永遠が無いのを知りました 

 嘘ばっかり、と自分に思うことは多い。此処へ来る前で純真無垢だなんて言わなかったけれども此処へ来てから嘘を吐く回数は格段に増えた。嫌なことを嫌と言わない、楽しいと言って自分のことを嫌いだと言って、出来が悪いと罵って自分の存在など塵芥のようなものだと繰り返してそんな日々。だからだろう、と思う。自分に言い訳をする。何度も何度も何度も何度もやって来たことだろうと、だから出来るだろうと。
 そう思っていた。
 言わない、つもりだった。
「少しの間でも良いから、貴方と逃げたい」
でも、そんなことを言われてしまったら。
「出来る?」
出来ないとは言えなかった。少しの間でも、なんて前置きをされたら、嘘も吐けなかった。
 これは伸ばすだけのもの。逃亡時間を稼ぐだけのもの。死なない訳じゃない、いつか朱殷も力を失って、きっと時空に飲まれるだろう。それでも、彼はついてきてくれるのか。
「行くよ」
彼は言った。
「どうしても怖いと言う子は刀解…出来るか分からないけど、でも、朱殷はきっと殺してくれるでしょう」
純粋な眸の中に宿した狂気を見て、それから朱殷はこの子だけは絶対に守らなければ、とそう思った。



喉元にカッター
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どうかわたしをころしてね 

 初期刀と言うものが本当はどういうものなのか、朱殷には分からない。朱殷にとって初期刀とは最後に残された唯一の光だった。絶対に手放してはいけない光。それが加州清光だったからなのか、それともただ偶然に彼が其処にいたからなのか、最早卵と鶏だった。
 朱殷がいるのは暗闇で、逃げ場なんて何処にもなくて、それでも彼という光があるから生きていけた。僅かな光も人生すべてを掛けるに値する、そんな暗闇。例えその光が悪魔の眼光でも、此処から逃げられるのならば後悔しない。
 だから朱殷は言わない。
「清光」
遺していくものだから。
「愛しているわ、愛していたわ」

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たらちね 

 此処での生活は平和だった。何もない。少しの会話と少しの食事と、あとは俗世から切り離された中で時間をゆるりと過ごすだけ。無為に、とも言い換えられるかもしれない。その中でまるで母親のようだね、と言ったのはにっかり青江だった。きっと彼に悪意はなく、ただ普通に感想を言っただけなのだろう。事実、それを聞いた私が一瞬固まったのを、首を傾げて見ている。
 彼らは皆一様にこんな様子だ。それを考えると確かに私は母なのかもしれない。否、私の出来る役は母しかないのかもしれない。
「私なんかがお母さんで良いの」
「良いんじゃないかな。少なくとも僕はそう思うよ」
それは救いではなかった、なかったけれども私は泣きそうになった。
 私はごっこ遊びをするだろう、誰も彼もそれに付き合ってくれるだろう。
 廻る影を繋ぎ、落とした種を拾い、いつか花乱れるその日まで。

***




待ちぼうけピエロ 

 主は大丈夫なの、というのが何に対しての言葉だったのかは今でもよく分からない。何も大丈夫じゃあないことは彼が一番よく知っていたのに。でも私は大丈夫だと答えた。そして聞かれてもいないことまで答えた。
「この世に降り立ったことを私は後悔していないわ」
加州清光は驚いた顔をした。
「そのことによって更なる痛みが芽生えたとしても、誰かを…貴方たちをより多く、傷付けたとしても」
 触れた手は人間と大して変わらないように感じた。
「私はそれでも楽しかったの」
絞り出すような声で加州清光が傷付いてなんかないよ、と言うのを、私は無視した。

***




頼むから黙って愛されてくれ 

 顕現して話を聞いた時、なんて可哀想な子供なのだろう、と思った。拒否したらどうなる、と聞いた三日月宗近に少女は笑ってきっと貴方を刀解しろと言われるでしょう、と言った。それをお前が拒否したらどうなる、と更に聞けばお仕置きでしょうね、と。仕置き、と繰り返せばはい、と返される。でも気にしなくて大丈夫です、慣れてますから。そういった少女は子供の顔をしていなかった。それは女の顔だった。だから三日月宗近はあい分かった、と少女の元に残ることにしたのだ。これから先、少女の元でどれだけ少女を穢すことになろうとも。
「名を教えてくれぬか」
「朱殷と申します」
「それは審神者名だろう。本名だ」
意味はなかった、ただ愛おしいと思ったものの名を知りたかっただけ。
 少女はそうは取らなかったらしい。報告したらきっとご褒美が貰えますね、と少女は笑う。
北条九重(ほうじょうここのえ)
「―――九重
きっとこの瞬間の高揚は今後、少女にどれだけ触れることになっても塗り替えられることはないだろう。
「三日月宗近、お前を主として誠心誠意仕えよう」
「…この場合私が仕える側でしょう」
「それでもお前は審神者だ。審神者は審神者らしく凛としておれ」
「………はい」
「ほら、もっと胸を張れ」
「こ、こうですか」
「そうだ。形からでも入ればそのうち人になろうよ」
だから俺はお前を愛しきものとして扱おう。
 そんなことは言えなかったけれど。



