聞きなれない警報であろうとも此処で警報の音を聞き分けられない職員はいないだろう。それは新人でも例外ではない。見ていた新人・花信(かしん)がこれ、と東雲の方を見遣った。説明をしようと口を開いた東雲は花信の向こうから、課長が自分を見ていることに気付いてしまった。
「東雲」
「………分かりました。花信はどうしますか」
「誰か手の空いてる子に説明を頼むよ。連れて行ってもらう訳にはいかない」
「そうですよね。一人ですか」
「いや、山姥切国広に行ってもらうよ」
お願いね、と言った課長の後ろから出て来た山姥切国広を見て、東雲は一瞬課長がボケたのではないかと疑った。
 疑ったがまさか課長に限ってそんなことはあり得ないので、そのまま山姥切国広を伴って飛び出した。

誰かをかつて愛しましたか 

 先程の警報が何だったかと言うと、現世へ外出中の審神者に敵が接近した時のものだ。課を飛び出した時点では会敵はしていないだろうが(その場合はまた違う音が鳴る)、審神者の周りに敵―――この場合は時間遡行を繰り返すことによって身体に帯びる特殊な電磁波のようなものの検出であるからもしかしたらすれ違っただけかもしれないが―――がいるというのはあまり良くない。審神者というのは誰にでも務まる仕事ではないし、審神者が一人損なわれるだけで一つの本丸が落とされたも同然になるのだ。
 忘れがちだが、今世界は戦争を強いられている。強いられているというのは少し違うだろうが、まあ歴史改変なんてとんでもないことをしようとする一派がいなければこんなことにはなっていないので、まあ、強いられているのだろう。自分たちの未来を守るためではあるのだが。
 そんな中で本丸というのはかなりいろいろな手を尽くして防御を固めているものの、どうしてもずっと其処にいろというのは、審神者が人間である以上無理がある。なので休暇や現世への帰省が認められているのだが、最高で二振り護衛として刀剣男士をつけることが必須とされている。だからこの警報がただのすれ違いだとか、そういうものであって、護衛の刀剣男士が既に審神者を逃しているだとか、そういうものであれば良いのだが―――残念ながら現実というのはそう甘くはない。東雲と山姥切国広は現場―――該当審神者の家へと到着して、そして彼と対面した。山姥切国広はステルス術で隠れてもらっている。
 一人、やってきた政府の役人。そういうふうに見えるように相談課の人間は大抵スーツを着ているのだと、そんな嘘か本当か分からないことを言っていたのは先輩だったか。この状況を見ると強ち嘘でもないんだろうなあ、と思ってしまう。
「天鏡(てんきょう)様」
がちがちと震える天鏡の後ろには歴史修正主義者と思しき人間が、天鏡の家族を抱きすくめるようにしていた。まるで親しい間柄のようだった。なのでとりあえずそちらは無視することにする。
「貴方様の護衛はどうしましたか」
「お、った」
「どうしてですか」
「そうし、ろって、言われた、から…」
ぼう、っと天鏡の目に光が戻ってくる。まるでそうすることが正しいとでも言うかのように、にやにやと笑う彼の家族が見える。流石うちの課は仕事が早い。全員血縁のようだ。虐待のウラも取れた。いつも思っているけれどもこういう情報を何処から持ってくるんだろう。まあ、どうせ知って良いこともないのでそのままにしているのだけれど。
 天鏡は包丁を下ろさなかった。
「僕がやらなきゃみんな死ぬんだ!」
「あれが死ぬって顔ですか?」
「だって死ぬって言ったんだ! だから、だから僕は…!」
敵の後ろに、ぼう、と光が見えた。それを見逃さずに山姥切国広はしっかり仕事をした。ついでに敵にも一撃を与えて昏倒させる。それに天鏡の家族が慌てふためいたのを、天鏡が振り返っている間に東雲が一撃食らわせた。捕縛用の術を幾重かにかけて、とりあえずは連れ帰る、のが正しいのだろう。沙汰などは追ってくだされるはずだ。そしてそれは相談課の仕事ではない。
 家族の方も一斉捕縛が出来た。こちらは縄状をしていなく、網状だったのでちょっとした障害物競走のようだったが。まあ、これから逃げられる一般人はいない。そのまま眠ってもらって、敵の方を捕縛していた山姥切国広にお疲れ、とだけ声をかけた。
 課ともっと上の部署への連絡を聞いている間、東雲は天鏡を見ることをやめられなかった。人の心は脆い。どう扱うかで人の強さが決まってしまう。彼もまたそうだったのだ、ひどい扱いを受けて、それに耐えきれなかった。強い人間になれなかった。ただそれだけの話。彼は裏切れなかった、彼は裏切る以外の選択肢を示されなかった。
 第三の選択肢を、自分で作ることが出来なかった。それは、誰の所為とも言えないだろうけれど。
「儚いな」
顔を上げる。
「人間というのはいつでもこうだ」
「………そう、見えるか」
「俺の前の主…海楼(かいろう)もそうだった」
山姥切国広がそれでも、海楼のことを前の主、と呼ぶことにほっとしたのは一体何だったのだろう。
 海楼の話は少しだけ、聞いている。こちらを裏切って敵方についたのを、初期刀であったこの山姥切国広が斬ったのだと。
 だから東雲はこの山姥切国広を本当に連れて行くのかと思ったのだ。そんな、トラウマになりそうな現場を見せて、ミスをしたらどうなっていたことか。いや、課長がそんなミスをすることはないので、何か意味があるのだろうとは思うけれど。まあ、その意味とやらが良いものであるかどうかは分からないが。ただの意地の悪いものであることもあるのだし。
「…そうか」
「知っているだろう」
「雑にしか知らない」
「それで充分だ」
事実なんていつも雑だからな、というこの山姥切国広が、未だ誰とも本契約を結ばず、修行に出ないのはどうしてなのか、東雲はきっと、考えない方が良いのだ。

***




20190922