![]() 蓬莱柿、君ちょっと行って来て。 そう言われて出動して、真面な案件だった試しはない。 夢に現、さよならは昨日に 本丸番号・未の七四二四番における中古本丸の引き継ぎ書類に不備がある、という報告が上がってきたのがついさっきのことだ。昼休憩から帰ってきた蓬莱柿はそれが提出されるところを見て、課長がその報告書を見るのを見て、そうして冒頭の言葉を言われたのだった。絶対ろくな案件ではない。課長が自分のことを信用しているからこそ面倒な案件を回してくるのは分かってはいるが、それにしたって昼食後に見る現場ではなくなる気がする。普通に、急激な運動の方で。グロ方面で吐いてやれるほど可愛らしい胃をしていない。 はい、と返事をして一人で相談課を飛び出す。今回は警報が鳴った訳でもないので入り口部署へ行って書類を出さなければならない。書類は今この短い時間で課長がさっさと作ってくれた。読める字なのがすごいと思う。 『蓬莱柿さん。今回オペレーターとしてつくことになりました、木枯(こがれ)です』 「うわ…木枯付けてくれるとかマジのガチ案件じゃん…」 よろしくな、と言うとよろしくお願いします、と返された。木枯はオペレーターの中でも荒事に慣れた人間であり、その木枯を付けてもらえたということで課長の本気度が伺える。あの不備から課長は何を読み取ったのだろう。この行動の速さから言って人命がかかっていそうだ。 「藤鳩羽(ふじはとば)に連絡はついたのか」 藤鳩羽というのはこの本丸付きの担当である人間で、不備報告が上がってすぐに連絡を取ろうとしているものの所在地が掴めないとのことだ。最悪の流れかもしれない、と思う。 『無理ですね〜。正直こっち後手後手なんで。今家の方に人員割いてますけどまあ蛻の殻でしょうし。行き先のヒントでも残していってれば良いな〜って一応人選は考えて薄墨(うすずみ)に行ってもらいました』 「あー薄墨か。良い人選だな。ていうか良く空いてたな」 『空いてなかったので有給譲りました』 「………木枯なんでそんな身体張ってんの…あとで課長に掛け合ってくれよちゃんと…」 『無論そのつもりです』 心配いりませんよ、と通話の向こうで木枯が笑う。それくらい強かのうちにも入りませんよ、そうでないと此処で生き残ってません、と。 ちなみに薄墨というのは相談課の現場職員であり、結構頭も良くてよく探偵扱いをされている。それで特別手当てが出ているので本人も嫌ではなさそうだが、休日返上っていうのはやっぱり頭が下がる。申し訳ない。 『あと、そこのー…初代で良いですかね、白菫(しろすみれ)なんですけど、今やっとログ見つけました。まあ私の手柄じゃないんですけど』 「そういうの良いから。何だって?」 『ちょっと遺体見に行かないと詳しいこと分かりませんけど、多分これ死因呪術系ですよ』 「あー…」 嫌な予感がしてきた。 『で、二代目…天青(てんせい)なんですが、審神者に就任して一ヶ月経たずに変死してます。本丸内で。第一発見者は藤鳩羽になってますね』 「きな臭くなってきたな」 『そんなもの最初からでしょう』 腹くくってください、と木枯に言われてしまっては蓬莱柿がぐだぐだしている訳には行かなくなった。 ちょうど書類も通ったのでそのままゲートへと飛び込む。 その先が、魔窟でないことを願って。 結論から言うと普通の本丸の体裁はちゃんと保たれていた。とは言え名義人が不審死したあとの本丸だ、正常に運営されている本丸の空気よりかは重い。けれども思っていたよりも悲惨ではなくて、疑問が湧く。 此処では呪いを死因とする死体が出ているのだ。大抵その場合、本丸という場から外に呪いが上手く出て行くことが出来ずに吹き溜まりのようになり、人の手による換気作業が必要になるのだが。