秘め置きてそれでかまはぬ我が恋は架空の空の虚数なるべし / 佐々宝砂

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ひとりぼっちは怖いから 

 鯰尾藤四郎の二番目の主はどうにも優しすぎる、と思う時がある。実のところ彼の前の主はこの世の淀みを煮詰めたようなクソ野郎だったので、そこで比べてしまっているからそんなことを思うのでは、と思わないこともないけれど。
 それにしたって二番目の主はとてもとても優しい。自分が審神者であることを分かって、自分が悪い奴らに何をされているのか幼いながらに理解して、もう夢は叶えられないのだと泣いていても。
 最後まで笑えたらそれは最高だ。彼は言うのだ。何をしても、嘘をどれだけ吐いても。その罪はちゃんと背負うから、だから共犯になって、と鯰尾藤四郎に言うのだ。
「今は例え嘘でもあとで本当になるよ」
「はい」
「なるからね」
「分かってます」
 だから鯰尾藤四郎は全力でそれに応える。
 二番目に得た最高の主を、愛おしい主を、一人にしないために。

***




ゆるすひと 

 結局運が悪かったと言えばただそれだけの話なのだろう。勿論悪人を作るのは造作もないことで、今すぐにだって出来るけれど、それはあまり意味のないことだと知っていた。だから、自分だけは自分のことを許したいと思ったのだ。そして、そのためには出来ることをしなくてはいけない。自分の所為で人が傷付くなら、すべてを背負おうと決めた。今度こそ守ると、何も出来なかったこの両手で、出来ることだけでも。
 もう、二度と。
 後悔なんてしないように。
 誰も、失わないように。
「みんなが幸せっておれに言ってくれたら、それはそれでおれの勝ちだよ」
そんな子供のようなことを言っても怒られないのだから、きっとそれが自分の役割なのだ。

***




***へ至る階(きざはし) 

 好きだったんじゃないの、と言ったのは新しい主ではなく、主の友人である審神者の方だった。いつからかこの本丸の形は変わっていて、もしかしたらずっと可笑しかったのかもしれないけれど、にっかり青江は自分を迎え入れた少年に悪い感情は持っていなかったので、そのまま彼の望みに従った。と言ってもそれが彼の望みだったのだと聞かされたのはにっかり青江がそういえばいつから変わったんだい、と話し掛けてからのことだから、どれくらい経ってからのことだったのか分からない。
 そもそもこの本丸の外には出られないものだったから、それは少年も一緒だったけれど、此処は緩やかな檻のようなもので、考えることを放棄したにっかり青江には居心地が良かった。
「好き、って」
「貴方が、石切丸を」
「ひと目しか見ていないようなものなのに?」
「私は恋をするのに時間は重要じゃないと思ってるわ。まあ、私の意見だけど」
「君の意見」
「貴方が違うと思うなら違うんでしょう」
「どうだろう」
分からないんだ、と言うのは彼女の目にどう映ったのだろうか。
 炉から生まれ出てすぐ、暗い石の蔵に閉じ込められて。彼がどうしてにっかり青江が折られることを良しとしなかったのか。あの本丸が本当はどういった場所だったのか、残ることを選んだにっかり青江は一応は聞いていた。だから、審神者が狂うのはにっかり青江に対してだけだったのだと知っている。他の刀剣男士に問題はなかったのだ。にっかり青江のこと以外は、すべてが順調に進んでいた。だから逮捕も遅れたのだと、にっかり青江に謝罪されてもどうしようもないのに。
「例えそうだとしても、石切丸は別に僕のことが好きじゃなかったと思うんだよねえ」
「別に一方通行だったら恋じゃない、なんてことはないでしょう。好きでいたらいけない理由もないわ」
「そういうものなの」
「少なくとも、私はそう思ってる」
「君も、誰かが好きなの」
「うん。置いてきてしまったけれど」
「そうなのかあ」
「そうなの」
彼女は笑った。
 それを見て、いつかこんなふうに笑えたら良いのに、なんて思ったのだ。



神威
http://nanos.jp/kamuy2/

***




今日も明日も明後日も、(全部晴れ!) 

