すべては夢のようで 

 その五虎退が相談課一時預かりとなったのは既に行き先が決まっているからだった。戦闘以外で何かを傷付けた刀剣男士はカウンセリング施設へと行く。どれくらいで出てこれるのか、それは分からないし、程度によっては強制刀解もあり得るが、この五虎退は大丈夫なように思えた。これでも本職である。経験に裏打ちされた勘は、意外と当たる。
「…主様は、どうなってしまわれたのでしょうか」
彼の主はとある刀剣男士に神隠しをされたらしかった。
「向こうに行った人間がどうなるのか、未だによく分かってないんだよね。だから何とも言えないけど、戻ってきたっていう例がない訳でもない。本当に、少ないけどね」
「戻って…」
「片手で数えられる程度だよ。僕に人の心があるなら期待するなと言うところだね」
「…でも、貴方は言わない?」
「うん。僕には人の心がないからね」
その言葉を五虎退がどう取ったのかは分からなかった。何せ人の心がないもので。
「…待つ、ことは可能でしょうか」
「君が刀解を望まないのなら、或いは。でもその場合大体が引き継ぎということになって、新たに主を戴くことになるだろうね。それが嫌なら、誰かに頼むしかない。それは君が自分でどうにかすることだ」
「どう、にか…」
出来るとは思っていた。だから言葉にした。子供の形をしたものに夢を見せるほど、現実から乖離している訳ではなかった。
「頑張ってみます」
五虎退は笑う。その笑みを見て、強いね、と言った。その真実の意味をきっと五虎退は理解していなかっただろうけれど。
―――僕は待てなかったんだ。
 その言葉を、一生誰にも言わないでいるのだろう。



image song「ラストメロディー」鬼束ちひろ

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もう一度貴方に会うために 

 分からなかった。それは雪人がずっと前に諦めたからかもしれない。いやそもそも、雪人には諦めないという選択肢が存在しなかったのだ。神隠しの生還率(これは成功してしまったものだけを出したものだ)は今のところほぼ零に近い。それを雪人は知っていたから、姉のことを聞いた時もああそうか、彼女はもうこの世界の何処にもいないのだな、とそう思ったのだ。
 五虎退だって、正確な数値は知らずとも、自身も刀剣男士なのだから神隠しがどういうものなのか知っているはずだった。神隠しを行った刀剣男士が折れているにも関わらず審神者が戻ってきていないと言うのであれば、更にその希望が細く細く、千切れそうになっているのが分かっているなずなのだ。
 なのに、彼は諦めない。
「どうして君は諦めないでいられるの」
思わず聞いてしまった。聞かれた五虎退は少し驚いたような顔をして、それからふわりと笑った。
「諦められなかっただけですよ、良いものでもきっとないです」
本当は諦めた方が良いのかもしれません、と五虎退は呟いて、同僚の作ったお守りをぎゅっと握りしめていた。
 それがとてもいじらしくて、何故だかとても羨ましかった。



