甘き我が死を返しておくれ 

 どうなっちゃうのかな、と大倶利伽羅に呼び付けられたあと、燭台切光忠は一人でそんなことを思った。嘘を吐くつもりはなかった。大倶利伽羅が質問をしてきたらイエスかノーで答える、ただそれだけ。彼が何処まで気付いているのか、それを確かめるだけ。でもきっと、彼が全部に気付いているのならばそのまま戦闘になるかな、と思った。
 普段本丸というのは私闘を禁じているし、道場だって木刀を使うことが推奨されている。けれどもきっと全部を知った彼は怒るだろう、怒って、燭台切光忠を折ろうとするに違いない。彼の気持ちは理解出来るものの、燭台切光忠だって素直に折られるつもりはなかった。それに。
 この本丸にはもう、そんなことを禁ずる審神者もいないのだし。
 燭台切光忠は一人で笑いながら、大倶利伽羅の背を追っていく。もしも自分が折れたら彼はどうなるのだろう、と夢想しながら。



烏合 http://nanos.jp/tachibana/

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星と星の間を君とふたりで 

 縁側で腰掛けて空を見上げていたのにそう深い意味はない。ただ夜に私室に来た三日月宗近をいつものように迎え入れて、空でも見ないか、と言われたからそうしているだけ。
 三日月宗近の、こういうところが男は好きだった。あれこれ言うくせに、本当のところ小さな幸せを大切にするような、そんなところが好きだった。
―――彼が、人間ではなくとも。
「主、あれは飛行機というやつか」
「…ああ、そうだよ。お前、太刀のくせにああいうのは見えるんだな」
「明るいものは見えるさ。暗いものが見づらいだけのこと」
 三日月宗近は優しく男の頬を撫でる。それは恋人にするというにはあまりに純真な色をしていた。
「けれども見えない訳ではない」
「…俺は、お前から見て暗い、か」
「主だけではないさ、光り輝いている人間など少ないというだけのこと」
それでもだ、と三日月宗近は言う。
「主は人間で、俺は刀剣男士で…俺だって輝いているとは言えんだろうさ」
「…輝いているさ」
「そうかあ、主がそうと言うならそうなんだろうな」
三日月宗近はひっそりと言葉にする。
―――月というのは一人では輝けんのだろう?
 それに男はそうかもな、と返すことしか出来なかった。現世の何処かの空と同期してある本丸の空を、ひっそりと夜間飛行の飛行機は横切って見えなくなった。



夜に飛ぶ旅客機の光の色をこいびとの目の奥に見ている / 五島諭

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おもったよりもあいされてたみたい 

 今から主として失格なことを言うから、これはただの男の戯言として聞いてくれ、と主であり三日月宗近の恋人である男は床で呟いた。男が別段完璧である訳ではないと知っている三日月宗近は、静かに頷いた。何を言われても黙っていることが出来る、それが三日月宗近だった。
「…俺は、お前を連れて行きたい」
「何処へ、というのは聞いても良いのだろうか」
「何処、だろうな…平和なところ、かな。そんなところがあるのか分からないけれど」
 男は審神者になる前は、軍にいたのだと聞いている。というか、今も在籍したままであり、審神者をしているのは出向扱いなのだと、そう聞いていた。だからきっと、知っているのだろう。人間が多く、事故でも何でもなく正義の名のもとに死んでいく様を。
 戦争というのは悪意のみによっては成り立たない。正義が其処にあるからこそ、生命の遣り取りが成されるのだ。
「…夢物語だな」
「ああ」
「戯言だ」
「そう言っただろ」
「けれども、」
三日月宗近は笑う。正しく笑う。

 「そういった夢は人間にしか見られないものなのだろうな」



変わらない人差し指のはずだけど君が触れると電流走る / 栞

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私に酔ってください 

 審神者も刀剣男士も毎日暇という訳ではないのであまり二人の時間が取れるかと言うとそうではない。それにそこまで若い訳でもないし煩悩まみれという訳でもないし、まあ何を言いたいかというと毎晩のように盛っている訳でもない。
 そういうことでもなんでもないが、普通にただ酒を呑むだけの日もある。酒盛りと言うほど賑やかなものではないし、大した話もせずに粛々と酒を消費する、と言った方が合っているような図ではあったが。
「………主は、酔わないのか」
「俺からしたらお前たちが酔うことの方が驚きだよ」
「…個体差、というやつか。俺はおそらく他の三日月宗近よりも酒が弱いのだ」
「他の三日月宗近がワクみたいな言い方すんなよ…お前も大概だぞ…」
それに酔ってはいるよ、と付け足すとそうか、とだけ返ってくる。
 ほのかに酒の香りを攫っていく夜風が、とても気持ちよかった。