どうにもそういったふうでもない。一体藤鳩羽は何をしたのだろう、と本丸に入り、見回っていると。 一人の少年と、目が合った。 「えっ!? 誰!?」 「………オレの台詞なんだが…」 少年の隣には山姥切国広がいる。こちらの姿を見てすぐに臨戦態勢に入ったが、見たところまだレベル一と言ったところだろう。ミキで充分対応が出来る。 この本丸には今、審神者はいないはずである。元々の名義人であった白菫の死後、刀剣男士は残らず刀解を選び、その後すぐ中古本丸として本丸のみを引き継いだ天青も変死。天青の刀剣男士は各々刀解か他の本丸へと引き継がれるかしており、つまり今この本丸に審神者は愚か刀剣男士もいないはずだったが。 嫌な予感がする。 「君、一応聞くぞ? 審神者名は?」 返って来る言葉を、蓬莱柿は予測出来ていた。 「なんですかソレ!」 「偽名…いや源氏名みたいなものだ!!」 「ないっす!」 「そうだと思った!!」 『聞こえてました。拉致ということで上に報告します。とりあえず彼、保護出来ますか』 「おう…。ええと、審神者相談窓口、通称・相談課の職員の蓬莱柿です。どこから説明したら良いのか…」 「ええーと、世界を救おうって言われたっす。それで信用した訳じゃないんすけど、まんばちゃんが刀からぽわー! って出て来て、すげえ! って思って、あとまんばちゃんとなら世界救うってのも強ち嘘じゃないなって思ってついてきました」 「まあ嘘ではないな…」 頭を抱えたい気持ちになったのも仕方ないと思う。 「…アンタは、本当に職員なのか」 「そうだよ。まあ証明する術は基本的にはないんだけど」 偽装対策に持ってないんだよね、と言うと山姥切国広は警戒度を上げたようだった。それもそうだよな、と思う。本当のことなのだが。 「あれ、もしかしてまんばちゃん疑ってる?」 「当たり前だろう。普通に怪しい」 「えーそうかなあ。オレはこの人いい人だと思うけどなー」 何とも軽い言葉だった。あまりの軽さに毒気が抜かれそうになる。 けれども少年のその言葉を聞いた山姥切国広は、驚いたことに本体から手を離した。はて、と思う。 「主は…こんなんだが、」 「こんなんって! まんばちゃんひっでえ!」 「こんなんだが、何というか…人を見る目はあるんじゃないかと思う。主がアンタを信じているなら、俺はついていく」 「…随分信頼関係が出来てるようだけど、此処へ来て…いや出会って、でも良いけど、どれくらい?」 「三ヶ月」 「木枯」 『聞こえてます。今これオープン回線なので課長も聞いてて青筋入ったの見ちゃったので振り返りたくないです』 「お前実は鋼の心臓だろ」 『蓬莱柿さんには言われたくないですね』 どうやら少年と山姥切国広は三ヶ月前に出会ったそうだ。出会ったというか、少年の前に未顕現の山姥切国広が持ってこられて少年の力で顕現したのだと言う。そもそも政府や本丸の外に未顕現の刀剣男士を持ち出すことは法令で規制されているので、この件についても書類送りだ。木枯が一週間は確実に寝られませんね、と言ったが蓬莱柿は三週間と見た。これは芋づる式に出てくるパターンだ。これを期に一掃してしまいたい。 そうして出会った少年と山姥切国広は世界を救うお仕事、と言われてこの本丸に連れて来られたそうだ。この本丸の名義は無記名のままなのでライフラインも何もかも使えない状態なのだが、キャンプ生活をしていたらしい。 「自然のシャワーとか初めてで!」 それは滝というやつではないだろうか、と思った。木枯が記録してますから大丈夫です、と言うのが聞こえる。 「………ライフラインが通っていないのは困ったが、結果的に助かっていた部分もある」 「あー…うん。アレか」 「主は…こうだろう」 「ああうん…。