@line1theme

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溜め息に乗せて 

 考えることが増えてしまった、と思う。それを煩わしいと思っている訳でもないが、どうにも雪人は落ち着かないでいる。仕方のないことと思いつつ、だってこれは自分自身の問題なのだから、どうしたものかと取っ掛かりを探している。今まで何ひとつ考えなくていいことだと思っていたのだ。間違いだと言うから間違いだと、そう飲み込もうとしていたのに。
「雪人先生」
霞草の五虎退が呼ぶ。
「どうしたの、五虎退」
「特に用事はないのですが、悩んでいらっしゃるようだったので。息抜きに自動販売機まで、ついてきて下さいと言うつもりでした」
「君は本当に気遣いが出来るねえ。よし、先生がジュースを奢ってあげよう」
「ふふ、ありがとうございます」
 この五虎退は他の個体と比べて少し、強かだ。それは彼が此処で働くことを選んだことにも起因するだろうけれど。
「先生、」
「うん」
「僕がきっと、投げ掛けた言葉が先生を悩ませているのだと思っていました」
「…うん、そうかもね」
「だから僕はまた、言葉を投げ掛けようと思います」
「君の言葉をどう受け取ろうと、僕の勝手という訳ね」
「はい」
がしゃん、と彼の選んだレモネードが落ちて来て、僕はそれを彼に渡す。普通の手だ、まるで刀剣から励起されたなんて誰も信じないような、普通の手。
 僕とは、違う決断をした、手。
「―――別に、答えなんて出さなくても良いと、僕は思います」
がしゃん、と僕の分のリンゴジュースが落ちてくる瞬間に、彼は第一声を放った。僕は缶を拾い上げる体勢で少しの間固まる。
「僕は答えを出せたけれども、それはもしかしたら時間がなかったからかもしれないし、諦められなかっただけかもしれませんし、それが正しいとか正しくないとか、そういうことは分からないままでしょうし」
「霞草様が帰ってきたら君は正しかったことになるじゃないか」
「先生、それ、神隠しの帰還率を知っていて言っていますよね」
五虎退は苦笑する。僕はとてもひどいことを言ったはずなのに、彼は既に覚悟が出来ているのだ。
「僕は、主様の目印になりたい」
 僕は立ち上がる。リンゴジュースの缶は汗をかき始めていた。
「ただ、それだけなんです」
五虎退は僕を見上げた。とてもまっすぐな目だ、此処で働く刀剣男士の中では珍しい部類の、光。
「だから、先生は僕に引っ張られることはないんですよ」
「うん、分かっているよ」
「分かっていると分かっています。でも、言葉にしておきたかったので」
レモネードにやっと口をつけた彼はおいしいです、と呟いた。
「僕はもう、言葉にしなかったことで後悔することをしたくないので」
「………過ぎたる言葉はただのお節介だよ」
「それでも、失うよりはずっとマシです」
何も出来ないでいるのは、苦しいから。
 そう言った五虎退は本当に、こうして停滞している僕よりずっと人間らしいと、そんなことを思ってしまうのだ。



@ctitle_bot

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海の底 

 こんな仕事をしているからと言って毎回救いようのない事態に巻き込まれる訳ではない。勿論たいへんな仕事でたいへんな現場に入ることだってあるし、凄惨極まりないものを見ることだってある。恐らくこの仕事をしていなければ見ずに済んだものを、見ることだって、ある。
「それでも、と思うんです」
 やっとのことで助けた少女が精一杯に息をしている。手を握った五虎退が、小さく呟く。
「本当に、良かった、って」
 その呟きがとても尊くて美しいものだということを、雪人は誰に言われるまでもなく知っていた。



綺麗な言葉がこぼれるたびに 街は海の色 息を吸い込むよ /くるり「五月の海」

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大切にしたい 

 修行には行かないの、と聞いてみたのは同僚でありこの五虎退の仮契約主である海仁草(まくり)から聞いてみてくれと連絡が入ったからだった。一応フォローを入れておくが、海仁草と五虎退の仲が悪い訳ではない。ただこの五虎退、仕事中はさておいてもプライベートとなるとあまり連絡をしてこないらしく、なら仕事経由で聞いておいてよ、というのが海仁草の言だった。仕事として処理するために簡単な書類まで送られてきた。同僚含め研究施設というのは仕事第一の馬鹿ばかりなので全然構いはしないのだが、やっぱりというか出向先である此処では変な顔をされた。
 勿論仮契約のままでは修行に出ることは出来ないので、もしも五虎退が修行の望んだら、彼は誰かと本契約を結ぶということになる。それは海仁草でも良かったし、他のもう少し審神者適正の高い人間でも良かった。此処では誰と契約しているかなんて、あまり関係のないことなのだから。最終的に監督責任がわくかもしれない、というだけで。兎にも角にも霞草が戻って来ており、既に五虎退自身がついていかないということを選択した以上、操立てのようなこともする必要はあるまい。だから、これは五虎退が修行に行くか行かないか、それだけの問題だった。今までは霞草が戻るか戻らないかという問題があり心理的に聞くのはどうなのかと言われていたから、聞いていなかっただけで。
「ええと、そうですね…まだ、良いかな、と思っています」
少し考えてから、五虎退は言った。
「強くなれるのだと言うことも、分かっています。でも、僕と仮契約してくれているのは、海仁草さんですから…」
「彼だと嫌かな」
「そういう訳ではないんです! 海仁草さんはとってもいい人ですから…ええと、少し、へん、ですけど…でも、いい人、ですから。でも…修行となると、少し、違って」
「…そう」
「海仁草さんからもしかして連絡来ましたか? 最近、プライベート用の端末を寮に置いてきてしまっていて…」
「うん、まあ、そんなところ。あとで仕事用端末にファイル送るから、提出用に書き込んで海仁草に送っておいて」
「わかりました」
 どうして彼が修行に行かないことにこんなにも安心したのか、分からないまま。



