![]() さよならを言う前に 山姥切国広がどうして顔を上げないのか、その男には分かっているはずだった。こんなのはよくあることだ、山姥切国広は主であった女が自分を裏切ったとは思っていなかった。思いたくなかった。ただ自分の言葉が届かなかっただけ。人間という種の弱さを、自分の今の状況に置き換えたくなかった。 何が正しいことなのかも分からなくなっていた主、可哀想な主、そう言うことは簡単だ、事実人間はこれからそうやって山姥切国広の主のことを扱うだろう。見てきた、知っている、人間とはそういうものだ。その方が、優しい。それを分かっていても尚、山姥切国広は自らの主のことをそうは思いたくなかった。 自分で斬り殺した、主のことをそうは思いたくなかった。 「人間は裏切る生き物だ」 だと言うのに男は山姥切国広にそう言う。 「何度でも。学習しない」 「…それを、」 唇が震えるのは怒りか、悲しみか。 「人間であるお前が言うのか!!」 目の前の生き物の種類くらいは分かる。男は人間だった。きっと主よりずっと強いだろうが、それでも人間だった。同じ人間が、同じであれなかった人間が、まるでよく分かっているとでも言うように語るのか。それが悪いことだとは言わない、ただ、今この瞬間、山姥切国広の心をひどく傷付けたというだけで。 「………ッ、強くなってやる!」 震えながら山姥切国広は顔を上げる。 「何度、お前たちが俺たちを裏切ろうとも! 俺はその分強くなってやる!!」 男は興味を失ったようにそうか、と呟いただけだった。 山姥切国広の目の前には主だった女の死体が転がっていた。それも暫くしたら職員によって運ばれていった。 女の葬儀には出なかった。 その代わりに山姥切国広は一つ、契約書にサインをした。 *** ![]() 嘘吐きの国 審神者相談窓口、通称・相談課に所属する現場職員である万里(ばんり)は、基本的にプライベートでは何も喋らない。というか、プライベートどころか仕事以外のことで人間や言葉を解するものと喋ることがない。それは別に万里が喋るのが嫌いだと言う訳ではない、いや、特別好きでもないが。だからと言って誰かに何か言いたいことがない、という訳ではなく。 はく、と唇が震えるのを感じる。言おうとした言葉をすんでで飲み込んだ時の音だった。目の前を、いつもバディを組んでいる刀剣男士が過ぎ去っていく。待て、と静止を掛けることすら出来なかった。それが通じないと、分かっているから。 いつかのことを思い出す。 手の中で消えていった、生命のことを。 ―――お前のことが好きなんだよ、だから生き残れ。 そう叫んだのに、最後に彼女は笑ってそんな嘘を吐かなくて良いんですよ、と言った。例え嘘だったとしても、彼女が嘘を受け入れる道すら閉ざされた。そんな嘘、と彼女は笑ったのだ、そんな、どうしようもない嘘、と。嗤った。 知っている、知っている、受けた呪いはそういうものだ、どうしようも出来ない、ただ万里がいただけだった、そんな通り魔のようなもの。 「ああ、でも」 それでも時折弱音は出るのだ。 「しんどいな」 * 冗談は本気にされて真剣に話したことは笑われるんです / @jitter_bot * image song「夜咄ディセイブ」じん *** ![]() 夕暮れが迫って来る 血の色みたいだ、と思った。私は弱くて、だから今も震えている。唾液が出るのを押し殺して。でも、弱いと自覚しているからこそ強くなれる。ただ言い訳のように言葉に包まって、安心しているだけだった私とは違う。お前には一生出来なかったこと、それを私はやってのける。 私の、愛のために。 「弱いのは心じゃないわ」 私は笑う。 「頭なのよ」 そう言ったら相棒は一理ある、と笑った。 *** ![]() 飛んで火に入るわたしたち 多分、恋なんてものではもう表せないものだった。最初がそうであったとしても今は違うと言える。感情は変質するもの、だからどうしようもない。こんな、研究が上手く行くような展開になっているのに、浮雲だってそのことは知っているのに。 「コントロールなんて出来ないなあ」 これを恋と呼ぶことは日々相対しているものたちと同じになるということだった。浮雲はこの課の一員として、プライドがある。だからそんなことは、それこそ死んでも出来ない。 ―――私、刀剣男士なんてだいきらいですから。 「言霊ってあるんだなあ」 誰に言うでもない言葉は宙に消えた。 * 微酔 @bisuyy *** ![]() 或る蒼の恋慕 悪いことじゃあないよ、と一人だけ、本当に事情を知っている人間―――カウンセリング施設の浮雲担当の医師だけだった。仮名を和多(わた)という彼はその名前の通りに綿のような言葉を投げかけてくる。まあ、それから取られた訳ではないのだろうし、そもそも仮名に本人との関連性は基本的にない、のだけれど。 「人間はそういう生き物なんだから」 「相手がそもそも人間じゃないんですが」 「うん、でもかたちは同じなんだから、本能が勘違いしてもおかしくはないさ」 「本能」 「そうだよ、恋は本能だ。未来に子孫を残そうと刻まれた生き物の呪いだよ」 「相手は人間じゃないんですが」 「でも、不可能じゃあないんだろう?」 彼は、本当に時折、恐ろしいことを言う。 「なら別に、ワンチャンあっても良いんじゃないかい?」 「そんなワンチャンがあってたまりますか」 「君、子供は嫌いかな」 「嫌いですよ」 「そうかあ、残念」 「先生が残念がることじゃあないでしょう」 そもそもそれ、セクハラになりますよ、と言ったらそういえばそうだったね、とあっけらかんとした言葉が返ってきて、ため息を吐いた。 * ぽつりと吐いて、 @__oDaibot__ *** ![]() それでも君が愛しいと言い張るから 血塗れだった。こんなものは見慣れている。見慣れているのだ、だから浮雲の身体は面白いように動く、真面に動く。こんな愛しいものを、そう思っていたはずのものを抱き抱えたまま、真面に思考をする。 「……ん、―――…うん―――ふうん」 でも、呼ばれているのが自分であると、そう気付くのが遅くなった。 「か、ちょう…?」 「君が全部、片付けたんだよ」 大丈夫かい、と珍しく現場に出て来た課長が私の手を退かす。 その腕の中には、一期一振が重傷状態で眠っている。 「だから、君の功績だ」 「………はい」 「医療班は手配したから大人しく運ばれなさい」 「はい」 一期一振から手を離す。 彼は、きっと世界で一番守られたくないものに守られてしまったのだろう。 * イトシイヒトヘ @ZelP_t *** どうか貴方が続くように 人間の一生に美しさだとか、そういう価値をつけるのならば確かにその男の一生は美しいものだったのだろう、と思う。それは同田貫正国がその男と恋仲であったからという贔屓目からではない。主であった、という贔屓目は入ってしまいそうだけれども。 自分たちはそういう関係だった。まず審神者と刀剣男士として主従関係があって、その上に濃い中というものがとんでもないバランスで成り立っていたのだと、今なら分かる。それは最初の主である青山が優秀な審神者であったからでもあるし、物事のバランスというものをよく理解していたからでもあったのだろう、と。 ―――恋というのは人を狂わせてしまうからね。 そうなってしまったら本末転倒だろう? と笑っていたのを今でも思い出せる。 「大丈夫?」 審神者を狙った歴史修正主義者の襲撃。それを撃退して、無事助かった審神者を政府まで送って。 やっとこちらを見た相棒役はそんなことを言った。 「何がだ」 「いや、何も思わなかったなら良いんだけど」 「あの審神者と護衛が恋仲だってことか?」 「あれ、分かってたの」 「モロバレ」 「ふうん」 普通の人間であれば聞きにくいだろうことを聞くのは、普通に見えてやはりこの相棒役も普通ではないからか。 「生命捨てずに粘ったんだろ、殆ど孤軍奮闘で。良い結果じゃねえか」 言ってから、ああ、これでは誤解を招くな、と思って付け足す。 「別に、青山が生命を捨てたなんて思っちゃいねえよ?」 「あ、そうなの?」 「まあ、もっと自分の生命を大事にして欲しかったとは思うがな」 もっと一緒にいたかった、なんて。それは言っても言ってもキリがないことだ。これからずっと、同田貫正国は何かに心を動かされる度に青山のことを思う。彼が横にいたらどんなことを言うだろうと、そんなことを。 「アイツの考えは分かる、分かってる。でもやっぱり俺たちにとって、人間っていうのは生命が短いものだから。その短い中で、出来るだけ長く生きて欲しかった」 でも、もうそれは叶わぬ夢なのだ。だから思うだけに留める。彼の、生命を張った夢を守るために、彼が続くようにと願った未来に同田貫正国がちゃんといるように。 「だけど、それだけだ」 「そっか」 「だから心配しなくて良いんだぜ」 「してませーん」 「そういうことにしてやるよ」 この生命の河は、脈々と続いているのだから。 *** 神様、神様、死んでしまえ。 昔から神様のことが大嫌いだった。だって神様は僕の大切なものを奪っていったから。全員がそうでないと分かっていてもこの感情の遣り場はない訳で、残念ながら僕は聖人君子でもなかったし聖人君子になりたかった訳でもないのでそのまま神様のことを大嫌いになることにした。別に、大嫌いだからって困ったことはないのだし。こんな力がなければ良かったのか、でもそうしたらきっと大切なものを失くしたことにも気付けなかったのかと思うと、そっちに関してはどうとも言えないけれど。 こんのすけの緊急SOS。このアラートが鳴って良い現場だった試しがない。単に方円がそういう運の良い現場に出食わしたことがないだけかもしれないが、そもそもが緊急SOSなのである。何事もなかった、なんてそれこそアラートの意味がない。 だから、大体どういう現場であるのか、分かっていたけれど。 「―――」 絶句、はしなかったはずだ。それでも相棒役として一緒に来ていた長離(ながばなり)の小狐丸とは長い付き合いがあった。だから悟られてしまったことだろう。方円、と呼ばれる。だから大丈夫だ、と答える。 「探知頼む」 「あちらから血の匂いがする」 「量は」 「死んではいないと思うが…人間はショックで死ぬからなあ」 「急ぐ」 「そうしよう」 走っていった先で血塗れになった審神者を愛おしそうに抱き抱えているのは、隣に立つ刀剣男士と同じ顔をしていた。仕事柄見分けがつくようになっているとは言え、あまり面白いものではないな、と思う。 「おや」 しかし、当の本刃はそんなことを気にした様子もなく。 「我が同位体か」 「お前もその言い方すんの」 「分かりやすいだろう」 しかしまあ、この遭遇率も悲しいものよな、と本体を構える。構えられた方はどうして、と口走ったようだったが、こちらは相談課勤務の現場職員、本丸で敵と戦っているものとは場数が違う。故に、勝敗は何をするでもなく決していた。それでも刃を抜いたのは、偏に同位体への餞のようなものだったのだろう。 刀剣男士による神隠し―――他に呼び方がないのでそう呼んでいるだけの代物ではあるが―――未遂に遭遇することはよく、ある。本丸というのは閉鎖空間であって、だからこそあまり神寄りではない刀剣男士でもそういうことをしたくなってしまうのだと聞く。それを防ぐために諸々受け皿を用意しているつもりなのだが、なかなかそれが周知されなかったりしているのが現状だ。そういうことを起こした、若しくは起こしかけた刀剣男士の処遇など、大抵が決まっている。審神者がこう血塗れになっているのだ、非合意だったものと見て可笑しくはないだろう。断定はしないが。それは審神者が搬送先で目を覚まして、事情聴取に応じてくれれば分かることだ。 「方円」 仕事は終わっただろう、とばかりにこの本丸の門を指差す小狐丸に、僕は頷いてついていく。門の方には他の職員がいて、残った刀剣男士たちを誘導していた。その中に紛れて政府へと戻る。 どっと、疲れた。 こんな事件は日常茶飯事なので、いちいち気にしていたらキリがないのだけれど。 「方円」 このいつの間にか殆ど固定になってしまった相棒役は、ひどく甘ったるい声で方円を呼ぶ。課長の計らいなのか、一応バディ扱いにはなっておらず、方円が現場に出る時はいつだって一緒という訳ではないけれど。 「双子で、その片方だけに物事が偏ることは珍しくもない」 ああ、と思う。別に先程の審神者―――魚肚(ぎょと)がそうだった訳ではない。こういう少しでも引っかかる案件があると、この小狐丸は話を振ってくるというだけの話。僕が未だ未熟、ということもあるだろう。そもそも小狐丸の誘導尋問に引っかからなければこんな、個人情報、課内では課長だけが知っていれば充分な情報を知られることもなかった。僕は彼を顕現した長離さんとやらには会ったことはなかったけれど、刀剣男士は顕現した審神者の性質を受け継ぐ、と言われているのを鑑みるに、その長離さんとやらはきっととんでもなく底意地の悪い人間だったのかもしれない。まあ、もう死んでいる人間のことを悪く言うのは気が引けるので口には出さないが。それも名誉の戦死であるのだし。 「古来、双子というのは一人では抱えきれないものを抱えているからこその―――」 「それ、聞き飽きた」 何が続くかもう分かっている。双子というのはもともと一人だった、一卵性双生児であるのならば尚のこと。