなかったけれど。
 どうしてそれを素直に言ってしまうのだろうと、それだけが悲しかった。



言わないで 心の中に しまってて 被告人には 黙秘権あり / 脱力

***

子供のままでいる事も、大人になる事も叶わず育った私は何なのでしょう 

 先生は子供みたいだ、とその観察対象の刀剣男士が言うのに小粒はへえ、と返すことしか出来なかった。出来なかったし、それ以上を返す気にはなれなかった。興味もなかった。言った刀剣男士もそれを予想していたらしく、更に続ける。
「でも、先生は大人だよね」
「まあね」
「だから、どっちつかずなんだ」
「そうなんだ」
自分について言われているはずなのに、小粒にはそんな他人事の返事しか出来ないし、それ以上をしたいともしようとも思えない。
「そんな先生だって俺はもう分かったから、」
「うん」
「だから、一緒にいるね」
「そう」
刀剣男士はにこにこしていた。
 此処に来た当初は全く笑わなかった彼は、もう普通に笑うようになっていた。



森の奥
http://id42.fm-p.jp/409/gaoukain/index.php?module=viewnp&action=pdetail&stid=2

***

悲しみの墓場 

 この男は人間であって人間でないのだと、浦島虎徹が気付くのに実のところ結構な時間が費やされていた。本当のところを言うのであればきっと、そんな人間がいることを浦島虎徹は認めたくなかったのだ。術師であるとか、そういった人間ではないものと関わるための才能があるというのであれば受け入れられたのかもしれない。けれども男はそういった面では平凡とすら言えないような場所にいた。
 浦島虎徹の中で、少なくともこの♂Y島虎徹の中で人間とは夢だった。夢で、どうしたって愛おしい存在だった。自分たちを愛さないことは理解出来ても、自分たちに愛されないことは理解出来なかった。ああ、だからだったのだ、と心にストン、と落ちてきたのは何だったのだろう。罪悪感ではないのは確かだ。
「俺は先生に思ってたよりも、いろいろと言いたいことがあるみたいだ」
そう呟いたら男はそうかい、とだけ答える。興味がないだろう。浦島虎徹もそう思う。
「先生が良いって言ってくれるなら、俺は何でも言うよ」
「良いって言わなくても言えば良いのに」
「黙るか黙らないかくらいは聞くよ」
「ぼくが仕事以外で黙っていて欲しいって君に言うこと、あると思う?」
「ないと思う」
浦島虎徹は笑った。男は笑わなかった、いつも笑っているようなものだったからかもしれない。
「ねえ先生、」
浦島虎徹は呟く。
「俺は、人間のことが好きだよ」
「ぼくは別に刀剣男士のことはすきじゃあないかなあ」
「知ってる」



リモコンを瞳に向けて撃つときの痛みのような二月の部分 /盛田志保子

***

己という薄い皮膜の中に閉じ込めていたはずのものが拡散して形を失い保てなくなる。これは一体誰の感情だ。 

 先生、と浦島虎徹が呼ぶ。どうしてこんな声色で呼ぶのか、理論上分かってはいてもどうしたってぼくは理解が及ばない。
「良いよ、それで」
でもどうしたって先生じゃなきゃだめだったんだ、と浦島虎徹は笑った。
 それはどうやったって人を、自分を顕現させた主を、殺したことがある刀剣男士のそれではなくて、ぼくはぼくの研究がある意味では成功していることを知っていた。



止まった時計 @efimeral_bot

***

光の射す方へ 

 大丈夫だよ、と何でもないけど言いたくなった。当然何が? という疑問が返ってきて、だから浦島虎徹は言う。
「言いたくなったんだ」
「君、どんどん不可解な行動が増えるよねえ」
ぼくと本契約結んでからひどくなってない?
と首を傾げる彼に、それはあんまり関係ないよ、とだけ言っておいた。



海月(くらげ)光ほのかに満ちる波の際くろぐろとうずくまる原発/永久記憶装置 / 松野志保

***

心の檻 

 修行は滞りなく済んだ。男は霊力が所謂みそっかすというやつで、だから鳩申請もすぐに通った。これには男の上司の権力とかそういうものも関係してそうだけれども、詳しいことは考えないことにする。
 そういう訳で新しい自分を見せた訳だけど、極の修行は専門外だから…と大した反応はしてもらえなかった。まあ、予想通りだった。男の関わっている研究はもっと面倒なもので、それこそが浦島虎徹が此処に残る原因となったのだけれど。
 流石に何か言ってほしいな、と思いながら男を見遣れば、ああ、でも、と何とか絞り出すような言葉が落とされた。本当に言うことがなかったんだな、と思う。
「君はぼくに絶望するということをしないんだね」
「して欲しかったの」
「いいや?」
でもすると思ったんだ、修行というのは自分の在り方を見つめ直すことだから、つまり人間を見て、刀剣男士とは何ぞや、ということに刀剣男士自身が決着をつけることだと。だから、すると思っていたんだよ、と男は言う。興味のなさそうな口振りで。
「だって、」
 興味がなくて良かった。だから浦島虎徹は言う。
「人間を醜いと思ってしまったら俺たちは何を美しいと思えば良いの」
もしも男が、そういうものに興味を持つような人間だったら、きっと浦島虎徹は此処にいないから。それは困るのだ。
 浦島虎徹は、此処にいるのが楽しいのだから。
 男は君はそう考えるんだね、と言って会話を切り上げた。浦島虎徹もそれ以上、続けるつもりはなかった。