「なにもしないと、こころのなかが、よくみえるね」
ともだちは海のにおい/工藤直子

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きっとお前のことが嫌いなんだろう 

 五虎退はとある審神者に顕現されたごく普通の刀剣男士である。刀剣男士として特別な力はないし、特に事件を起こした訳でもない。こう言っては何だが、よくいる、事情により本丸に居着くには問題が出て来るだろうと言われた刀剣男士のうちの一振りだった。それは体質や性格や相性などではなく、五虎退の選択した事柄が影響しているのだが。
 五虎退の主はとある刀剣男士に神隠しされてしまっていた。その張本人はこちら側ですでに折れているものの、主は戻って来なかった。本来正しい意味で固有の神域を持つ訳でもない刀剣男士の分霊である、大抵こちら側に力の源があり、それが破壊されたとなれば戻って来ても可笑しくはないのであるが。それでも五虎退の主は戻って来なかった。
「向こうのことは腕利きの術師でも分からないらしいからね」
政府所属の刀剣男士として、確たる主を持たないために、しかしこの身体の顕現を保つために仮契約をした海仁草は言う。
「隠り世と呼ばれる場所ともどうやら違うようだ。まあ仮に隠り世だったとしたらそれこそお手上げらしいけれど」
樹海のようなところなんだって、と海仁草は面白そうに呟いた。術師分野のことはよく分からないけれど、樹海ならきっと大変なんだろうね、と。
―――主様は、戻って来るでしょうか。
五虎退はそう、聞くことは出来なかった。海仁草が五虎退の望む言葉を掛けるような人間ではないのは、分かっていたから。
「そういえば五虎退。相談課の方から人手出してくれって言われてるんだけど、君、そういうの大丈夫な子だっけ」
「え? 一応、書類はいつも、読んでいますが…」
「とりあえず場繋ぎでも良いから、一回行ってみてくれないかな。相談課も今人手不足で悲鳴上げてるらしくて。カウンセリングもちゃんとこっちで組むし、そんな凄惨な現場には放り込まれないと思うから」
「ええ、はい…。大丈夫ですが…」
―――主様は僕のことが、
 その先の思考はいつまで経っても進まなかった。
 そうして場繋ぎ的に派遣された職場で、自分と同じ匂いをさせる人間を見つけるのは、まだ少し先の話。



(嫌いになれたら良かったのに)



孤独な愛の育て方 @kimi_ha_dekiru

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おなじせかい 

 愛おしかった、何もかもが愛おしかった。だからその話を何度も何度も晴姫は自分の刀剣男士に話して聞かせたし、晴姫から顕現されてもまるで他の人間が持つような常識を持った刀剣男士は、もう過ぎ去ったことなら、とその呪いを咎めることはしなかった。もうするなよ、と誰も言わなかったのはそれが既に終わったことで、晴姫の愛おしい人はこの世でたった一人の弟しかいないのを、皆が理解しているからだったのだろう。
「私のことを可笑しいと誰もが言ったのよ」
そんなに可笑しいかしら? と晴姫が小首を傾げると、近侍の膝丸はそうなんだろうね、と頷いた。
「貴方にもそう見えるの?」
「うん」
「意外だわ」
―――貴方は私と一緒だと思ったのに。
 その言葉に髭切は、それは違うよ、と言っただけだった。