けれども抱えきれない何かがあって二つに分かれた、だからと言ってその抱えきれないものが半分になる訳ではなく、片方は影のように存在するだけ。 小狐丸曰く、その影の方が僕なのだと言う。耳にたこが出来るほど聞かされた。興味があるなら別方向からのアプローチを模索して欲しいと思うくらいには、この件に関しては感性が死んでいた。 「報告書書かなきゃなんだから無駄口叩くなよ」 「そうだな」 では、と小狐丸は笑う。その笑みのことが、僕は苦手だ。 「あとではもう一つ」 なんの邪気もない笑み。 「方円、私はお主のことが結構好きだぞ」 「僕は嫌いだ」 「知っている」 僕の悪意など、憎悪など、すべて呑み込んでしまいそうな、笑み。 「知っているよ、方円」 「なら書類手伝って」 「それはお主の仕事だろう。あと私は次の任務が入っている」 「人気者だな」 「そうだな」 ふ、と小狐丸は再び笑った。まあ僕の頭を撫でたりだとか、そういうスキンシップは求めて来ないので良いとしている。スキンシップが出てきたらセクハラで訴えようと思っているのがバレているからだろうか。 知っているよ、方円、と小狐丸は繰り返す。 「我らが可愛い人間」 それが分からないんだよ、というのは喉の詰まって消えてしまった。 * @odai_bot00 *** 私だけは特別にして欲しかった 何の因果かそれからずっと鴨川の一期一振と組まされることが多い。この課内には特定バディを組んでいる職員はいくらかいるから、勝手に組まされたとしても何ら不思議ではないし、実際仕事に支障が出ないなら文句はない。というより、割と相性が良いのか前よりさくさく仕事が進む。一期一振が強いのもあるが、得意分野が驚くほど互いを補い合うように活かせるのだ。 多分、それは純粋に嬉しかった。だからこそ、にこにこと笑う一期一振が苦しいのだ。 「貴方は私が嫌いですからな」 まったく安心出来ません、と言う一期一振に、どうせ他の言葉を尽くしても同じことを言うくせに、と思った。仮にも準バディと言ったような様相なのだから、もっと気にかけてくれたって良いのに、と。そんな素振りだけで、良かった。偽りでも良かった、嘘でも良かった、ただ一瞬夢が見られたら。そんなことを思った自分に愕然とした。こんな。ただの小娘のような。 この世のものではないような美貌にも慣れているはずだった。そういうものはたくさん見てきたから。なのに、こんなのは。 「…記憶を消すことって出来ますよね」 「え、何、どうしたの。そんな忘れたいことなんてあった? 休暇取る?」 「そういうのじゃないんですが…」 カウンセリング施設の医師はははん、と頷く。 「釈迦に説法だと思うけどね、記憶って脳みそだけのものじゃないからね。今もし君をトンカチで殴って記憶部を傷付けて記憶を飛ばさせたとしても、君は歩き方を忘れたりしないでしょう」 「言いたいことは分かりますがそれだとワンチャン死にます」 「それもそうだね!」 話すことさ、と医師は言う。 「君たち術師は秘匿したがるけどね、それも勿論分かっているけど。話したり話さなかったりすることを見極めるのも一つ、素養じゃないかなあと素人ながらに思ったりするんだよね」 「一理ありますね」 「わはは、本当? 嬉しいなあ」 *** ![]() ずっと邪魔だと思っていた。 邪魔者がいなくなった世界で、真っ赤に染まった指をあなたに伸ばす 恋愛に関してこいつ邪魔だな、なんて思うのはただの感情の抑制が出来ない未熟な人間がやるものだと思っていた。だから僕は彼のことを邪魔だと思ってはいけないと思っていたし、彼だって邪魔をしたくてしているんじゃないと、ただ僕の気持ちと彼の立ち位置がうまく噛み合わないだけのものだと思っていたのに。 「お前のそれは愛でもなんでもない」 美しい瞳を怒りに染めながら彼は僕を見た。 「ただの押し付けだ、我が侭だ、独占欲だ。一つ一つは取るに足らないことでも積み重なればそれは暴力となり人間を、主を蝕む」 なんだいそれは、と言ったような気がする。これは愛だよ、恋だよ、人間たちが賛歌するとても美しいものだと。 「本当にそう思っているのならば重症だ。…俺は、お前を主に近付けさせる訳にはいかない」 その発言にカッとなったのは事実だった。 だから彼が代わりに出たきた時に、僕は迷いなく彼に斬りかかれたのだと思う。ああ、もう邪魔者はいないよ。だから、幸せの国へ行こう。 * @s2_amour_bot *** 20190922 |