***

まだ先のことを話そうか 

 君は何も聞かないんだね、と言われたのはこの戦争の一時的な勝利が見えてきた頃のことだった。大抵の職員は既に身の振り方を決めていて、浦島虎徹からしたらもう決めているのだとばかり思っていた男からのそんな言葉だったので、目を丸くしてしまったのも致し方ないと思う。確かに浦島虎徹は男に何も聞かなかったが、それはもう何もかも、分かりきっていることだったからで。
「だって先生はこの先も戦うんだろ?」
浦島虎徹が何を言っても男が目を丸くするようなことはしない。男は納得は出来ずとも理解をしてみせる、それが人間のキャパシティだとでも言うように。
 それが賢い人間の有様だとでも言うように。
「なら、俺がついていかない理由はないだろ」
「そう?」
「そうだよ。俺がいなかったら先生何回死んでると思ってるの」
「人間は一回しか死ねないよ」
「そういう話じゃなくて」
俺半畳あれば生活出来るし生活スペースでは困ることないって、先生知ってるはずだけど、と言えば、それはそれで刀剣男士に対する虐待案件に匹敵すると思うんだけど、と半眼で返された。
 男はそういう研究室にいるだけあって、言うだけは真面なことを言う。本当は刀剣男士をそこまでして過敏に保護しようだなんて思っていないくせして。まるで真人間のような振りをする、優しさがあるような振りをする。本人に自覚があっての演技ではないのがまた余計に、悪い。
「それとも偉い人がだめだって言った?」
男に審神者適正はない、だから今後ため、と言って特別に保護すべき人材ではない、とは思う。けれどもこの戦争は審神者のみによって行われた訳でもないし、男のような人間のバックアップあってこそだと思っている。その中でも男は飛び抜けていた方だと思う。次から次へと研究成果を発表し、ついでに言えば浦島虎徹のことだって、外から見たら充分に成功と言えるだろう。
 人間を、自身を顕現した主を殺害した刀剣男士が、その後顕現を続けた場合、人間に対してどのような感情を抱くか。自分のしたことに対して、どのように向き合っていくか。浦島虎徹はその有用なサンプルになったことだろう。今後も、刀剣男士を戦争の道具に出来るかどうかという点においても。
「一応此処に俺の書いたレポートあるけど」
もう書き方も慣れてしまったな、と思う。ついでに反省文の書き方だって知らなかったのに分かるようになってしまったな、とも。
「ねえ、先生」
 手を取るような真似はしない。そんな小細工、男には通用しないと知っているから。
「それとも本名で呼んだ方が良い?」
どうして知っているの、なんて男は聞かない。一緒に暮らしていたようなものなのだ、知る機会など幾らでもあったし、この男はあまりにも諸々が雑なので嫌でも目に入った。仮にも政府直属の研究所職員がこんなことで良いのかと声を荒げたことだってある。
 名前というのは、刀剣男士に対して隠し立てするものではない。
「先生、先生は知っていると思うけど、刀剣男士には心があるんだよ。だから、その心に支配されたりもする。身体を持っていても、人間じゃあなくても」
現世に残してきた家族が人質にされたりすることがないように。普通の人間である男に必要なのは、そういう同じ人間からの害意から身を守ること、だった。
「先生は神様のことが嫌いだと思うけど、俺はね、だから神様になれるよ」
 基本的に刀剣男士というのは、その顕現した主が刀剣男士についてどのように思っているかでその性質が決まる。が、それはスタート地点ということであって、違う価値観に触れて触発されることがない訳ではない。
 浦島虎徹は、そもそも自身を顕現した主の価値観に触れるほど、付き合いがある訳ではなかったが、その半面、様々な価値観に触れる機会は多くあった。
―――自分はどう在りたいのか。
その奔流の中で、そう考えることが出来るだけの余裕を持つことが出来た。
 他でもない、この男の所為で。
 おかげで、なんて言えないし、きっと男もそんなつもりはなかったのだろう。いや、研究としては考えていたかもしれないが、男が浦島虎徹に何かを思ってした行動ではない。
「先生が俺のこと嫌いでいてくれるなら、神様にだってなれるものなんだよ」
そこまで言ってみたらやっとのことで男は笑って、もう申請は出してあるよ、と言った。



