![]() 完璧な器 俺が銀箭機構(ぎんぜんきこう)という謎の組織にスカウトされたのは事故にあってすぐのことだった。よく死の淵を彷徨うような事故にあうと今までなかったような力が目覚める、なんて話を聞くけれども俺は別に死に掛けた訳じゃない。なんていうか、普通に車に轢かれた。ついでに言うとその車で俺をうっかり轢いたのが今の師匠で、俺をこの組織にスカウトした張本人である。お金関係やら治療関係やらあれこれ全部世話をしてくれたし本人からの謝罪も勿論あったけれど、それにしたって妙に緊張感のない人だなあ、と当時から思っていたし、話は終わったとばかりに、ねえ君、術師になってみない? と勧誘された時はあっこれやばいやつだ、とすら思った。 という訳で導入はこれまで。わりとゆるっゆるな感じで組織に入って術師として最低限の事柄を学ぶことになった俺は、師匠である至極(しごく)さんについてあちこちを回ったり、同期と授業みたいなものを受けたりしていた。他の組織は違うらしいが、銀箭は結構学校的組織らしい。 「なんていうかねえ、うちの組織は下っ端も下っ端だから」 師弟関係だってあってないようなモンだしね〜と至極さんは言っていた。至極さんのことは嫌いではないが、この緩さが苦手じゃないかというとそうでもないので、じゃあ師弟関係解消したい、とまで思った。言わなかったが。 実際、銀箭は完全なる術師育成用機関らしい。だから本当に基本的なことしかやらないし、ちょっとした力を持った人々が一般人として馴染めるようにする、というのが主目的なのだとか。勿論才能がそこから開花して凄腕術師になる、というのもない訳ではないそうだが、珍しいことだよ、と至極さんは言っていた。 「でもほら、力って少しでもあるとすぐに一般人の中からは追放されちゃうからね。使い方を覚えて大人しくするっていうの、わりと教えて貰わないと出来ないことだよ」 そう言われるとそうかもしれない。俺なんて事故を切欠に今まで視えなかったものが視えるようになった訳だし、完全に事故にあってショックを受けて精神がおかしくなってしまった扱いだっただろう。そう考えると至極さんがすぐに声を掛けてくれたのは幸運なことだったのかもしれない。まあその原因を作ったのも至極さんだったのだけれど。 はいここまで前置き。 出会いはその、同期との授業みたいなもので起こった。先生がいて、はい、この課題やってみて〜という形式で。本当に授業だなあ、と思った。それで隣に座った、多分同い年くらい奴がすごかったのだ。流石に授業中に私語は厳禁なのでその時は何も言わなかったけれど。新しい理論とまで言わなかったけれど、何とも柔軟な発想に俺には見えたし、実際すごい、と思った。 でも、それを見ていたのは俺だけじゃなかった。 そいつのすぐ後ろの席に座っていた奴もそれを見ていて、授業が終わるとぺらぺらと喋り出したのだ。こんなのは簡単だった、と言いながら、そいつが手法を真似ただけのものを自慢している。ただ発想が被っただけかもしれないとは思ったが、そいつをチラチラと見ていたので恐らくパクったのだろう。そいつを見る目が自慢げなものではなく、黙っていろとでも言いたげなものだったから。こんな組織にもそういう人間はいるんだなあ、と呆れる。周りの人間はそれを疑っていないようだった。疑うというか、年齢がまちまちなのもあってへえ、と流している部分はあるだろうが。興味がなさそうに、そうだね、すごいね、と言われて喜んでいた。お安いものである。 それでも、まるで自分の手柄のように言い続けるので、その時から俺の中では疑惑が生じていたのだろう。 「良いのかよ。えっと…?」 「東雲。お前は?」 「青磁」 「青磁…ああ、お前がそうなんだ」 「え、何か俺やらかした?」 「いや、そういう訳じゃないんだけど、師匠が言ってたから。師匠の同期の弟子で俺とは同期になるから、仲良く出来ると良いですね、って」 仲良く。その言葉は術師というものの成り立ちを習った以上あまりに不似合いに聞こえた。東雲もそう思ったのか、師匠も言い方ってものを考えて欲しいよな、と言った。 「で、良いのかよ、アレ」 「まあ、別にアレで満足出来るなら良いんだろ。前もこういうことあったし。まあ病的なモンなんだろうなって」 おれの評価はちゃんと師匠がしてくれるから良いんだよな、と東雲は他人事のように言う。実際他人事なのかもしれなかった。授業みたいとは言えこれで単位がどうこうということはないのだから。 「青磁はこれから何する予定?」 「師匠のところ戻る予定」 「…もしかして角のラーメン屋?」 「うん、そうだけど…」 東雲が少し考えてから、一緒に行く、と言った。 「え、東雲は予定、良いの?」 「おれもなんか師匠からラーメン屋って言われてるから、多分行き先一緒なんだと思う」 ついでにお前の師匠にも挨拶させてくれ、と笑った東雲は多分同い年くらいだろうのに、ひどく大人びて見えた。 