(ずっとお前に酔っている)



流れゆく星の意味たち頬にふれ夜空はふかく始まるままに / 琳譜

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今晩はにくじゃが 

 三日月宗近はこの度、主である男の護衛として現世に来ていた。三日月宗近の主はその立場も関係して、三日月宗近を護衛にと指名されることが多いので、あまり男本人の意向として護衛に指名されることは少ない。男は恋人という関係にある三日月宗近を、そのように見世物のように扱うことが嫌いらしく、三日月宗近もまたその考えは分からなくもないので従ってきた。
 しかし、今回の護衛は男自らの指名である。またぞろ何か厄介ごとかと思ったら、今回は違うと先に釘を刺された。
「…休暇だ」
男は少しだけ言いにくそうに言う。
「休暇?」
「だから日課任務も免除になるし、その間の家事とか当番とかのやつには特別手当が出るし、護衛としてついてくるお前も例外じゃない」
「主」
「悪い話じゃあねえと思うが、どうだ」
「どうも何も、」
まだ行き先を聞いていない、と言うと、男は気の抜けたような顔をして、それから。
「………実家だよ」
「は?」
「実家に帰るからお前に来て欲しいんだよ」
 そういう訳で三日月宗近は一般人にも見えるよう術を掛けた上で男に随伴することとなった。男の両親は特にそういった力はないので、そのままでは三日月宗近の姿は見えないからだ。更に目立たぬよう術もかけてもらい、一際美しいとされる三日月宗近はその辺にいるような男として認識されることとなった。男の個人情報に関する面倒な書類も苦ではなかった。
 実家に帰る、だからお前に来て欲しい。
 その言葉の裏の意味というか、男が本当にしたかったことを三日月宗近は分かっている。勿論この身は人間ではなく、またこの戦争がそう長くかからないうちに一旦は終結するだろうと思っている三日月宗近からしたら、男がそこまでするとは思っていなかったが。
 これは一つのけじめなのだろう。生真面目な男のことだ、想像には難くない。
 そんなことを考えていたら、台所からいい香りがした。男の両親は良い人間で、部下だと言って男が連れてきた三日月宗近を快く迎え入れてくれた。土の匂いのする、良い家だと囁けば、だから軍人なんてやってるのかもな、と返ってきた。
 台所を覗くと、男の母親が夕飯の支度をしていた。男は父親と話をしている。この香りには覚えがあった。
「にくじゃがですか」
「ええ。苦手じゃないと聞いていたから」
「はい。好きです」
あの本丸では男もまた、台所に立つ。主である男が作ったということもあるだろうが、本丸では男のにくじゃがが人気だ。燭台切光忠辺りは味を覚えて完全コピーを目指しているようだが、なかなか同じにはならないと言っていた。
「あの、」
「なあに?」
「作り方を、教えてもらえませんか」
言ってから、ああ、言葉が足りない、と思う。
「彼の作るにくじゃがの味に、少しでも近付けたらと」
「あらあら、うちの味を気に入ってくれたの?」
「ええ、まあ、…はい」
 うちの味、と言われるとなにやらこそばゆいが、そうだ、あれは男の育った家の味なのだ。男の母親は笑ってから、
「適当で良いのよ」
そう言った。
「てきとう、ですか」
「そうよ。大体目分量だもの、そんな難しいこと考えてないわ。だからきっと、食べてくれる人のことを考えて作ってることが大事なのよ」
その言葉に男は誰のことを考えていたのだろう、と思う。けれども聞けないから、代わりに男の母に聞く。
「食べてくれる人、というと、お母様は…」
「旦那とあの子のこと、かしらね。あの子がもし、私と同じ味が出せるようになったっていうんなら―――」
 それは、好きな子のことでも考えてたのかしらね。
 その言葉に思わず赤くなりそうになって、急いで咳き込み水を飲んで誤魔化した。
―――好きな子。
それが自分であることを、三日月宗近は誰よりもよく知っていた。