正直生きてるのスゲーと思ったけどそういうこと…」 「えっなになに、蓬莱柿さんもまんばちゃんもオレを仲間外れにしないでくださいよ!」 どうしたものか、と思っていると山姥切国広が主のホイホイ体質のことだ、とざっくり説明した。ざっくりすぎる。少年も少年でああ、それ! と言っているし。この組み合わせ、結構真面にやっていけるのかもしれない。まあ少年が審神者を続けるかどうかは分からないが。審神者を続けるのならその体質のことも勉強会やら何やらに出てもらうようにするしかない。 「そういえば、本名のことなんだが」 「はい? あ、名乗った方が良いですよね! オレは―――」 「あーああああ!」 「主」 「むぎゅう」 蓬莱柿が叫び声で少年の言葉をかき消そうとするのと山姥切国広が想定していたように彼の口を塞ぐのは同時だった。ほっとする。 「違う、違う。本名は基本的に名乗っちゃいけないんだよ」 「えっ」 「…主を此処に連れて来た奴らは知っていたが」 「それはあとでどうにかするから聴取に付き合ってくれると助かる」 「カツ丼出ますか?」 「希望があれば。ていうか君はまずちゃんとした食事を摂るのと健康診断が先かな…」 「あー、そうっすよね」 基本的にはスカウトに行く部署の人間が審神者の本名を知っているのは仕方ないことだが、担当は部署が違うので知らないはずだ。しかし話を聞く限り今のところ藤鳩羽以外の登場人物が出て来ない。 そういえば、と少年が首を傾げる。 「普通にまんばちゃんに教えちゃったけど、まずいっすか?」 「いや別にまずくはない。神社で絵馬書く時は普通に本名書くだろ?」 「書きますね! 高校受験の時しか書いたことないっすけど」 らしいな、と思ったが口にはしない。 「基本的に縁が強くなるってだけだな。それをメリット・デメリットでとるのは彼ら次第というか」 時折本名を知られると神隠しをされる―――なんていう噂話を聞くこともあるが、神隠しなんてものは本名を知らなくても出来るものだし、そもそも神隠しというものが頻繁に起こるかというとそうでもない。それを神隠しと呼ぶかどうかも議論されている部分ではあるし。話が逸れた。 「ま、政治も介入してる世界だ。今後はあんまり本名触れまわんない方が良いだろうな」 「了解っす! まんばちゃんもよろしくな!」 本名を表に出さないこと、それが本当は何を守っているのか知らない審神者も多いだろう。これは根が深いな、と首を回した。いつだって、人間が一番に恐れるのは人間だ。そもそも、対立する歴史修正主義者だって人間なのだ。そこから目を逸らしている人間は多いけれども、蓬莱柿のような立場の人間が目を逸らす訳にはいかない。 『炭売(すみうり)の手が空いたので迎えに行かせますね』 「ありがとう」 『課内の空気やばいので早く帰ってきてください』 「善処する」 そうして送られてきた炭売に少年と山姥切国広を引き渡して、ミキを呼び出す。 「今どき珍しいタイプの子でしたね! よくあの年まで目を付けられずに生きてきたと思います」 「…お前それ言うと思ったから出さなかったんだよ」 「わあい、主様、さっすが! ミキのことよくわかってるう!」 「褒めてねえから」 さて、と向き合う。 「さっさとこれ片付けて残業に明け暮れますかー」 「ミキも手伝えることは手伝いますからね!」 「期待してる」 白菫がどうして死んだのか、それはきっとログを解析したり何だりをすれば分かるだろう、もしかしたらこれの瘴気のログでも取れたら良いんだろうけれど。 「行けそうか?」 「うーん、杖に残れば良い方ですかね?」 あんま期待しないでください! とミキがしゅるん、と杖を取り出して地面を蹴った。 頭が幾つもある影の塊のようなものは、その一撃でどろどろと崩れて、そうして泣きながら消えていった。 *** 20190328 |