東雲の予想通り、角のラーメン屋には師匠たちがいた。至極さんと、東雲の師匠の榛摺(はりずり)さん。榛摺さんは至極さんなんかと違ってひどく丁寧な印象の人だったが、特盛ラーメンににんにくと七味をこれでもかと打(ぶ)ち込んでいたのでその幻想がすぐに拭い去れられることになった。術師なんてロクな人間がいない。至極さんに最初に言われたことを実感しただけだた。 師匠がラーメンを奢ってくれて、食事が開始される。あの目立ちたがりは何なのだ、と聞いてみたが、東雲もよく知らないようだった。浅杉(あさすぎ)と言うらしい、ということくらい。 「あーあの子」 その会話に割って入って来たのは至極さんだった。どうやら知っているらしい。 「紺滅(こんけし)ちゃんが押し付けられた弟子だからねえ。弟子持ちの中では有名」 「一応聞いていいですか? それ、どっちの意味で?」 「悪い意味で」 だろうなとは思ったけれども出来ることなら否定して欲しかった。 正直、術師なんてものがやっと分かったくらいのこの状況で、同期にそんなやつがいるというのは少々どころではなく胃が重い。東雲だって同じような顔をしていたのに、すぐさま切り替えたのか紺滅さんはどういう人なんですか、と問うた。切り替え本当はやいな。 「紺滅ちゃんってね、なんていうか…うちの組織にはもったいないくらいの実力者なんだよね。本人の根が教育者だから此処に居残ってるだけで、他の組織行ってもやっていけるんだよね。これ、オレが思ってる訳じゃなくて確定事項なんだよ。実際他組織からスカウト定期的に来るし」 榛摺さんが勿体ないですよねえ、と相槌を打つ。 「だからね、そんな紺滅ちゃんがわざわざ受け持つなんて、どっちにせよ厄介な案件なんだよね〜。今回はそれが性格面だったってだけ」 「性格面…」 俺が思わず呟くと、うん、と師匠が頷いた。 「でも性格って環境で左右されるにしろ生まれ持ったものにしろ、なかなか矯正出来るモンじゃないからねえ」 「それを考えるとうちの東雲くんはとても優秀ですからね」 榛摺さんは普通に褒めるんだな、と思って東雲の方を見遣ったら、微妙そうな顔をしていた。これは何か褒められても嬉しくない背景があると見た。やっぱり術師にロクな人間なんていない。 「さて、どっち?」 「だめな方にラーメン大盛り」 「それじゃあ賭けにならないって」 一人の人間の行末だろうものをこんな気軽に賭け対象にする師匠二人に、弟子二人は顔を見合わせてドン引きしていることを確認し合う他なかった。 * 「だめだったねえ」 この大惨事を見てまず出てくるのがそんな呑気な言葉で良いのか、と思うけれども。流石に東雲も引きつったような顔をしていたが、それでももうこういうのには慣れたのか、榛摺さんの手伝いに駆け出した。 浅杉は、死んでいた。 どうやったらこんなふうになるのかと思うくらいに、ぐちゃぐちゃになっていた。まるで内側から爆発でもしたようだ。それでも顔が遺っているので浅杉だと分かってしまうし、どうして、と言いたげな唇までしっかり見えてしまう。 「青磁、蠱毒は知ってるよね」 「えっ? はい…習いましたけど…」 「呪術の初歩だから、の次は?」 「気を付けろ、だったと思いますけど…。誰でも簡単に出来てしまうから、それこそ力を持ったばかりの…人間は………」 言いながら師匠が何を言いたいのか分かったような気がして、吐き気がしてくる。 「………俺も、こうなるんですか」 「それは青磁の気の持ち方次第だよ」 力は何にでも変わるよ、と師匠は言う。 「君は結構素直で心優しい方だから、まあ、そうだねえ…注意するとしたら、誰かのために、っていうのをあんまり考えないようにすることかな。力を使って何かをする時、君は自分のため、と言った方がきっと良いんだよね。オレとは逆なんだよ」 「師匠は、誰かのために、力を使っていると?」 「うん。だって、じゃないと危ないこととかたくさんしてると思うよ〜」 軽い言葉なのに、この数ヶ月でそれが本当のことだと分かってしまうようになっていた。師匠であれば、誰かが傷付く、ということを考えていなければ世界だって滅ぼそうとするだろう。自分の興味だけで。出来るかどうかは兎も角として、そういう人だともう分かっていた。術師、ロクな人間がいない。 「さて、後片付けを榛摺さんに全部任せる訳にもいかないしね」 オレたちも手伝おう、と動き出した師匠の後を追おうとして、ふ、と思考が止まる。 ―――浅杉の身体を使って、蠱毒がおこなわれてしまったのだとしたら。 その、壺を破ったものは一体何処へ行く? 「大丈夫だよ、青磁」 師匠が笑う。 「だから紺滅ちゃんが指導についたんだから」 きっと生きの良いのがとれたよ、と言う師匠に、とりあえず今日はラーメンは勘弁してください、とそんなことを言う余裕くらいは、俺にだって出来ていた。 *** 20190922 |