image song「琥珀の雪」鬼束ちひろ

***

正論とおきあがりこぼしと机上論 

 修行行って出した手紙は結局読まれなかったな、と思う。別に、男は他の浦島虎徹のデータを持っているだろうし、修行中の刀剣男士にとって大切なことなんていうのはどうせ他のものと変わらなくて、そういう部分のことを考えるとやっぱり刀剣男士というのは量産型の兵器なのだな、なんてことを思う。こんなことを思っているなんて、男には口が裂けても言ってはやらないけれど。別に配慮とかそういうことではなくて、男を喜ばせる結果にしかならなそうで、それはきっと浦島虎徹にとって辟易するような事実であるので。
「でも読んでくれたってバチは当たらなかっただろ」
 ただ、口を尖らせることくらいはしても大丈夫だろうと。それは恐らく浦島虎徹の慢心で、厳重に封をされた自分の手紙が未だ男の机の引き出しにしまわれているのを知っているから言えることなのだろうけれど。ネタバレなんて趣味ではなかった、浦島虎徹は自分が大体何を思うのか、知ってから修行に出ていた。だから、違うことを書いてやったと言うのに、男にはそれだってお見通しだったのか。
 お見通しでも理解はしていないんだろうな、というのは分かる。理解が出来ていたらきっと、男はちゃんと手紙を読んだし珍しいパターンだとはしゃぎすらしたのだと思う。でも、しなかった。男は浦島虎徹の手紙になんか意味がないとでも言うように、でも捨てることもしないで、しまいこんでいる。そういうところはちゃんと人間をしているんだな、なんて。凡そ人間ではない浦島虎徹の思うことではないのに。
「別に、今読む必要もないでしょう」
「手紙っていうのは有効期限があるんだよ」
「そうなのかい」
「賞味期限みたいなの。消費期限じゃなくてさ」
「ふうん」
「先生分かってるくせに」
「うん」
「なら努力して」
「君が止めたらいいんじゃないの」
「それ、甘えてるの」
「どうだろう」
「甘えてるんだったら、俺、嬉しいな」
「どうして?」
「先生があるじさんじゃないから」
「それだと分からないなあ。あとで報告書書いて提出してよ」
「嫌だよ」
 嫌だよ、と浦島虎徹は小さくまた呟く。
「そういうのは書いたらラブレターになっちゃうんだ」
「でも君、恋愛で僕のことを好きな訳じゃないだろう」
「うん」
先生のことは好きだよ、でもこれが恋愛じゃないって言える、なんなら報告書だってレポートだって出せるし学会に行ってきなよと蹴り出されたらなんのかんのやってしまえることを浦島虎徹は知っている。
「でもなるんだよ」
 これは、愛だから。
 きっと一生、男が死ぬまでこれは伝わらないんだろうな、と思ったら何もかも馬鹿馬鹿しくなって、でもそれがいとおしいだなんて本当心っていうのは面倒だな、と思った。



「うん、それすごい正論ね。でも正論って面倒くさいのよ」 図書館戦争/有川浩

***

今日も灯りがともる 

 寝た? と聞いて寝てると思う? と返されたのは多分あまりに切羽詰まっていたからだということくらい浦島虎徹にだって分かる。男はレポートを仕上げようとしていて、そのレポートは昨日突然締め切りを早められたのだった。男曰く、今回は諦めろというお達しに他ならないらしいのだけらど、どうしても諦めたくなかったらしい。
 レポートの内容が、この浦島虎徹に関するものだから。
「先生は人間なんだから無理するのよくないと思うんだけど」
「まあそうだね」
「寝るの」
「通過確認したら」
「それってあとどれくらい?」
「あとちょっと」
「何で言い切れるの」
「添付開かないとアラート鳴るように仕込んだし確認しないとウイルスばら撒くように仕込んだしレポート自体は完璧だし今回の圧力系統も全部抑えたからもう邪魔入んないはずだし…」
「…先生って、本当サイテーだよね」
「そう?」
 ピロン、と音がする。どうやら無事にレポートは通過したらしい。はあーと息を吐いた男がソファに身体を投げ出した。最初の頃はこういう意識的な無防備さは見せられなかったのにな、と思う。
「…でもさあ、なんて言うか」
「うん?」
「先生が無理してくれるの、俺は嬉しいよ」
 きっとこれって歪んだ感情なんだろうね、と言ったら人間なんてそんなものだよ、と返された。



「北へゆく」ことに焦がるる春の午後パルコ八階で見るプラネタリウム /後藤由紀恵

***

さよならは言わない(言えない) 

 つらくはないのかい、と問うたのは男の同僚だった。浦島虎徹としてはその問いこそが疑問だったのだけれども、問われた理由はなんとなく分かったような気がして、素直に返す。
「ううん」
つらくはないよ、と。
 人間は刀剣男士がどういうものなのか分かっていないのだな、と思う。浦島虎徹は 自分のことが分からなくて戸惑っていたけれども、誰も知らないことであるのならば仕方がないのだ。
「あのね、」
その同僚の名前を呼びながら、浦島虎徹は言う。
「俺はね、先生のことが好きだから」
 それが、優しい音になるように願いながら。



答えなど得られないまま連れてきた問いが今でもうずまいている / とかげ

***



20190922