「適当でいいのよ」という味付けを義母と呼びたいひとに教わる / 氷吹けい

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夏の気配 

 そういえば夢通いの話はどうなったのです、と小狐丸が問うと、一時期やたら真剣な顔で主である男を隠してしまっても良いのだろうかと呟いていた三日月宗近はああそんなこともあったな、なんて顔をした。そのあまりに間の抜けた表情に小狐丸はおや、と思う。あれほどまでに執着しているのであれば最早止めても無駄だと思って、夢で通えば良いのではないでしょうか、と言ったのだったが、杞憂だったのだろうか。そういえば最近男と三日月宗近は共にいることが多いように感じる。もしかして、上手く行ったのだろうか。
 あの生真面目が形になったような男相手に?
「率直に聞きますが恋仲になったので?」
「ああ、小狐丸には言っていなかったか。それは悪かった。小狐丸は俺の相談に乗ってくれたというのにな。俺はどうやら自分の幸福に追い付けていないようだ」
幸福、という言葉に目眩がするかと思った。つい先日まで人を殺しかねない目をしていたものとは思えない変貌だ。否、元々日本刀と言うのは人を殺すための道具ではあるのだが、今はそういうことではない。
「満足しておいでで?」
小狐丸は出来るだけ何の気無し、という顔で訊ねる。出来ることなら小狐丸とて自分を顕現してくれた主を失いたくはなかった。だが、もしもそれが少しでも滲み出ればあのような表情をする三日月宗近のことである、警戒される恐れがある。だから本当に何でもない、ただの世間話、そうだ恋話とやらの体で訊ねる。
「ああ、満足している」
「なるほど、それは良いことです」
「小狐丸は、俺が主を隠さないか聞きたいのだろう?」
バレていた。
「貴方一人のものにするつもりはないと?」
「…そうだな。その言葉は確かに魅力的だが、主にそういう場所は似合わないさ」
難しいものだ、と三日月宗近は少しだけ手を動かす。何の形になるのかと思ったらそれは蟹になった。
「悲しいかな、主は終わりの見えている人間だからこそ愛おしいのさ」
 その手の形にきっと意味はないのだと、だから彼の選択にも同じように大した意味はないのだと、小狐丸はそう思うことにした。



サイダーの千の気泡を飲み干して、さあ、もう人でないものにおなり / 嶋田さくらこ

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心なんてなければよかった 

 ああ、どうして! あの美しさに打ち拉がれた篝火の心を誰が表すことが出来るだろう! 篝火自身にだってそんなことは出来ないのに。どんな言葉も嘘に成り果てる、篝火の初期刀の美しさとはそういうものだった。
 何がいけなかったのだろう、事故でその本体に、説明を聞き終わるより先に触れてしまったこと? それとも、恋をしたこと、それ自体が? 欲がまだ息づいていたことがいけなかったのだろうか? 審神者として、今まで燻らせていた人間らしい部分は捨てるべきだったと?
「そうなのかもしれないな」
呟いた篝火に初期刀はどうした? と尋ねてきた。何でもない、と首を振る。
 全て終わるなら、その時は一瞬がいいと、そう思っていた。



理科室に酢の匂い満ち確かなり彼の人の死を願いしことも/バロック / 松野志保

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硝子の靴は履けない 

 ねえ青江、似合っているかな? と私が言えば青江はいつだって私に応えてくれる。恐らく模範解答よりもずっと上を行ったもので、応えてくれる。けれどもそれは私の欲しいものではなくて。
「ありがとう」
貴方に言ってもらえると嬉しい、なんて。
 私は幾ら着飾ったところで私だった。どれだけ綺麗にしたって、心はどうしたって綺麗になってくれないのだ。

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宝石は二度死ぬ 

 女には輝かねばならない時があるのだと、近侍は幼い頃からよく教えてくれた。それが母の教えだったのだと、でも君は守らなくてもいいよ、どちらにするかは君が選べば良い、と。放任にもほどがある。
 母のことを嫌ったことなど一度もなかった。けれどもこの美しい付喪神の心を手放さなかったことだけは、今でもひどく敗北感を感じてしまうのだから。



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愛してるなんて誰でも言えることだけど 

 主はそれで良いのか、と問われる。
「三日月から何か聞いたのか」
「聞いたからこうして聞きにきた」
「やっぱりお前から見ても不安定か」
「主は不安定と思っているのか?」
「…いや、そうじゃないけどな」
 この戦いが終わったら。
 三日月宗近は護衛刀としては名乗りを上げない。それはこの恋の終わりを意味していたし、例え再びこの戦争がぶり返して再度星霜が審神者になるようなことがあって、三日月宗近を顕現したとしても、それは今相対している三日月宗近ではない。彼らは記憶も記録も継承しない。それだけの存在なのだ。それを、星霜はよく分かっている。
「外から見たら、そう見えるだろうってのは思ってるよ」
「…正直、俺は反対だ」
「そうか」
「でも、主は…」
「ああ、正式にこちら側≠カゃあない」
出向扱いとは言え、完全に管轄の違う其処に刀剣男士という兵器≠与える訳にはいかない、というのが上の出す見解だろう。ならば、多くても三振り。それが上限と思われた。戻ったら内勤になることを考えると、室内戦に特化したものを選ぶ方が良いに決まっている。
「…難しいな」
骨喰がそう言って、その言葉の真剣さに救われた心地になった。

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20190922