この胸は小さいけれどたくさんの愛が詰まっている 触れてみて / 栞

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もう絶望へは帰れない 

 君がこんな性格だったなんて思っていなかったな、と雪人が呟くのを五虎退は聞いていた。
「こんな、性格?」
「頑固」
「そう、ですね…」
「五虎退という刀剣男士は気弱だけれども芯のある性格をしていると、それは言われていたことだし、別に珍しくもないはずなんだけどね。君は格別な気がする」
「それは、先生があまり刀剣男士と関わらなかったから、では…?」
「………これは一本取られたね」
 口も回るようになったなんてきっと最悪だ、と言う彼が本当に最悪だなんて思っている訳ではないことを、五虎退は知っている。素直ではない、のではない。それとは少し違うが、この人間もまた、少し、生きづらそうにしている。
「だって、僕は先生の、バディですから」
五虎退がそれらを払拭するように笑うと、そういうところだよ、とため息を吐かれた。



(君が僕に希望をくれた、くれてしまった)



[helpless] @helpless_odai

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それは少しだけ希望に似ていた 

 僕は待っているのかな、と聞いてみたことがある。自分のことなのに誰かに聞くなんて、馬鹿馬鹿しいとは思ったけれども僕にとっていつのまにか彼は空気のような存在になっていたし、そもそも彼が何を答えるのかも大体予想がついていた。
「先生は、僕が、何を言うのか分かっているんでしょう」
彼はあどけない表情で笑って、それから僕に言う。
「それは先生にしか分かりません。でも、先生が待っていても、待っていなくても、どちらが正しいということはないと、僕はそう思います」
 彼は、とてもやさしい。
 そもそも刀剣男士というものは基本的に人間にやさしいものなのだ。その残酷とも言えるほどのやさしさを、僕はよく知っている。…そのやさしさに甘える人間というものも、僕はよく知っている。見てきたし、何より自分がそうだった。カミサマなんてやつは大嫌いだと、そう言っていなければ飲み込まれそうだった。
「だから、先生の思うようにして良いんですよ」
「…はは、」
だから僕は笑う。
 「ずるい答え方だ」



@title_me

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スノードームの街にしんしんとこころは降り積もる 

 雪が降っていた。
「うわあ…! 僕、雪を見るなんて初めてです…!」
いつの間にかバディのように扱われていた彼を胡乱な目で見ると、初めてなんですよ、と五虎退は繰り返した。
「僕が行ったことがあるのは戦場と、主様の本丸と、研究所だけでしたから。外に出る用事もありませんでしたし。だから、先生と一緒にあちこち行くようになって、初めていろいろなものを目にしています」
「…そう」
五虎退の喜ぶ姿は恐らく普通に見たらとても可愛らしいものなのだろう。今は一般人の目にも見えるような術を掛けているのだからなおのこと。
 冷たいんですね、と五虎退が言ったのが雪に対してなのか、自分に対してなのか分からなくなっていく。
「君なんか大嫌いだよ」
だから、通行人に声が聞こえないだろうことをいいことに言う。雑踏に紛れて、誰もが他人で、誰とも繋がる必要がなくて。
 なのに、振り返った五虎退は刀剣男士の聴覚で正しくその言葉を拾って笑うから。
「先生がそう言うってことは言葉にする価値があったということですね。僕は嬉しいです」
やっていられない、と思った。手を繋いでいいですか、と問われて結局根負けして頷いた。



[氷点下38度]ばりばりのココナツ・サブレきみにあげるね
森まとり

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20180323