 頬の筋肉が硬直したような男だった。その男が笑っているのを結局朱殷が見たのはたった一度だけだった。この本丸において、朱殷とその刀剣男士を使った実験が成功と言える段階に手をかけた時。
 ああ、この男も笑うのだ、とそんな当たり前のことを思ったのだった。
 気味の悪い男だった。それは朱殷も男にそう思われているだろうけれど、それでも朱殷の未熟とも言える身体に触れて性行為も何もかも、言えないようなことまで全部するのに、その頬に色味がさすことすらない。どうして勃つのかといつも不思議に思っていたくらいだ。それくらい、その男は人間じみていなかった。朱殷の刀剣男士の方が、朱殷を供物として食らうことを命じられた可哀想な犠牲者たちの方が、まだ人間らしいような気がした。
 その中で、笑った男は言ったのだった。お前のような人間が生きるのを許されているのも、この実験が出来るから、それくらいしかない。せいぜいその身体を使って実験を成功させるんだな、と。
「許されている…」
それはひどい言葉だった。
 余計に朱殷を追い詰める、ただそれだけのための言葉だった。

***




未来への礎 

 その日、その地を訪れたのは乱藤四郎の主である女が自身の所属する組織から政府の方に圧力を掛けてもらった結果であった。本当は良くないことなのかもしれないけれど、女の戦績や今までの功績を見てもそれが言えるかとも思うので、乱藤四郎はそのことについてあまり気にしていない。勿論、もしもそれらをネタに女を強請ろうとなんてする輩が出て来ないか、いつだって警戒しているけれど。
 墓参りなのだと、女は言っていた。女には顔も見たことがない弟がいて、彼は此処で死んだ―――書類上では死んだことになっているのだと。あくまで書類上であるので今はまだ死んでいないだろうが、きっと女は弟に会うことの出来る未来はないのだろうな、と思う。そういう事件に、女の弟は関わっていた。関わらされていた。
「…まだ、小学生だったんですって」
「うん」
「写真を、見せてもらったわ。私と結構似ていたと思うの」
「うん」
「家族に未練はないと思っていたし、六角塔が私の家族みたいなものだと思っていたけれど…改めて見てしまうと、違うものね」
 血が繋がっているということが、こんなにも苦しいものだなんて思わなかった、と女は呟いた。女はその力が強すぎて、幼少の頃より力のある組織に預けられ、その後
一切家族には関わっていない。女の師匠に当たる人間が時折近況報告をしていたくらいで、無事か、活躍しているか、その程度だったと聞く。女もその方が良いのよ、と言っていた。術師だけなら兎も角、審神者なんてものを兼任してしまえば家族にかかる負担は想像に難くない。ならば、何も知らない方が良いのだと。師匠のように自分で身を守れるような彼らではないと思っていたから。だから家族は女が審神者になっていることも知らなかったから、女が家を出たあとに生まれた弟が拉致同然に審神者へと徴収された時も、そういうものなのだと泣き寝入りしてしまったのだと言う。
 せめて知らせていれば、師匠経由で話を知ることが出来たかもしれない。女は口にはしないが、そう思っていることは分かっていた。戸籍をいじっている訳ではないので政府の方には血縁関係が分かっていたし、弟は顔も見たことがない姉が同じ世界で働いていると知っていた、と聞いてしまったから、尚更。
「主さん」
「…なあに」
「泣きたい?」
「多分、もうちょっと前だったら泣いてたかもしれないわ」
「泣かないの」
「…ええ」
やることが出来たから、と女は立ち上がる。
「ボクにも手伝える?」
「ええ。手伝ってくれる?」
「勿論!」
「まだ何も言ってないのに」
「主さんがね、本当に間違ったらボクはちゃんと止めるから」
 でも、間違ってないならどんなことにも手を貸すよ。
 そう笑ってみせると女はまるで呪いね、と言った。そうだよ、と乱藤四郎はまた笑ってみせる。
「ボクらは残酷だから、貴方が未来へとずっと進んでいくように、呪いをかけるんだ」
「ひどい子」
「そう育てたのは主さんだよ」
「それもそうね」
「だからボクは主さんが間違えたら止めるから、主さんもボクが間違えたらちゃんと止めてね」
「…ええ、任せて」
「任せた。ほら、腹が決まったなら頑張ろ?」
「そうね」
「さて、また今日から忙しくなるよね」
「ちゃんとご飯を食べて、寝て…生きなきゃね」
「うん!」
 女の代わりに乱藤四郎は一度だけ振り返る。
 女の弟が最後に繋がっていた場所。彼の本丸ではない、彼の友人―――だったのだろう、少女の本丸。今は誰もいない、伽藍の堂。彼が、彼女が、敵を討ってくれと言うかどうか、乱藤四郎にも女にもきっと分からないけれど。
「でも、やらせてね」
乱藤四郎は女の刀剣男士だった。だから、戦うのだ。
 女を苦しませるこの世界のすべてと、この乱藤四郎≠ェ終わる時まで。

***



20190328